好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。



 八戸市は、ゆっくりできたので沢山探せました。
市章の周りに市の花キクを配置したもの。


八戸市げすい




 同じデザインで、色がついているもの。

八戸市菊カラー版




 車道と書かれたもの。

八戸市車道




 小型枡もいくつかあります。2羽のウミネコがデザインされたものに、

八戸市ウミネコ




七夕飾りがデザインされたものが色違いで、

八戸市七夕色違い




八戸市小型蓋
 


そして、郷土玩具の八幡馬、赤とピンク。

八戸市八幡馬赤




八戸市八幡馬ピンク



 ノンカラーのものもありました。

八戸市八幡馬



 側溝蓋にも、
八戸市側溝蓋
 



消火栓
八戸市消火栓




 消化ボーイとある、情熱いっぱいが伝わる蓋。

八戸市消化ボーイ



 耐震性100tと書かれているもの。

八戸市




 防火水槽を2つ。赤丸の中に40の数字が書いてある。

八戸防火水槽




こちらのものは、マルだけ。

八戸市防火水槽数字無し
 
 


 防火貯水槽、これだけが、2024年6月27日撮影です。2枚組み合わせで、中央に市章入り。

八戸市、防火貯水槽



 前回と違っていることが1つありました。


 それは、瀞峡の駐在所に猫がいた事です。ある日、ふらっと来たので保護したとのこと。

 「きなこ」という名前も付けてもらっています。


 穏やかな性格らしく、触られても、じっとしていておなかも見せてくれる。


20240613_091103



 しっぽが鍵状になっているのが特徴です。



 ちょっと眠いな。

20240613_091120



 小さなあくび。

瀞峡駐在所のきなこ (4)




 うーん可愛い。

瀞峡駐在所のきなこ (2)




 ハウスも作ってもらいました。


きなこ



 また会いたいね。


 今日は、観光筏に乗ります。


 歴史書によると、1596年豊臣秀吉が「北山郷御材木所」の朱印状を交付したことや、徳川家康が江戸城本丸を建設した時に北山材を使ったことが記されているという。

 これらの木材を新宮まで運んだのが筏師である。当時は、木材を輸送する手段が他にはなく、厳しい条件の水路をさばく高度な技術を彼らは身に着けていた。


 明治時代には、500名もの筏師が暮らしており、遠くは朝鮮の鴨緑江迄出稼ぎに行っている。筏は、水量の安定する冬場が好まれ、3日ほどかけて新宮まで運ばれた。途中、日が暮れると近くの宿に泊まった。
 新宮では、豪快に遊びお金を使ったので資産は増えなかったというが、、食料持参でやってくる筏師は、歓迎されたという。 

  昭和30年代に入るとダムができ筏流しは衰退してしまい、38年にはすべてトラック輸送になってしまう。

  しかし、この技術をなくしてしまうのは惜しいと、始まったのが観光筏下りだという。


  乗船する前に、筏をくみ上げるところを見に行った。


  クレーンで吊り下げられた筏は、川の上で、30mの長さに仕上げられます。

  
降ろします





DSC08317








まだ短い




 改めて、観光センターから出るバスに乗って、筏下りの出発地点まで向かう。めちゃくちゃ濡れるので、足元と下半身は濡れてもいい格好をしてゆきます。


  前回は、前から2番目という場所だったので、かなり迫力があったのだが、今回は7番目くらいだったので、のんびりと乗れた。

  一番前の筏師が、ルートを決めます。
出発です





1つの筏の上には、3人位の筏師さんが乗っていて、いろいろな話をしてくれる。

 急流では、立ち上がる。

急流は立ちます



  岩を押しているとこと。
岩を押している




曲がる



 難しい場面では、彼らは忙しく筏の上を行ったり来たりする。


3人程が乗っている (2)




 岩の上に前もってつながっているロープをひっかっけて操ったりもする。

筏の上を行ったり来たりする




 なんとカモシカが顔を見せてくれました。


かもしか




 この日の午前の便は、全部で3便の筏が出ました。


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  流れの穏やかなところでは、川の中に足を浸してみたりもできる。


  ここからの3枚の筏の写真は、前回乗船した時のものです。こちらの方が迫力があるのでもう一度使わせてもらいました。

  
回る





最後の難関




私達も濡れます



 下船地点の小松に到着。


ゴール



 筏は、ここでもう一度クレーンを使ってトラックに積まれ、筏を組んだ場所まで戻されます。筏に使われる丸太は、40年から60年生のものを使い、新しく組んだら3年は、使えるそうです。
 


使った筏はこうして釣り上げられます。


  我々は、再びバスに乗って観光センターに戻ってくる。冷えた体を、温泉で温める。これにて今回の旅は終わりです。

  村営バスで、熊野市まで戻り解散。それぞれの地に帰ってゆきます。


  証明書をもらいました。


証明書



  


 今回の旅で楽しみにしていたことが、蛍と筏とラフティング。

 ラフティングはやったことがなかったし、泳げないので水遊びは避けてきた。
でも、これはやってみたい。ウェットスーツを着るし、ライフジャケットも着けるので浮くだろう。 

  で、やってみた。

  カメラも、スマホも、完全防水仕様ではないので、ボートに乗っている最中は写真を撮ることができないので、どちらも持っていくことはしなかった。


  で、写真がない。


  迎えに来てくれた、ラフティングの会社の車に乗り事務所まで向かう。そこで、保険などのサインを行った後、自分の体に合ったウェットスーツとヘルメットを借りる。

  ウェットスーツは、足は七分丈くらいで、ノースリーブです。その上からライフジャケットを着るのですが、スーツの方は、必ずしもジッパーを上まで閉めなくてもよい。

  サイズもいろいろあり、私はかなり小さいが大丈夫でした。


  ヘルメットの方は、手ぬぐいやキャップをかぶった上からでもつけれるのだが、頭が小さい私は、かなり緩くてどんどん下がってくるのでちょっと困った。

  子供用になると小さいし、頭の小さい人は、手ぬぐいで対処するといいかも・・・。


  身支度が整ったところで、バンの上にボートをのっけて川まで移動。

 ボートはこんな感じ。

20240614_124040



  川にはまりながら、パドルの使い方や落ちた時のレクチャーなどを聞き、乗り込みます。


  スタート地点は、川筏の終点です。そして昨日ボートで乗った瀞峡を通過して、やはり昨日のツアーの最終地点であった嶋津のあたりまで下っていく。

  直線距離ならすぐだが、大きく蛇行している北山川なので、6時間ほどかかりそうだ。途中、瀞峡の河原でご飯を食べ、トイレも済ませる。

 昼食場所

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  泳ぎたい人は飛び込んでもいいし、岩の上からのダイビングもOKとのこと。

  しかし川の水はまだ冷たく、かなり寒いようでした。


  終わったあとは、そのままの格好で車に乗り込み、ホテルに戻って来て、そこで身に着けていたものをすべて返し、温泉に直行です。

  水量が少ないので、それほど激流ということもなく、時には漕がないと戻ってしまうような向かい風にも会い、のんびりとした時間を過ごせました。

  大人になって、こんな風に川をのんびりと流れていく体験ができて幸せでした。

  会社の方で撮ってくれた写真が送られてきたら、見てください。


  夜は、最後のホテル狩り。この日も、たくさんの灯りを見ることができた。


  


 温泉付きなので、6時ちょっとすぎに朝風呂をいただき8時半に出発。 


  車で七色ダムのところで川を渡り対岸の三重県育生町粉所(コドコロ)から歩き始めた。


  が、その前にガイドさんお気に入りの瀧神社にちょっと立ち寄りました。


歩き始め






北山川の支流



 きれいな苔と巨木のある瀧神社。

ひっそりと存在する神社



 弘化4年とある常夜灯。弘化は江戸の末期にあたる。

江戸時代の常夜灯



 昔の道のようです。

昔の道



 我々は、現代の道を歩きます。田植えの終わった田んぼには、オタマジャクシがいっぱい泳いでいる。オタマジャクシを見たのはいつ以来だろうか?


 何かの石塔。

田んぼの中に



 坂道を登っていく途中、ささゆりがきれいに咲いていた。色違いなのかしら?種類が違うのか?

色の違うユリ (1)



色の違うユリ (2)





 分かれ道にあったこの木は、ニッケイの木です。推定100年以上は経っていると思われる。ニッケイの木は、インドシナ原産で享保年間に中国経由で輸入され、香料・薬用として活用された。

ニッケイの木



 かつては人が住んでいた場所。この辺りは、こうした石垣だけが残っているところが多い。

かつて人家があった




  峠には、小さな神社があり、丸い石が信仰の対象になっていた。河原で見つけてきた丸い石をお祀りするもの。この辺りでは、あちこちにお祀りしてあります。


丸石信仰



  下ってきたところには、新選組の土方歳三の写真を撮った田本研造氏の生家跡がありました。この土方の写真は、誰もが一度は目にしたことがあると思う。


DSC05182




田本研造の生家跡 (1)



  そして、七色ダムが少し見える公園でお昼をいただき、七色ダムへ移動。


  
県境にいます



  近くで見る七色ダム。


国道から見た七色ダム



  堰堤上は普通の道路になっています。


堰堤の上が道路になっている



 下流部分。

  ここは、筏流しの難所として知られていて、人もなくなっている。ごつごつした岩が行く手を阻むのだ。


かつては筏流しの難所だった





 せっかくだから、川からのダムの姿も見てみたいと、河原に向かう。


川から見たダム



  再び車で移動。途中、観音堂に立ち寄った。


観音堂 (1)



 続いて神社にも。これなんて読むと思いますか?
  「骨置神社。」


本殿



 読めないですよね。

縁起




 前回も訪れた沈下橋。

沈下橋


 ちょっと上流の中州橋には、北山川の増水の記録が橋げたに記されています。

水位




 中州橋には鮎の彫刻。

橋に鮎の彫刻



  車も通れる吊り橋、1トンまで通行可。


吊り橋、上瀞橋



  ホテルに戻り、お風呂と食事をすませた後再び蛍を見に行った。昨日と違った場所で、川に映るひかりがとてもきれいでした。

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