好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。



 今日は、隣接する熊野市を中心に回りました。

 車で、かつては観光客で大にぎわいだったという瀞峡に向かう。前回のツアーは、ここからスタートした。
 嶋津のガイドさんと合流し、筏師の話を聞き、エンジン付きの船に乗り込み上瀞、下瀞を遊覧する。船頭さんの飼っていた、カモの姿は今回は見えなかった。残念。

 ここにはかつてのにぎわいが想像されるように、駐在所と郵便局もありますが、現在は人家もなく誰が利用するのだろうという感じ。

 今いる場所は3県の境です。

3回目に訪れました




 船を待っている間、三重県側に渡れる吊り橋まで行ってみる。
「山彦橋」

三重県に渡る吊り橋



 途中浮いている板があったので、ちょっとだけ怖かった。

  この船に乗ります。奥にみえている建物は、瀞峡ホテル。かつては新婚さんなどで大にぎわいだったというが今は、予約のランチだけを提供しています。

  ホテルの左にみえている別館のある場所は、和歌山県になる。

川下りに船




 出発。まずは上流に向かいます。


 山彦橋を下から見上げる。



下から見上げると


  

  緩やかな流れの中、両岸には、岩が続く。

瀞峡 (1)




瀞峡 (2)




 下船して再び車に乗り、かつては鉱山で賑わっていた紀和町に向かった。地元のホテルに、帰りに入る温泉用の余分な荷物を置かせてもらい、お弁当を受け取り再び出発。

  川の中の島のように見える、木津呂の集落を上から眺める。

嶋津の森を上から




 そして木津呂の集落に向かって歩いて行った。この集落には、かつては小学校もあり、にぎわっていて、新宮から戻ってきた筏師達が利用したという店も残っている。

  ものすごく鮮やかな色のアジサイ。

アジサイ (2)





  トンボを久しぶりに見ました。


トンボ




 ここからバスは、丸山千枚田を目指す。初めての訪問ではないけれど、今のようにオーナー制になっておらず、荒れ果てていた時の棚田しか見ていないので、どんなふうに変わっているのか楽しみです。

  条例ができていました。

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  そして田んぼは、こんな具合。


丸山千枚田 (2)



  かつては2000枚以上はあったというが、現在は、1340枚ほどだという。でもとてもきれいに手入れがされていて感動します。この日も、男性の方たちが田んぼに入り、植えた苗の手入れをされていました。稲は本当に手のかかる作物です。


 奥の方に見ている大きな岩は、転がってきたのだとか・・・。

丸山千枚田 (1)




 一番小さな田んぼと札に描かれていた。3苗が植わっています。


一番小さな田んぼ




  バスはここからさらに北上して、藤堂高虎が作ったという赤城城に向かった。城好き石垣好きの私、初めてなのでわくわく。

  1589年頃造られたようで、中世と近世の築城法を併用した平山城で、築城当時の原型を残した貴重な城跡で、国の史跡に認定されています。

  近くには、北山一揆によって処刑が行われた田平子峠刑場跡もあり、そちらも国の史跡になっています。

  十津川街道と北山街道の走るこの辺りは、古来より銅などの鉱山資源に恵まれ、中世には、盛んに刀鍛冶が行われ、豊かな森林は、戦国期にはたびたび切り出されたと記録に残っている。

  中世には、入鹿氏などの武士が台頭、天正13年に、豊臣秀吉の紀州攻めにより、その支配下にはいった。が、厳しい支配に対し大規模な一揆が再三起こったことからこの城が築かれたと考えられている。



 主郭、南郭、北郭、東郭、西郭、虎口などの石垣が残っています。

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 東郭の石垣。

野面積み



 進んでいくと、虎口に当たる。城攻めの時にはここが要所になるので、敵を防ぐための工夫がされている。赤城城は、2重の虎口があり、下段の者には階段が見られないという。


虎口



 門の跡、ここから主郭に入ります。


主郭へ



  主郭。

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  主郭からは、建物に関係するものが出土されておらず、建物がなかったのではという説もあるという。
 焼き物などは見つかっています。


 西の郭。天目茶碗、砥石、釘などが出土されている。

東の郭

  

  城から南側の集落を見たところ。


城から見る眺め



  ここから、嶋津の森に向かう。嶋津は、和歌山県新宮市に属しているが、和歌山県には隣接しておらず、やはり飛び地となっています。

  朝、渡った山彦橋をずんずん進んでいくと、ここに行けます。


  かつては、集落があったという嶋津の森を歩く。前回ここに来た時には、あまりの美しさに感動してしまった。今回も同じように感動できるだろうか?

  緑深かった苔は、心なし剥げていて色も薄くなってしまったようだ。が森の持つ深さは変わらない。

 
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嶋ずの森を歩く (1)



 ガイドさんが建てたという新しい石碑が立っていました。

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 そして最後は、瀞流荘に戻り預けておいた荷物を受け取り、湯ノ口温泉にむかった。前回は、ここからトロッコで、温泉に行けたのだが、トロッコが廃止になってしまい、徒歩か車でしか行けなくなってしまったという。なんてこった!

  でもお風呂そのものは、変わらず良かったな。湯治客にも人気があるそうです。

  ホテルに戻り、今日も蛍狩りに行くのだが、新しい場所の辺りは熊が出ているというので、初日に行った場所に変更となりました。




  


 南紀で熊野市まで向かい 、村営バスに乗り換え1時間程で、和歌山県の飛び地である北山村に到着。

 
飛び地北山村



  ここを訪れるのは、2回目。前回は、かつての筏師達が新宮からの帰り道に通った筏師の道の一部分を歩いてみた。


  今回は、村の深掘りと北山川で遊ぶことが目的です。遊びの中には、蛍を見ることも含まれているので、今夜も暗くなってから出かけることになっている。



  本来ならば奈良県になるべきところだったのに、和歌山県になったのは、村を流れる北山川が大きく影響している。


  その昔、村の産業は林業でしたから、輸送手段として北山川を利用した「筏流し」で生計を立てる人が大半だった。
  木材は、北山川流域から集められ、筏師によって下流の新宮まで運ばれていった。このため、新宮と北山村はとても強い結びつきがあった。



  1871年の、廃藩置県により、三重・奈良・和歌山の境界を決めるにあたり、熊野川・北山川の中央をもって県境とし、東が三重県、北部が奈良県、西が和歌山県となった。しかし、村は、林業を通して新宮とのつながりが深かったため村民の強い意志により和歌山県なったといわれている。


  現在は、大規模な道路工事やトンネル橋の建設があちこちで行われていて、将来は、3県の行き来は楽になるかもしれない。


  宿泊したホテルからも橋の工事がよく見えました。


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  ホテルには、道の駅になっているコンビニがあるのですが、そこに燕の親子が巣を作っていました。最近は、燕に会うことがなかったので、滞在中は、毎日会いに行きました。


  
燕の巣 (4)




 大きな目だ。

燕の巣 (3)





燕の巣 (2)






燕の巣 (1)




  夜には、蛍を見に行き、結構たくさんのホタルを見られたのだが、スマホでもカメラでもやはり撮影はできず。

  残念!




 今回遊んできた北山村には、3つのダムがあり、そのうちの2つにはダムカードがあったのでいただいてきました。 

  七色ダム。2024年6月15日

 
七色ダム (2)



七色ダム (1)





 小森ダム

小森ダム (1)




小森ダム (2)







 ダムカードは、川がないと思われる宮古島にもありました。

 地下水の流れをせき止めた地下ダムです。


 宮古島、福里地下ダム。2020年1月29日に訪れました。 


  
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  工事中のダムにもダムカードがありました。建設現場の見学ツアーでいただきました。

  三河の設楽ダム。2021年11月4日。




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設楽ダムカード裏



 ずいぶん間が空いて久しぶりのダムでした。たぶん桜を見に行ったのかも。 

  2018年4月4日、君ヶ野ダム。


君ヶ野ダム、





君ヶ野ダム・






  徳山ダムは、ロックフィルダムです。その積み上げられた岩の登坂体験に訪れた時。
 いろいろなところも見せてもらいました。

  2019年5月14日。


 同じデザインですが、天皇在位30年記念のものと、普通のデザインの2種類あります。

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