モーニングコールは、4時。ホテル出発が5時なので、今日もお弁当です。
さすがの私も、この時間では全然食欲がありません。
空港で、チェックインした後いただきましょう。
南米では、アメリカ行きの飛行機に乗る時荷物の事を必ず聞かれる。簡単な質問なのだが、必ず自分で答えなければならない。場合によっては、スーツケースを開けられます。
この日は、グループの1人が開けられました。でもこういう場合もなんだかよくわかんないのが実情です。
いろいろな審査を受け中に入る。 国際線の出発ロビーは、案外立派です。
出発ゲートのそばで飛行機を見ながら朝食だ。
何もお土産を買ってこなかったので、バナナ味のゼリーのような触感のお菓子を一つ買いました。
今まで食べたことのないもので、案外おいしかった。
デルタ802便、アトランタに向けて離陸です。飛行時間は、4時間半ほどでした。
アトランタに着いた途端、ホッとする。きれいで明るくて・・・・こういう時、「いくら僻地の旅が平気でもやはり住めないなあ」と実感する。
便利さというものは、麻薬のようなものだ。いったんその味を知ってしまうともう抜け出せない。
世界一の規模を誇る空港でもあるアトランタ空港は、とても巨大ではあるが使い勝手は悪くない。どこからでも、国内線・国際線にアクセスできる。
地下鉄(と言っても地上を走っているが、)バス、タクシー、空港内の地下を走る鉄道や連絡バスなど、どれを使ってもよい。
南部特有の明るい空、何でも教えたがる国民性、どれもがなんとなくなつかしく感じてしまう。
アトランタは、人口に占める黒人の数が多いので、今まで訪問したどこの街よりも彼らの姿が目立ちます。彼らは、本当に親切だ。
そして、キング牧師の生まれた街、コカ・コーラとCNNの本社のある街でもある。
ホテルは、空港のそばにあるので先にチェックインしてから、街の中心部に出かけることにしました。
添乗員さんが、いろいろ考えていてくれて、タクシーをチャーターして回ることにしたのだが、これがなかなかやってこない。
約束の時間より、40分近く遅れてやってきた。おかげでコーラショップでお買い物ができなくなってしまったわ(>_<)
街に向かって走る地下鉄。
最初に向かったのは、アトランタ・ブレーブスの本拠地でもあり、オリンピックの時はメインスタジアムだったターナーフィールドです。
野球も詳しくないし、ロンドンオリンピックでさえ怪しいのにアトランタの事なんて全く覚えていない。
この日は試合がなくて、中に入ることはできませんでした。
大きなボールのモニュメントがいくつも置いてあったり、有名選手の胸像があるのだが、こちらも全くの門外漢です。
通りをはさんだ反対側の公園には当時の聖火台が見えます。アトランタオリンピックは、コカコーラとCNNの巨大資本によって誘致されたオリンピックだそうで、巨額の寄付があったと聞きました。
オリンピック記念通りともいうのでしょうか?金色に輝く五輪マークが目立つ。
ここからが中心部です。
アトランタは、ジョージア州の中心都市でもあり、大企業の数も多い。街はきれいで整然としており、今までに訪れたアメリカのどの街より明るい空を持っていた。
個人的には、好きになりましたよ。
イスラムのドーム?と1瞬勘違いしてしまった。忘れてしまいましたが、公的な建物でした。
後ろの丸いビルが、アトランタで一番高いビルで、最上階は回るレストランになっているそうだ。
続いて、一番行ってみたかった場所。マルティン・ルーサー・キング牧師の生家だ。
その辺りは、歴史地区になっており古い建物(ジョージア様式)が残されている。
近くには、ビジターセンターもあり、彼の業績などを見ることもできるが、今回はすべて外観の飲みの観光だ。
ビジターセンターのほうに歩いていくと、ガンジーの銅像が出迎えてくれました。
後ろにある建物がビジターセンターです。
ここから5分ほど歩くと生家に出る。
建物も雰囲気のあるものが多くなってきました。
緩やかな坂を登っていきます。
キング牧師は、1929年この地に生まれた。父親も牧師をしていた。彼は息子に全く同じ名前を付けたため、父親はシニア、息子はジュニアと区別される。
彼が最初に受けた差別は、6歳の時、隣の白人の家の人から「一緒に遊んではいけない」と言われたこととあるが、この写真の家は、左隣です。その家が、右か左かはわかりませんが・・・。
生家です。予約すれば無料のツアーもあるそうです。
階段のところには、プレートがはめ込まれていました。
彼は、徹底した非暴力主義を貫く。それのもととなったのが、バスのボイコット事件だ。
これは、映画にもなっていた気がします。
ノーベル平和賞も受賞していますが、彼が現在の大統領が黒人だと知ったらどんな感想を言うのでしょうか?
ここを訪ねてきた観光客。ここに来るのは、外国人や黒人がほとんどで、アメリカの白人が訪れることはほとんどないそうです。
この日も、
「どこから来たの?」と聞かれたので「日本から来たのよ」というと、「ワオウ!」と言われてしまった。
通りの反対側の家々。典型的な建て方で造られている。
このあたりは、とても危険だと聞いていたが、昼間の太陽のもとだとそういった暗い部分は全く感じません。
車に戻って、CNNセンターに向かいます。
湾岸戦争の報道以来すっかり有名になり、今やCNNなしでは、海外の報道が成り立たないほどになった感があるが、もともとはこのアトランタのケーブルテレビ局だった。
思ったよりこじんまりした印象を受けた。日本のテレビ局のあまりに豪華な建物を目にしていたせいかしら・・。
もう少し、市内見物は続きます。