今日は観光としての最終日です。明日は、帰国日になってしまう(+_+)
朝の散歩に歩いて隣の地下鉄の駅であるオモニア広場まで行ってみた。
途中怪しい通りに入ったような気がしたので急ぎ足で帰ってきた。
改めてバスで出発。やって来たのは古代アゴラだ。アゴラとは市場のほかに政治、宗教、文化的施設が集まるばしょを意味し、精神的中心であったアクロポリスに対し、生活の中心として重要な場であった。
1931年から発掘が始まったのだが、当時この場所にあった300軒余りの民家をすべて移転させたという。
ギリシャの現在の経済危機を思い、そういうことも要因の1つかなあなんて思ってしまった。
膨大な新国立競技場でもめている日本を考え、「日本の経済破綻は競技場から始まるかも・・・」なんてその時は思っていたが、こちらの方は見直しが決定したのでよかったなと思っています。
広大な敷地で発掘が終わるまでは相当の時間がかかったことが予想される。ここでは、男性たちが買物をしたり情報交換などをしていたのだ。当時は買い物が男性の役目だったそうです。
紀元前15世紀頃ローマの将軍アグリッパが建造した音楽堂。267年に焼失してしまったようだ。
ソクラテスが友人たちと集い哲学論を交わしたというゼウス・エリテリオスの柱廊を見ながらヘファイストス神殿に向かう。この神殿は当初テセウス神殿と呼ばれていたが現在はオリンポスの12神のひとり鍛冶をつかさどるヘファイストスを祀った神殿という見方が有力になって来ている。発掘中に周囲からたくさんの鍛冶にかかわるものが発見されたからだ。
ギリシャ国内で最も原型を残している神殿で建築時期はパルテノン神殿とほぼ同時期であるといわれている。
後ろの方にも回ってみます。天井部分も見えました。
メトープ部分のレリーフなどもよく残っている。
こちらは、何人かで動物とたたかっているのか?
この円形状の場所はトロス。評議員達の詰所だった。
この辺りをソクラテスもプラトンやヘロドトス、アリストファネス達が歩いていたのだ!
水路も整備されていて石橋が渡してある。
柱廊が残っている部分はいわゆる市場があったところだ。長さ約120mあった。
ギリシャ遺跡の中でただ一つ。完全に復元されたのが現在古代博物館として使われているアタロスの柱廊だ。
長さ約115m、幅約20mあり、一階部分外側に45本のドリア式の柱が、中間に22本のイオニア式の列柱が並んでいる。当時は赤と青で塗られていたと考えられている。
2階は外側がイオニア式で中間がエジプト式棕櫚柱頭の柱が配されている。
展示物いろいろ。
煮炊きする場所の形のやきもの。
焼き物で作られた履物。こういうものをはいていたのね。
髪型と顔を見て女性と思ったのですが男性でした。何のポーズなのかしら?
これはガイドさんもはっきり説明が来ませんでした。裁判官を決めるためのくじ引きというか抽選機らしいのですが、使い方も良くかわからず
どういう場面で使うのかも結局はっきりしませんでした。
続いてアドリアヌスの図書館に入ったのですが、ガイドさんは先程で契約が終わりかえってしまったし、どうしてこれが図書館だと分かったのか理解できない。
遺跡を見るだけでは、ほかのものと何ら差がないからだ。
2世紀ころローマ皇帝アドリアヌスが建てました。
モナスティラ駅のすぐそばでお土産屋さんやタベルナが軒を並べているいっかっくなのですごい混雑なのだが、ここはガラガラでした。
共通券で隣のローマンアゴラの方にも行ってみた。雰囲気のある「風の神の塔」は修理中ですっぽり網をかぶっていて残念です。
ローマンアゴラは、ローマ時代初期の市場の跡。
泉の跡。
古代アゴラと比べるとかなり小規模に思える。
そろそろお腹もすいてきた。すいているお店を探しながらミトロポレオス大聖堂の方まで移動します。