好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

2006年06月

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1月ぶりに図書館に寄った。仕事帰りにのぞいたのだ。ここのマンションを決めた理由のひとつに、図書館迄近いからというのが有ったのに、引っ越してきて、3年ほどたったらなんと移転してしまったのだ。
今は往復約1時間近くかかる(>_<)
以前は本は買うものと思っていたのだが、増え続けるので引越しの時思い切って処分したのだ。これからは、図書館が我が家の本棚と思っていたのに、とんだ計算違いとなってしまった。
ところが最近、図書館の近くに大型店舗ができて其処のサービスバスを使えば、らくらくと図書館通いができるようになった。これもうれしい計算違いかな・・・。
ついでにお買い物もできるしね。

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今日の予定 終日 敦煌莫高窟の見学

朝8:30ホテル出発。その前に、ホテルの前のお店でビールとワインの値段をチェックしておいた。今晩の、飲み会に備えてである。中国語・英語で必死にしゃべっていたら、日本語が通じるので笑ってしまった。
莫高窟のイメージは、私の中ではもっと鄙びたものだったのだが、表から見る限りでは映画のセットのようで少々がっかりしてしまった。これなら東部ワールドスクエアの方が・・・なんて・・・。
それでも、中に入ってガイドさんの説明を聞き始めると、やはりわくわくしてくる。ガイドさんは、鄭さんといって、普段は研究をしているらしい。夏の忙しい時期だけガイドも引き受けているとの事だった。日本の成城大学に留学の経験もあるとかで、すばらしいガイドだった。
ツアー仲間の、久さんのしつこいくらいの質問にも丁寧に答えてくれた。しかもにこやかに。尤も話の途中で聞くので、田さんに「最後まで聞きなさいよ!」と、突っ込まれていたが・・・。
午前中は、主に無料窟の見学だった。16・17北大仏殿の96・個人的に興味を持った103、というのも中国の水墨画といえば、墨というのが当たり前だと思っていたのだが、ここのは緑青で描かれていたのだ。古いものは、墨で描かれなかったということだ。そして、130・148・249・427・428とこんがらかってしまうよう!
見学時間を大幅にオーバーしたようだったが、ここで昼食のためいったん見学は休止して、元来た道を引き返す。泊まっているホテルと同じ経営のレストランで昼食をとる。楽器の生演奏に迎えられての食事となった。サービスビールがほんとにおいしい。昼間っからお酒を飲むなんてお天道様もうしわけありませーん!ツアーの中では全く飲めない人は、2人だけかな・・。のんべが3人、好きだけど量はいけないのが2人、昼間は自粛しているのが2人といった色分けである。
2時過ぎないと、鄭さんの昼休みが終らないので、ちょうど其処にあった漢代の衣装を無理やり森・久両氏に着せてしまう。でも両氏ともまんざらでもない様子だ。「后や・・」なんてね。
時間が来て、午後からは有料窟の見学だ。45・57・156・275・285窟と回った。男性方に人気が有ったのが、美人窟として有名な57と後脚菩薩の275.個人的に興味を持ったのが、275窟であった。275は、線の描き方が天竺画法といって、インドから伝わってきたものらしい。歌舞伎の隈取のような太い線で描かれていた。
一同大いに満足して、市内へと戻ってきたのだった。夕食をとった後は、月の鳴沙山の見学である。尤もこの時間になっても外はまだ明るくほんとに月の鳴沙山となるのかはなはだ心もとないが・・。現地についてみると結構な人出だ。みな昼間の暑さを避けて、夜から繰り出してくるからだろう。鳴沙山の元までは少し歩かなければならないので、駱駝・自動車・歩きと3班に別れて向かった。私は、歩き組みです。らくだは乗っているより、見ている方が絵になる。
月牙泉のところで少し説明を聞いた後、鳴沙山目指してまっしぐらだ。せっかくきたのだから、ぜひとも上まで行ってみたい。上まで伸びている階段が2本ある。どちらも20元である。少しでも短い方がいいと、右手の方を選んだのだが、これが大いなる間違いだった!!短いのは、上の方へ行くと階段が刻んでないからであって、其処からがほんとに大変だった。砂山を登るのがあんなに大変だとは思いもしなかった。サハラ砂漠でも、登ったのだがあっちの方がだんぜん楽だった。その辺にいたおにいちゃんに手をとってもらって何とか制覇できたのでした。それでも一行の中では2番目に登れたので、後から来る人を見ている余裕は有ったよ。みんなほんとに大変そうだった。苦労した甲斐があって、景色はほんとによかったけれどね。
昇って来る月も途中で見られたし、帰りは竹のサンドスキーで一気に降りて来てしまった。これもスリルが有って楽しかったあ!
ホテルに戻り、田さんの部屋で楽しいお酒を飲み、帰りに隣の桑さんの部屋をのぞき男性方を冷やかし部屋に戻ってきたのでした。今夜のワインは格別でした!!!

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今日の予定
北京 7:30→敦煌 9:55 (飛行機)着後、白馬塔・西の千仏洞・漢代の関所である玉門関・陽関といった敦煌郊外の観光です。
早いエアーなので、朝食も5:15分と超早かった!けれど、昨日夕食が機内食だった私は朝からしっかり食べれた。
時間通りに飛行機は飛び立ったのに何故か敦煌には1時間遅れで着いた。何故ーーー。
いらいらしていた様子の現地のガイドに迎えられて、いざ出発!ホテルにチェックインする前に白馬塔というところに連れて行かれた。と言うのも私は、事前の勉強を何もしていなかったのだ。ガイドブックさえ持っていかなかった。ただただ、シルクロードを故人と同じ道を移動してみたかった!!!そして、人間の顔や着ている洋服、性格がどのように変っていくのかを自分の目で確かめてみたかっただけなのである。なので、歴史的なことは全くお手上げだった!(莫高窟位は知っていたけれど)
外は結構暑く、ガイドの説明を聞きながら頭の中は、「もっと、暑さに適した洋服にすればよかったなあ」などと考えていた。
ホテルで昼食をとっている間に、添乗員さんがチェックインを済ませてくれたのだが、なんとラッキーなことに2人はスウィートルームをもらえるという。よってみんなでくじ引きとなった。くじ運のない私ははずれで、桑さんと田さんのお二人がめでたく当選となった。
この後西の千仏洞に向かった。がけっぷちみたいなところに穴が掘ってあり、中は、壁画や仏像などが何とか残っていると言う感じだった。肌の色は酸化してしまっているものも多く黒ずんでいる。比較的きれいな色は緑・青といった色だ。飛天が舞っていたのだが、インドから伝来してきたばかりのころの飛天は上半身が裸であるのに対して、その後の飛天衣服をまとっているのが面白かったよ。
玉門関への道は今はアスファルトで舗装されているが、少し前までは何もないところをドライバーの勘だけで走っていたそうだ。なので、経験の浅い若いドライバーだったりすると、たどり着けないことも有ったそうだ。ガイドさんも走った挙句何も見ないで戻ってきたことがあったといっていた。
ほんとに何もないところにぽつんとそれらしきものが立っていた。近づいてみても土の塊といった感じを受けるだけだ。中に入りたいというと100元を要求された。ここまできて、入らないのももったいないので言われるとおり、支払って入ったが、きっとこれは係りのお兄ちゃんの懐に入るのだと思う。
入場して見ても、やはり何の変哲もない。シルクロード大好きの60代男性達は感慨深げであるが、こっちは写真撮るのに忙しい。
門から少し離れたところに羊達がいて盛んに草を食べていた。塩入の草を食べた羊は、臭みがなくてとてもおいしいのだそうだ。
次に連れて行かれた陽関は、結構楽しめた。入り口の辺りに当時使っていた戦闘用具の復刻版みたいなものがあったし、切符きりのお兄ちゃんは昔の武士の格好で迎えてくれたし、中には当時の様子がわかるように○○村みたくなっていた。電気自動車に乗って、さらに奥へ行く。
其処は、楼閣やのろし台などが残っていて、漢詩の碑などもあった。楼閣まで行って、ボーっと遠くを眺めていると、しみじみ「遠くまで来たんだなあ!」と思ったよ。
昔の人と同じ空間を過ごしているというのは、やはり胸がときめく。
今日の観光はこれまで、後は市内に戻ってレストランで食事だ。9時頃なの日が沈まない。北京時間よりさらに遅く感じる。西へ行くともっともっと、日の沈むのが遅くなるのだろうなあ!
とりあえず、サービスビールで乾杯だ。旅先で飲むお酒は、何故おいしいのだろう。普段は、ビールはいただかないのだが、今回の旅では昼夜毎日飲んだくれていた。
夕食も終わりに近づいてきた頃自己紹介となった。総勢9人、男性5人・女性4人男性は全員60代でシルクロード・司馬遼太郎・井上靖・楼蘭がキーワード(?)といったら何となく想像がつくでしょうか。
みな一人参加だった。添さんによると、珍しいことだそうである。おかげで、和気アイアイでほんとに楽しかった。おまけに私も含めて、みなかわりもんです。

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気になっていたお中元、いつもならデパートが混まないうちにさっさと済ませているのに今年は旅行に行ってしまったので、まだ済ませていなかった。
なので今朝一番に行ってくることにして家を出た。ついでにボストン美術館で「里帰りの浮世絵肉筆展」をやっているので、それものぞいてくることにした。
10時ちょっとすぎには、美術館に着いたのに結構な人出でびっくり!!!ここがこんなに込むのは珍しいことなのです。美人画ばかり(当たり前?)私は、浮世絵なら役者絵のほうが好きなので、いささかがっかり・・・。尤もただ券で行っているのだから文句を言えた筋合いではないが。
それにしてもなぜこんなに窮屈な展示の仕方なのか、混んでいるので説明書きを読もうとしても一苦労である。自分のペースで鑑賞していけないのはほんとにくたびれる。と言うわけで、早々に引き上げてきた。
気に入ったのは、やはり北斎だった。朱色で描かれていたしょうき様と滝を見上げる子供を連れた李白の2点が収穫だったかな。
近くのカフェで、さっとお昼を済ませて高島屋に駆け込みお中元コーナーに駆け込んで、やっと義理を果たしました。やれやれだ。どうでもいいことのような気もするのだが、やめる勇気がない・・・。
同じようなものに年賀状もあるが、こちらも毎年頭を悩ませるもののひとつだ。

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いよいよ憧れのシルクロードを歩ける。
河西回廊・西域南道・砂漠公路・天山南路と一度に経験してしまおうと思ってので、このような19日間と言う長い日程になってしまった。
しかもツアー料金が1人様追加料金や燃油サーチャージを入れると、軽く50万以上になってしまうので、貧乏な私は貯めていたマイレージを使って北京まで行き、そこのホテルでツアーに合流することにした。
と言うわけで、名古屋→成田→北京と大回りを余儀なくされてしまった(>_<)名古屋を14:25に立ち北京空港に到着するのが20:55だ。ホテルは、空港から近いと聞いているので、荷物のピックアップの時間を入れても22:00には着けると思うのだが・・・。
12時過ぎに家をでて、セントレアに着き成田までは国内線扱いなので国内線のカウンターでチェックインする。eチケットとやらを今回初めて使ったのだが、あんな紙切れですむのだから世の中便利になったものだと思う。荷物だけは、スルーで北京まで送れると言うので、成田では本人だけが出国手続きをすればすむ。以前インドに行ったとき、機体の整備ミスで大幅に出発が送れ、成田に着いた時には乗るはずの飛行機はすでに飛び立った後で、1人バンコク周りでインドに行き、予定が狂ってしまったことが有ったので、この乗り継ぎがいつも緊張する。が。今回はスムーズにいきほっとした。
飛行機の中では、サービスのワインを飲み食事を済ませたら、もう北京と言う感じだった。欧州便と比べるとほんとに楽だ。もっとワインを飲みたかったのにと・・・
北京に降り立ってびっくりしたのは、空港がほんとにきれいになっていたことだ。15年ぶりに降り立ったのだが、あのころは暗くてとても国際線と言う雰囲気ではなかったのだが、中国もオリンピックを控えて本格的にインフラに力を入れてきたと言うことか・・。
それに、入国審査のお兄さんたちもとても愛想がよくなっていて、それにも驚かされた。「謝謝」と言ったら何と返事が返ってきて、2度びっくりだ。
荷物をうけとり、迎えのガイドが待っているポイントに向かった。ほんとは、タクシーで行ったほうが安上がりなのだが、こちらは旅行社に確実に会うためにと懇願されたので仕方なく折れたのだ。
いかにもベテランと言った風情のガイドさんと何故か運転手さんの2人の迎えに恐縮しつつホテルに向かった。ホテルについて、ロビーで待っていてくれた添乗員さんに挨拶だ。24歳と言う若い女性だ。「これからよろしくお願いしますね」明日の説明をうけ、両替をして(これも一元15円で、当時の半分の値段で買えた)部屋に入った。何故か、3人とも部屋までついてきてくれたのだ・・・よほど頼りなさげに見えたのかなあ!ああー!明日から上げ膳据え膳だぞー!!!!

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昨日は友達とマックでランチしました。マックなんて、年に2回くらいしかいかないから新メニューにしました。1ヶ月ぶりに会って、旅の報告とこれからの旅の相談と、仕事の話なんかして別れた。
今朝は、中部電力の株主総会に出る予定だったのだけれど、急遽会社から電話があって、ミーティングに出席するようにとの事、仕方がないので総会はあきらめました。総会の中身にはあまり興味ないのだけれど出席するとお土産がもらえるのでそれが楽しみだったのだけれど、今年はだめだった!
やっと旅の写真をパソコンに写したので、これから少しずつ紹介していこうかなと思っています。
構図も何も考えずとっているのでしょもない写真ばっかりだけれど、19日間の写真の量はやはり結構多くて500近くになっていて驚きだった。
忘れないうちにといちいち名前やメモを付けたので、それだけでも大仕事でした。

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今、KDDIの光でインターネットやっているのだけれど、NTTも平行してサービスを再開することになったので、そちらえ乗り換えるように今年のゴールデンウィーク明けに、NTTと話がついていました。値段的には、KDDIの方が安いのだけれど、ウィルスチェックが無料で付いてくるというので乗換えを決めた。工事日がこちらとあちらでは折り合いがあわなくて、旅行から帰ってきてからということに決めました。
その電話が今日あったのだけれど、契約した時には聞いてなかったことが次々とでてくるし、無料で使える月は勝手に短くなっているし、営業と工事部の方の連絡はスムーズにいっていないしでほとほといやになってしまった。こちらの質問にもしどろもどろで、折り返し調べなおして電話をかけなおすことになった。営業の人から、電話がかかってきたので、「なんだかそちらの方の連絡はスムーズじゃないのね」といってやったら、「大きな組織なのでぶしょごとの連絡がいまいちなのは認めます」とのこと。民営化してずいぶんたつのに、まだ昔の尻尾が残っているのかと思ってしまった。
話しているうちにだんだんめんどくさくなってきたし、プロバイダー料金も説明受けた時より高く設定してきたので、「キャンセルしたいのだけれど・・・」と言うと、向こうも疲れてきたのか「お客様のご自由ですし、まだ工事が始まっていませんのできゃんせる料金も発生いたしません」と言う。「じゃあキャンセルします!!!いろいろごめんなさいね。」と言うことで、当分今のままで続く事になってしまった。それにしても、ほんとに疲れた。あんなんで大丈夫なのかと思ってしまった。

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ただいまあです!!!
昨日の夜帰ってきました。19日間という長旅だったせいか、空港に降り立ったとたん早くもドジってしまった。部屋の鍵をスーツケースの中に入れたまま、宅配頼んでしまったのです。(>_<)
それを気がついたのが、帰りの電車の中・・・ほんとに背筋が寒くなってしまった。
彼にメールして、家に戻ってくれるように頼んで無事入れた。
今日もいろいろやることたくさんなのに、何から手をつけていいのかわからずぼけまくっています。
旅は楽しかったけれど、現実に戻るのは・・・
明日から仕事が入っているので、頑張らねば・・・どうかぼけませんように!
旅の日記はこの後徐々に書いていこうかなあ。

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