好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

2013年04月

 
 旧国鉄の中央西線多治見から高蔵寺の間に廃線となった線路がある。
 
そこには、レンガで造られた古いトンネルがある。
 
それらは、2008年から、有志により一般公開がされている。
 
 以前からとても気になっていたので、今回歩いてみました。秋の紅葉の季節のほうが人気があるらしいがとても混雑するというので、新緑のこの時期にしました。
 
 多治見・高蔵寺間の13基のトンネルは1966年に廃線となり、茂った藪の中に忘れ去られてしまっていた。
 それが再び注目を浴びることになったのは、2005年、中央線の勝川駅の改修に伴い赤レンガのプラットフォームが撤去されることになったときだ。
 
 せっかくあるものなので町おこしに再活用しようとイベントが行われた。これがきっかけとなりトンネル群にたどり着いたらしい。
 
 そして、2007年、調査を開始して2008年に春と秋の一般公開までこぎつけたのだ。
 
 今はとてもきれいに整備され、時にはコンサートなども行われている。
 
 入り口で、100円の協力金を支払い階段を登り廃線路の敷地に足を入れる。
片道約1,7kmの距離で往復約2時間かかるという。足元は線路の敷石が敷いてありちょっと歩きづらい。
 
 公開されているのは、3号から6号までのトンネルだ。
 
 最初に通過するのは3号トンネルだ。全長約76m、少々小振りに見える。説明書を読むと、昭和になって大型のSLのD51が通過すると天井・側壁と数10センチの余裕しかなく壁に手が届いたとある。
 
 側壁がイギリス積み、天井が長手積み工法で建設されている。
 
 
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 多治見川出口が見えてきた。左側の茶色の落石防護さくは、レールが使われていて、製造年月、メーカーの刻印が判明できる。
 
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 新緑の中でも目立つ山藤の花。清楚できれいだ。
 
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 これらは、廃線路の残存物である。碍子犬釘など、調査・整備中に発見したものが並べられていた。
どれも手に取るととても重い。
 
 
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 この日は、新しく整備された場所でコンサートが行われていました。
 
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4号トンネルに着いた。強度を高めるためのアーチの追石は赤レンガの5重巻き、クラウン部分には要石が入っている。
 
 入口のところには、廃線になってから生えてきた木が存在を主張しています。
 
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 長さ約75m、時々天井から水が落ちてきます。
 
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 カエデの新緑が目に飛び込んできてはっとする。きれい!
 
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 200本を超える廃線上のモミジの中でも群を抜いて巨大な三四五のオオモミジ。樹齢二〇〇年とあったから、廃線になる前~ここにあったのだろうか?じゃまにならなかったのか?
 
 
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 アケビの実は、知っているが花を見たのは初めてでした。
 
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このあたりの渓谷は、玉野渓谷として昔はにぎわったそうです。今も面影は残っていますが・・・・。
SLが活躍していたころは、人々はお弁当などを持ってここに遊びに来たのだろうね。
 
 
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 有志の方々が掲げた看板。
 
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 トンネルも五号になりました。真ん中の丸いものはハチの巣です。今はもういないですが・・・。
長さ99m、トンネルのすぐ下には、旧玉野街道があるので帰路はこの道を歩いてきました。
 
 
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レンガの積み方の展示もありました。イギリス・長手・フランス積みと表示があります。レンガの積み方に名前があるのを初めて知りました。
 
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 いよいよ公開されているトンネルの中では最後の六号までやってきました。トンネル群の中では最も距離が長い。
 

 
 菅浦の里は、随筆家でもある白州正子の著書にも紹介された、奥琵琶湖の中にひっそりとたたずむ小さな集落である。
 
 今は、陸路からも道路で行くことができるが昔は船で行くのが主な交通路で、陸からは細い道が通じているだけであった。
 
 住民の方々は、そういう環境のせいか排他的なところがあり、用心深いと書かれている。
 
 案内人の方に、かんたんな説明を受けました。集落の中は30分も歩けば終わり。
けれども村の規模の割には、寺が多いような気がした。
 
 小さな漁港からは、観光船も出ているようだ。停泊中の船がつながれているのを右手に見ながら奥の方に進んでゆく。
 
 
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 家の壁を表面だけ焼いて、塩から腐食されるのを防いでいる壁が珍しい。
 
 
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 石垣の道
 
 
 街灯
 
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 地区への侵入者を知らせたという四足門と由来書
 
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 わきの石をどかすと前方に倒れて道をふさぐ仕組みになっている。それに火をつけて知らせたそうです。
 
 
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 同じ場所には菅神社があります。ここは素足で参拝するのが決まりで、冬の雪の積もっている時でも、集落の人は、素足でお参りするそうです。雪が30cmを越えたときのみ履物をはくのを許されているといいます。
観光客は、靴を脱いでスリッパに履き替えます。
 
 
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 私もスリッパに履き替えてこの石段を登りました。
 
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 寺の中の1つ。しだれ桜がきれいでした。浅井長政と関係があるようだ。
 
 
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 奥琵琶湖を展望台から見たところです。
 
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 今年最後になるであろうお花見のツアーに参加してきました。申し込んで休みをもらったものの、例年になく早くよその桜は開花してしまっていたので、桜が残っているのか本当にドキドキものだった(>_<)
 
 さくら情報をチェックするとぎりぎり満開に引っかかっている。奥琵琶湖は春の訪れが遅くて、ここの桜が咲くとようやく春が琵琶湖地方にやって来たのだと実感するという。
 
 近場なので集合時間も9時とツアーにしてはとてもゆっくりである。バスの方も、革張りシートのゆったりシートで楽ちんだ。
 
 名神高速からみるとヤマザクラはかなり残っていてぼんやりとした遠くの山々の新緑が美しい。山つつじや山吹の花がところどころ咲いている。
 
 
 2時間ちょっとで白州正子氏の著書「かくれ里」でしられた菅原地区までやってきた。散策は後回しにとりあえず船に乗ります。
 
 ここのお勧めは船からのお花見なのだ。
ふねで15分ほど走ると、湖岸に並んだ桜並木が見えてきた。川下りでの花見は珍しくないが、湖の船上から花見というのは初めての体験だ。
 
 触れれば散ってしまいそうなほどのぎりぎりの満開です。もっとも湖面に散った花びらを眺めるのもかなり素敵な感じでしょうが・・・・。
 
 
 
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 この日はとても暖かくなったので船に乗っていてもそれほど寒さは感じない。
 
桜というものはどうして水面に向かった枝を伸ばしていくのだろうか・・・・。
 
 陽気に誘われてたくさんの人が歩いている。
 
 
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 赤く塗られたお堂も美しい。
 
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水面に触れてしまいそうなほど枝を伸ばしているものもある。
 
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 大型観光船ビアンカ号もゆったりと運行している。ビアンカ号には以前乗ったことがあるのだが、中でお食事などもできる。あれは新年を湖上で迎えるというツアーだったかしら?お雑煮を食べた覚えがある。
 
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  琵琶湖では、カヌーを楽しむ人も多い。この方は、桜の木の下にカヌーを止めて、読書をしておられました。なんという贅沢なのだろう。
 
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 湖面に桜の影が映ってゆらゆらと・・・・。
 
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 遠近法の見本みたいな桜並木が続く(^^♪
 
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 船は方向を変えて、出向した船着き場に戻ってゆく。山が丸ごと湖映り込んできた。琵琶湖を鏡にして山の神の身だしなみチェックかしらん(^O^)
 
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 戻ってきたところで、お昼御飯です。花見会席とあったが、それらしいものはなくてちょっと残念です。早めに切り上げてかくれ里の散策に出かけよう。

 
 道の駅で、近くの見所がのったマップをもらう。
 
見るとカタクリの群生地がちかくにある。見ごろは過ぎているかもしれないが、ともかく行ってみることにした。ついでに千本サクラとある寺尾ヶ原地区にも行ってみようか。こちらもひょっとしたら桜が残っているかもしれない・・・。
 
 
 武儀川沿いの道を走り、田んぼの中へとちょっとそれると、看板が目に入ってきた。
 
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私は、カタクリの群生地を見たことがない。今年は3月が暖かかったのでもう遅いかもしれない。カタクリの花の蜜を求めてギフチョウもやって来るらしい。
ギフチョウは、貴重な蝶なので保護されているという。飼育されているものは見たことがあるが、自然界にとんでいるものをまだ見たとこがない。こちらもあえるとうれしいのだが・・・。
 
 
山の中に入っていくと、管理をしてくださっているらしい男性が迎えてくれた。
タモをもってチョウを獲りに来た人を注意したらごみを捨てて行ったと怒っていた。
マナーの悪い人はどこにでもいるが、腹いせをする人は最低だよね。
 
聞けば、もう盛りは過ぎてしまって、日当たりの悪いところに残っているだけだという。
教えられた奥の方へ進んで行く。
 
ギフ蝶の姿は見ることができましたが、カメラにおさめるのはむりがありすぎ(>_<)
 
小さくてとても可憐だ。
 
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 94号線を峠のほうに走ることしばし。桜並木が現れた!それは本当に突然といった感じで我々の目の前に出現したのだった。
 
 風に花びらがはらはらと散っている・・・・。
 
 「わああああ!きれいだああああ」
 
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 車を止めて散策だ。「間に合った」という感じでなんだか得した気分だ。
山の中の桜のせいか、幹もなんとなく細くて花も小ぶりだ。でもそれが繊細な感じでここにはよく似合っている。
 
 こんな場所があるなんて全然知らなかったが、とてもいいところだなあ。秋には紅葉も美しいとある。
 
 
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 眼も満腹になったので、そろそろ戻ろうか。
曲がりくねった山道を一気に下っていく。
 
 この日は青空に泳ぐ鯉のぼりもいくつか見ることができた。最近は大きな鯉のぼりをあげる家庭がなくなってきて、武者飾りが主流を占めているようだが、田舎に行くと敷地に余裕があるせいかまだまだ鯉のぼりをあげている家庭がある。
 
 悠々と泳いでいるのを見ると、なんだか嬉しくなってしまう。
 
 この鯉のぼりは、138タワーのものです。138mの高さをのタワーにも登ってみた。
濃尾平野が一望できるもので、木曽川国立公園の中にあります。
 
 
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 思いがけない桜にあえて幸せな一日になりました。

 
 
 1つだけ残ってしまっていた岐阜県道の駅32番目むげ川・・・・。
 
100円レンタカーを借りて行ってきました。
 
 1つだけなのでゆっくり11時にレンタカーショップを出て、国道を進むこと約50km。
今日は土曜日なので、賑わっている駅に到着した。
 
 
 おなかもすいていたが、ともかくスタンプを押す。
 
 
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 2年近くかかってようやく岐阜県が終わったことになる。
 
 「ばんざーい!」
 
 さておなかもすいているので、名物を頂くことに。1日12食限定という桜御膳をいただきました。
見た目も春らしくてとても優しい気分になる。
 
 地元の食材を使ってるという。おいしくいただきました。
 
 
 八重桜ののった押し寿司
 
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 おかずの方は、
 
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 おなかも心も満足した後は、眼を楽しませるために少し足をのばしてみます。


家からすぐの桜3月30日


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 今日の朝

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 踏んで歩くのが申し訳ない感じです。

 
 今回も3匹の猫に出会いました。
 
 1匹目は、大垣城公園のベンチのそばにお行儀よく座っていた猫。
ベンチで女性が、お弁当を食べていたのでおこぼれを期待していたのかも・・・・。
 
 でもね、猫ちゃん。彼女が食べていたのはお稲荷さんだったんだよねえ。
 
 
 
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 次の2匹は、駅に向かって歩いていた時見かけた。商店街のとあるお店に居ついてしまったのらちゃんだそうです。やさしい店主は、顔をきれいにして医者に連れてゆき、去勢までしたという。
 
 後ろの白黒の子は、まだ小さく、いつの間にか先住猫に付いてきて住み着いてしまったと言う。でもまだ慣れていないそうで、先輩猫以外には気を許していないとか・・・。
 
 先輩猫は、男でも去勢されているからか、母性本能があるそうでおっぱいをしゃぶらせてあげるのだとか(*^_^*)
 
 
 
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 ちなみに白の方は、花粉症で目が真っ赤でした。猫でも花粉症になるんですね。犬と猿は聞いていましたが。
 
 
 花壇のスミレと
 
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 こて絵のような橋の欄干が美しい。京橋とあります。

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 城下町らしい雰囲気を壊さないようにと、配慮されたカフェがありました。

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川燈台の住吉燈台(灯台ではなくてこの字があてて有りました)です。芭蕉は、元禄2年「奥の細道」の旅を終え、水門川から桑名へ下ったそうです。近くには、「奥の細道結びの記念館」もあります。

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 水門川から牛屋川に入って行きます。こちらはあまり見物の人がいない。

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 ここでおかしなもの発見。オブジェなのかガードレールの代りなのか?どちらにしてもなんだか変だ。

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 いつもの事ながら下水のマンホール蓋も気になります。

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  大垣城にも寄ってみます。1536年築城されたと言われる。7つの門があり堅牢な城といわれた。関ヶ原の決選の折には、石田三成の本拠地となった。

 1635年からは、戸田氏の居城となり明治まで太平の世が続きました。今はコンクリートですが・・・。

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 しだれ桜と天守閣です。

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 裏手にある公園では桜祭りが開催されていました。大島しだれさくら。

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 戸田氏の銅像と天守閣

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 お腹も減って来たのでそろそろ帰ります。お蕎麦屋さんでカレー南蛮でも食べたいな。

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