好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

2014年08月


 庭は、小堀遠州の作といわれています。秀吉が、寄進した御所の清涼殿を拝領したという方丈の前にある。

 典型的な禅院式枯山水の様式で、庭の一か所に樹木と石組をまとめ、広い余白を楽しむ名園となっている。方丈、庭園、借景の山並みが調和していて、こういうのを「借景式庭園」というのだそうだ。

 
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 寝殿造りの美しい屋根をもった北条の襖絵は、狩野元信・永徳によるものである。
また小方丈の襖絵は、狩野探幽の「水呑みの虎」で有名だが、現在はレプリカがはめられていた。以前訪れた時には、本物だったような気がするのだが・・・・。

 方丈の後方に回り込んで行くと、高床の回廊が巡っていて、幾つかの小さな庭が点在している。

 
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 何故か一枝だけ色づいたもみじが・・・・。

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 バスは、京都大学を目指す。といっても目的地は、其処から歩いて五分ほどの「重森三玲邸庭園」である。
 近くには吉田神社もあり、そちらも訪ねる予定だ。京都は何度も訪れているのにこの辺りに来るのは初めてです。

 旧重森邸は、吉田神社の社家の鈴鹿家のものだったものを、重森三玲が譲り受けたもので、本宅は享保期頃、書院が寛政年間と伝えられる江戸期の建物だ。

 これら江戸期の建造物に、三玲が新たに自ら設計した二つの茶席と、
 書院前庭、坪庭、茶庭が加えられた。

 枯山水式の庭は、この暑さの中でも苔は際立つ美しさを保っており、管理人の苦労が行き届いているのを感じる。

 苔が、砂の部分に侵入してこないようにするのはとても骨の折れることらしいです。

 
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 茶席前の蹲。

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 デザインが際立つ。坪庭に面した部分。

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 茶席の「好刻庵」。斬新なふすまが目を引く。

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 書院前の部分。蓬莱島等が配されている。

 
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 渡り廊下の天井の灯り。

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 川の流れの様に見える。

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 こちらの建物は、新しい部分ですが、デザインが凝っていて心惹かれる。

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  今ここにあるものを全部否定するのではなくて、新しいものをいれ込むのは発想が大事なのだろうなあなんてかんじた。

 吉田神社にお参りします。

 本殿は、春日造り。

 
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 本殿からさらに奥の方に進んで行くと、斎場所大元宮なる宮があります。
屋根は入母屋で茅葺き、六角形の形をしており、千木、鰹木が上がっており、これらは「吉田神道」の理想を表したものらしいです。

 
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 こういう建物は初めて見ました。

 暑い京都でしたが、やはり都は良いなと思った一日でした(^^♪


 昼食場所の「桜鶴苑」さんは、南禅寺のすぐそばにあります。
1200坪の敷地内に、大正4年に建てられた数寄屋造りの邸宅と山水式庭園と新館等があります。

 
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 人数が多いという事で、我々は新館でお食事をいただいた後に、お庭を見せてもらう事になりました。
 普段は日のあるうちは、お酒はいただかないのだが、今日は晴れの日という事で赤ワインのグラスを注文する。(^^♪

 月ごとにメニューが変わる様で、葉月のメニューの中の一部はこんな感じでした。

 
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  お食事の最中、ふと外に目をやるとこんな動物が・・・・・。イタチでしょうか?
庭のどこからか出て来て、流れの中に入りごそごそしていたと思ったら、口に何かを加えて去って行きました。びっくりしましたよー!

 
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 お店の人の案内を聞きながら庭園と数寄屋造りの屋敷を見せていただきます。
 茶室も離れのをいれると2つほどあり、見事な石灯篭があちこちに配されているのが目を引く。
  7代目小川治兵衛によるもので、「植治の庭」中ではあまり知られていないとのこと。
彼は、この辺りの邸宅の庭園を数多く手掛けているそうです。近代庭園の先駆者として「丸山公園」「無隣庵」「平安神宮」等がゆうめいかなあ。

 少人数の場合は、屋敷の方でお食事をいただけます。庭を眺めながらのお食事はとても気持ちがいいだろうな・・・。

 
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 庭を進んで行きましょう。

 
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 池の向こう側から

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 お庭はもちろんですが、私はここの石灯篭に心惹かれました。

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 集合時間までは、1時間以上あったので近くの野村美術館に行ってみたのですが、あいにく夏季休暇に入って居て閉館していました。
 さてどうしたものか、南禅寺も永観堂も以前に訪れているし・・・・。かといって市立美術館まで足を伸ばすには時間が足りない(>_<)

 結局、記憶があいまいになっている方丈庭園を訪ねる事にしました。

 最近浴衣で入場すると料金が割り引かれるとかで、この日も結構浴衣姿の女性が見受けられました。

 
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  方丈までやってきました。

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 庭を見るのも好きだ。最近気になっている作庭家に重森三玲がいます。
 
 
で、ツアーでしたが、いくつかの庭を手っ取り早く回れるというので真夏の京都に覚悟をして行ってきた。
 
 ここのところ天気が良くない日が多くて、いきなりの雨を心配したのだが、当日は晴天でした。
 
 最初の訪問場所は、東福寺の方丈庭園です。
モミジで有名なお寺さんだが、夏はさすがにそれほどの観光客もいなくてすいている。
 
 
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 東西南北に4つの庭が配置されており、「八相成道」にちなんで「八相の庭」と称される。
「八相成道」とは、釈迦の生涯における8つの重要な出来事を表すのだという。
 
 方丈の4方に庭園を巡らせたものは、ここだけで重森三玲によって昭和14年にかんせいされたものだ。
近代禅宗庭園の名庭として世界各国に紹介されているそうです。
 
 まずは、方丈の南側にあり、恩賜門の有る南から見ていく
ここには、8つのうち「五山」「方丈」「八海」「鳳来」など6つが石や砂月山などで表されている。
 
 
 
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 「五山」、本来ならま緑の苔なのだが水を与えられていないようで赤茶けた姿になっていました。
手前の砂利の渦が「八海」を表すのだそうだ。
 
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 右手の建物を回り込んで行くと、西庭がある。この庭はさつきの刈込と石で方形に区切り市松模様に図案化してあり、「井田市松」と呼ばれている。モダンでとても楽しみにしていたのだが、季節が悪かった。ここも赤茶けてしまっていてこんな感じでした。(>_<)
 
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 通天台を過ぎ北側に向かう。ノグチ・イサムが「モンドリアン風の新しい角度の庭」と評したという子市松の庭があらわれた。
 秋には紅葉と一体となりとても美しいらしいが、ここもやはり赤茶けてしまっていました。
 
 でも禅というものの本質を垣間見られたような気がするお庭でした。
 
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 最後は、「北斗七星」を配しているので「北斗の庭」と呼ばれている東側の部分だ。
北斗七星に見立てた石は、もとトイレの柱石の余った石をりようしたものなんですって!
 後方の生け垣は天の川を表し足元に広がる宇宙を感じられる雰囲気になっている。
 
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 庭を維持していくことの大変さをつくづく感じながら建物の外に出てきました。
 
 集合時間までまだ時間があるので汗だくになって散策だ・・・・。
 
 三門
 
 
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 有名な通天橋と開山堂は以前に行っているので、今回はパスです。
 
 本堂
 
 
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 美しい回廊。仏教建築における回廊は本当に素敵だ。
 
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 むせかえるような緑という陳腐な表現が当てはまるもみじの群生。これらが秋には真っ赤に染まるんですよね(*^_^*)
 
 
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 通天橋が見えます。
 
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 ここのお寺の庭は、日陰になっているせいなのか苔が見事でした。
 
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   この後は、桜鶴苑というレストランで京懐石のお昼だ。このレストランでもお庭を拝見できます。
 
 


 昨日、久しぶりに京都行ってきました。
途中土山のサービスエリアで・・・・・。

 親ツバメと同じ大きさになっているのにまだ餌をもらっていました。
まわりにも幾つかの巣がありましたが、それらはみな空になって居て無事に巣立った様子でした。


 この子たちも早く巣立たないと南に帰る体力がつかないのではと余計な心配をしてしまいました。

 それにしてもツバメって本当に可愛い。

 

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 昨日台風が接近している中、袋井の遠州花火大会に行ってきました。
袋井インターを出た頃から雨が降り始め、カッパ上下を着用しての見物となりました。

 で思ったのですが。「花火って雨でもきれいに上がるんだなあ!」という事。
アナログ人間の私は、火薬が湿ってだめなのではなんて思っていたのです( 一一)

 ただし、シートをかぶったりしているので撮影はほぼ無理。

 ここの花火は、歴史は浅いものの年々注目されてきていて、雨の中でもたくさんの人々が集まってきていました。

 花火のコンテストや音楽花火など、25000発の花火に楽しい時間を過ごせました。

 良かったので来年もう一度来ようと思っています。
ボランティアや警察などの誘導も的確で、退場の時間がかかっても整然と列が続き、ゴミも無く花火以外にも感心してしまいました。

 来年は暑くても良いから、晴れた空の下で見物したいなあ・・・・。

名古屋に帰ってきたのは、夜中の1時過ぎ。幸いタクシーを捕まえられたので、自宅まで10分ほどでたどりつけました。

 すぐに濡れた物を干したいところですが、こちらは台風のおかげで外に干す事が出来ず、部屋の中で咲き誇っています。

 
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 5日の日、雨が降るか心配していたのだが、北びわ湖大花火大会に行ってきました。
昼過ぎにこちらを出発して2時間ほどで長浜に到着です。
 
 花火が上がるまでの時間は、自由なので5時半ころまで街の散策をしました。
10年ほど前までは、長浜には結構足を運んでいたのだが、最近は全然いかなくなってしまっていた。
 久しぶりの長浜はかなり様変わりをしていて、オルゴール館の代わりにフィギュア館ができていたり、ヤンマーミュージアムなんてものまでできていました。
 新しくできた施設のうち、今重屋敷能舞館と曳山博物館に行ってみました。
 
 今年はNHK大河ドラマ黒田官兵衛のゆかりの地という事で地元は観光客誘致に懸命といった感じ。
 
 長浜は、秀吉の時代に発展した町なので、通りのマンホールのふたにもひょうたんがあしらってありました。
 
 
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 米原から琵琶湖東岸を越前まで北国街道が走っています。
 
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  目的の今重屋敷は、もともとは酒屋を営んでおり、長浜町の十人衆の1人でも有った。
その蔵を利用して能に関係するものを展示してあった。
 
 残念ながら展示物は撮禁止です。
 
 本物の能舞台の二分の一のスケールで造った舞台には上がることができます。
 
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 表構え。
 
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 長浜といえば子供歌舞伎で有名な曳山祭りがすぐ思い浮かぶ。四月の中旬に行われる祭りで、秀吉が長浜をおさめたときからはじまりといわれている。
 「後三年の役」をあらわした「太刀渡り」を待ちの年寄り10人衆に行わせたのが長浜八幡の祭礼だ。
 
 その後、秀吉が男子誕生の祝いの砂金を町に贈ったのを原資に町人たちが曳山を造営し祭礼に曳くようになったそうだ。
 
 その曳山のドックや展示がしてあるのがこの博物館なのだが、ここも撮影禁止です。
 
 
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 毎年4つの曳山の上の舞台で子供たちが歌舞伎を上演する。舞台の大きさは6畳ほど。
町のあちらこちらに山をしまっておく曳山蔵があり、祇園や高山の山とはまた違った良さがあります。
 
 こちらのお店は、仏事や神事に必要なものを売っていました。看板がろうそくなのが目を引く。
 
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 一旦バスに戻り、夕食のお弁当を頂いてから琵琶湖畔の打ち上げ場所の近くまで向かった。
椅子席の指定席なので場所取りはしなくてもいいのがうれしい。
 
 さあと思ったところで、カメラの内臓で何かが起ったらしくうまく写せない。1回撮影しても次になかなか移ってくれない・・・・(>_<)
 というわけで今回は花火の写真がありません。最初に移した抽象画のような1枚がこれです。
 
 
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 実は、9日の日も袋井の花火大会に行く予定なのだが、台風の関係で天気が荒れそう!
開始されるのかも怪しいし・・・・。
 
 家にある古いカメラを引っ張り出してきたのですが、きれいに写せるかわからないし、かといってあわてて新しいカメラを買いに行くには情報を集めていないし・・・・。
 
 と今悩んでおります。中止になりそうだもんねえ( 一一)

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