好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

2016年02月


 人ごみから逃れてほっと。

 人間がひしめき合っているといった感じでした。

 それにしても屋根の埃のすごい事!暑くてもマスクを手放せません。マスクをしていても鼻の穴が黒くなっていた。

 
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 八百屋さん。

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  パンを売りにきた女性と
 
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 立ち話。それにしてもビッグママである。

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 再び人ごみの中を必死の形相で車に戻ってきて冷房の効いた車内にほっとする。文明の利器とは本当にありがたいものである。

 我々の小型バス。かなり古い日本製ですが、これでもましな方らしい。屋根の上に荷物を積んでいる。

 
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 お昼を食べた後すぐ隣の国立文化センターに移動です。
建物の横にあった植物。ヒョウタンだそうです。楽器や食器に使うという。

 
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 文化センターとはいっても、午前中見学したアシャンティ族の建物を利用したものなので、狭い。
写真はNGでといわれる。

 
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 続いて今も国民の絶大なる指示を受けている王様の旧宮殿を見にゆく。

 マンヒヤ王宮の入り口。

 
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 古い王宮、ここが博物館になっています。王様は今は隣の新しい建物に住んでいる。
展示品は王達が使っていたもので、日本製のテレビやエアコンがありました。ここも内部は撮影禁止です。

 
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 王様専用のパトカー。写真が貼ってありました。

 
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 こちらはホテルに戻る途中見かけた移動診療所です。このような車がたくさんになると、子供達の寿命も長くなるかもしれない。今は、祈祷師などに見せるだけなので簡単な病気をこじらせ無くなってしまうのが多いそうです。

 
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 明日は、首都のアクラに移動します。アクラは、野口英世の研究所の有った町である。

 この彫刻は、豊穣のシンボルであちこちで見かけます。お土産にとこれをあしらったキーホルダーを皆さんたくさん買っていました。なんとなく宇宙人的で素敵ですよね。

 
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 アフリカは、どこに行っても彫刻が素晴らしと思う。内から湧き出てくるようなエネルギーを感じるのだ。

 
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 内陸に入ってきたので多少はましかなあと思っていたがやはり蒸します。
最初にバスが向かったのは、世界遺産にも指定されているアシャンティ族の伝統的建築物です。

 この時間はまだそれほど渋滞が出ていないので比較的スムーズに車は進んでいく。

 タクシー。メーター制ではなくて交渉制です。乗り合いバスは、安いけれど満員になるまで出発しない。急ぎの時は、タクシーを利用するようです。
 
 
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 世界遺産だというからもっと大きな建物を連想していたのですが、小さな埃をかぶった家1棟でした。
元々あったものはイギリスとの戦争でなくなってしまい、今あるものは修理をしたものだそうです。

 建物がある村。赤茶色に染まってしまっている。

 
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 外観。

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 中庭を囲むように各部屋がある。泥やヤシの葉が建材として使われている。元々はこのようなものでした。

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 熱帯に属している地域らしく通風を考えて造られていて、壁は彫刻が施されて透かし彫りになっていたのだが、修復によって埋められてしまっている。立てかけてあるのが元々の壁の構造です。

 
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 動物をかたどった彫刻が壁には彫られていて、それぞれに意味があるということでした。

 
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 続いてケンテ織で有名なボンウィレ村に移動する。工房の周りには何軒かの家があり共同で作業をしているようだ。
 大きな水の入ったタンク。ここに水を汲みに来るのだね。

 
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 珍しそうに我々を見る。日本人はめったに見ることが無いのだろう。

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 工房に入ります。織物をするのは男の仕事だったが、近年は女性も織り始めているという。この織りかただと力がいるものねえ。

 
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  王様たちの来ている民族衣装もこの織りものだ。

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 表に出ると子供達が集まってくる。

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 何とも言えない表情をする女の子。元気で暮らせますように・・・。

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 街に戻って西アフリカ最大規模の市場を見学する予定なのですが、渋滞が始まっていてなかなか進まない。
これは、兵隊さんの兵舎です。丸い形をしている。

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 動かないので次から次へと物売りがやってくる。見ていると売ってないものはないというほどいろいろなものが売られている。車のカバーからマットレス、梯子、スーツの布地等々。我々は動くスーパーと呼ぶことにしました(^^♪
 余談ですが、ドライバーさんが買った携帯バッテリーは、新品に見えたのですが全然動かなかったそうです。ガイドさんによるとこういうところで売られているものは、賞味期限が切れたものやバッタもんがおおいという。

 結局途中で車を捨ててしまった。

 
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 焼きイモならぬ焼きヤムイモです。

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 ここでも大量の靴が・・・。ともかく靴屋さんが多い。

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 人が多すぎて先頭を見失ってしまった。えこんなところではぐれたら確実に迷子になってしまうわ!と思っていたらあちこちから「ハポン、ヤポン、ジャポネーゼ」の声がかかり、先頭の行った先を教えてくれる。
見られているわー!恥ずかしい。

 これはコーラナッツです。かんでいると覚せい作用ですっきりするそうですが、あのコーラとは無関係だとか。

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 商売道具のたらいを敷いているのはポーターの女性だ。彼女たちは、買い物したものをこの洗面器に入れて指定の場所まで届けてくれる。

 
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 このまま歩いていると問題が起きそうなので、高い建物の家と交渉してそこのベランダから見させてもらうことになった。全員ぞろぞろと移動していくのだが、歩いているだけで緊張する。


 クマシは、かつてこの地の黄金で栄えていたアシャンティ王国の首都があった街だ。
17世紀から20世紀初頭までガーナの森林地帯を支配していたアシャンティ族による連合王国である。

 18世紀からは、イギリスやオランダに奴隷を送り見返りに武器や火薬を手に入れ近隣諸国を征服していった。
しかしイギリスによって植民地化され王は一時シエラレオネに追放されてしまう。
 1924年に帰国を許され現在もアシャンティ族の首長として王宮に住んでいる。

 途中目につくもの興味を惹かれるのでその度に車は止まる。

 パームヤシで造る油の工場です。一番油から順番に作ってゆき、当然のように品質も落ちて行きます。とても安価なので、貧者の油と呼ばれている。

 これはかす。油かすなので肥料に使われるのだと思う。

 
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 ヤシから実を取る。

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 この道具は、一番油を取った後さらに使えそうな実を選別していくものだ。

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 続いて車が止まったのはカカオ工場だ。今は収穫の時期ではない。

 青いカカオ豆。

 
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 中身を割ると、白い綿毛に包まれた実が出てくる。

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 それを干して乾燥させ、製品にしていく。

 
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 食べてみたが、ざらっとするだけでおいしくも何ともない。

 家族全員出てきました。

 
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 今走っている道路に関して・・・。

 
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 ヤシはお酒の原料にも使われます。テキーラはリュウゼツランを原料にしていましたが・・・。
 ヤシから取った液体を発酵させていく。蒸留酒と醸造酒がありパームワインなどとも呼ばれている。ここで造っているものは蒸留酒です。
 安価なので好まれて、密造酒もあるらしいが、ここのものは政府の許可を受けて製造している。

 
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 しみだしてきてます。


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 出来上がったお酒。飲ませていただきましたが、焼酎や泡盛を連想しました。

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 道草が多かったうえに、クマシ市内に入った所で渋滞にあってしまい、市場の見学は明日に持ち越し、そのままホテルに向かうことになった。

 旅行中唯一の連泊です。
 


 まずは昨日も訪れたエルミナにゆき、魚市場を見学する。

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ちゃんと入場料を払っているのだが、あちこちでじゃま者扱いをされる。血気盛んなおばちゃん達に体をぼんぼんたたかれたりもする。(暴力ではありません。あっちへ行きな-的な・・・)
 よそ者なのだから仕方がないとは思うけれど・・・・。

 
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 マグロ・カジキ・鰆などの大物から小魚や蟹・イカ・エビまであらゆるものが集まってきている気がする。

 
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 とはいっても衛生状態は良くない。船の下を見ると・・・・。

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 ブタまでがなぜか餌を求めて歩いている始末である。

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 でも昨日の夜食べたイカ・エビは美味しかったなあ!あれも此処からやって来たんだろう。
次々と漁を終えて船が戻ってくる。

 
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 この後は、もう1つの城塞ケープ・コートに向かっていたら地引網をしている姿が目に入った。急遽止めてもらう。参加したかったらいいよというのでさっそく入れてもらう。同じ掛け声で引っ張るのはどこの国でも一緒です。かなり大きな網らしく、ヤシの木に巻き付けたりしながら引っ張っていくが中々網が姿を現さない。心残りではあったが、予定があるのでここを後にした。

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 漸くケープ・コーストに着いた。ポルトガルが建設したもので、取引時には商館と停泊地を兼ねた。

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 4世紀もの間に渡り1250万人以上のアフリカ人を強制移住させた環大西洋奴隷貿易は、スペイン・ポルトガル・オランダ・イギリス・フランス・デンマーク・スウェーデン、北アメリカなど多くの国々が絡み、その力関係戦争の勝敗で主導権が移り変わってきた。
 これらは、ホロコーストや原爆投下などのように民族根絶や戦争の憎悪によって生まれたものではなくて、贅沢をしたいとか美味しいものを食べたい楽をしたいという欲望がもたらしたものだった。

 ケープ・コーストは、その負の遺産における最大の奴隷貿易遺構である。
城塞の地下牢には最大で1500人もの奴隷を留め置いていた。


 奴隷部屋のあったところ。ゆるやかに傾斜が作ってあるのがわかる。

 
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 部屋の一角には、ここを訪れた世界中の子孫の人々の供え物や花束などがありました。この祭壇は、後に造られたブードゥー教のものです。このようにアフリカンの人々の間では、自分のルーツを訪ねる旅が静かなブームになっているようでした。
 2009年には、オバマ大統領婦人が訪れ話題となった。

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 不帰の門に向かって続く道。この先に海に通じる扉がありそこをくぐると二度と戻ることができなかった。

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 門をくぐった先の光景。海に向かって道が続く。そこには船が待っていた。
 
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 今ではすっかり漁村となっていました。

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 展示品の中から・・・この辺りの海岸を歩く先住民の方々。

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 ガーナには、80以上もの部族があるそうです。

 城塞の一画にあったお土産屋さん。

 
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 この後は、かつてこの地で栄えたアシャンテイ王国の首都であったクマシに向かいます。


 エルミナは、大西洋における奴隷貿易の一大拠点であった。人類の負の遺産として世界遺産に登録されている。この地に最初にやって来たのは、15世紀交易の拠点を求めていたポルトガルであった。

 そののちオランダ、イギリスと支配国は変わったが金と奴隷貿易は変わることなく続いた。

 ポルトガル人は、ここに要塞を築き貿易を独占したのだった。奴隷貿易が行われるようになると、各地から集められた黒人は男女に別れ、狭い部屋に押し込められ生き残ったものだけが、不帰の門を通って奴隷船に乗せられ、大西洋を越えカリブ諸国まで運ばれ、プランテーションなどで働かせられた。

 排泄も睡眠も立ったまま行うような過酷な環境に耐えても船上で亡くなるものも多く、彼らはそのまま海に捨てられた。

 最初のうちは
黒人の部族同士の戦いで負けた部族が売られたらしい。つまり黒人が黒人を売っていたのだ。そのうち貿易を生業とするものが表れ、ヨーロッパ人も加わるようになっていった。

 跳ね橋を渡って中に入ります。

 
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 すると中庭に出ます。イギリス時代になると兵舎としてもつかわれた。

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 奴隷部屋として使われていた部屋を見て行く。窓もなく湿っぽい。今我々の踏んでいる床には、血と汗と糞尿が積もっているのだ。ところどころ掘り返してオリジナルの床を見せている部分もある。

 雨が降ると小さな窓から降りこんでくる雨が地面に伝わりほんの少しだけ地面を洗い流してくれたという。

 この壁の内側が奴隷部屋になっていた。

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 皮肉なことにこの奴隷部屋の上には教会があった。イエス様は、何と考えていたのだろうか?


 斜めの壁は、兵士の訓練用に使ったものだという。隣の部屋にはどくろマークがついていてここに入った黒人は2度と出てくることはなかったそうです。

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 海に面した城壁の上を歩いてみます。

 
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 海岸線に並んでいる穴の開いた建造物は船をつないだ場所だそうです。

 
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 漁師さんたちが網の繕いをしているのが見える。

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 先ほどわたってきた橋。その奥には魚市場があり、明日の朝訪れる予定になっている。
 
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 今の時期、このギニア湾沿いではアフリカらしい青い空は全く見えない。毎日このようなどんよりとした日が続くのだという。

 
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 ガーナといえば、お葬式のお金をかけることでも有名なのだそうだ。このように葬式の告知を貼りだして皆に知らせる。
 
 
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 人々の暮らしがのぞけます。

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 缶で遊ぶ子供達。同じような遊びがあるんだなあ。

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 我々の泊まったホテル。海に面しているので風の音がすごかった。

 
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 ナンバープレート2種類。

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 国旗です。

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 今日は、2ヶ国目の国ガーナに入国します。

 ガーナは、コートジボワールが内戦だったときは、経済的に潤っていたが、今は停滞している。
他の国とは違い英語圏なので外国人が少なく、また他国に出稼ぎに行っても言葉の壁があってなじめないという。

 我々は、ガーナというとチョコレートを連想するが、この国でチョコレートが生産されるようになったのは、最近のことだという。今でもチョコレートを生産しているのは一社だけである。この暑さでも溶けないチョコを作らなければならない。味見してみたが、美味しさという点ではやはり少し残念な感じでした。

 コートジボワールが、象牙海岸と呼ばれたようにこの国もかつてはゴールドコーストと呼ばれた。人口2590万人あまりで、1957年、サハラ砂漠以南において初の現地人による独立を成し遂げた。

 国境辺りの様子です。いつもよりかなりスムーズに進んだようです。ここで通貨も変わります。他の3か国は共通通貨なのだが、ガーナだけはセディという単位を使っているのだ。
 

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 国境の川です。

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 ガーナ側に入りました。
うーん怖い顔だあ!

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 税関審査待ちのトラックが並んでいる。

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 舗装が終わったばかりなのかものすごくきれいな道路である。こういう道路ばかりだと埃がたたないのにな。

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 今日のお昼は、お弁当だ。とはいっても外で食べるのではなくて地元のレストランの2階を借りていただきます。
フランスパンやバナナ・ツナ、イワシの缶詰とトマトが車の中から降ろされた。

 この2階を借りました。

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 この店のキッチン。流しもないので水は垂れ流しだ。ニワトリやヤギが飛び交っている中揚げ物などが作られていく。

 
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 これはヤムイモをついてフーフと言う食べ物を作っているところ。後日いただきましたがとてもおいしかった。

 
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 ふたの代わりにビニール袋を使って蒸し物をしている。

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 店員さん。写真を撮られるのが大好きです。タンクの中に水が入っいて、たらいの中で食器を洗う。

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 食後に少し歩いてみたが暑くて10分と持たない。

 売るものがないお店。

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 頭の上がショーケースになっている。

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 道の上に広げて・・・ごみではありません。洗ってきれいにして売るのだ。

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 集まって来た子供達。
 
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 おしゃれをして教会に行ってきた帰り。

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 こちらでは赤ちゃんをこのように腰の上にのせる。前から見ると足しか見えない。

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 3時半頃ようやくエルミナまでやって来ました。今では漁村ですが、かつてはこの辺りは奴隷の積出港だった。

 お昼寝タイムです。

 
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 これから漁に出る舟が集まって来ていた。カラフルだあ!

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 橋を渡ってセントジョージ要塞に向かう。橋の上にもたくさんの物売りが並んでいます。


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 ヤシが何本か並んでいてその下ではカップルが・・・。

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 昨日は、岐阜県の「ふるさと旅行事業」の適用による明知鉄道の「冬の沿線美食の旅」というのに行ってきました。
ランチ予約の取れない料亭でのお昼をいただき、後はフリー切符を利用して岩村の伝統的街並みを歩いて来ました。通常より2500円も安かったのでお得感満載!

 ものすごーく久しぶりでしたので、沿線の風景もかなり変わっていました。

 まずは、季節をちょっと先取りした日本料理を味わいました。

 お内裏様の器をあしらった先付。アンコウの肝をアレンジしたものを初めていただきましたが美味しかった。

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 冬ごもりの様子を表したお造り。

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 続いてソラマメの餡かけです。お饅頭の中にはエビが入っています。添えられているのは、ニンジンとソラマメを揚げたもの。

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 一足早い筍とワカメをセロハンに包んで蒸した若竹の蒸し物です。山椒の葉の香りがひと際春を感じさせてくれます。今年初筍となりました。(^^♪

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 続いて焼き物、揚げ物と続きます。卵焼きに巻かれているのは、梅味の生麩。サーモンに巻かれているのはクリームチーズでした。

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 こちらも初物のフキノトウは八丁味噌でいただきました。

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 車で送っていただき電車の時間までちょっとだけ歩いてみた。

 八王子神社。

 
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 ここには光秀手植えの楓があります。

 
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 明知といえば大正村で有名です。現在の村長さんは、竹下景子さんだそうです。

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駅には電車のヘッドマークがたくさん飾ってありました。手作り感満載です。

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電車。今の時期のイベント列車は、自然薯列車で自然薯を使った料理を列車の中で食べながら恵那・明知のあいだを1時間かけて走ります。

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途中の岩村駅にはこんな珍しい信号機がありました。腕木式信号機というのだそうです。宮沢賢治の銀河鉄道に出てきそうだ。

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途中下車して岩村を1時間半ほど散策しました。おひな祭りが近いのでいろいろなお宅で自分ちのお雛様が飾ってあった。

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商家だった勝川家はひときわ大きく。こ年間3千俵のコメを扱っていたとか・・・。無料で見学できます。
岩村といえば日本三大山城で知られていて、私も大好きな城址だが今日は時間がないので城下だけを歩きます。


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こちらは、離れで2階にお嬢さんが住んでいたとありました。3方から日差しがあいり、気持ちのいい部屋でした。

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 こちらの土佐屋さんは、紺屋を営んでいたそうです。こちらも無料で見学できました。敷地内を疎水が流れています。表からは想像ができない赤い壁が印象的です。

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機織りも残っています。

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藍染の液が入れてあった染場。2階には染めた糸が干してあったようです。

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薬屋の看板もこんな雰囲気です。

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のんびりゆっくりの一日でした。


 この建物もフランス時代のもので今ではホテルに利用されているという。外観の汚さは気になる所だが、中身はどうなのだろうか?

 
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 博物館までやって来ました。子供達のバスがたくさん止まっている。今日は課外授業なのだという。
ここも、やはり植民地時代の建物で、2階部分は総督が利用していたバスルームや寝室・執務室などがあった。
 1階部分は展示品がありこちらはカメラOKでした。

 魔除けやまじないに使う品々が魅力的です。
多産を念じて
 
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 なまはげのようだ。

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 時間が少々あったのでホテルに行く前に市場に案内をしてくれましたが、ここではカメラを向けると総スカンです。ものすごい勢いで怒る人もいてちょっと緊張しました。

 綺麗な顔立ちの女の子。こちらでは学校に通っている間は女の子もこのように髪を短く刈ります。なんでも規則でそうなっているとの事。なので着ているもので判断しないと男女の区別が付かない。

 
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 足元の埃がそのまま食べ物の上に降りかかっている。「今日の夕食はどこで仕入れるのだろうか」などと思ってしまう。でも誰もお腹を壊しませんでした(^^♪

 シアバター入りの洗剤を選んでいる女性。

 
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 こちらは、シアバター入りのせっけん。こちらでは簡単に手に入るので化粧品やせっけん洗剤に多く用いられているようです。我々の手元に来る頃にはずいぶん高価なものになっているので、中間搾取が激しいのだろう。私も観光客用につくられたシアバター入りの化粧せっけんを買いました。

 
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 市場全体の雰囲気はこんな感じです。

 
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 獲れすぎた魚を無駄にしないためや保存のために燻製にします。色がグロテスクなので食べたいとは思えない。

 
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 お店の留守番をしていた子供。笑顔が何ともいえない。

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 そこで売られていたもの。み掛けとは違い料理に使うものだそうで煮込みなどに入れるようです。
うーん糞を固めたものにしか見えない。

 
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 ちょっとシャイな女の子。

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 珍しい商売。甘皮とり屋さんです。

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 今日のホテルは海岸沿いにあり、目の前には砂浜が広がっている。でもともかくクーラーの有る部屋で涼みたい。

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 あまりに湿気が多いので海がもやって見える。カメラを構えるとレンズが曇ってしまい、まるで風呂の中にいるようです。

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 食事までシャワーを浴び少しだけほっとする。でもレストランは外にあるのでまた汗だくになるのだろうなあ。それに蚊がいっぱいいるから虫よけもたっぷり振りまいていかねば・・・。

 黄熱病の注射は、済ませているがマラリヤが怖い。予防接種もあるが副作用が嫌なのと取り扱っている所が少ないのでもっぱら自己防衛しなくてはならない。

 おかげで全員が蚊に敏感に反応し、1匹でも見つけようものなら大騒ぎでした。(+_+)





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