好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

2016年06月


 名古屋市緑区に有松というところがあります。

 旧東海道に面し、市の街並み保存地区に指定されており、また有松絞でも有名です。

 近くには、桶狭間の戦いの古戦場とかもあって、ミニミニ旅にはいいと思います。

 以前にも2,3度はウオーキングなどで訪れてはいるのだが、久しぶりに訪れてみました。
30度近くの気温のせいか、人影はまばら・・・。

 絞り会館のカフェでランチをいただき、少し歩いてみました。

 大きな構えの家は、絞りなどで財をつくりあげたお宅です。
 
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  塗籠の壁がとても美しく、うだつの上がっている家もある。1748年の大火でほとんどの家が消失してしまったが、尾張藩の援助もあり復活、火災に強い瓦葺、塗籠の壁、うだつの街並みになったといわれる。
 
 
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 最近は絞りもずいぶん変わってきていて、化繊を使ったものは軽くてしわになりにくく旅行などで着られる方が増えているそうです。私も、気に入ったのが有ったら買おうかなと思ったが、何となく年配の方向きのデザインが多くて残念。
 
 
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 これは、カフェの入り口の壁に飾ってありました。モダンなようで伝統的な感じもするし、素敵だなと思いました。

 
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 3世紀に記された中国の歴史書である「魏志倭人伝」に、壱岐は、「一支国」の名で登場している。

 博物館の名前も「一支国博物館」と名付けられていました。
かの黒川紀章氏の最後の作品なのだという。

 展望台は物見の塔をイメージしたのでしょうか。うねる屋根は、山々かなあ。

 
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 背後に回ってじっくり見ます。

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 館内は残念ながら撮影禁止ですが、展示にテーマ性があり、見やすくわかりやすい展示で、面白かった。

 九州ではよく見かけるハタも、地方によって少し違うようです。

 
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 展示品を見た後は、展望台に行ってみて高いところから周りを見てみます。
田植えの時期でしたので、水田が綺麗です。

 
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 原の辻遺跡が見えています。原の辻は、一支国の王都であったと考えられています。
丘陵の周囲を幾重にも環濠で取り囲んだ環濠集落で、その中でも一番高い場所は、政や外国人との交流のあった人々が活躍した場所らしい。

 この後、見学します。

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 原の辻遺跡は、長崎県で2番目に広い平野である「深江田原」に広がる弥生時代の遺跡です。島の平野が、2番目の広さなんてちょっと驚きでした。
 ここからはたくさんの遺物が発見されています。当時の最先端の交易拠点として重要な役割を果たしていたので、大陸や半島で使われていた銅銭や制作された土器など、交流を物語るものも数多く発見されている。

 駐車場も何もない、道端でバスを止めました。「なーんも心配いらんとよ」とはガイドさん。

 私達が見学するのは、建物が建っている部分だけです。いくつかのエリアに別れていて、エリア内には建物が固まって建っています。

 先ほど訪問してきた博物館が見えます。

 
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 交易に使用する道具なども収められていたと想像される交易の倉。

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 長老の家と集会所(手前)

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 物見やぐらのある地域は、身分の高い人や外交使節団の人々が滞在する建物があったと考えられている。

 手前は、番小屋です。常時10人くらいの兵士が詰めていたと想定される

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 使節団の宿舎と譯(通訳)の家。奥の大きな家が使節団の滞在していた建物で、10~20人くらいが寝泊まりしていた。

 
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 これは穀倉です。ネズミ返しが付いている。
コメは、稲穂か籾の状態で蓄えられていたと思われる。

 
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 祭議場には、祭器、儀器の倉や主祭殿、脇殿などがありました集落の中でも一番高い位置にあり、生垣で囲んであります。

 
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 この隣にあるのが、王の館です。王といっても全然豪華な建物ではない。

 
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 近くにある原の辻ガイダンスに向かいここの復元の様子をビデオで見ました。
 
 弥生時代の港の様子が模型で復元されていた。古代の港の具体的な形を見たのは初めてです。

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 対馬は忙しかったですが、壱岐の方は比較的じっくりと見学できてよかったかな。

 ジェットフォイルに乗り博多港まで戻り、バスで空港へ向かいます。
夕食はついていなかったので空港であごだしラーメンとやらを食べてみた。あごは、トビウオのことでとてもいい出汁が出るのだ。

 梅雨の時期なのに雨にも降られ無かったのが何よりでした。
この2,3日後に、九州は記録的大雨になってしまったのだから、ラッキーだったのだと思います。


 朝ぶろに入って、ゆっくり朝ご飯を食べる。
同じ旅に出ていても海外だとこうは行かない。浴衣のまんま食卓につき、スリッパで廊下を歩けるのは日本の温泉ならではだ。上げ膳、据え膳の醍醐味です。

 9時、バスが迎えに来てくれた。

 壱岐は、対馬と比べると人口も面積もかなり小さい。そして韓国人の人達はここには全然やって来ないのだそうです。不思議だなあ・・・。

 行政上は、両島は長崎県に属しているのですが 、大学も就職もレジャーも福岡県に行く人が多いそうです。距離的に近いのでそうなるのでしょう。
 映画なども博多まで行くそうですが、交通費やもろもろ含めると1日がかりで一万円かかるそうです。レジャーがないので、若者の出会いが無く、中々結婚できない人が多いそうです。

 軽快なバスガイドさんの案内を聞きながら最初にやって来たのが、対馬と同じように展望台です。
岳の辻展望台と言い壱岐で一番高い山で213mほどである。都会の高層ビルより低い。
 倭国は、白村江の戦いで大敗した翌年、防衛体制を強化して、防人や烽台を配置した。ここ岳の辻にも烽台が設置されていた。

 
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 高い山がないので平地が広がり農業には向いているそうで、農家さんが多いという。壱岐というと魚業かなあと思っていたのだが、アスパラの温室も沢山ありました。

 ここからは海が眼下に臨めました。

 
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 港。橋の右手奥の海に近い建物が宿泊したホテルです。

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 続いてやって来たのが黒崎砲台跡です。第2次大戦の時に造られたが戦いの主流は海から空へ移っていたので使われることが無かったそうです。解体するときにはたくさんの火薬が使われたという。

 
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 砲台の土台部分が残っている。筋が付いているがあそこに火薬を詰めたという。


 
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 建物の内部にも入れます。真っ暗なので慌ててスマホを取り出す。目が慣れてくると案外広い。通路の先まで行くと上の写真の下の部分の近くまで行ける。

 
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 かなり広い空間。

 
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 近くに有る猿岩。ゴリラの方に近い気がするが、本当によくできているわ!名古屋の動物園ではイケメンゴリラが話題になっているが、こちらもかなりのイケメンです。

 
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 この辺りからの風景。

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 壱岐は、古墳もとても多い島である。280基の古墳が確認されていて、長崎県全体の6割を占めているという。様々な形の古墳があるが、首長クラスの古墳の石室からは、大陸や半島から認められていたことを物語る品物が多数発見されている。主なものに、笹塚古墳、双六古墳などがある。
 私達が見学したのはその中の1つである鬼の窟古墳でした。

 ところが石室に向かおうとしたところで蛇に遭遇。普段、蛇など見たことないのでちょっとしたパニックになってしまった。運転手さんが木切れで追い払ってくれるも、中々進めない・・・。

 
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 石室内部。

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 この後はお楽しみの焼酎の工場見学と試飲です。主に麦焼酎を生産しているという。他にも島内には幾つかの焼酎工場がありますが、その中の1つ、壱岐の蔵酒造さんにお邪魔しました。

 
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 案内してくださった方は、島外からやって来た女性でした。焼酎工場は、数少ない若者の働き場所になっているのかもしれません。

 駐車場近くの畑ではコスモスの花がもう咲いていました。

 
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 ほろ酔い気分でやって来たのが左京鼻。切り立った崖が続いている。海風が強いので木々がみな陸側に倒れこんでいる。
 日照りの時にここで雨乞いが行われたそうだが、その時犠牲になった人の名が付いたともいわれている。

 この近くの海では海女さんたちが素潜り漁を行う。その安全祈願のための小さな祠が岩の上に建っていました。

 
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 満潮になると体の半分くらいが沈んでしまうという「はらほげ地蔵」までやって来ました。はらほげとは、お腹に穴が開いているといった意味です。どうして穴が開けられるようになったのかは定かではないが、お供えものをそこにおいて行くためとか流されないようにするためとか諸説あります。

 頭の部分は無くなってしまったのでコンクリートの塊を乗せ帽子がかぶせられていました。

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 前掛けをめくって穴を見せてもらう。
 

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 お昼ご飯にうに飯を食べ、少し休んで午後の観光再開です。

 


 島を訪れるのは簡単そうでなかなか難しい。

 海があれると交通機関が無くなってしまったりするから、スケジュールが立て込んでいる時は無理。
梅雨や台風、冬も避けた方が賢明となるとますます行きにくくなってしまう。

 私などは屋久島に2度もふられてしまい、再々再挑戦の機会を狙っているのだが・・・。

 壱岐・対馬は玄界灘なので、晴れていても波が高いことが有るそうです。幸い今回は梅雨の合間の晴れ間にあたり波も穏やかで、汗をかきながらの観光となりました。

 本当は個人で行きたかったのだが、効率が悪い事、レンタカーを運転するには自信がない事、旅費が高くなることを理由にツアーを探していたら、何と50000円という超格安でしかも飛行機利用で名古屋からのものがあった。
 1人部屋を申し込むと、部屋食がOKというではないか。宿をランクアップして1人部屋料金を払っても63000円です。

 料金につられて申し込み、行って来ました。参加人数も18名とそれほど多くもなくまあまあです。

 初日の午後4時過ぎに福岡空港に向かい、その日は博多で泊り翌朝対馬に向けてジェットフォイルで出発です。

 海がこんな風に輝いていました。

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 博多のホテルは、ハングル文字がいっぱいでなんだか外国のホテルにいる気がします。以前に博多に来た時から5年くらいたっていると思うがずいぶん雰囲気が違っていて戸惑ってしまう。
 名古屋も中国人の方がずいぶん増えたが、ここと比べるとそれほどでもない。
大型客船でやって来る方達が多いのだそうだ。

 我々も博多港に向かい、ジェットフォイルに乗り込みます。自由席なので2階部分の窓際に座る。ジェットフォイルは快適で、1時間ほどでいきに到着です。ここでお弁当を積み込み船の中で食べる。鯛飯でまあまあかなあ・・・。

 ジェットフォイル。

 
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 壱岐と対馬の間もほぼ1時間です。
国境の島対馬は、韓国との距離が50kmほどで日本よりも近いので古来から行き来が盛んであっても何の不思議もないのだ。
 
 船を降りた途端ハングル文字の攻撃なのには驚いた。日本語の全くない看板も目立つ。聞けば、ここからジェットフォイルが毎日釜山に向けて出発しているのだという。

 ハングル文字の名前が日本語の後にちゃんと表記されている。

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 日程表には細かい時間が書いてなかったので、全員が対馬での観光時の短さにがっかりしてしまう程の滞在時間でしたが、ともかく観光の始まりです。

 雨は降っていないものの、曇りで眺望は望めそうもないが展望台へと向かう。
晴れていればリアス式海岸の美しい海が臨めるそうです。

 
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 ここは砲台のあった場所でもある。蒙古襲来、日清戦争や大戦の時にここで命を亡くされた方がおられたと思います。平和祈願や鎮魂の碑がありました。

 
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 対馬は、特有の動植物が多い。有名なのはツシマヤマネコだが、手づかずの自然がたくさん残っている。

 有名な、韓国展望所はここではなくて島の北東の岬に行かなければならない。対馬は大きな島で、日本で4番目くらいの大きさがあるそうで、3時間ほどでは往復するのは無理だという。
 「えー!」そうです、ここも参加者全員が誤解をしていました。
ネット申し込みで添乗員は無く、会社からの説明もなかったので、参加者の思い込みでそれぞれが想像していたのだ。

 再び、厳原に戻り、歩いて万松院に向かいます。ここ対馬は、鎌倉時代から幕末まで宗氏が統治してきた。その20代目義成が、父義知の冥福を祈って1615年に建立し菩提寺として特別の権限を与えてきたのだ。

 駐車場の所には看板が掲げられてありましたが、知らないことばっかり。

 
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 櫓門。歩いてくる人達は、韓国からの観光客の方達です。

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 金石城の庭園の跡。

 
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 墓所への入り口

 
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 山門。桃山式。島最古の建造物である。

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 本堂の手前にあったのは、諫鼓(かんこ)。これは君主に対し諫言をしようとする時に打ち鳴らす鼓だそうです。

 
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 本堂。今のものは明治時代に寄進されたものだ。

 
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 中に入ります。目につくのがこれ。三具足とある。

 
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 島には石垣がとても多い。またその石垣の積み方も独特のもので朝鮮積みとか鏡積みと言われているそうです。積まれている石が四角い。万松院の石垣もこの積み方です。

 
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 この後は石段を登って御霊屋と呼ばれる墓所へ向かいます。

 
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 途中には、側室や童子を祀ってある中御霊屋と呼ばれる墓所がある。

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 一番高い場所にあるのが藩主と正夫人の墓だ。ここには現代の宗氏の方も入ることになる。

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 圧倒される規模だ。石垣積みが綺麗です。
これが20代のものだ。

 
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 そして最も栄えた時代の藩主が21代。

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 麓に降りてきて売店でアイスを買う。「トンビに気を付けて」と言われる。私ともう1人の男性も購入し、食べ始めた途端どこからともなくトンビが表れ男性の手元をめがけてきた。私は、日傘をさしていたので無事でしたが、気をつけてとはこういう事だったのだ。

 トンビは、男性の人の上空を何度も旋回しては隙あらばという感じだ。怖くてゆっくり食べてはいられなかった。

 最後は、歴史資料民族館に向かうも乗船時間が迫っていて、ゆっくり見られない。30分ほどでざっと見て回る。朝鮮通信使に関する絵巻などが展示されていました。我々は朝鮮からいろいろな事を学んだのだなあと思う。
 彼らは、対馬を後にしたのち九州から瀬戸内海を抜けて江戸の方まで行くのだが、海が荒れるとなかなか島を出て行くことができず、藩の財政を圧迫したそうです。

 
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 あわただしくフェリーに乗り込み壱岐に戻る。午前中ジェットフォイルの停泊した場所とは違う港の郷ノ浦港に到着です。ここからは、民宿組とホテル組に別れて宿に向かう。
 
 ホテルの郷ノ浦港の目の前でした。部屋から見た郷ノ浦港。最終のフェリーは10時過ぎで結構たくさんの方が降りてきていました。

 
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 広い部屋での部屋食です。贅沢、ワインも注文していざいただきまーす。
いろいろ出たけれど、やはりお刺身が一番おいしかったです。

 
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 明日は、壱岐を観光して夜の飛行機で名古屋に戻る。忙しいよねえ!でも値段が値段だから・・・。

 トイレにあったペーパー。ご当地ペーパーだ。(^^♪

 
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 沢山の猫を見かけたが、人懐こくて可愛い。
飼われている猫というより、勝手に家族になっているというか通い猫みたいな距離感があります。

 猫の理想かも・・・。

 アルジェリア初日に中央郵便局の前の公園で。
誰かがご飯を置いていったので集まってきていました。

 
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 アルジェ近郊のシェルシェルの公園で・・・。
 
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 この子はまだちいさい。

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 アルジェのホテルの通い猫です。このホテルには何匹下の猫が通ってきていて、白い猫はお出向かえをしてくれますが、このこはシャイです。

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 そこが好きなんだね!

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 セティフの猫。ニワトリや沢山の鳥の居る庭にいました。朝日がまぶしい。

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 レストランで…誰かのおこぼれを待ってます。

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 外国で見る猫は尻尾が長い。日本の猫は、半々くらいで短い気がする。
白足袋はいて・・・。

 
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 これは完全な野良だ。テントの下で・・・・。

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 ここからはカスバの猫たちです。生きて行くのに必死な感じが伝わってくる猫が多かった。
 
 遠くで見るとサッカーボールに見えた。近寄ってみると猫でした。

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 この写真ではわかりませんが、瞳の色が両方で違うオッドアイでした。

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 のんびりと歩いていたら突然猫達が走って来ました。

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 目的はこれかな?写真で見てもわかるように痩せています。
こういう状態が猫にとっていいとは思えない。避妊や去勢が必要な時期になっているのではないだろうか・・・。
  でも、お金も労力も大変なことだ。色々考えているうちに複雑な気持ちになってしまいました。

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 道の真ん中でうずくまっていた。大きくなれるのだろうか?

 
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 このこは屋根の上で1人遊び。眺めていたら少しほっとしてきた。

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 こんな不安定に見える場所も猫にとっては気にならない。

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 たくましく美しい猫達。大好きだよ!


 18世紀後半に造られたパシャ宮殿。ナポレオン3世は、ここに滞在しています。

 訪問した人はここで待たされる。

 
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 1階は、発掘されたものなども展示してありました。

 これは何でしょうか?
赤ん坊の乳首だそうです。こんなの赤ん坊が使えるのだろうか?

 
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 上階へ行くと中庭があった。元々は屋根はなかったのだが、フランス時代にガラスの天井を付けたのだという。

 
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 当時使われていた家具や生活用品、衣装などが展示されています。

 レースの様な繊細なベッド。金属製です。

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 居間だそうです。

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 髪飾りと足環。

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 これは、昔のトルコ式トイレ。もちろん今は使えません。

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 ここには屋上があり、そこから街の様子が一望できます。
屋根の上というのは、人目に触れないのでいっそう汚い気がします。

 火災が発生したらひとたまりもないだろう。消防車は入れないし・・・。
 
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 屋根の上で子猫が一人遊びをしていた。屋根の上を伝ってどこまでも行けるのだろう。

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 再び路地歩きに戻ります。

 
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 大きなドア。

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 もう1つ、中を公開している建物がありました。
この部分が待合室です。

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 中庭には噴水があり、そこでは鯉が飼われていました。

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 下まで降りてきました。大修理中のケチャウ・モスク。12世紀建造で、モスク~カトリック教会~モスクという風な使われ方をしてきました。

 
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 休日でしたので、大勢の人が買物をしていました。初めて緊張感が走る。

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 人ごみを抜けようやくバスに乗り込む。警官はここでお別れです。ありがとうございました。

建設中の大モスクの展望台。ミナレットを兼ねるらしい。できれば世界でも有数の規模になり観光的にも期待されている。

 
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 大きなショッピングセンターは、人々で賑わっている。ショッピングセンターが、レジャーという傾向はどこの国でも同じである。私は、日本円で200円ちょっと残っているだけ。何が買えるか心配だったが、テーブル塩・お菓子・コーヒー豆を挽いたものが買えました。実は、税金分の計算がうまくできなくて、レジで12円ほど足りなかった。どれを返すか迷っていたら、隣のレジの仲間が恵んでくれた。感謝です!

 こんなに買えるなんて驚きだ。でも塩は、ふたのフィルムに亀裂入っており、まともなものを探すも1つもなかった。仕方なく持っていたサランラップで包み直しです。添乗員さんが進めるので買いたかったのだ。

 コーヒーは、アラビア式でしたが、ドリップでも問題無く、お菓子は2日で胃袋に消えてしまった。


 魚売り場で売られていたサメ。

 
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 空港で買ったものをスーツケースに詰め替え、出国です。待合室で出会った女性。民族衣装が素敵なベルベル人です。

 
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 エアーアルジェリアだと思うのですが・・・・。

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 ドバイで乗り換え、今度も無事に帰国でき感謝です。

 沢山の猫に出会えたので明日紹介しますね。


 最後の観光日です。
朝ご飯は大したことが無いのはわかっていたので部屋で果物だけ食べてレストランには行かなかった。

 部屋から窓の外をボーッと眺めていた。

 駅には列車が何本か出たり入ったり、港は全然動きがない。


 
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 今日は、午前中カスバを観光して、午後からはスーパーに立ち寄って残った外貨を使ってしまってから、空港へ向かう予定です。
 警官が付き添うのはカスバの観光までだ。

 カスバに向かう途中初めて消防署を見かけた。

 
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 カスバは、元々は城塞を意味する。狭い地域にびっしりと坂に張り付くようにして家々が建っており、アルジェの中でも古い地域である。
 ジャン・ギャバンの「望郷」や「ここは、地の果てアルジェリア・・・」の歌で日本人にもおなじみの場所である。
 この「カスバの女」の歌詞の意味を聞かれるそうですが、何と答えていいのかわからないと添乗員さん。確かに地の果てとかどうせカスバの夜に咲く・・・なんてあまりいい内容ではないですよね。

 16世紀、赤ひげの異名を持つハイエール・エディンヌという海賊により、スペインに対抗するためオスマントルコの援助でモスクや豪邸が建てられたのが始まりです。フランスが植民地にした時に下の方を破壊している。
 度重なる地震の被害や老朽化などにより、建物は傷みが激しく今にもドミノ倒しのように倒れてしまいそうな感じですが、住人たちは中々新しい地域には移住せず暮らしているという。

 遠くで見るカスバは、抒情的で素敵に見えましたが、中を歩くとごみが散乱し、野良猫が徘徊するかなりの問題地区に思えた。
 でも、そこで出会った人々は誰もが穏やかに見えました。

 1992年、世界遺産に登録されている。

 まずは、アルジェの名づけ親のブルッギーンの銅像の前でバスを降りる。
背後に見えているのが城壁の残りです。
 ここから海の方向にひたすら下ってゆく。

 
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 これは多分警察か軍の建物だ。きれいなタイルです。

 
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 イスラムの象徴の月があしらわれている窓。

 
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 地震で崩壊してしまった家の跡が小さな公園になっていて、昔のカスバの様子を描いたタイル絵があった。

 
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 現在。あまり変わってないようにも見える。
 
 
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  古いペイントされた壁やドアを見て歩くだけでも楽しい。住んでいる人の体温が感じられる。

 
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 佐伯や荻須、ユトリロの絵画のようだ。絵心が無い私も何だか筆をとってみたくなる。

 
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 カスバで一番古いモスク、12世紀建てられたシディ・ラムダンモスク。男性が水を汲みに来ていました。カスバにはあちこちにこのような水くみ場があります。

 
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 ここには職人さんもいます。靴屋や洋服の仕立て、彫金など。

 
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 このような階段が沢山ある。一人で来ていたら全部の階段を登っていきたい。

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 これも水飲み場です。雰囲気有りますよね。

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 家と家の間がくっつきそうだ。足の長い人なら跨げるのでは・・・。
 

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 女性が窓から下を見ている。映画みたい。
 

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 この奥に進んでいくと何かがありそうな雰囲気がする。実際は何もないのだろうが・・・。天井部分は今にも崩れてきそうだ。

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 女性だけの学校だそうだ。昔でいえば花嫁修行みたいなことを教えているらしい。こんな小さいのに!とびっくりです。

 
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 幅のものすごく細い建物だ。狭小住宅というやつでしょうか。
 
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 ふと上を見るとボクサーが屋根の上から我々を見下ろしていました。ここの番犬は屋根のうえでかわれている?

 
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 昔の豪邸が、博物館として公開されているので入ってみます。

 


 今日も約600㎞を北へ向かって走ってゆく。
この暑さとようやく別れられると思うとうれしい。

 砂漠好きの私は、いつもはもっど砂漠を見ていたと思うのだけれど、時期が少し遅かったようだ。アルジェリアのベストシーズンは、4月までの様です。今回は暑すぎた!

 干物にならないうちに退散です。

 ガルダイアのホテル。国営だそうです。添乗員さんいわく、「国営のホテルは、外貨を稼ぐために飲酒OKです」

 
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 ドライバーさんとコーディネーター。お世話になりました。

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 7時ホテルを出発。しばらく走り、7つの集落の1つであるベリアンを通過。ここは道路を挟んでアラブ人とムザブ人の居住区がはっきり分かれていて、抗争の絶えないところだという。
 そのことを立証するように、いろんな場所に警官や軍人が立っていて、パトカーや装甲車が止まっていました。

 ムザブの地を離れる前に引き継ぎのためか警察に立ち寄り少しまたされた。

 
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 サハラアトラスを越えるまでは、荒涼とした風景が続きます。道路から奥の方に天然ガスのプラントが見えている。
 3年前ほどに犠牲となった日揮の方たちのプラントもこういうところにあったのだろうか?長い間かかってアルジェリアに根付いてきて評判も良かったと聞いている。
 首謀者の中には、ムザブの出身者もいたそうです。

 サハラアトラスを超えると、景色が一変する。この辺りで放牧されている羊は、高値で取引されるという。
そんな羊産業で有名な町ジェルファで今日のお昼を食べました。

 当初の予定では、ラム肉だったのだが、もうお肉は飽きてしまったので、オムレツに変更してもらう。

 再び北上です。バスの中で、他のイスラム国とこの国の違う点を話してくれた。

 1つ、水タバコをやらない。・・・・そういえば、全然見ていないわ。カフェに名何度も立ち寄っているのに・・・。
 2つ、靴磨きを仕事としない。・・・うんこれもみていない。人前で膝まづくのを侮蔑的だと考えている。
 3つ、メイドの仕事をしない。…・同じ理由からです。

 ようやくテルアトラスを越えた。ここまで来ればアルジェの街まではそれほどの距離もない。
渋滞にはまることもなく順調に進んでいたのだが、市内に入り海岸沿いの道を走っているときに何故か全然進まなくなってしまった。
 しばらく待っていたのだが、そのうちにあきらめてUターンする車も出て来た。これではレストランの予約の時間に間に合わなくなるし、ということで歩くことになりました。
 幸い、レストランまでは15分ほどのしかかからない。

 思わぬところで歩けるようになりラッキーという感じです。

 薄暗くなってきた海岸沿いの道です。フランス時代の建物が続く。

 
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 階段を使って上の通りに行きます。

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 漁船が停泊している。

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 とれたばかりの魚を売っている。道路の反対側から大声で呼びかけてくれた。

 
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 レストラン。
エビがたくさんのシーフードに舌鼓。やはり美味しいな。スープは絶品でお代りをしてしまった。

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 初日と同じホテルのチェックインです。部屋はくじ引きで決まる。初日と違いかなりいい部屋で海が見える。あの時は、外れの部屋だったんだと気が付いた。

 ホテルのロビー。望郷ではどんなシーンに出て来たのだろうか?

 
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 フロント。

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 初日も猫が出迎えてくれたが、この日もちゃんとお出迎えしてくれました。

 
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 明日は、出国日なのでスーツケースを作る。殻付き落花生はかさばるのでせっせと内職して半分ほど殻無しにしました。

 この日も遠くで花火が上がっていて、部屋からも少しだけ見ることができた。
さよならアルジェ!

 

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