好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

2017年11月

今夜、イスタンブール経由でアフリカの北西の方へいくのだが、成田へいく便が早朝しかとれなかったので、それなら近くの初めてのまちを訪ねようと思い、佐倉にやって来ました。


あちこち回って、これから成田に戻ります。

マンホールも、ゲット出来ました!



イメージ 1




イメージ 2



では、行ってきます。


午後から、東山公園に行ってきました。

 目的は、モミジのライトアップだ。


 ついでに、ユキヒョウとマヌルネコの御機嫌伺もすませて来た。

 園内は、イスラム圏からのお客さんが本当に増えた感じでスカーフ姿が目立つ。

 でも真冬並みの寒さに驚いたのではないだろうか?


 
イメージ 1



イメージ 2



イメージ 3



イメージ 4



イメージ 5



イメージ 6


 ライトアップって本当にきれいだなあと思う。桜のライトアップより、モミジの方が素敵な気がするのは空気が澄んでいるからだろうか・・・・。


 谷中のイメージには猫が似合うのだが、昼間の賑やかな時間だったせいか、生身の猫には会えませんでした。

 お店屋さんの庇の上で。


イメージ 1


 看板猫?右と左手で招いているので、お金も人も集まってくる?

イメージ 2


 東京のおじの法事が有ったので東京へ1泊2日で行ってきた。

 これなんでしょうか?

 
イメージ 1


 飛行機の中から初めてうみほたるを見た。

イメージ 2


 早い時間の羽田に着き、その日はお寺さんへ行き、神田の藪でおそばを食べて来た。

 時間もずれていたので空いていて、新装なった頃のものすごい混み方は無くなっていた。

 そして翌日、前々から行きたかった朝倉彫塑館で「猫百態」というのをやっていたのでそちらを訪ねてみた。

 朝倉彫塑館は、彫刻家の朝倉文夫の住居とアトリエだった建物を一般に公開しているものだ。

 残念ながら、中庭や建物内は一切撮影できないのだが、増改築を繰り返したという建物は、1935年に完成した。

 玄関部分

 
イメージ 3


 屋上から遠くを見据えているのは、砲丸という作品だ。

イメージ 4


 朝倉自ら設計をしたという建物は細かな部分まで徹底的に工夫がなされており、こだわりが感じられ、
住みやすい家なのだろうなあという雰囲気が伝わってくる。

 建物は、国の有形文化財で、庭園も名勝に指定されたので修復や耐震補強が行われたそうです。

 こちらの建物は、旧アトリエだったところで屋根の上には、女性像「浴光」が置かれている。

 
イメージ 5



イメージ 6


 この門は、天王寺門という。本来の玄関に通じる門だ。

イメージ 7


 玄関。戸をあけ放つと中庭までが見通せる工夫がして有る。

イメージ 8


 玄関横のしつらえ。

イメージ 9


 門から玄関までの敷石も素敵です。

イメージ 10


 アトリエ部分は、コンクリートの造りになっていて、屋上には何と庭園が有りました。今でも小さな菜園がちゃんと作られていた。屋上庭園なんて時代を先取りしていますよね。

遠くにスカイツリーが見えている。

 
イメージ 11


 屋上から下を見ると中庭や住居部分が見える。

イメージ 15


広大な屋敷だとあらためて感心する。

イメージ 16


 この部屋は、趣味のランの栽培の温室だった所。

イメージ 12


 
イメージ 13


 この後は、せっかく、谷中に来たのだからと散歩をしてみる。墓地と寺が本当に多い。

 
イメージ 14


 この塀も文化財の登録を受けているようです。

イメージ 17


 この通りが有名な谷中銀座だ。沢山の観光客で賑わっている。外国の人も目立った。

イメージ 18


 レトロな雰囲気のお店。

イメージ 19


 この階段は、夕焼けだんだんというらしい。

イメージ 20


 日暮里の駅まで戻って来て、山手線に乗り御徒町まで向かう。そこから不忍池の方まであるき横山大観記念館へ向かった。

 これが案外遠くて・・・・。

 記念館は、大観の住居で彼は90歳で亡くなるまでここに暮らし、絵を描いてきた。

 やはり趣向を凝らしたお庭が素晴らしい。

 
イメージ 21



イメージ 22


 残念ながらこちらも、中は撮影禁止です。

 そして、今度は銀座線に乗って、新橋まで向かい、パナソニックの汐留ミュージアムで開催されている。「カンディンスキーとルオー」を見る。

 HPで確かめたはずなのに、すっきりとアプローチできずあちこちうろついてしまう。

 でもここの地下鉄の駅は、羽田まで直接行けるので便利だ。

 夕方5時半頃の飛行機で、名古屋に戻って来ました。


 雨が降った後だったので、マンホールがぬれたり小さなゴミが付いていたりして、ちょっとコンディションが良くないのが残念。

 大きなゴミは払えるけれど・・・。


 マンホールカードのデザインは、このパターンらしいです。
大山崎は、野鳥もたくさんいるようです。

 ウグイスと町の花である桜、町の木であるアカマツがあしらってあります。
木津・桂・宇治の三川がこの辺りで合流して淀川になるのですが、桜の花がたくさん植えられているとの事でした。


 
イメージ 1


 町章を中心にしたもの。これが一番目についた。

 
イメージ 2


 天王山の登り口の辺りで見ました。

 白は珍しいのではないでしょうか。


 
イメージ 3


 定期的に送られてくる旅行社のパンフレットを見ていたら、「聴竹居」の記事がのっていた。
副題は、「日本の環境と共生する実験住宅」とある。

 そして本題は、「木造モダニズム建築の美」となっていた。

 今年7月重要文化財に認定された、建築家、藤井厚二が約90年前に建てた自宅で有る。

 認定理由は、日本の気候風土や住環境に根付いた「エコ住宅」の先駆けであったからだという。

 読み続けるうちにどうしても訪ねてみたくなった。見学は、完全予約制となっている。
ホームページを見て、近辺でスケジュールが合う日に申し込んだ。

 ほんとは、もう少し後の方が紅葉もきれいでよいのだが、空きがない。

 それなら、安藤忠雄氏の設計した建物が新たに加わったという大山崎山荘美術館も訪ねてみたい。
さらに、近くにある宝積寺にも足を運んでみようと計画した。

 旅費をケチって、早朝高速バスで京都駅まで向かい、列車に乗り換え山崎にむかった。
運の良いことに、大山崎美術館まで無料バスが運行されていた。

 前回は、利休の茶室「待庵」をみたあと、天王山登山口から坂道を登って行ったのだが、無料バスが運行さるようになったとは知らなかった。

 あっという間に、庭園の入り口である琅玕洞に着いた。

 
イメージ 1


 ここからは紅葉の始まった坂道をのんびりと歩いてゆく。雨は、ほとんど気にならないくらいになって来た。
前方に見えて来た門が、流水門。当時は水が流れていて、ここで車のタイヤを洗ったらしい。

 
イメージ 2


 そして、山小屋風の本館。チューダーゴシック調という様式でたてられている。
イギリスを旅した、関西の実業家加賀正太郎が、大正から昭和初期にかけて建設した。
 イギリスの城から見た風景に感動し、その感動を実現しようと様々な土地を吟味しここ大山崎にたどり着いたという。

 
イメージ 3


 しかし、加賀家の手を離れた山荘は、取り壊しの危機にあってしまう。そんな危機を救ったのが、加賀正太郎と初代アサヒビール社長だった山本為三郎が深い親交があったという縁で協力を申し出たアサヒビールであった。
 京都府・大山崎町と協力して復元整備をすすめ、「アサヒビール大山崎美術館」としてよみがえったのだ。

 ここ山崎は、サントリーのおひざ元のような気がするのに「アサヒビール」と名前が付いているのはそういうわけだったのだ。

 中の様子や調度品は、撮影禁止です。

 山本為三郎のコレクションであるピカソ・モネ・モディリアーニ・ルオーなどの作品や、民藝運動の作品等も数多く展示紹介されている。

 加賀は、ランの栽培も手掛けており温室もあったようで、素敵な通路が残っておりその先に、安藤氏の設計した建物「夢の箱」がある。

 奥のコンクリートの建物が「夢の箱」である。

イメージ 4

 
 一階の食堂前のテラス。

イメージ 5


 本館2階から正面に見えている高い建物が、栖霞楼である。敷地内で最初に建てられたもので、ここで山荘建設の指示を行ったという

 
イメージ 6


 目を足元に向けると・・・。

イメージ 7


 2階には、喫茶室もありテラスに座りコーヒーなど飲みながら景色を楽しむのが醍醐味なのだが、この日は全然見通しが効かず残念。せめて、気分だけでもと、コーヒーとケーキをいただいた。器は、ウェッジウッドでした。

 こちらが安藤氏設計のもう1つの建物。展示室は地下になっているので名前は、「地中の宝石箱」です。鏡面仕上げのコンクリートが素敵だ。まだコンクリートの匂いがいっぱいしていて、まだ生きているのだなあと感じる。

 
イメージ 8


 屋根には小石が敷き詰められているようだ。

イメージ 9


 
イメージ 10


 庭園から見たところ。

イメージ 11


 庭園に向かう途中にある立ち席の茶室、「橡の木茶屋」。

イメージ 12


 庭から見上げると、山小屋風だなあと感じる。

イメージ 13


 見学予約までは、1時間ほどあったので、宝積寺まで行ってみました。歩いて10分ほどなのだが、登りがものすごくきつい。天王山山頂までは、寺の裏手から50分ほどで行けるらしい。

 色々な場面で「○○の天王山」何て使われるが、案外低いのだね・・・。

 宝積寺も様々な重要文化財が有りますが、今回は時間の都合で、外から見られるものだけを見させていただいた。

 仁王門。

イメージ 14


 金剛力士像。

イメージ 15


 秀吉が山崎の合戦で亡くなった人を弔うために建立したという伝説の三重塔。一夜の塔と呼ばれているらしい。

 
イメージ 16

 
 なんと夏目漱石もここを訪れている。隣地では山崎山荘が建築中で、かれはそこで俳句を詠んだ。

 本堂。重要文化財の11面観音立像が本尊である。

 
イメージ 17


 「聴竹居」はちょっとさがしにくいでです。

 ガイドさんの話と共に1時間ほどで見学終了。ちょっと物足りなかった。
写真も内部はネットに載せることができない。HPが有るので、そちらで見てください。

 関東大震災の教訓をいかし、地震に強い家をめざし、屋根は軽く、作り付けの家具などで壁を強くした。おかげで阪神淡路大震災にもびくともしなかったそうだ。

 庭には落葉樹をうえ、夏は涼しく冬には、葉が落ちて太陽が通るようにした。

 夏をむねとすべしといったのは、兼好法師だが、この家はそれを最大限に形にした家である。

 家の土台に換気口を設け、床下に外気を導き、家の中心にある通気口から屋根裏に流し、温まった空気を屋根の通風孔から排出した。
 冬には、通風孔を閉じれば暖かさを保つことができた。

 また、敷地西斜面に外気の取り入れ口を造り、地中から山の空気を室内に入れるクールチューブ(土管)を作った。地面の中を通るうちに空気は一段と冷やされ、屋内に噴き出す時には外気よりも何度もつめたくなっているというわけだ。

 聴竹居

 
イメージ 18


 玄関の前には、こんなものが置いてあった。怪獣とある。

 
イメージ 19

 
 余談だが、山崎山荘を建てた加賀氏と聴竹居を設計した藤井氏は、同い年だそうです。

 


 一度、ススキの原っぱというのを見てみたいと思っていた。

 田舎育ちなのでススキは珍しくなく、都会に出て来た時に花屋さんでススキが売られていたのにびっくり!

 でも、一面のススキの原というのは見たことが無かった。

 仙石原も有名だが、ここからだと曽爾高原の方が近い。

 とはいえ、奈良県なので結構時間はかかりました。

 松茸でお腹いっぱいになった我々を乗せたバスは、名張市に入り、青蓮寺湖から、青蓮寺川沿いに曽爾村に入るルートで進んでいた。

 木々も色づき始めており、青い空に映えてきれいだ。ところどころ青いビニールシートが崖にかけられている所が有り、2つの台風の影響だと思われる。

 すると突然、道路工事の誘導をしている女性からこの先は行けないといわれた。台風で道路が壊れたのだという。

 でも途中にそれを知らせる標識は無かったはずだ。このバスには、ナビもついておらず、ここではじめて知らされたというわけだ。

 でもこういう場合、会社を出発する前に、下調べをするのではないだろうか?

 秋の日は、太陽が落ちるのが早くて山間の道路はもう暗くなりかけている。

 仕方がないので、元の分岐点まで戻り、大回りをするルートに切り替えた。

 おかしなことに、こういう時に限ってお腹の調子が悪くなる人が出て、多分松茸の食べ過ぎである。
ビールを飲んだ人は、そろそろ我慢の限界かも・・・・。

 誰もこういう事態を予想していないのだから仕方がない。

 「トイレ!」

 田舎道で、コンビニも無く、川と線路に挟まれた道路沿いには、バスを止められるスペースもない。
コインランドリーに停めてみたり、クリーニング屋で借りようとしてみるも、定休日でそれもダメ・・・。

 それでも、みんなどこかにトイレのできる場所がないかと懸命に目を凝らす。

 駅でもあればいいのにねえと思っていた時、ガイドさんの「あった!」と叫ぶ声が・・・。しかもバスの止めれるスペースまである。

 こうなると我慢をしていた人たちも、「私も、俺も」と。

 でもスッキリした後は、ひたすら目的地に向かえば良いので、運転手さんの腕の見せ所だ。

 結局、予定時間より、40分ほど遅れての到着になった。

 ここからが、厳しかった。高原までものすごい坂道を上らなければならなかったからだ。乗用車は、上の駐車場を使えるのだが、バスは下の駐車場しか使えず、そこから上道までがとんでもない急斜面だったのだ。

 しかも街灯もないので、帰りは日が残っているうちに戻って来ないと足元が見えなくなってしまう。

 結果的には、夕日をバックにしたススキを見ることができたのでよかったのだが・・・

 結構たくさんの人が集まって、カメラをすえ、日が落ちるのを待っている。

 ススキは、野焼きをして管理がされているとの事で、決められた道以外は通れないようになっていた。
春には、立派な蕨が生えるようで、あちこちに「蕨獲るな」の看板がたてられていた。

 一見自然そのもののように見える場所にも、人間が手を入れているのだなあと感じた。

 
 
イメージ 1


イメージ 2

 
 
イメージ 3

 

イメージ 4

 

イメージ 5


 
イメージ 6



イメージ 7



イメージ 8




イメージ 9




イメージ 10



イメージ 11


 みんなカメラマン

イメージ 12



イメージ 13



イメージ 14


 太陽ばかりに目が行っていた。もう引き上げようと、反対側をふと見たら、月が大きく昇ってきていました。
まるで花札である。


イメージ 15


 すっかり暗くなってしまった道路。遅くなったので、帰りに買おうと思っていた丁稚羊羹も買えなくなってしまった。店が閉まってしまったのだ。

 でも、おかげで車の数が少なくて、思ったより早く名古屋に帰ってこられた。


 22号台風が過ぎ去った1日の日、バスツアーで関宿と曽爾高原へ行って来ました。
もっとも最大の目的は、観光ではなくて松茸食べ放題の方だ。

 関宿は、以前ドライブで訪れたことが有るが、曽爾高原の方は今回が初めてだ。

 出発は、いつもより遅い9時20分。途中の弥冨が事故渋滞だというので、湾岸道路で四日市に向かう。

 
  関宿の駐車場には、以前にはなかった足湯ができていました。ちょっとぬるいかなあ・・・・。

  関宿は、西と東に追分が有り、大和街道と東海道、伊勢街道と東海道に別れている。

 時間がなくて今回は、東の追分までは行けなかった・・・。

 西の追分

 
イメージ 1


 少し時代の新しい家かな。

イメージ 2


 関は東海道47番目の宿場で、亀山と坂下宿の間に位置します。
西の追分から東までは約1.8kmだという。

 
イメージ 3


 
イメージ 4


 会津屋さん。地蔵院の前にあります。

イメージ 5



 地蔵院は、行基さんの開創と言われて、東海道を往来する人々の信仰を集めていた。
現在は、重要文化財だそうです。


 本堂


イメージ 6



イメージ 7

 


 2階の窓がモダンなお宅もありました。


イメージ 8


 一番手前のお宅は、昔鍛冶屋だった気がするのだが、今はもうやっていない様でした。

イメージ 9


 郵便局の有る所は、高札場だった。ぽかぽか陽気におじさんが寝転んでいました。


イメージ 10


 現在も営業されている旅館。

イメージ 11



 江戸から106里ある所から名付けられた106里庭の建物から見たところ。

イメージ 13



イメージ 12


 この日はいつもより空いていたようでした。

イメージ 14


 この後はバスで、伊賀まで向かい。松茸に舌鼓とはいってももちろん国産ではない。
すき焼き、焼き松茸、かき揚げ、松茸ご飯が食べ放題です。

 私は、もっぱら焼き松茸をいただいたのですが、やはり香りも食感も国産とはかなり違う。

 でも、贅沢気分は味わえたのでよしとしましょう!

 この後は、奈良県に入って曽爾高原へと移動してゆく。

このページのトップヘ