好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

2018年07月


 昨日、調子が悪かったマイクロバスは復活していた。
とはいってもエアコンの無いのは同じであるが、説明を聞けるのはうれしい。2台に別れると、添乗員の居ない車の説明はどうしても簡単になりがちだからだ。

 今日の夕方には、2か国目のレユニオンへ向かうので、お昼ごはんまでは観光して、遅いお昼をホテルに戻っていただき、あらためて空港へ向かう。

 まずオールド・スルタン・パレス にやって来た。コモロは、フランスの植民地となる以前から、アラブやペルシャ人がやって来て地域ごとに王国が築かれていた。イスラム教もその時から信仰される様になった。

 ここにもそういった王国が有り、最後のスルタンがいた。王様は、マダガスカルに連れていかれたそうで、王宮のお墓には奥さんと子供のお墓が有りました。

 
 
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 入り口の扉には、月と剣が描かれていた。

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 近くにはモスクも有ります。もちろん当時の建物ではないですが・・・。


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 海を挟んで所のこの断崖には、悲しい話が残されている。女性奴隷の断崖と呼ばれ、貿易の中継地であったコモロにはたびたび海賊が出没し、女性を略奪しようとした。奴隷にされるくらいなら死んだ方が良いと若い女性達は、次々とここから身を投げたそうです。


 
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 王宮から車で少し走ると、聖なる湖が有る。生贄を捧げ願い事をするそうだ。海水です。

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 サギの木。噴火が有った当時は、鳥の姿がいっせいに消えたそうだ。今は、啼き声も聞こえるようになっていました。

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 島の重要な外貨産業であるイランイランのオイルの精油所に立ち寄る。世界の有名な香水の調合に使われてるそうだ。

 
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 完成品がこちら。お店が有るわけではなく、車の屋根の上で商売です。


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 イランイランの畑も行ってみました。

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 こちらは実かしら?

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 花を摘んで蒸留して抽出します。

 こちらはカカオ。赤くなっています。

 
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 この後ひたすら坂道を登って行く。1977年に噴火した時の溶岩の流れた跡を見に行くのだ。
最高峰であるカルタラ山は、2361mの高さが有り、繰り返し噴火しているが登山して火口を見ることができるそうです。

 資源の少ないコモロでは、火山石も重要な建築材料であちこちに集められていた。

 
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 モロニの町まで戻って来ました。
下校時なのか学生達の姿が多くみられた。

 
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 シーラカンスが展示されている博物館にやって来ました。日本の水族館でも展示されていますが、見つかったのは、コモロ・インドネシア・南アフリカ・タンザニアだけだ。

 3億5000万年前と変わらぬ姿で生きているので「生きた化石」と言われている。深海を歩くように泳ぐと考えられており、大きなひれには骨と関節が有る。これは、魚類から両生類へ変化する過程ではないかとも・・・。
 イカやサバが胃から発見されており、漂いながら近づいてくるものを食べているのではないかと想像される。


 
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 博物館には、歴史に関するものも展示されている。先ほど見学したオールド・スルタンパレスの主。

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人や物の流れ。

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 モロニでも、渋滞は起こる。もっとも信号は2つしかないが・・・。

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 モロニの新港。

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 ホテルでお昼をいただき、少し休み、夕食用のお弁当を作ってもらって空港にむかう。
現地会社の社長は、荷物車で先行して待っているはずだ。

 ところがマイクロバスは、何故かインターナショナルではなくて、ドメスティックに入った。「え!違うやろ。レユニオンは外国だもの」

 到着した時が、ドメスティックだったので間違えたようだ。改めて、クルマを回す。

 社長と別れ、大きなお弁当の袋を添乗員は代表してぶら下げてチェックインカウンターへと向かう。

 窓口は2つしかないので、なかなか進まない。荷物も、ベルトコンベアが動いておらず、違う職員が、タグが貼られた段階で違うブースに人力で運んでいくといった感じ。

 それでも何とかチケットを発見してもらい、出国のブースでチケットを見せチェックを入れてもらう。
出国にも指紋認証と顔の撮影が行われ、ようやく中に入ることができる。
さてセキュリティかなと思うと、もう一度、チケットとパスポートのチェックが入る。

 そしてようやくセキュリティチェックが始まる。X線を通しているのに、全員が手荷物を開けさせられる。このチェックがまたいやらしいのだ。
 ツアーの1人は、日本から持参したつまようじを全部取られた。

 そして、これまでは大丈夫だったお弁当が引っ掛かった。水分は何もないのだが・・・。せっかく作ってくれたお弁当は、無残なほどぐちゃぐちゃにされてしまっていた。

 先に通過していた添乗員さんは、そのグチャグチャになったお弁当の袋を手にし、怒りと情けなさで一杯といった表情で立っていた。
 没収は、仕方がないかもしれない。けれども、目の前でグチャグチャにされるのは、作ってくれた方を想像してとても情けなく悲しくなってしまう。彼は、かなり食い下がってくれたのだが、全員分のお弁当は、彼の手の中で無残な姿になっていました。

 ただ何故かバナナは、ここでなら食べてもいいという。移動して食べるのはNGらしい。

 この件で、疲れがどっと出て来た。しかも、水分も無いのになかなか飛び立たない。お店は、キオスクみたいなところが一か所だけしかない。
 ユーロが使えるか恐る恐る聞くと、使えるという。しかもお釣りもユーロでくれるという。

 あー、助かった。やっと水が飲める。

 ところが、キャップはくれませんでした。

 時間になっても、ゲートは開かず。ようやく開いたとおもったら、タラップの前で、もう一度荷物チェックが入った。ところが、時間が進むにつれて暗くなってきてしまい、明かりも無いので最後の方は、スルーとなったようだ。

 あー、もう一刻も早くここを出たい。

 ところが、機内は、フランスそのもので、何だかもうレユニオンといった感じがする。
 やっとご飯にありつけ、ワインをいただく。

 レユニオンの空港に到着し、コモロとはあまりに違う綺麗さ、スムーズな手続きに心底ほっとしたのでした。

 機内から見た県都サンドニの夜景。

 
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 コモロとは時差が1時間あるので、時計を進めます。エアの遅れと、時差のおかげで、ホテル到着は深夜になってしまったよ。

 ホテルはきれいでうれしいな。



 コモロといえばシーラカンスを連想される方も多いのではないだろうか。
深海に生息しているので、生きた姿を見ることは出来ないが、幸せの魚と言われ、それを引き上げると一気にお金持ちになれるそうだ。

 多分高値で引き取ってもらえるからだろう。

 博物館に剥製が展示されているが、ここでも見ることができるよというので、立ち寄った。

 本来の色が何色かわからないほど、処理をされていた。

 思っていたより小さくて、1mはないだろう。

 
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 多分、マングースキツネザル。オスとメスがいたが、オスの方は人馴れしています。女性が渡したバナナを手にしている。

 
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 この大きな実は、西アフリカを旅した時にも見た記憶が有る。名前は忘れてしまったが・・・・。それにしても、変な場所になっているなあ。

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 これは竜の岩というのだそうだ。
背骨の部分に見えなくもないが・・・・。

 バナナ畑の中を歩いていきます。

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 丘の上に登ると背後にインド洋が見えます。

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 道路端にジャックフルーツがなっている。私これ大好き!

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 不思議な色をした湖。クレーターだった所に水がたまった。

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 背後の海面のたかさと比較すると。

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 この後ようやくお昼に、この亀はレストランで飼われていた。

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 メインはロブスターです。でも焼き過ぎだと思うんですが・・・・。

 
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 レストランの近くには、何本かのバオバブの大木が有りました。
これはその中でも一番大きかった。


 
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 空洞になっています。

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 続いて預言者の洞窟に向かう。連れていかれたのは、山ではなくて海岸。
え?どこに洞窟が有るの?

 今は、潮が満ちてしまっていて見えないそうですが、この砂浜の先の岩礁にあるという。

 
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 ここでは海水浴を楽しむ人々もいました。

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 このモスクは奇跡のモスク。この日はお祈りをしていたので中に入れませんでしたが、願いを書いて、捧げものをするそうだ。
 子宝とか健康とか様々な願いをする。叶ったらお礼参りも欠かせません。

 
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 モスクは見学できませんでしたが、コウモリの寝姿を見ることができた。町の中で熟睡です。

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 最後は、私が一番気にいったマングローブの林に向かいました。潮が満ちてきていて何とも神秘的です。
いつまでも見ていたい気になります。
 
 
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反対側に目を向けると、なだらかな稜線に午後の太陽があたっていた。

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 ホテルに戻り、夕日を見るために海岸へ向かう。
インド洋の夕日、この日が一番きれいでした。

 
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 明日は、島の南部を観光してレユニオンへ向かいます。


 蚊取り線香を焚いていたので、部屋の中が煙っている。
慌てて窓を開けて空気を入れ替える。

 ホテルによっては、蚊取り線香禁止の所もあるが、ここはマラリアが有るので大丈夫だ。

 朝食の後、ホテル周りを少し歩いてみる。
裏手はインド洋に面している。昨日は暗くて何もわからなかったのだ。

 
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 いかにも南という感じがする。

 
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 外国人の団体が止まれるようなホテルは、2つくらいしかないらしく、国際的な会合など、ここでも開催されているようでした。

 ホテル正面

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 9時にホテルを出発する予定だったが、車が来ない。どうやらトラブルが起きて代りの車を手配しているらしいのだが・・・・。

 結局やって来たのは、小さなバン2台で、もちろんエアコンなどない。走っていれば風が入ってくるが、どうなることやら。フロントガラスは、こんな感じです。

 
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 無理やり座席を増やしてあるので、足が伸ばせなくて、長時間座っているとつらくなって来る。

 まずは、市場をみてゆく。

 目に飛び込んできたのは、おいしそうなパン。

 
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 市場への道はどこでも同じだ。

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 火山性の島で、畑があまりないので、野菜などは輸入に頼っている。バナナだけが、自給で来ているという。

 牛の頭に足。これはスープをとるそうだ。

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 島の北部に比較的大きな町が集まっているようで、道路は広くはないが舗装はされている。
翌日走った南部の道路は、ひどかったな。

 海も深くないので、良港にも恵まれておらず、沖合に停泊している船から、小型船に移し替えての輸送となるらしい。
 
 物1つ作るにしても、ずいぶんコストがかかってしまうのだろう。

 独立の時に、それぞれの島で権力や帰属を巡って何度もクーデターが起こったが、現在は大統領を輪番制にすることで、平静を保っているそうだ。

 古着やさん。女性達は、イスラムの教えに従ってスカーフをかぶっている。
10世紀以降、季節風を利用して、アラブやペルシャから人が訪れるようになり、南半球で唯一アラブ連盟に属しており、アラブ的な雰囲気が色濃く残っている。

 
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 これは、火口の跡。

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 この島にも、ビーチが有るというので行ってみます。火山性の石がごろごろの黒い砂浜かと思ったら、以外にも真っ白。サンゴの砂浜だそうだ。

 
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 風か波が描いた模様。

 
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 白砂の周りはやはり真っ黒な石です。

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 海の家といったところかな。

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 遠くに見えているなだらかな山が火山です。

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 サッカーをしていた少年達。

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 溶岩が海に流れ出た跡

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 里帰りのシーズンは、結婚式のシーズンでもある。たまたま見かけて写真を撮らせていただきました。

 
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  顔に塗っているのは日焼け止め。

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 踊ります。踊ります。

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 そろそろお腹が空いてきたな・・・。


 今回の目的地は、アフリカ大陸の東側インド洋に浮かぶ4つの国々です。
コモロ連合、レユニオン、モーリシャス、セイシェルの内、レユニオンはフランスの海外県である。

 これらの国々は、マダガスカルを中心に位置しており、古くは大国マダガスカルの影響を多く受けていたようだ。

 
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 季節は、冬で乾季に当たり、熱帯から亜熱帯に属しているので気温は、25度から30度位だという。
 
 エチオピア航空のソウル経由で向かうのだが、予定時刻から1時間ほど遅れての離陸となった。

 前回もそうだったが、この航空会社まことに手際が悪い。アジスアベバのセキリュティチェックの時間がかかりすぎるので、予定時間までに乗客が搭乗を終えることができず、その時点ですでに、遅れが発生し、取り返せないまま日本にやってくるのだ。

 前回は香港経由で、機内待機だったのだが、今回はソウル経由でいったん機外へ出なければならず、セキュリティチェックを受けることになる。

 おかげで、アジスアベバに到着した時には、乗り継ぎ時間が不足していて、そのままゲートに案内されてセキュリティチェックを受けずに済んだのはラッキーでした。

 ここからさらに乗り換え、タンザニア経由でコモロの首都モロニへと向かうのだ。

 タンザニアのダルエス・サラームでも機内待機の時間が1時間もあり、結局5時間以上も飛行機に乗っていなければならなかった。

 コモロ連合は、この時期は里帰りの時期で、結婚式もたくさん行われるらしく、どの人も大荷物を抱えていてそれらを収納するのがこれまた時間がかかる。

 この荷物を手荷物にしなければ、もっと搭乗時間が短縮できると思うのだが・・・・。

 1人の人間が持っている荷物3個を、あちこちに分散してしまうものだから、その都度機内を往復することになる。

 その間、、後に続くものはじっと待っている。そして、その人も同じ数の荷物を収納するためにさらに機内を行ったり来たりしなければならなくなる。

 降りる時も、自分の荷物を撮るために流れに逆らうことになるので、スムーズに機外へ向かえないという問題が起きてしまい、機外へ出るだけで疲れてしまう。

 この日はさらに、問題が1つ発生していた。

 コモロ連合は、入国ビザがいる。しかし日本に大使館は無い。よってその業務は他国の大使館に委託されるのだが、何故か隣国のモザンビークとかタンザニアとか、マダガスカルではなく、アフリカ大陸の北西に位置するセネガルが代行している。

 ちなみに日本大使館もコモロにはなく、マダガスカルの日本大使館が兼務しているようだ。

 到着したターミナルは何故かドメスティックだったのだ。よって、係官が、セネガル発行のビザを見たことが無く、ひと悶着。
 これをようやく解決すると、今度はイミグレーションでスタンプを貰うのだが、何と入国スタンプが1つしかない。
 係官は2名。1つのスタンプがあっちに行ったりこっちに来たりしている。
そしてアフリカの人々は、横入りすることが当たり前なのだ。そしてそれがとても上手なのだ、横を向いたすきに、知らない人が、私の前に・・・・なんてことは日常茶飯事なのだ。

 入られたくなかったら、がっちりスクラムを組んで人間の壁を作っておかねばだめだ。

 もう、こんなかんやで、やっとターンテーブルに着くも、ドメスティックのターンテーブルは、まことに短い。
国際線が到着したのだから、山のように荷物なのに・・・・。

 ここでまたまたものすごく時間がかかってしまった。

 それでも何とか全員分の荷物がそろい、駐車場に向かい荷物車に積み込もうとしたら、待ったがかかった。

 今度は何?!!!!!

 全員分のスーツケースのオープンチェックを行うというのだ。これはもう嫌がらせ?

 再びスーツケースを手に、建物内に戻る。

 ところが、今度は係官が嫌になって来たらしい。途中でめんどくさくなったのか、もういいという。

 外は薄暗くなってきているし、予定していた観光のいくつかは後日に回すことにして、今日は旧市街を歩くことになった。


 コモロ連合は、3つの島々、首都のあるグランドコモロ・アンジュアン・モヘリ島で構成されている。もう1つのフランス領マヨット島の領有権も主張しており、国内の地図などには4島が乗っている。

 お土産屋にも

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 小さな国なので、資源も無く、インフラも整備されておらず人々の暮らしは厳しい。
グランドコモロでさえも、ランプでの生活、薪での煮炊きを余儀なくされている人々もおり、貧しさを嫌って、フランス領であるマヨット島へ違法入国する人たちが後を絶たないという。

 セイシェルを除く2島と同様火山の島で、地盤が水分を持たないため川は1本も無い。
今は井戸もあるが、以前は雨季に降った雨を溜めておく生活を送っていた。
 海で洗濯をしている人を見かけたので、今も水事情は良くないのだろうなあと想像した。

 今回は、グランドコモロ島だけを旅します。

 
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 首都のモロニは、西側に位置している。面積は、マヨット島も含めて東京都と同じ位である。
人口は、3島合わせて約80万人ほどで、宗教はイスラムが多く、文化もアフリカそのものの感じがした。
 
 ちなみに、レユニオンは、ヨーロッパそのもので、モーリシャスは、アジア的な混沌とした雰囲気を感じ、セイシェルはのんびりとした南のリゾート地といった具合で4島が全く違った雰囲気でした。

 1886年、他国の侵略からフランスに保護を求め、保護国となる。

 1975年、独立を果たす。
 
 資源は無く、主な外貨獲得の手段は、イラン・イランを精油したものや、バニラである。


 国旗。イスラムの象徴である月と4つの島を表す星が描かれ、4色は、やはり4つの島を表している。

 
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 ナンバープレートにも、月と星が描かれている。

 
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 カラフルな衣装の女性達が大勢迎えに来ていた。

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 空港の建物。もう1つインターナショナルの建物も有りました。

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 駐車場

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 店じまいを始めていた。

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 旧市街の露地。

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 植民地時代の古い扉

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旧港の前の金曜モスク。町が始まった当時からここにあったという。もちろん建物は、建て替えられているだろう。

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 結婚式の会場。短い滞在中だったが、結婚式には結構遭遇しました。

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  カラフルな家。

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 この後ホテルへと向かう。
インド洋に面したホテルです。この国はまだマラリアが有る。部屋の中には、電気蚊取り器が置いてあった。

 川が無く、水を溜めておかなければならず、そのため蚊が大量に発生してしまったそうだ。今では、ずいぶんよくなってきたそうだが、未だ根絶はされていない。

 こういうときは、ビールを飲みたいがこのホテルは、カタール系なので全くおいていないそう。ビールは明日の昼までお預けだ。

 


 カンカン照りの中、犬吠埼まで歩きます。

 時々ひんやりとした風が吹いてくれるのがうれしい。

 暑くてたまらずカキ氷を食べたお土産屋さんも、駅舎も冷房設備がなかったのは、例年なら風が通り抜けて涼しいからだろう。

 高浜虚子の句碑が立っている辺りから、海岸線を望みながら歩いてゆく。

 遊歩道が有るので降りてみた。

 
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 チバニアンだけではなくて、どうやら千葉県は、地層学的にいろいろ貴重な所があるようで、犬吠埼も国の天然記念物に指定されていた。
 
 
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 塩ができていました。

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 灯台が見えて来た。

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 階段を登って、岬の上へ・・・・。暑い・・・。

 犬吠埼灯台。内部が見学できる灯台は案外少ない。

 
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 95段だったか階段を登っていく。こうなったらもうのぼるしかありません。

 初点灯が明治7年、1874年とあるから144年も海を照らし続けていることになる。

 
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 登ったところで、外周をぐるりと1週できるようになっている。ここは風が吹き抜けて涼しいわあ!

 しばらく休憩です。

 
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 資料室が有り、巨大なレンズが展示してあった。

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 横から見たところ。

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 登録文化財に指定されている霧笛室も見学できます。今は使われていませんが、音を聞くことができます。低いうなるような音が響き渡る。

 
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 これが装置なのですが、理屈がわからない。
 
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 このレンズは、最初に取り付けられていたものだという。

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 灯台の前には、白いポストが設置されていた。

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 12時を回っているが、ご飯より冷たいものが欲しい!


 ホテルのシャトルバスで空港まで行き、スーツケースを送る。
身軽になって、7時57分の電車で成田へ向かい、成田線へ乗り換え銚子へ向かう。

 各駅停車なので1時間20分ほどかかる。前回佐原へ行くときにも利用した電車である。
佐原駅でほとんどの人が降りてしまった。

 銚子駅は、ターミナル駅で総武線と成田線が乗り入れているこじんまりとした駅でした。

 目的の銚子電鉄は、到着したホームの先に有り模型のような駅舎が立っていた。
切符は社内で購入する。

 
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 ホームの時計。

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 電車。2両編成です。一応クーラーはあるが、ほとんど効かない。

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 銚子電鉄は、千葉県最東端の銚子市を走る、全長6.4kmという小さな私鉄である。
過疎化による人口減少により、年々乗降客は減り続けいつ廃線になるかというところまで追い込まれてしまった。
 それに追い打ちをかけるように、平成18年、当時の社長の横領が発覚し、とうに打ち切られていた行政の補助金もなく、倒産の危機が目の前に迫っていた。

 線路や踏切の改修、車両の法定検査などに6000万以上の費用がかかり、社員の給料さえも全額払えず、通帳残高はわずか200万という、絶望的な状況になっていた。

 それを救ったのが、ぬれせんべいだったのだ。ネットで購入を呼び掛けたところ全国から注文が入り、お金が集まり奇跡が起こった。
 法定検査も改修も無事行うことができ、会社の存続が決まったのだ。


 この話は当時、テレビや新聞で紹介されたので、ご存知の方が多いと思う。

 
 車内で車掌さんから購入した一日乗車券。

 
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  まずは、終点の外川駅まで行ってみましょう。

 駅名は、本来の駅名の他にユニークな名前がついていました。

 例えば、笠上黒生(かさがみくろはえ)は、髪毛黒生に、本銚子(本銚子)は、上り調子、本調子といったぐあいだ。

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 終点の外川は、

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 外川駅の駅舎。レトロだ。

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 時刻表も古い。

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 今はもう使われていない列車が公開されていた。NHKの朝の連ドラの舞台になったことも有るようです。

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 帰りは、犬吠で降ります。ここから灯台までは、徒歩で10分もかからない。

 ホーム

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 駅舎は、一寸外国の雰囲気がする。

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 駅内には、売店が有り、ぬれせんべいを私も買いました。
 
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 改札口付近

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 駅の2階が、ギャラリーになっていてジオラマが有るというので150円の入場料を払い行ってみたが、冷房が黄がなく汗が噴き出て来て、長いができず。

 写真も、ピンボケばかりでした。

 
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 犬吠埼に行って、再び電車に乗り込む。銚子まで戻り、銚子の町を少しだけ歩いてみる。他の町よりは涼しいというものの、リュックを背負って歩くのはやはりきつい。

 町の中心の通りには、このマークが目立つ。

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 何だろうと思っていたら説明板が有りました。ちょうしと読むのだ。

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 初めて見た利根川の河口。

 
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 銚子港。

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 古いお店。ひしお屋とある。

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 JRの待合室に飾ってあった大漁旗。

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 総武線周りでも帰れるのだが、やはり大回りになる。
結局成田線周りで、空港へは5時に戻り、ラウンジへ一直線。冷たいビールを飲んでほっとした。

 名古屋はもっと暑くて、39度だったらしい。
 
 明日は犬吠埼を紹介します。
 


 向こうにいても、日本の異常な暑さはスマホで知っていたが、帰国してみて身にしみて感じる。

 反対に、モーリシャスやレイユニオンなどは、例年になく気温が低く、乾季だというのに雨が降るし、亜熱帯という感じがしなくて涼しさを通り越し肌寒いほどだった。

 相変わらず、エチオピア航空は、遅延し成田のホテルにチェックインできたのは、夜の10時半を回っていた。
アフリカは好きだし行きたいが、エチオピア航空はもう満腹である。

 23日は、銚子まで足を延ばして遊んで来たので、家に着いたのは夜の9時少し前だった。

 というわけで、インド洋の話をする前に、銚子の話を聞いてください。

 写真は機内から見た夕日ですが、なんとなく不安な気持ちになる感じ。
 
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 梅雨明けしたとたん、ものすごく暑くて、後片付けをしたり、救助に当たったり、避難所で過ごされている方のことを思うと、本当に大変だろうなあと思います。



 私は、明日から、インド洋の島々、コモロ諸島・レイユニオン・セイシェル・モーリシャスに行ってきます。
コモロを除くとリゾート地なので、日本人にもなじみが有るのではないでしょうか?

 新婚旅行などで訪れた方も少なくないと思います。

 ただし、行くのはやはり大変で時間がかかる。


 今回は、同じエチオピア航空でもソウル経由です。

 成田からアジスアベバまで16時間ほど、アジスアベバからコモロの首都まで、5時間ちょっと、乗っているだけで21時間なので、トランジットの時間2時間を加えるとなんと23時間もかかってしまう。

 うーんやはり遠い。

 


 

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