好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

2021年02月


 旅の間、全国的に暖かい日が続いていた。 この辺りも例外ではなくて、寒いと思って持ってきたタイツもカイロもまったくいりませんでした。

 暖かさに誘われて、宿の前の道を散歩してみました。

 気温と道路の温度差があるのか、靄がでています。
朝の通り

 歩道はこんな感じ。
道路の歩道

 暖かくても足元の水が凍っていたりするので油断はできません。このお宅の入り口は3分の2がふさがっていました。
近くの建物の玄関

 9時ホテルを出発。三国街道の宿場町だった塩沢宿に向かう。素敵な通りを抜けてまずは、鈴木牧之の記念館に向かう。
 牧之は、塩沢村に生まれ文人として盛んに文芸を行う反面、家業の縮の仲買や質屋に精を出し、地域の飢饉救済などにも尽力し、鈴木家を地域屈指の地主の地位に押し上げた。
 彼は、越後の雪深い生活を伝えようと40年の歳月を費やし、1837年に山東京伝の協力のもと「北越雪譜」出版し、それは当時のベストセラーとなった。
 「北越雪譜」には、越後の雪、雪国の暮らしの様子、自然、生き物、祭りなどが挿絵ともに収録されていて、見たことも無い雪国の暮らしに当時の人々は大いに驚いたのではないだろうか。
 記念館は撮影禁止なので紹介できませんが、挿絵の1つ雪の結晶が、通りに展示してありました。
雪の結晶

 記念館を後にして、少し通りを歩く。雪山がはるかかなたに見えて清々しい。
塩沢、牧之通り
 現代の雁木
現代の雁木
 電線が無いのですっきりしている。建物も白黒に統一されていて良い。
白と黒が美しい
 カマキリのオブジェ。カマキリが産卵した位置でその冬の積雪の量を予測したのだそうです。
カマキリ
 銀行
銀行です
 例年なら大掛かりに雛祭りを行うのだそうだが、コロナなのでそれも中止。1軒のお家で、幾つかのお雛様が飾られていました。
コロナのおかげでこじんまりと
 ここにも、大作ではないですが雲蝶の作品がありました。酒屋の看板です。
酒屋の看板も
 お店の中に入らせてもらいます。
これも作品です
 当時はこんな感じの看板でした。
こんな具合に

 車に戻り、かつて上杉兼勝と直江兼次が学んだという庵寺「雲洞庵」に向かいます。本来の参道は閉鎖されています。
雲洞庵の参道

 今から1300年以上も前の事、旅の尼僧がこの地に庵を結んで住まわれ沢山の人々を救った。尼僧が亡くなった後、母の菩提を弔うために薬師如来を携えて訪れた藤原房前公は、尼僧院として雲洞庵を建立された。以来現在に至るまで女人成仏の寺として参拝信仰が盛んに行われ。日本一の庵寺と称されるようになった。
 本堂。1429年創建、1707年に再建された。縄文時代より続く日本海建築文化の到達点の一つと言われているという。
1707年再建日本海建築文化の到達点
 本尊
本堂
 欄間
本堂欄間

 広い寺を見ていると、足元からしんしんと冷えてくる。隙間風は入ってくるし、暖房もないからねえ。
 ちなみに藤原房前公とは、父は不比等、祖父は鎌足で、大化の改新の折に藤原姓を賜った。その時に荘園としてこの南魚沼地方が与えられたのだ。

 


 石川雲蝶と同時代に活躍した彫刻家に小林源太郎と言う人物がいる。一緒に仕事をすることも多かったようだ。
 その彼の作品がある秋葉神社奥の院に到着。雪に囲まれていて近づくこともできない。遠巻きに眺めるだけで終わってしまったのは残念でした。彼は、雲蝶と違い作品に自分の名前を残すことはなかった。 
秋葉神社の作品は網の中
 牛若丸とカラス天狗の修行の場面らしい。
 他の堂も雪の中。
秋葉神社
 狛犬も綿帽子が重そうだ。
狛犬も綿帽子
 
 市内に向かい、お昼をいただきます。好きなものを頼んでいいと言われ、名物のへぎそばとマイタケのてんぷらをいただきましたが、少々量が多かったようで・・・・自分の意地汚さを反省。
 へぎそばは、山形のものとは違ってざるそばに近い。
名物へぎそばとマイタケのてんぷら
 
 そして、有名な小千谷縮などの織物の工房にむかった。コロナの影響で体験はなし。見られるかなと期待していた雪さらしも行われていないようだ。
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 この建物の向かいにあるのが、錦鯉の里だ。庭には頑丈な雪吊りが施されていた。豪雪地帯の雪吊りは、縄では間に合わないのだろうか。
豪雪地帯の雪囲い

 建物内に入ると目を引くのがこの「錦鯉のオーナー表」です。購入して、此処で飼育してもらうのだという。名前と鯉の写真入りのカードがずらっと並んでいた。自分の鯉は見分けがつくのだろうかと思ったが、写真を手にして同じ模様の鯉を探すのだという。
錦鯉のオーナー表

 冬の間、避難するプールにはたくさんの鯉が泳いでいた。餌を与えてみたくなったので購入する。何とプールに手を入れて直接与えてもいいというではないか。手の上に餌をのせると、吸い込むようにして食べてゆく。これが可愛いのだ!
屋内の池で過ごす
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 続いてオジヤ縮みの創始者である堀次郎将俊を祭ってある明石堂に向かう。道路の雪は無いのに、お堂の周りには雪が集められていて、せっかくの彫刻までたどり着けませんでした。雪が硬くないので無理をするとすぽっとはまってしまいそうなのだ。
明石堂

 そして最後は、池ケ原と言う何もないところにやって来ました。車の高さより高く雪の壁ができていて、迷路遊びができそうな感じだ。
車の高さほども
 こんなところに何が?と思っていたのだが、この壁を登ると
インスタ映え
しろのみ
 いやあ、綺麗でした。

 ホテルにチェックイン。早々と温泉に入り浴衣に着替えて夕食です。越後と言えば日本酒でしょう。
飲み比べがあったので頼んでみました。
日本酒飲み比べ
 美味しいねえ。

 
 今朝、ウォーキングの時に見かけました。並木になっているのですが、結構な数のきに花が咲いていました。早咲きとはいえ、2月に咲くなんてびっくり。

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 直前になって、見学場所が変更になってしまったと連絡が入り、雲蝶の作品を多くみられるはずだった栄林寺に行けなくなってしまった。その代替えに、長岡の郊外にある栃尾地区の巣守神社と貴渡神社が新しく入れられたのでまずはそこに向かう。

 市街を抜けるといきなりこんな光景に・・・。
雪景色
 雪は除けられてはいるが・・・。
栃尾地区
 雪国の人は運転が上手でないとやっていけないなあと思ってしまう。
 
 到着した巣守神社もこんなことになっていました。よじ登ります。ところどころずぼっと足が入ってしまうが、割とうまく進める。
ここをよじ登ります
 神社はこんな感じです。
神社はこんなことになってます
 雲蝶作品鑑賞の旅第一弾はこれ。
雲蝶作品
 続いて、直ぐ近くにある貴渡(たかのり)神社へ移動します。
貴渡神社へ
 こちらはすっぽりと覆い堂に入っているので、じっくりと鑑賞することができた。
たかのり神社の建物
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 地区の織物の元祖をまつってあり、雲蝶30半ばの作品とある。堂を囲むように12支が彫られています。
 牛とウサギとネズミ。ウサギの目は赤が残っている。
12支 牛とウサギ
 竜の口にも鮮やかな赤がみられる。
口の中が赤く残っている
 言葉を交わしている男性2人。
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 機織りの様子、糸を巻いている子供の姿も見られる。彫刻にしては、ものすごく遠近感がある。雲蝶は、洋画を習ったことが有るので、そういう技法を取り入れたのだろう。
機織りしている
 蚕棚と女性。女性の足元にいるのは猫かしら。
女性の足もとには猫
 女性の頭。簪まで丁寧に彫られている。
白い胡粉と赤と黒

 繭をすくっている女性のほほの丸みが美しい。
繭を煮ている
 雲蝶は、自分の名前を作品に必ず残していたという。職人ではなく芸術家という自負があったのだろうか。
必ず自分の名を入れます
 この後は、小千谷市に移動してお昼をいただきます。

 上越新幹線に乗るのは何年ぶりだろうか、思い出せないほど昔の事だ。

 然りの自由席にて東京に向かう。いつもの様に富士宮が近づくと、富士山が見えるかなあなんて思うのだが、今日は快晴なので見えない心配はなさそうだ。

 最近は積雪の量が年々少なくなっている気がする。
富士山
 緊急事態宣言下でも、東京からの旅行客は多く指定席を取っておいて良かったなと思う。トンネルを抜けるたびに景色はどんどん白くなってゆく。川端康成の雪国の書き出しを思い、文豪というものはやはりすごいなあと感心しする。
 
上越新幹線から
 越後湯沢で、大半の客が降りてしまった。そういえば今日は金曜日なのだ。土日にかけてスキーを楽しむのだろう。
 長岡に到着。駅前広場も通りも雪の壁ができていた。
 ホテルに荷物を預け、バスに乗って目的の博物館へと向かう。結構遠いし、雪のせいもあるのだろうが1時間近くかかった。 
 信濃川
信濃川
 博物館まで乗っていたのは、私1人だけでした。
 雪に埋もれている。
県立歴史博物館
 とけるのはいつになるのだろうか。
雪に埋もれる
 目的は、火焔土器なのだが、まずは企画展示から見てゆく。

 新潟県出身の山本五十六のパスポート
山本五十六のパスポート
 願いを書いて奉納した小絵馬。どういう願いだったのか?
奉納された小絵馬
 ちょっと軟弱な誓い。
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 そして、常設展の建物に移動。建物も大きいが展示もうまくてとても見やすい。
展示室
 黒曜石
黒曜石
 新潟と言えば豪雪地帯なので、こんなものも実物大で再現してありました。
 旧高田市の雁木だ。昭和30年代初頭の町の様子です。
雁木ン通り
 荒物・雑貨や、駄菓子屋さん、履物屋さんなども再現してある。
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 2階では、雪下ろしが行われている。屋根から降ろされた雪で道路が埋まってしまっている。
昔の雪下ろし
 で、下にトンネルを掘って対面と行き来をしていました。
雪の下のトンネル
 今の街は、雪の壁はできているが、道路に雪は無く難なく車を運転することができるのだから、何だか不思議な気がしてしまう。
 続いて米作りのコーナーにやって来た。これは、水を抜いて田んぼにする工事らしい。新潟と言う名前の通り、沼地が多くて深田になってしまい、米作りにはずいぶん苦労をしたそうだ。そういう時に使った道具などが紹介されていた。
水抜き工事
 やっと縄文コーナーに到着。当時の様子がジオラマになっていました。
縄文の暮らし
縄文の暮らし海辺
 土器はこういう感じでつかわれていたんだ。
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 いたずら書きがある土器の欠片
土器にかかれたいたずらが

 そして、火焔土器。
火焔土器

 背後には、沢山の火焔型土器などが並んでいる。
火焔型土器

 人もいないので、ゆっくり回れてものすごく楽しかった。

 帰りもバスに乗り、長岡駅にむかい、今夜の夕食と明日の朝食を買ってホテルに向かう。

 途中で、長岡城の二の丸跡を回って来ました。
長岡城址

ここも雪が深くて、奥には行けません。


 久しぶりに会ったら、ますますむくむくになっていた。ごみ袋のかさかさという音が気になるらしい。
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 名古屋城に行った時に見つけました。
青ヶ島で紹介したものとは、ちょっと違い公共の文字が入っていない。

 測量基準点 
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 あまりの暖かさに、名古屋城へ梅を見に行ってきた。
が、梅林とは名ばかりで梅の木はほんの少ししかなかった。

 昔の記憶だともっとたくさんあった気がするのだが・・・・。

 日曜日だが、天守閣が入場できないせいと緊急事態宣言中だからか、人出は少ない。
普段見ることがあまりない、二の丸庭園の遺構をじっくりと見て回る。

 もう少し経つとツバキの花も綺麗に咲きそろいそうだ。そして桜も・・・。
お花見の頃には、コロナが下火になっていますように。

 名古屋城の屋根は、足場が組まれていた。金の鯱ホコを降ろすためである。
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 12時からは忍者隊が、13時からは武将隊が出陣していました。一緒に離れて記念写真を撮る人たちも。

 この方は、だれですかねえ?
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 正門では、感染対策と寒さ対策をばっちり行っているお雛様たちが並んでお出迎えです。
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