好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

カテゴリ: 日記


 昨夜、無事帰国しました。


 今回もエミレーツだったので、何となく不安だったのですが、ちゃんと定刻に到着できてほっとしました。


 もっとも、2日目、マドリッド乗り換えで、諸島最大の島テネリフェ島の 空港に着陸する際、悪天候で中々着陸できず、上空を旋回し、2度着陸を試みるも失敗。

  3度目の着陸にトライする前、機長から「3度目のトライでも着陸できなかった場合は、南の空港に向かう」との説明があった。

  それでなくても、長い時間が経過していて、不安はMax!3月のキャセイ、4月のエミレーツとご難続きだったので、今回もかと覚悟したのだが、無事着陸。

  乗客の拍手がおこり私もほっとしました。


  空港に降り立つと雨はやんでいたものの、ものすごい霧で視界が聞かない。風も強くとても寒い。



  カナリア諸島は、常春の島だと聞いていたのに・・・・。
この日だけでなく、滞在中は、あまり晴天という日はなく、変わりやすい天気に翻弄された。


  諸島には、7つの島があり、今回はそのうちのテネリフェ、ラ・バルマ、ラ・ゴメラの3島を訪ねた。他の4島は、グラン・カナリア島、ランサローテ島、エル・イエロ島、フェルテベントゥーラ島である。


  3島は、どの島も、南北では気候も全く違い、北は雨が多く寒く、南は乾燥していて暖かい。又、標高によっても天気は違い、海近くでは晴れていても中腹になると雨模様、山の上では雲が無くなり,雲海を見下ろすなど雨具と防寒着は欠かせないといった感じでした。


  サンサンと太陽が降り注ぐ火山島、ヨーロッパのハワイをイメージしていたのに全然違っていました。
  これが今年だけなのか、例年そうなのかはわかりませんが・・・。



  今回は、諸島独特の地形や植物を楽しむことだったのだが、花も例年より少ないそうでこちらもちょっと残念な感じだった。


  とはいっても、島固有のエキウムの花はとても楽しませてくれた。



  後ろ姿が何となく恐竜に似ています。


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 今夜のエミレーツ航空で、Madrid経由でカナリア諸島に行って来ます。


 前回は、あんなことになったし、世界の各地で大雨が降ったりしているので、どこかで心配しています。


 スムーズに往復で来て、向こうでも災害にあいませんように・・・。


  今回の旅は歩くのが目的ではなくて、カナリア諸島の植物を見ることが目的です。


  途中で見た雲二つ。

ぐにゃぐにゃの飛行機雲。


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 虹みたいな雲。


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 キレイ❗


 前回は守山区を歩いてみましたが、今回も同様「ヒラメキ散歩」 のコースの中から、
天白公園と農業センターを訪れるというコースを歩いてみました。


  スタートもゴールも天白区の地下鉄原駅です。


  歩き始めてすぐ、第一チェックポイントに行く前におなかが空いてしまい、モーニングをやっていた喫茶店に入って腹ごしらえ。


  最初からこんなんで歩けるかしらと不安になる。マップによると9㎞とあるので、それほど長い距離ではない。


  久しぶりの喫茶店のモーニングにテンションが上がる。ついでに、女性自身とか文春も読みます。

  さて、改めて出発。


  最初のチェックポイントの中山神社に到着。

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 この神社の神様が乗ってきたという山犬が祀られています。


 ここから下って、遠足の子供達らしく、歓声が響き渡る天白公園を横切って次のチェックポイントの細口公園へ向かう。


 ここの公園の池は、浸水被害を防ぐためのもので普段はあまり水が入っていないようでした。ここにもたくさんの幼稚園児が集まっている。


 ここから先がちょっと長い。住宅地の中を名古屋農業センターを目指して歩く。

 いつもならまだ満開にはなっていないなんじゃもんじゃの花がきれいに咲いていた。

 
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 農業センターも家族連れでにぎわっている。牛や鶏などもいるが、今日はそちらはパス。

 鬼まんじゅうを食べ、リョウブの花のはちみつを買い、次のポイントへ向かう。


 はちみつが好きで、いろんな味を試しているのだが、リョウブは初めてなので楽しみ。


 そして、3番目のチェックポイント針名神社を目指す。予想していたより大きな神社で、敷地内にはお稲荷さんなども祀ってありました。


 
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 創建は、1000年以上前で、延喜式神名帳に記載がある歴史のある神社とのこと。

 
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 これは、御縁木と呼ばれている、スギとヒノキが同じ根から生えている珍しい木です。

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 真っ赤な鳥居がきれい。

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 竹が美しかった!

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 神社と道路を挟んで向かい合うようにあるのが、秋葉山慈眼寺というお寺。

 境内に向かう道は、藤棚やしだれ梅がきれいに咲くのですが、どちらもすっかり終わっています。


 
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  毎年12月16日には、火渡り神事が行われているそうです。
1560年、信長が桶狭間の戦いのときに、ここに祈願して勝利を治めた。

 
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 お賽銭箱が床に埋まっていました。これなら盗まれないかも・・・。

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 織部焼の灯篭。

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 太鼓をたたいて祈願しました。


 ここからは、平針駅を抜け、天白川に沿って歩いていく。

 橋を渡って対岸に向かう。
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 天白川のビオトープがある。

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 そしてもう一度川を渡ると、ゴール。こいのぼりの出迎えを受ける。

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 それほど気温が上がらなかったので、楽しく歩けました。


 地元の事って、案外知らないもんですね。
 




 新しく発見されたチケットを手に、DUBAI CONNECTを目指す。 

  現在いるターミナルは、Cだと思うのだが、かなり歩いてもなかなか到着しない。2度ほど、従業員らしき人物に訪ねようやくそれらしき場所に着くことができた。

  今までのターミナルとは全然違い、新しく近代的なスペースになっている。出国用のスマートゲートなるものがずらっと並んでいる。


  ようやくここまでたどり着いたが、ここからがまたまた長かった。何せ長蛇の列なのだ。たくさんの人が、飛行機に乗れなかったということを実感する。

  そして、私達は、ここがホテルではなくて、単なる手配所だということを知るのだ。はるかかなたのカウンターには、ファーストクラス・ビジネス、エコノミーと区別されている。

  ここでチケットを提示して、ホテルバウチャーに交換してもらう。そのバウチャーをもって、ホテルに向かいチェックインできるということらしい。



  ここに到着すれば、すぐにホテルに入れるものだと思っていたのだがどうやらそうではないようだ。


  3時間ちょっと並んでようやく順番が来た。この時点で時刻は、午後7時を回っていたが、チェックインまで7時間も有れば少しは休めるだろうとたかをくくっていた。渡されたバウチャーには、ホテル名はなく、予定されたホテルが満杯の場合は他のホテルに手配されるとあった。


  そして、「出国してまっすぐ歩いていきなさい」と指示された。「え?出国するの?」とは思ったが。この時点では、トランジット用のホテルなのだから、そう遠くにはないだろうと思っていた。


  新しくピカピカのスマートゲートは機能せず、結局人間のいるブースに案内され出国。セキュリティを受ける。


  まっすぐ進んでいくもそれらしき建物はない。だんだん不安になってきたが何人かの人に、ホテルインフォメーションのバウチャーを見せながら進んでいった。

  最後に到着したのが、建物のはずれにある、「エミレーツホテルデスク」と書かれた例の赤い色の文字のある場所。


  バウチャーを提示すると、そこに座って少し待つように指示があった。どうやらバスで向かうようです。


  案内されてバスに乗り込むと、ほぼ満席。面子を見ると、香港か台湾あたりの団体さんのように見える。なんだか様子が違うように思え、乗客の1人に「ホテルまでどのくらいかかるかわかりますか?」と聞くと、「45分」という。往復だと2時間近くかかることになる、しかもバスは2台出ているのだ。チェックインの時間にも相当かかることを思うと、わざわざ向かうのはリスクが出て来る。



  で、ここまで来たが、ホテルに向かうのはやめようと、バスを降りると、ホテルデスクにいた男性が、「5分で着くから大丈夫」という。「5分ならまあいいか、シャワー浴びしたい」とバスに戻る。


  ところが出発したバスは、エミレーツホテルと書かれたホテルは通過、どんどん、空港から離れていき見覚えのあるきらびやかな高層ビル群が見え始めた。


  その時点で、出発から40分近くかかっていたかもしれない。ようやくあるホテルの近くまでやってきたものの、全然進めなくなってしまった。何をしているのだろうと、外を見ると、池のようになっているではないか!


  ホテルに近づけない。何度も切り返しを行いようやく脱出。

  そして、さらに、遠くの方へバスは走り出した。1人の女性は、「帰りたいよう」とずっと嘆いていて子供のようになってしまった。


  私も不安だが、周りの洪水のすさまじさが残っているのを見られるのが好奇心をくすぐる。何台もの車が道路に放置されたままになっていて、水は引いたものの大雨の痕跡を見ることができた。


  そして、バスは走り出して1時間を超えた。飛行機のチェックイン時間を考えると、ホテルに到着しても部屋に入れるかも怪しくなってきた。


  帰りが渋滞に会わないとも言えないし・・・。部屋で休みたいのはやまやまだが、リスクが大きすぎるので、このバスでそのまま戻ることに決めた。


  ホテルの到着し、トイレを済ませ、運転手さんに空港にこのまま戻ると伝えるとあきれたような顔をされれしまったが、2台の内1台のバスをすぐに動かしてくれた。


  懸念していた通り、渋滞も発生していたし、引き返したのは賢明な結論だったかもと思う。


  到着階の前で降ろしてもらい、出発階へ向かう。チェックインカウンターに向かう必要はないのでそのままセキュリティを通過し、入国。


  後で知るのだが、キャパ以上のホテル使用者がいたので、どんどん遠くのホテルまで使わざるを得なかったようです。

  出発ゲートを確認して、とりあえず解散。私は、プライオリティラウンジに向かう。シャワーを使えるかなあと思ったのだが、ここも人であふれていて、ソファーやプライベート席は満席。結局テーブル席に相席のような感じで席を確保。

  私のカードでは、シャワーは使えないとのこと。そうかあ。


  何はなくとも、ビールを飲もう。そしてワインも。ほぼ丸一日近く、水以外は口にしていないのにそれほど空腹は感じない。



  時間いっぱいをここで過ごして、ゲートに向かった。

  示されたゲートナンバーには、テヘランの文字が・・・・?


  変だとは思ったが、案内が無いので、しばらく座っていることにした。顔見知りになったブラジル人の顔を見かけたので、会釈する。彼女たちも同じ便をとれたんだ。


  チェックイン時間を過ぎたころ、テヘラン行きのゲートは閉まり、クウェート行きだったゲートは変更され、そこに大阪行きが振り返られてようやく中に入ることができた。


  またまたキャンセルされるのではないかとびくびくしていたが、ようやく、帰れるようです。


  1時間ちょっとの遅れはあったものの離陸した時にはもう眠っていたようで、朝食の提供時に起こされた。


  関空に到着して、荷物の受け取りを待っていたら、係の女性に声をかけられた。我々4人と、もう1人の男性5人の荷物は載っていないとのこと。


  たぶんそうだろうなあと覚悟していたので、ショックもなく、手続きを済ませた。心配なのは、チーズだ。15日に購入しているのでハードタイプとはいえ・・・・・。

  3日経っても届かない場合は、HPで自分の荷物の場所を探してくださいといわれたが、今日がその3日めである。

  エミレーツからは、21日の便で載せますとメールが来たが、届いたという知らせは入っていない。



  順調にいけば今日の宅配で届くのだと思うのだが、さてはて。


  そして、私にはおまけがありました。


  19日の11時ころ家に着いたのですが、自分の足を見てびっくり。こんなことになってました。

  
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 指で押すとめり込むほど腫れ、象の足のようになっていたのだ。


  20の日、医者に行くと、血栓ができていると大変だから、原因を知るために血液検査を受け、5日分のむくみをとる薬を処方されました。


  トイレに行く回数が増えるが、水を排出するのは尿しかないといわれる。

  22日現在ましにはなったが、元に戻っていない。薬が亡くなったら再び医者に行きます。


  疲れているところに長時間立ったまま、ほとんど飲まず食わずのような時間を過ごし、最後が9時間以上のフライトだったので、エコノミー症候群みたいになってしまったのかなあとも思っているのですが・・・。ほおっておくと大変なことになる場合もあるのでちょっと心配。


  4人のうち、自分が若く、旅の回数が多かったので、ちょっと頑張りすぎたのかも・・・・。



  先日、エミレーツの責任者から今回の対応に関して謝罪があったようです。


  従業員が出社できず対応ができなかったことやパイロット、整備士、キャビンアテンダント達も出社できなかったので、運航を確保できなかったという。


  混乱のど真ん中に運悪くはまってしまったんだねえ。



 コネクションカウンターは、長蛇の列でした。我々は最後尾に並ぶ。行列は遅々として進まない。最後尾だったのが、真ん中あたりになっても、ゴールは見えてこないし様子も全くわからないまま。


  
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  それでも、カウンターから遠い時点では、みなおとなしく列も乱さず並んでいたのだが・・・。


  カウンターが近づいてきたところで、小さなスペースに何故か行列が6つのラインに別けられた。


  そうなると、ちょっとでも前に行きたいという心理が働き、列はぐちゃぐちゃになってしまった。 しかも整理する係員はおらず、後ろから押され自分の意思とは関係なく前の人を押してしまう。


 「ノー、プッシュ!」といわれても私も押されているんです。

  周りは大きなヨーロッパ人ばかりで、小さな日本人4人は、壁の中に閉じ込められたようで、息苦しくなってきた。

  外に出たら、戻ってくるのが不可能な雰囲気なので、それもならず。


  ここにきて、アジア人差別をもろに感じる。平時は、リベラルなことを言っていても非常時になると、自分の権利ばかりを主張する。しかも人を押しのけてもだ。同じ欧米人同士では、何とかにこやかな雰囲気を保っているが、そのストレスは、我々に向けられる。

  4人のうちの1人の男性は、突き飛ばされるという目にあってしまった。しかも強引な男性は、難癖をつけ彼にケンカを売ってきたのだ。

  このままでは、我々も巻き込まれると判断した彼は、戦線離脱して、外に避難。

  3人だけになってしまった。


  押されて、足も爪先立ちになってしまっているし、水を少し飲むのが精いっぱい。


  考えてみれば、トイレもいけず、食事もドバイに到着した時に食べただけだ。外の列の時には、パンなどの配給があったが、ここに来てからは、なにも届かない。

  朝の11時過ぎに並び始めてもうどれくらいになるのだろうか・・・・。どうして係の人は整理をしてくれないのだろうか?

  残っていた3人のうち1人が、気分が悪いといって離脱。チケットの交換は、我々2人の手に任されてしまった・・・。

  そして、ようやくカウンターの近くまでやってきたのだが、カウンターの中には係の人が2人程しかいない。1人当たり20分ほどかかって処理しているのだから時間がかかるはずだ。

  時々チケットが希望通り取れた人の歓声や拍手がきこえたり、反対に涙を浮かべている人もいる。怒鳴りあう声、ブーイングの声、けんかしそうな雰囲気の人々、この時アジアの人は間違いなく韓国での圧死事故を思い浮かべていたと思う。


  とうとうもう1人の方が、離団したいといった。「このままでは死んでしまうかも」と嘆く。
ここまで耐えたけれど、何時チケットが取れるかもわまらない。

  ここは自分の体の方が大事だから悔しいが撤退することに決めた。

  戻る途中で、日本人女性の2人組に出会う。お互いにアジア人て差別されているよねと・・・。彼女らには何も説明がないまま遅くなってここにたどり着いたという。私が「撤退する」というとここまで頑張ったのにもったいないという。それはそうだが、1人で頑張るファイトもない。


  ようやく塊から抜け出し、ツアー会社の担当者に電話を入れ情勢を話す。


  ラインの設定をして、これ以降は、私のラインを使って連絡をすることにした。


  この時点で時間は、18日の0時を回っていた。なんと12時間以上も並んでいたことになる。


  おなかが減ったので、ともかく何かを入れようとレストランに向かう。



  コーヒーとキッシュを頼み、いざ食べようとしたら、担当者からラインが入る。
18日の深夜3時の大阪行きの便が出そうなので、出発ゲートに向かって、係の人に今持っているチケットを見せて、乗れるか交渉してみてくださいという。ダメもとでやってみる価値はあるという。

  ならばと、時計を見るともう2時になろうとしている。慌てて残りを食べ、飲みかけのコーヒーを手に、一番端っこにあるC3のゲートまで向かった。

 そこには見覚えのある顔の人達が結構集まっていた。皆チケットが交換できないままここに来ているのだ。何でも、昨夜我々には聞こえなかったのだが、英語のアナウンスで17日のEK316のチケットを持っている人は直接ゲートまで来てください、乗ることができますというアナウンスがあったという。

  カウンターに姿を現した男性にチケットを見せ乗れるか確認すると「OK」という。それ以上は何も言わず中に引っ込んでしまった。


  この日のEK316も大幅に遅れ、搭乗の案内が始まったのは、2時間以上遅れた時でした。やれやれ帰れるわとチケットを見せると、「ノー。」という。さっき確認した時は「OK」って言ったじゃん。
 しかも、何人かの人にも確認されていたのに・・・。

  同じことを言われ、搭乗できなかった人続出。そしてB12のコネクションカウンターに向かえという。もっと早く教えてよ。


  ぞろぞろとB12のカウンターに向かい並びなおす。ここもたくさんの人が列を作っていました。日本人は、我々4人の他に新婚旅行で来ていた2組のカップルと男性陣が何人かいた。ブラジル人の姿も見える。

  ここも係は2人しかおらず遅々として進まない。東京の担当者からは、東京のエミレーツの支店に交渉してシンガポール周りのルートを追加料金なしで出してもらったので、列に並んでいてくださいとの指示。


  待っている間に、2組の新婚さんと日本に帰りたいよね、などと嘆きあう。それでもここは、怒号も飛び交わず、ブーイングも出ず、ちゃんと並んでいるのがうれしい。


  ようやく順番が来て、4人のうち3人は、19日の深夜の大阪便で、1人は会社が手配してくれたシンガポール経由の便が発見された。そしてホテルの手配も同時に渡された。

 建物内?と確認するとそうだという。ホテルが決定されているわけではなくて、ホテルの振り分けをするカウンターに行かされたのだが、その時はそんなことは知らなかった。

 普通は、ホテルを指定してくるものだからだ。


  夜中の2時以降ほとんど何も食べていなかったが空腹はそれほど感じず。


  結局、このカウンターにも朝の6時ころから、午後3時近くまで並んだことになる。

  でもまだまだ、これで終わらなかったのだ。


 帰りはニースからドバイ乗り継ぎで関西空港へというルートでした。


 ニースを16日の15:55に離陸する予定になっていましたが、17:25に遅れるとのメールが入った。理由はわからないまま、観光のクルーズも風のため遅れていたので、ラッキーかなあくらいに思っていた。

  ただ、ドバイでの大阪への乗り継ぎ時間がほとんどなくなるので、不安だなあという感じはあった。


  このツアーは、ドバイで、添乗員が付き添う成田組と参加者だけで帰る大阪組に別れるのだ。


  東京の方は、乗り継ぎ時間が、マイナスとなってしまい、大阪の方は、03:00発のEK316はわずか1時間であの広い空港のどこかに移動をしなければならなくなっていた。


 この時、我々は、遅れの理由は全く説明を受けていなかったが、噂で、ドバイがものすごい雨に見舞われて大変なことになっているらしいとの情報は入っていた。


 機内でも、遅れの理由は明らかにされず、機外に出てともかくセキュリティーチェックに走る。混雑もなく、空いたレーンから、出発階に迎う。


 出発ゲートが表示されたモニターを確認して、挨拶もそこそこにそれぞれのゲートに向かった。この時、成田は大幅に遅れていたものの、出発が決まっていた。

 
  そして、大阪への便も、新しい出発時間が4:45に変更され、「ああ間に合う」とほっとしたのだが。

  遅れの理由も、そこにいた人から聞いた。70年に1度という大雨に見舞われ、街じゅうが洪水のようになっていたらしい。

  空港の滑走路も水につかり、水しぶきをあげながら着陸したとのこと。それで、ニースへの便が遅れたのだと知った


  それでも、何とか帰れるとの希望が出てきたので、少ない席(ドバイ空港はなぜか待合の席が少ない)を探して、ひたすら待つ。


  ところが、4:45が5:00、5:00が5:15、5:15が5:30となぜだか15分刻みで、離陸時間が延ばされていくのだ。


  短い時間で更新されれ行くので、そこから離れることもできず、ひたすら待つ。

  大阪へ帰るメンバーは5人だが、そのうちのお一人の方は、ファーストクラスだったのに、機内に案内されることもなく、ずっとカウンターの近くで立たれていました。


 東京は、大幅に遅れたものの無事離陸。ドバイには、本当に我々4人だけになってしまいました。

  そして、午前11:30という案内が出るとようやく、カウンターが開き、待合室に入ることができたのだが、そのわずか15分くらいの11:00に「このフライトはキャンセルになりました。代わりのチケットは、コネクションカウンターで発行される」との案内がされた。

  と言われても、そのカウンターがこの広い空港のどこにあるかわからない。走り去る人たちの後を追って我々も向かう。


  待っている間に、ブラジル帰りの日本に住む方たちと顔見知りになっていたので、彼女たちの後からついていく。

  そして、カウンターの近くにようやく到着。すでに長蛇の列でした。


  後で知るのだが、ドバイ発のほぼ全便が、リレイかキャンセルになっていたので、新しいチケットが必要となっていたのだ。


  どの列に並んでいいものか全く前が見えず、判らない。アナウンスもないし、途方に暮れる。


  配られた水をもらい、ブラジルの方々と一緒にそれらしき列に向かった。


  そしてここからが長い戦いでした。

  1人の方が「添乗員がいたらよかったのにね」とつぶやいた。


 今夜、2日遅れでニースのハイキングの旅から帰国しました。



 ドバイ乗り継ぎでしたが、ニュースなどでもながされたと思いますが70分ぶりの大雨に遭遇し、フライトがほとんどキャンセルとなり今夜ようやく帰れたというわけです。


 プロバンスは、楽しく天気にも恵まれましたかどんでん返しがひどすぎました。

 詳細も、書いてみたいと思います。

 ちなみに今、私のバゲッジは、届かずどこにあるか解りません。



 これからドバイ経由でブロヴァンスに向かい、田舎道を、歩いて来ます。


 昨年のペリゴ-ルが楽しかったので
今年も歩いてみようかなと


 美味しいワインが飲めますように。

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