好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

カテゴリ: 南米の国々

 南米では、この時期は春です。
名前は、調べたのですが違っているかもしれませんがその場合は教えてください。
 ウルグアイのコロニア・デル・サクラメントのホテルの近くで。センダンの木?
センダンのキノ花
アカシアっぽいのですが
アカシアの種類

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 大嵐でゆれています。
これもセンダン?
トリニダー遺跡では可愛い花がたくさんありました。
 アヤメ科
アヤメ科
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バーベナ
バーベナ
 ヘルベルティア・ラウエ?
ヘルベルティア・ラウエ
これはマメ科かな
マメ科
 イペー
イペーの花
ホラルレナ・プベスケンス?
ホラルレナ・プベスケンス
ランタナ
ランタナ
 モンダブの滝で
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 シウダー・デル・エステのホテルで
アエクメア・フェンドレリ
ニコシアナ
ニコシアナ
ディエス・ビコラル
 形が面白いシビピルナ
シビピルナ
 ジャガランタの花も、
ジャガランタ
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これなんだかわかりません
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 ルリマツリ
ルリマツリ
 
 これで、ウルグアイ・パラグアイの旅は終わりです。次に南米に行くのはどんな旅になるのだろうか?
 

 アスンシオンのホテル。前の道路は、ひっきりなしに車が通り渡ることができない。
アスンシオンのホテル
アスンシオン通り
 空港です。
アスンシオンの空港
 往路は、アメリカのマイアミ経由でしたが復路は、チリのサンティアゴ経由だ。乗り継ぎ時間を利用して簡単な観光も有るらしい。サンティアゴも初めてではないが、全部を見ているわけではないので、楽しみだ。
 迎えのガイドさんは、キューバ人だが日本語が上手でした。ランチは、空港の前にあるホテルで、ここで荷物も預かってもらう計画だったようだが、これは断られてしまい、結局バスの駐車場まで結構な距離をスーツケースを引っ張って移動となった。
 まずは、旧市街地区の中央市場に向かう。雲丹や鮑、ほたて、イカにタコと何でも並んでいる。食堂も有り、食事をしている人もいる。
魚市場
 
雲丹
でかすぎる雲丹
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 その後は、歩いてアルマス広場に向かう。
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広場に面して、大聖堂や郵便局、市庁舎などがある。最近は、ベネズエラやハイチなどからの移民の人が増えているという。帰国してすぐ、この町でも大規模なデモが起きたがこの時は、そんな様子は見受けられなかった。
 
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 アパートメント
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 ガスの配達
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 地図
地図
 馬に乗ったポリス
馬に乗ったポリス
 郵便局
郵便局

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 そして大聖堂は中に入ります。
聖堂
 チリのカトリックの総本山で、とても素晴らしい。
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聖堂内
祭壇回り
 カタコンベ
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 外に出ると高校生たちが、大騒ぎ。何もかもが笑いの対象の様だ。いいなあ。
地元の高校生
 この後の移動がラッシュにはまってしまった。どんどん見学の時間が無くなって行く。
これは、以前の国会だった建物今でも使われているそうです。
以前の国会
 モネダ宮殿、造幣局として1805年に完成した。モネダとはお金という意味。この宮殿が知られるようになったのは、ピノチェトによるクーデター。1970年、南米初の選挙でアジェンデが社会主義政権を発足したのだが、ピノチェト率いる軍隊は1973年にクーデターを起こし、この宮殿を空爆してしまった。現在は、綺麗に修理が行われている。
官邸前広場
大統領官邸
 空港への通りは、心配していたほどには混んでいなくて、無事到着できた。ダラスには、早朝に到着。そして、成田へと移動。今回は何事も無くと言いたかったのだが、私のスーツケースの取っ手が取れてしまっている。他にも本体にもいくつかの亀裂が入っている。そのままアメリカンエアーのカウンターに向かったのだが、取っ手は保障の対象外なのだそうだ。亀裂はなおしますが、取っ手の事を考えると保険でやった方がいいと思いますと言われる。それもそうなので、家に帰りすぐに保険会社に電話したが、書類の届くのが遅くて、今もスーツケースは、修理に行ったままだ。 
 今月も、17日から旅行が入っていて、1日も早く欲しいのだが・・・。移動の車が小さいので、大型のスーツケースはご遠慮をと言われていて、家に有るスーツケースは使えない。最悪ボストンで出かけることになるかも、そうなると移動が大変になってしまう。ああ・・・。

 ウルグアイ到着の日のランチ。山盛りのサラダ。海外では、生野菜が不足するのだが、たっぷりいただけてうれしい。
サラダ
 メインの炭火焼きステーキ。私はウェルダンにしてもらったのだが、それでもやわらかくておいしかった。日本にも少しづつ入ってきているそうです。
ウルグアイ人の半分以下のステーキ
 夕食はホテルで、チキンスープ
夕食のスープ
チキンのチーズロールボリュームがあります。
チキンのチーズ包み
 デザートは、チョコレートケーキ。
デザート
 2日目の朝。串に刺した果物が可愛い。
串に刺した果物
 コロニアの旧市街のレストランでのランチは、大雨の中でした。メインはお魚。やはりたっぷりの生野菜が出されました。
野菜たっぷり
 マヨネーズの様に見えるのはマッシュポテト。
白身魚
 デザートはプリンでした。
 この日の夜も、外です。チーズの盛り合わせから始まるボリューム満点のディナーでした。
チーズの前菜
 メインは、魚かステーキのチョイスで、お昼がお魚だったのでステーキを頼みました。少々硬くて格闘します。
メインのステーキ
 デザートはアイスだったのでパス。
 アルゼンチンに入って運河沿いのレストランでのランチ。
 前菜、エンパナーダなど
前菜。チーズ
 つづいて、ソーセージの盛り合わせと焼きチーズ。血のソーセージは、苦手なのでパス。
血のソーセージなど
 メインは、この日もステーキでした。分厚い!
アルゼンチン牛んステーキ
 デザートは、チョコレートムース。
デザート (3)
 
ポサーダスに移動してのディナーはホテルで。
エビ入りサラダ。お皿に、スパイスの粉などを撒くのが流行っているのかしら?暗いところだと、お皿の汚れに見えてしまって効果的ではないと思うのだが。
リンゴとエビのサラダ
パクという魚のムニエル。川魚だと思うのですが・・・。
メインは魚
 国境を越えて、パラグアイに入り最初のランチは、バイキングとステーキです。ステーキは、オーダー制でした。
 夜は、カジノのあるホテルでいただきました。ここも暗くて、ものがよくわかりません。
豆のコロッケ。大豆というより赤いんげんと小豆の中間のような味、私は好きです。緑の野菜は、ヤセイカンランといい、アブラナ科の野草だそうです。初めて食べたのですが、噛みきれなくて口の中にいつまでも残っている感じ。
クロケット中身は豆
 メインは、チキンのグリル。お皿がどちらも磁器ではなくて陶器だ。しかもすごく日本的。緑の点々は、お皿の模様です。ソースと間違えた人もいました。
鶏肉と豆をすりつぶしたもの
 アスンシオンに向かう途中でのランチは、シュラスコとビュッフェ。次々と串にささったいろんなお肉が出てきます。
 まずはビュッフェで野菜をゲット。
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 この他にも、3種類ほど出て来た。当分お肉は、食べたくないかも。
 夜は、和食でその名も定食。
定食
 チリのサンティアゴでのランチは、空港のホテルでした。
キヌアのサラダ。繊細で美味しい。
キヌアのサラダ
 絶品だった、ポークリブのワイン煮込み。お肉はもういいかななんて言っていたのに完食でした。
ムラサキジャガイモとリブステーキ
 今回の旅は、ワインもビールも野菜もお肉もおいしくて幸せでしたよ。
 




 チリに向かう前に、今回の食事を紹介してみます。
色んな種類をいただいたワインとビール。詳しい方がいらしたので、うんちくも聞かせてもらったのですが・・・。
 ウルグアイのワインは、愛好者の中では近年評判がいいそうです。しっかりしていての見応えがあります。
ウルグアイはワインが良いらしい
 タンニンが強いワイン。
タナ種のウルグアイワイン
 
ウルグアイワイン
 ビールもいただきます。
ビール
 私はアルゼンチンワインが好きだ。何杯もお代わりしてしまいました。
アルゼンチンワイン
 こちらはビール
アルゼンチンビール
 クラフトビールはポサーダスのホテルで
これも飲んでみた
 パラグアイに入って
バイキング
  アスンシオンの和食のお店では、私はあまり飲みたくなくて、お裾分けしてもらいました。
バケツに入って出てきました。
 パタゴニアビールとパラグアイのビール
パタゴニアビール (2)
ビール (2)
 チリのランチでは、チリワインのボトルを注文しました。結構高かった!
チリのワインボトルを開けた
 このビールは、パタゴニアビールです。プンタアレーナスとある。
パタゴニアビール
 旅の楽しみの1つは、アルコールに有ります・・・・かな。

 パラグアイ川は、パラナ川に合流したのちラプラタ川となってアルゼンチン・ウルグアイの間を流れ大西洋に注ぐ。スペインが、アスンシオンを足掛かりにしたのも川があったからだろう。
 人口は51万人で首都圏全体では200万人が暮らしている。
まずは、川岸から官邸をカメラに撮る。
警備の人の眼光が怖いが、ポリスは親切で、車を止めて横断を手助けしてくれる。
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 坂道を登り、大統領官邸の正面に向かう。官邸前の道路を通過するには、どうやら警備の人の許可が入るようで、ガイド氏は、説明をしている。
 アートな壁
アートな壁
 独立を記念したモニュメント
独立を記念したモニュメント
 官邸正面。1865年建築が始まり完成する前に3か国同盟戦争が始まり(アルゼンチン・ブラジル対パラグアイ)、ブラジル軍が8年間占拠した。その時はブラジル国旗が翻っていたそうです。1897年から、現在まで大統領官邸として使用されている。国旗が掲揚されているのは、大統領が執務中ということで警備も厳しかったようです。
 ルネサンス様式
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 ホールのような国旗議事堂を通りアルマス広場へ。
国会
 近くには、スラム街があってびっくり。ふつうはこうした所は、ゴミ1つ無かったりするのに・・・。
 
官庁街のすぐそばにバラック小屋が有る
 広場は、黒いテントがいっぱい張ってあり、中に入れそうもない。これは、数日の雨で浸水してしまった家から避難してきた人達ですって。
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 アスンシオンとパラグアイの旗
アスンシオンとパラグアイの旗
 モニュメント。子供達が遊んでいた。
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 鉄条網があっても平気。洗濯物が並んでいました。
洗濯物
 さらに坂道を登って行くと、18世紀スペイン時代の建物が残っていた。
独立の家と呼ばれ、現在は博物館になっている。
スペイン時代の建物
 当時の通りを復元してある。時間が遅くて入れません。
スペイン時代の通りを復元した
 本を持った壁画
本を持った壁画
 フランス式の建物。
フランス式の建物

観光局に立ち寄り、民芸品などの説明を受けるのだが、これが長い。そのうち買い物に興味が出てしまった人たち、これもまた長いのだ。
 ニャンドゥッティという細かなレース編み
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美しいレースはお土産品
 マテ茶を飲む木彫り
マテ茶を飲む木彫り

外は暗くなって来るし、明るいうちに少しでも観光をしたい人は、少々イラッとしてしまいます。私は、抜け出して近所を少しだけ歩いてみる。
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 霊廟はナポレオンのお墓アンバリットを模して造られた。戦死した英雄が眠っている。
英雄の廟
 隣にあるのが英雄広場。
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 再び散策開始です。
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 カテドラルは、ライトアップされていた。1843年、パラグアイが豊かだった時代に建てられた。この時代は、鉄道や教育、経済に力がそそがれ、エンジニアを高賃金で英国から招き、工業に投資した。
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 正面に回ると
カテドラル
 本日は、コンサートが開催されるようで、その準備が行われていました。中に入りましょう。
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コンサートの前
 出演者たちでしょうか
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 パイプオルガン
パイプオルガン
 スーパーに立ち寄り、最後の晩餐は和食のお店でした。なんちゃってな和食ではなく本格的でびっくりです。
日本料理や
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 明日は、チリのサンティアゴ経由でアメリカに向かいます。

 シウダー・デル・エステの町から40kmほど進んだところに「イグアス日本人移住者地」があります。私は、パラグアイでは日本人の方々が移住された地を、見てみたいと思っていたので、日程表には載っていない此処に立ち寄ってくれるというのは、写真ストップだけでもうれしく感じた。
 というのは、現地の旅行社が配ってくれた絵はがきに赤い鳥居のものがあったからだ。これはどこ?
 その鳥居、30年ほど前に建てられたそうだ。
イグアスの日本人地区
 ここには、1978年に当時の皇太子夫妻が桜を植樹され、2016年には眞子さんが訪問され記念樹を植えられたという。そういえばニュースで見たのはこの地であったのかと確認をする。 
 今年2019年は、移住58年にあたるそうで様々な行事が行われたようでした。
58周年

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眞子さんが来た
 はめ絵までありました。
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 公園に有ったパネル。左と右にそれぞれの国の様子が描かれ、中央でお互い手を取り合っている。
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 現地旅行社にも日本人方が働いておられ、今回もアテンドをしてくださいました。
 パラグアイには現在8000人の日系人が暮らしていて、6か所に移住地がある。ラコルメナ移住地だけが戦前の移住で、戦時中はスパイ行為として日本語が禁じられたそうです。現在、1世の方々は亡くなってしまい日本語を話せる人は少ないそうです。イグアス移住地は、5番目の移住地として1961年、分家移住希望家族14家族が第1次団として入植をした。当時移住地は満植状態で、二男三男を中心に新たな土地が求められていたことと、イグアスにおいて指導的役割を期待されていたのだ。 
 彼らは、山林を切り開き山焼きをして耕地を開拓していった。しかし、苦労は報われず半数以上の人が帰国した。日本政府が土地を買い移住者が政府に返還するのだが、いまだに返せない人もいるそうだ。大豆が主産業で、2期作、3期作ができる。日本人会があり、昔は日本大使館の受け口の様な役目をしていた。現在は、日本人学校、幼稚園、診療所などがあり、農協が一番大きな組織だ。 
 若い世代は、日本に出稼ぎに行く人も多く、戻って来ないケースも多いそうで、現在は800人ほどの1世から3世までの日系人が暮らしている。一番大きな移住地ピラポーでは、高知出身者の方が多いので土佐弁が飛び交っているそうだ。
 話の中に出ていた幼稚園は、公園の向かいにありました。元気な日本語が飛び交っていた。現地の子供も通っているそうで、ここで日本語を覚えるのだという。
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 先生がたは、日本人です。はるか遠いパラグアイでここだけ日本語が飛び交っているという不思議さ。「こんにちわあ!さよなら!」お迎えの時間だったようで、親御さんがかわるがわる現れます。
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園児
遊ぶ
 
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 ほんわかした気分のままバスに戻りました。
大地の色は、真っ赤。黒く見えていても表面を削ると真っ赤な色が出てきます。私にはこの大地の色が魅力的で飽きることが有りませんでした。
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綺麗
 途中でランチをいただき、順調に進んでいたのですが、農家の人のストライキに遭遇。大回りを余儀なくされた。アスンシオン到着はますます遅れそうだ。 
 パトカーと民家
パトカーと民家
 そんな中、迂回路の途中に有ったガソリンスタンドでトイレ休憩をしました。そこにたまたま居た青年は、宇都宮に出稼ぎに行ったことが有り、その時に日本人にとても親切にしてもらいうれしかったのだという。そして日本人である我々の姿を見たときに、少しでもお礼の気持ちを伝えたいと、チョコレートの差し入れをしてくれたのだ。彼を幸せな気持ちにしてくれた日本の人、ありがとうございます。バスの中の誰もがなんだかうれしくなったのでした。
 太陽が沈んでしまった頃ようやくアスンシオンの町に近づいてきた。
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 売りと書いてある。佐伯雄三の絵画みたいだ。
売りと書いてある
 これらのバラックは、スラム街、パラグアイ川が見えてきました。
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 ようやく到着です。長かった・・・。

 出発までの時間ホテルの庭を散歩してみる。太陽が昇ってくるのはそれほど早くない。
ホテルから見た夜明け
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 高いビルが並んでいるシウダー・デル・エステの町が見える。
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 これがブラジルとの国境に架かる友好の橋。
友好の橋
 7時10分ホテル出発。イタイプーダムの一番早い8時のツアーに参加します。シウダー・デル・エステの街は出勤時間。
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 このダムは、1960年に建設されたアカラウ川に架かるパラグアイのダム「アカラウダム」です。
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センターに着くと遠足の子供達で賑やかな事。
見学の子供達
 最初にビデオを見ます。そして何台かのバスに分乗して見学に出かけるのだ。実は私、12年前にもブラジル側から出発した見学ツアーに参加しているのだが、ビデオを見た記憶が無い。今回再び訪れてみて、ダム本体以外は記憶になく、自分でもびっくりでした。
 バスは混載なので、案内はものすごい速さのスペイン語で行われます。最初は、発電所エリアにむかう。
送電線
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 唯一下車できるエリア。増水時の水の量をコントロールする放水路なので普段はこんな感じです。
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パラグアイ川のっ放水路
 再びバスで、建設時に資材を運ぶために造られたトンネルを通りメインダムのタービン前を通過してゆく。タービンは全部で20基、メインダムの長さは1kmで、総延長はやく8kmある。タービンの直径は、10mで、パラグアイが10基、ブラジル側が10基を所有。発電した電力はそれぞれ折版なのだが、パラグアイは、余った電力をブラジルに売電しています。2023年に工事費用が完済されるとパラグアイの経済は一気に上昇するかもしれません。
巨大なタービン発電機
 見上げると
高い
 ブラジル側に入り、ダムを正面方面からもみます。ダムの規模としては、中国の三峡ダムの方が大きいのですが、実際の発電実績は、2015,2016共イタイプーダムが上回っている。
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提
上部の堰堤部分に差し掛かる。右手のダム湖は、170kmの長さがあり、最深部は200m、貯水量は290億トン、面積は琵琶湖の約2倍あるのだという。道路だけでなく線路も引かれていました。
 タービンを上から見ると
上から見ると
 先ほど見た緊急時の放水路の取水口、ぼけてしまった。
ダム湖側
 放水路を上から見ると
上から見た放水路
 元々ダムが好きで、日本国内でも見に行ったりしているので、とても楽しい時間でした。できたら内部ツアーにも参加してみたかった。
 これはポスターですが、全体の感じは鳥にならないとわかりません。
全体図、手前がパラグアイ
 自分たちのバスに戻り、アスンシオンへ向かいます。

 今日のランチのレストラン。バイキングですが、メインのお肉はオーダー式です。
外観
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肉
 このレストラン、マテ茶の袋のコレクションが充実していました。
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 こんな古そうなものも
レトロな袋
 道路の様子。街を外れると畑になります。今年は雨が少なくて、作付がおくれたそうだ。アマゾンの火災がニュースになったが、こちらでも雨が降らなかったという。
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 アイス屋さん
アイスクリーム屋さん
 ブラジルとの国境の町シウダー・デル・エステに入りました。この町は、イタイプーダムの建設によって人々が集まり大きく発展しパラグアイ第2の人口がある。ホテルには入らず、そのまま先に進みモンダブの滝に向かう。
公園入口
 パラナ川の支流モンダブ川にある滝で、落差40m、幅200m、ここの所の雨で水量が増して迫力があり、想像以上に素晴らしくもうけものの滝となりました。3段に別れています。
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 一番下までは、エレベーターで向かいます。
エレベーター
 迫力があります。
モンダウの滝
 岩ツバメが滝の裏に飛び込んでいく姿が見られる。
 釣りをしている、竿は使わずテグスだけの様だ。ドラドという魚がつれるという。
魚を釣っている
 町に戻ってホテルにチェックイン。カジノが併設されていた。
カジノホテル
 ロビーには、アルゼンチン・パラグアイ・ブラジルの国旗が並んでいる。
3国の国旗
 明日は、イタイプーダムを見学したあと、首都アスンシオンに向けて大移動となる。

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