好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

カテゴリ:西アフリカの国々 > モーリタニア・セネガル・ガンビア・カーボヴェルデ



 前回の続きでもう少し紹介してみたいと思います。

 ガンビアのホテルの夕食。イギリスの植民地だったせいもあるのか、味が単一的です。


 チキンとトマトのスープ。
 
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 でもビールは美味しかったあああ。
ラベルも凝っている。

 
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 なんだかぼけていてすみません。

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 次の日の夕食のスープ。メインは茹で過ぎたスパゲッティです。

 エビいりです。

 
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 デザート。甘い、ひたすら甘い。一口めは美味しい。

 
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 ダカールのホテルでの夕食。この日はカレーを添乗員さんが作ってくれた。日本のカレーは、外国でも評判が良く、本場のカレーとは別物として食べられるそうです。
 ホテルのコックさんは、初めてだったようで、いろいろ聞かれたそうです。

 グレープフルーツのサラダと共に。
 
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 空港そばのホテルのレストランでの昼食。お店も素敵だし、御味もよかった。

 サラダ。キッシュ大好き!

 
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 ステーキ

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 デザートはバナナとスイカを串に刺して、2種類のソースをかけたもの

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 カーボベルデでの、夕食は2日ともバイキングだった。
 ビールは、これが人気だという。

 
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 お昼に出て来た物は、そこの海で捕れた新鮮な魚三昧でした。様々な種類の魚が出てきて美味しい。

 まずは、ビール。黒とラガーです。

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 お魚。名前がわかりません。

 
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 ダカールでの最後のお昼ごはん。

 ジャガイモおいしいですよう。辛いソースをつけていただきます。奥に見えているのはサラダ。イカのからげやエビも出ました。

 
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 デザートも2種類。果物とタルト。

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 フランス人は、フランス料理という食の文化を、この国に置いていったのだなあと思いました。ともかく丁寧です。


 今朝も早朝の出発ということでしたが、ボックスよりも簡単でいいからホテルで朝食をという声にこたえて時間外に開けてくれました。

 ここのレストランで働いている人は、懸命さが見られて、アフリカ的な性格ではありませんでした。時間にルーズとか中々要望に応えてくれないとか、言われて、一般的にはそうかもしれませんが、観光に携わっている人達は、そうでない人も多く、今回の旅は、アシストしてくれた方々の「おもてなし」に、感謝します。
 問題が起きたときにも、何とかこの国で気持ちよく過ごしてもらいたいという心意気の様なものを感じ、うれしかったです。

 6時15分、空港へ向かう。この空港を利用して出国する日本人は、ひょっとしたら我々が最後かも…なんて。
次回この国を訪れる機会があれば、新しい空港を利用することになります。列車は、どうかなあ?

 出国したのちの土産屋さんで・・・。アフリカでは手作りのものが多くて、空き缶やこうした蓋を利用したものをよく見かけます。 

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 ダカールから3時間ほど、機内は空いていて楽ちんでした。

 帰りの便も、乗り継ぎは良くなく、ラウンジでおしゃべりしながら過ごした。

 機内から

 
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 成田に着いたのは夜でしたので、乗り継ぎ便が厳しく、無理をしないで一泊しました。

 次の日、朝の便で中部に向かったのですが、この日は冬晴れで本当に見通しが効きました。
これほど、下がはっきり見えるのも珍しい。

 
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 地図の通りだなあなんて・・・

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 新宿の高層ビル群と御苑ですか?

こうしてみると東京は案外公園が多い気がします。

 
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 富士山も!この日は富士五湖もみなきれいに見えました。

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 早くから寒くなった割には富士山は雪が少なかった。今は、もう真っ白でしょうね。
 
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 普段は気にしない送電線に見入ってしまう。

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 機体は、三河湾の上に差し掛かる。

 知多半島。翼の下あたりに、空港が見えている。

 
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 機体は旋回しながら、ゆっくり降りてゆきます。
我々にはおなじみの島々が見える。

 篠島

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 佐久島

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 日間賀島

 
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 今回は、最後まで楽しめました。感謝!です。


 朝早い出発でしたが、レストランを開けてくれました。

 そういえば、アルコールの精算をしたのですが、その時に金額は覚えていないのですが、1人当たりの観光税の様なものを請求されました。

 これは、聞いていなかったし、こういうものは本来旅行代金に含まれているものだと思うのですが・・・・。

 でもこれは後で、旅行社が返してくれました。

 6時半にホテルを出て、空港に向かう。スムーズに出国したのだが、肝心の飛行機がやって来ない。我々の便だけでなく、どの便も遅れている様子だ。

 どうやら強風のせいで遅れがでたようです。結局1時間15分遅れで離陸。

 飛行機の中から見たダカール。人間の顔をセネガルに例えると、ダカールは鼻にあたり、ガンビアの国は、口にあたると添乗員さん。なるほど!なっとくです。

 
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 機内からもよく見える銅像は、アフリカ・ルネサンスの像だ。後に見学に行きます。高さ50mあるそうです。

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 迎えに来てくれたジュリアンと̪シダディと再会し、アフリカ大陸最西端となるアマディ岬へとむかう。
岬と言っても、よくある岬ではなくてこんな感じでした。

 石の上を歩いて先まで行けます。

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 大西洋。穏やかです。

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 この辺りはうにがたくさんとれるようで、屋台で売っていました。日本で見る物よりは小ぶりな感じ。

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 この辺りは景色もいいので、ダカールの高級住宅地です。アメリカ大使館は、街中からここに移転していた。
一番いい場所で家賃も高いところに大使館・・・。税金なのに・・・・。

 今日のお昼はココ。不思議な雰囲気のレストランでした。眺めはよくて海が見えました。

 
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 色々な彫刻が無造作に置かれていました。

 
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 午後一番で向かったのが、アフリカ・ルネサンス像だ。

 198段の階段を登って行きます。

 
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 セネガル共和国50周年を記念して建造。国の代表的な建築家であるピエール・グジャビ・アテパの設計で、かの北朝鮮が請け負った。
 アフリカでは、しばし巨大なモニュメントを見るが、北朝鮮製のものが多いですよねえ。

 
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 中にも入れます。
もうじき移転する空港がよく見える。

 
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 このきれいなモスクは、ディビイニティ・モスクです。イスラム教徒以外は中には入れません。カラフルな色遣いはモスクとしては珍しいのではないでしょうか。

 
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 こちらもモスク。モスクといっても実に様々な形が有る。ミナレットの形も多種多様で楽しい。今回訪問した国々は、複数のミナレットを持つモスクが多かった。

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 ポップな落書きの描かれた塀。

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 この建物は、日本大使館ですって。何で日の丸を掲げていないのだろう。

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 これで観光は終わりです。ホテルへと向かう。そして三度目のチェックインをおこないます。

 明日は、もう帰国の日だ。移動が長かったので、少々物足りない感じがします。



 遅ればせながら、カーボベルデの島々の位置関係はこんな感じ。
バスの中で撮ったのでボケボケになってしまった。

 サンチャゴ島は、下の方真ん中あたり。隣にあるフォゴ島は、この国の最高峰2829mの活火山、ピコ・デ・カノ山がある。

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 サンチャゴ島。首都プライアは、南の方で、これから我々は、島のほぼ中央を北上してタラファルの町まで行き、そこから大西洋側の道路を南下してプライアまで戻って来ます。
 シダーデ・ベーリヤは、プライアの西に位置している。

 
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 警察署。海に囲まれた国らしい色だ。

 
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 山道なので、渓谷や山々といった景色が続く。
緑が嬉しい。

 これが島で一番高い山アントニオ山1394mです。
 
 
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 手前の木々が枯れているのは、干ばつが続いているからだ。ずーっと降っていないので、飲み水などにも影響が出ているらしい。

 この町は、首都だったこともあるアソマダ。人口12300人程。国内3番目の都市である。

 
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 干ばつのせいか、花が咲くと枯れてしまうというリュウゼツランがものすごい。

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 何かのアピールの為に集まっているようです。
 
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 こういう車が、地方の足になっている。乗り合いバスかタクシーのような感じだ。

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 特産のサトウキビを売っている女性達。

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 市場の中はこんな感じです。

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 この町に立ち寄った目的は、バニヤンツリーという大木を見るためだ。町を外れて、少し歩いていくと、樹齢400年という大木が姿を現した。
 巨木は本当にいい。見ているだけで、うれしくなって来る。この木の生きてきた途方もない年月を想像する。

 
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 根っこの部分は板根になっている。樹齢400年以上。ベンガルボダイジュの類で、長寿や豊穣の象徴とされているらしい。

 
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 子供達の遊び場になっているようです。あっという間に登って行き、あっという間に降りてくる。

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 肌に触って、命の鼓動を少し味合わせてもらう。

 
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 今日のお昼は、島の北にあるタラファルでいただきます。
 海に面しているので、レストランからはこんな風景が見られました。

 
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 泳ぐ人

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 漁船はここでもカラフルだ。

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 少しビーチを見ながら休憩して、町を歩く。

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 ボランティアらしき人が子供達を集め、ゲームのようなことをしていた。手にはお菓子を持っています。

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 市場の中に入り、髪のゆうところをしばらく見させてもらう。本当に器用に付け毛をして編み込んでいく。

 何か面白いものは無いかなと、・・・。国旗をあしらった時計。

 
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 教会

 
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 まだ建設中とかで、窓ガラスは入っておらず。造りもちょっと変わっていて、建物の十字架部分が、主も側も同じ太さだ。ドーム部分は木製です。


 
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 さあ、ここからプライアまではどれくらいかかるのかしら?

 水不足なので、共同の水くみ場まで子供達が来ていました。普段は、こういうことはないそうだ。

 
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 大西洋、岩礁が多い。

 
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 昔は、こんな家ばかりだったと、ガイドさん。

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 結局ホテルには、18時半頃に着いた。思ったより時間がかかりました。

 明日の朝も早い。朝の飛行機で、ダカールに戻る。

 


 部屋のベランダから見たところ。警備の人が何時もいる。

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 建物自体はこんな感じ。今回のホテルの中では一番設備が新しく整ってた。

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 8時にホテルを出発。今日は島を一周するのだが、まずは近場の世界遺産でもあるシダーデ・ベーリャに向かった。

 都市名は古い都市といった意味で、カーボベルデ最古の居住区で、かつては首都だった。

 1462年に、ポルトガル人がやって来て、熱帯地方で初めてヨーロッパの植民地となり、16世紀には貿易の中継地として大いに栄えた。

 熱帯地域における当時の植民地の姿が残っているだけでなく、奴隷貿易の重要な拠点として複数の大陸の歴史における役割も果たしてきた。

 当時は、海賊が脅威だったので防御の為に海を見渡せる高い位置に1587年に要塞が造られた。
要塞がある場所の周りは、全面は海なのだが、背後はこんな感じになっています。

 サトウキビやバナナ等のプランテーション。これは当時の人がもたらしたものだという。

 
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 良く切り開いたなあと思う。

 レアル・デ・サン・フェリペ要塞。

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 中に入ります。

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 これは、モザイクですが、石を砕いたものではなくて小石を並べてある。ゆかにもざいくがつかってあるのだからここは、重要な部屋が有ったと思われる。

 
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 海に向けた大砲が何台も置いてある。

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 山の方を見ると、丸く見えているのは井戸です。

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 下をのぞくと、壊れてしまったカテドラルが見える。このあとは、そこに向かう。

 シダーデ・ベーリャ。

 
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 カテドラルの入り口

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 こんな感じだった・・。

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 ドレークなどの攻撃で、破壊されたというカテドラル。

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 ここにはもう一つ、教会が有り、歴史はこちらの方が古いらしいです。修復がされています。

 ロサリオ教会

 
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 中に入ります。もうじきミサの時間なので、人がいます。ここでも若い人は、教会に通うことは少なくなっており、お年寄りばかりです。

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 ポルトガルの植民地だったので、アズレージョがはられている。

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 続いて古い通りが残っているというので行ってみました。
バナナ通りという名前。

 
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 一見のお宅を見せてもらうことができました。通りに面して、入り口は別々ですが、屋根はつながっている、長屋です。

 
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 屋根の無いダイニングルーム。

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 ベッドルームはいくつかあります。

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 上半身裸の女の子。

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 イヌと仲良しです。

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 ここの主婦が作ったお酒。ココナッツやピーナツつが原料です。甘くてアルコール度が高い。

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 近所のおばちゃんかな・・・。

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 続いて海岸の方に向かう。ここは奴隷広場と言い、見せしめのために奴隷がこの柱に縛られた。

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 船が着いたのはこの辺りだろう。砂ではなくて砂利浜です。

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 ここからバスは、島の真ん中あたりにある道路を北上してゆきます。


 公園を抜けて教会に行きます。

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 教会。こじんまりしています。

 
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 中に入ります。

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 メインストリートを歩いていたら、地元の放送局のクルーがいました。

 
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 メインストリートはこんな感じ。この辺りのお店は、割と早くに閉まってしまうとの事。ところが近年は、中国資本が入るにつれて、コンビニのような中国人のお店ができ初め、のんびりとした商売していた地元の人々は、お客をうばわれているのだとか・・・・。

 
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 市場が有ったので入ってみました。市場の上から自動車通りを見たところ・・・。
  
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 車に乗って坂の下、海辺近くにあるアフリカンマーケットにも行ってみました。こちらは、「うん、アフリカだ」といった感じ。
 
 
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 なんだかかわいそうになってしまう光景だが、こちらの人はみな解体できるのだろうか ?それとも日本のお魚のように、「さばいてね」と頼むのだろうか?
 近くで小さな子供が、商売のお手つだいをしている。幼稚園児くらいの子が、早くも命ということと向き合ってしまうのだ。

 ブタも洗面器に入れられて、啼きません。

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 殺されるために食べているという矛盾。断食してやせ細ったままだったらどうなるのだろうか?
 
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 再び高台に行き小さな公園で降りた。前ローマ法王のヨハネパウロ2世の銅像があった。訪問を記念して造られた。

 
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 海の方を見下ろすと、このショッピングセンターは中国が造ったもので、隣にはホテルもあります。

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 この空き地にも、中国資本で何かができるそうだ。

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 このほかにも、観光に関する学校などあらゆるところに中国資本が入っており、島丸ごと占拠されてしまいそうな感じだった。ガイドのイスマエルは、あからさまにそれに対する嫌悪感を表していた。

 同じ島国の日本、距離も近いのだから、他人事ではない。

 5時半、ホテルに到着。部屋は海辺に面したコテージですが、ビーチではないので下には降りて行けない。景色だけを楽しみます。

 国旗とナンバープレートはこんなです。
星は、主な島の数だそうです。
 
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 プレートの種類は多かった。

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 夕食のレストランは、凍えそうに寒い。頼んで止めてもらいました。ヨーロッパの人は、日焼けを楽しむので、体がほてってしまっているのだそうで、クールダウンをするためにガンガン冷やすのだと聞いたが、ホントでしょうか?
 
 明日は、サンチャゴ島を簡単に1周します。


 空港。

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 入国にはビザが必要だ。取得の窓口に並んだのは我々のグループだけでした。
係りの人は、誰もいなくて少し待たされる。

 現れたのは女性だ。腰に拳銃をぶら下げているのだから、お巡りさん?兼用しているのかしら?

 事前の情報では、ビザ取得に際し50ユーロが必要だと聞いていた。ところが、全然請求されることも無く通ってしまった。押されたスタンプを見ても、普通の入国スタンプと変わりもない。いや、色がものすごーく薄い。押されているのかわからないほどの薄さである。まさか50ユーロがインク代に化けた((笑)

 今回はモーリタニアでも、ビザ代が安くなっていたし、なんだか得した気分である。

 ところが、迎えに来てくれているはずのガイドがいない。ここの空港も工事中で、ミーティングポイントが無くなってしまったのだ。

 ガイドは陽気なイスマエル。ただいま日本語勉強中で、盛んに使いたがった。

 いったんホテルに向かい、スーツケースだけ降ろして、我々は観光に向かう。

 サンチャゴ島は、国最大の島で、全体的には山岳地帯が占める。山間のわずかな平地で、バナナやサトウキビが栽培され、ポルトガルへ輸出されているという。
 街並は、ポルトガル風で、ヨーロッパの町を歩いている感じがするが、背後には火山性の山がデンとある。

 穏やかな気候が、穏やかな人柄を育んでいるのだろう。静かな町だ。

 
 海を臨む場所に大きな十字架がたてられていた。

 
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 すぐ横には、砲台も。

 
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 切手を買いたいという人がいて、閉まらないうちにということで、先に郵便局に行くことになった。
今いる辺りは、プライアの中でも、官庁街のようだ。近くには、兵舎や大統領官邸、市庁舎などがある。
 
 
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 郵便局の中。エアコンが効いていなくてものすごく熱い。すぐに退散しました。

 
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 デザインが素敵なポスト。

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 街並

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 再び先ほどの十字架に戻って、町の歴史などを聞く。
沖あいすぐの所にある小さな島。昔は、機能していたが、今は廃墟しかないそうだ。

 
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 崖に沿って建ち並んでいる。

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 あそこにいる人達は、議員さんだそうだ。何かの視察をしているようです。

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 長い建物は兵舎だ。

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 見学もできるそうだ。ここで撮影してはいけないといわれたのはアメリカ大使館だけでした。
 

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 この人が、島を発見したディアゴ・ディアスの像。1444年の事。

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 オベリスクもありました。

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 これ大統領官邸の塀です。低い!

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 そしてここが大統領官邸。ガイドが、警備の人に今日はいるか聞くと、いないとの事。ゆるいのは島だからでしょうか・・・。

 
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 ここからメインストリートに向かいます。


 ダカールに戻り、バスの中から官庁街というか国の重要機関の建物が集まっている地域を見る。

 
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 博物館だと思うのですが

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 フランス語?内務省でいいのかしら。
 
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 グランドモスクは敷地内に入らせていただき外から眺めました。

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 中央駅に向かう途中バスの中から
男性が集まって何やら話し込んでいます。イスラム圏の男の人は良く集まりますよね。

 
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 ダカール市内でも、こういう場所もあります。

 
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 地面に敷きものを敷いて、その上に子供を乗せ道行く人からお金を貰っている女性。熟睡している子供は双子だろうか・・・

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 中央駅は、ただいま工事中でした。植民地時代の古い外観は残して近代的な駅に生まれ変わります。
PR用に、解放されていました。

 新しくできる空港と市内を結ぶための高速列車が走るらしい。そうなんですよね、ダカールの空港は12月6日をもって現在の空港は閉鎖され新しい空港がオープンするのだ。
 今の空港は市内に近くて便利なのだが、新空港はかなり遠い。渋滞緩和の為にも鉄道が必要になるので工事をしているのだが、果たして思惑通りにできるのだろうか?

 
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 スタジアムの近くには、国立劇場やオペラ座などが有ります。新しい建物は中国の援助が入っている。

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 今日のお昼は、空港地かkのホテルのレストラン。警備員もいる素敵なレストランでした。
空港が移転すると、こういうお店や施設は困るだろうなあ・・・。
 

 
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 今の空港。

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 カーボベルデまでは、1時間ちょっと。時差があります。ダカールの時間から1時間戻す。

 カーボベルデは、ポルトガル語で「緑の岬」を意味する。ダカールから600km沖に位置します。日本の大使館は無く、セネガルのそれが兼用している。
 無人の群島だったこの地に、ポルトガルが奴隷貿易の基地を設けたことから歴史が始まる。
後に大西洋航路の補給地、植民地として支配下に置かれていたが1975年に独立をした。

 大小15の島からなり、首都のあるサンチアゴ島、フォゴ島、サル島、サントアンタン島、サンビセンテ島、ボアビスタ島などが主な島だ。それぞれの島は、火山や音楽ビーチリゾートなど独自の特徴を持つが、どの島も海が美しく自然が豊かである。
 その自然の中で、自転車で走ったり、ランニングをしたりする人々も多く、海だけでなく様々な楽しみ方ができる。
 ヨーロッパの人々は、ここで長い時間を使い島を移動して楽しむ。何らかの形で観光にかかわっている人達は75%を超え、独立当初は、後進国だったのだが、今では後進国という位置から脱している。

 人々ものんびりしており明るく、走っている車もきれいで日本車もかなりの数見かけた。

 公用語は、ポルトガル語だが、住民はほとんどが混血したクレオール人とアフリカ系で、クレオール語が広く用いられている。文化も混血して、同じ植民地だったブラジルと似ているというが、独特なクレオール文化を持っている。
 これは、かつて様々な国の船が出入りしていたためだと言われている。

 面積は、滋賀県より少し大きいくらいで、首都はプライア、人口は53万人ほど。宗教はカトリックである。

 飛行機から見たサンチアゴ島。滑走路が見えている。

 
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 山が有る。ずーっと平らな所ばかりを走ってきたので、山が何だか懐かしい。

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 さあいよいよ着陸です。

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