好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

カテゴリ:南アフリカの国々 > マラウイ・モザンビーク・スワジランド・レソト・南ア


 今回は、それほどたくさんの花や変わった植物に会えたという感じでもなかったですが、個人的にいいなあと思ったものを紹介してみます。

 アカシアの仲間なのかなあと思ったのですが、ガイドは違うと

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 ドラゴンフルーツの花ですって!

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 パイナップルにそっくりだ。実はドスンと落ちるのではなくて、パラパラと欠けて落ちていました。

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 鈴なりのソーセージの木

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 小さな花ですが、緑の部分がくっつきます。

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 名前の判らない花ばかりです。

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 食べられるのでしょうか?クルーガーで見つけました。ガイドに訪ねたのですが、判らないとの事。地雷か手りゅう弾を連想する。

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 南アの国花、プロテアは、サニパスへの道中で見つけました。

 
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 つぼみはこんな感じです。

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 可憐。

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 黄色い花を3種。

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 ミモザっぽいですが、丈は短い。
 
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 大きさは、かたばみくらいです。

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 宅配されたケースを見てびっくり。

 穴が空いている。預けた時には何ともなかったので、どこかで乱暴に扱われたのだろう。

 これではもう使えない。保険を使おうかとも思ったのだが、荷物が遅れて届いているので、証明書がもらえていない。

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 とりあえず。セントレアのキャセイのオフィスへ電話をしたのだが、これがなかなかつながらない。フライトの準備に出ていて留守にしております、というテープが流れるだけだ。

 
 何度かかけてようやく繋がり、事情を話すと、メールでいくつかの質問をするのでそれに答えて欲しいことと、スーツケースの写真を添付してほしいといわれた。

 メールはすぐに届き、購入年月日やブランド名、購入価格などを聞かれた。
ブランドは、ノーブランドなのでいいのだが、そのほかのことは記憶があいまいで、大体のことを書いて送る。

 返事はすぐに届き、破損が激しいのである程度の金額は出ると思いますが、減価償却との兼ね合いもあるのでいくらとはいえませんので、もう少しお待ちくださいとの事。

 保障がなくても私の方は、これでは使えないのでネットで新しいものを買うことにして、探す。気に入ったのは、18000円ほど、高くはないが私にしたらものすごくやすいという値段でもない。
 店頭で見て気に入ったものをネットで検索して一番安いところで購入したのだ。

 少々待てと言われたが、対応はとても早くて、日本円で5600円の支払いをいたします。口座に振り込みますので教えてくださいと言われた。なお振込には時間がかかる場合もあると記されていたが、すぐに振り込まれていました。

 今回は色々なことが体験できて、時間が経つと面白かった気がしてくる。

 次回は、4月26日から、新しいスーツケースを持ってヨーロッパに行ってきます。
昔1人で、ポツポツ回っていたころ、通過してしまった小さな国々を一気に回ってきます。

 最近では、パリやドイツなどがテロの標的になっているので、トラブルを想定してツアーにしました。うまく回れるといいのですが・・・・。


 今朝は、比較的のんびりと過ごせました。
有志の方は、工芸店へ行ったようですが、欲しいものもないしそういうものは満腹だったので、私にしては珍しくパスした。

 10時頃空港へ向けて出発。小一時間ほどで到着です。
ソーラーパネルがたくさん置いてあった。ここで必要な電気は自前で賄っているのかも・・・。

 
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 管制塔。

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 国際空港といっても、2階建ての小さなもので、日本の地方空港よりも小規模な感じ。
チェックインカウンターで預けた荷物は、係りの人が1つ1つ運んでいくというシンプルさ。

 ヨハネスブルグから向こうの便が、満席で希望の席が取れない人がいて、ヨハネ到着時に交渉することになった。私は、後ろの方ではあったが何とか通路側でホッとした。

 さて離陸時間までは、まだ2時間以上ある。免税店どころかお店も何にもない。かろうじて、2階にレストランらしきものがあるというので、ビールでも飲もうかと有志で行ってみる。
 テーブルとイスはある。

 太ったコックらしき男性が1人、忙しそうに動いていた。

 とりあえずビールを注文。冷えていないのを持ってきたので、チェンジしてもらう。ところが、数が限られていて、というか冷えているのは2本で終わりだったのだ。
 冷えているのは無いのかと聞くと、レソト製のビールならあるという。それでいいというと、なんともうれしそうな顔をした。

 私は、ついでにハンバーガーを頼んだ。きょうは、お昼ごはんは機内食だから、それまでのつなぎです。

 時間が来て、ゲートに向かうと彼のコックさん、今度はゲートの小さな売店で売り子に変身していた。

 セキュリティも簡素なもので、先ほど運ばれていった自分たちの荷物もそこにおいてあった。
見ていると、やはりさっきの係りの人がカートに載せて人力で飛行機まで運んでいく。
 これなら自分の荷物がチェックできて安心だ。

 マーシャラーに案内されてゲートに接近するリンクエアー。

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 ここからヨハネスブルグまでは、1時間半ほどかな。
小さな機体なのであっという間に飛び立った。

 上空からの眺め。大地の形が面白い。

 
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綺麗に整理されていう耕地。

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 標高模型の様な台地。

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 右手下の部分が落ち込んだように見える。

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 台地になってる部分と削られた部分がくっきりと
 見ていて面白くて窓から顔が離せない。

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 しばらくして今度は、ヨハネスブルグあたり。

 これは何の池だろう?

 
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 丸いのは、畑だ。大規模農場はこういう形のものをよく見る、何を作っているのだろうか?

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 これは工場だろうか?タンクが並んでいる。

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 これは、発電所だ。

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 ヨハネスブルグでの乗り継ぎは、順調にいったのだが肝心の飛行機の出発が大幅に遅れてしまった。機内に入っても、なかなか離陸しないので、機体の不備かなあと心配になった。

 ここでも大幅に増えてしまった待ち時間、たまたま残っていたランドで、2本分のビールが飲めました。

 2時間半ほど暮れてようやく離陸。この遅れは取り戻すことができず、そのまま香港に到着したのだった。

 この時点で、成田組、大阪組、福岡組は、乗り継ぐことができなくなってしまった。
私はというと、何とかぎりぎり間に合うかなあという感じ。機体がボーディングブリッジに接続するのを待って猛ダッシュ!「すみませーん。とおしてくださーい」

 セキュリティも、「すみませーん」と先に回してもらい、懸命に走る。

 搭乗ゲートが見えて来た時は、ほっとしました。私のように、同じ飛行機での乗り継ぎの人達も何人かいたようで次々やって来た。

 それなのに、この飛行機、30分ほど遅れての離陸になった。こうなることがわかっていたら、走らなくてもよかったのにね。

 満員の乗客を乗せて、セントレアに到着。私は、混雑する人を横目に自動化ゲートで早々とターンテーブルに着いたのに、肝心の荷物が出てこない。

 嫌な予感がする。人間は、懸命に走って間に合ったが荷物はそうもいかない。本来なら、最後に摘んだ荷物は最初に出てくるのに・・・・。多分、ロストバゲジである。

 とうとう最後の荷物が出てきた。「あー!やばい!」

 カウンターに向かい、モザンビークのマプトで行ったように、スーツケースの形状と色を申請して、書類を書き、係りの人と一緒に税関に向かい、荷物が届かないことを伝えてもらい外に出た。

 後は連絡待ちなのだが、今回はまだまだ問題が発生したのだった。


 車の数は増え、タクシーが頻繁に往来している。どうやら市民の足はタクシーのようだ。
前方にポリスの姿が見えた。

 先行車は何事もなく通過。我々の車も続いてと思ったら、そうはいきませんでした。

 ドライバーはなかなか戻って来ず、先行した1号車も心配して戻ってきた。

 
  待っている間にこっそりカメラを・・・・。のどかな風景です。

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 2人のドライバーが、ポリスと・・・。時々笑い顔も見えている。
ようやく戻ってきたわがドライバー。早口で話し始めた。どうやら、速度を落とさなければならないところでそのまま走ってしまったので、違反料金を支払えと言われたらしい。
 支払うから「領収書」をくれと、わがドライバーは言ったそうだ。すると、レシートは発行できないという。じゃやあ払わないと・・・・。彼は、ポリスを信用していないのだ。違反したのだから、罰金は払う。けれどもその罰金がポリスの懐に入るのが我慢ならないのだろう。多分こういう事が日常的に行われているのだ。

 結局、1号車のドライバーが払って出発したのだが、彼にしてみれば全然納得できない!

今回は、モザンビークに続いて2回目の違反に遭遇したわけで、2回もというのも初めてのことでした。

 タクシー

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 ナンバープレートと国旗

 
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 大きな教会が現れた。

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 マセルに入ると、渋滞が発生していた。
 人々の数もずいぶん多い。人口24万人くらい。放送局や官庁、国会、裁判所等経済政治の中心地である。


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 これは郵便局です。

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 マックは全然見かけなかったが、ケンタはあちこちでよく見かけた。

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 この行列は、銀行に並ぶ人々です。月末の金曜日なのでいつもより多いそうだ。アフリカの国はどこでも銀行に行列ができる。

 
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 最初の予定では、観光してからお昼を食べるはずだったが、それでは遅くなるので先にホテルへ向かって、昼食をいただくことにしたようです。

 ホテル

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 ご飯の後は、再び郊外へと向かいます。学校帰りの学生達の姿が目立つ。皆制服姿だ。

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 学校

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 市街地を外れると

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 到着したのは、バソト王国の有ったタバ・ボシウの丘だ。
王モシェシェ一世は、この丘の上に都を造り上げた。難攻不落の丘と言われ、登るための道さえ見つけられない。今でも麓の公園に復元されている。

 1824年、王はここに要塞を構え、40年間4度にわたる外敵の攻撃を何とかしのいだ。

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 日本でいえば、ここの丘が京都で、今のマセル市が東京だという。

 王の銅像。

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 公園は、王族の住んでいた地域と一般に地域とに別れている。

 まずは王族の住んでいた部分。王妃や王様の住まいを見て行く。王妃は何人もいたそうだが、これらは政略結婚でした。

 第一夫人の家。

 
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 王様の家は、

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 いくつかの部族長がいて話し合いをながら運営されていた。この石は首長の数で、話をしたい時には石の位置を動かすのだそうだ。

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 会議場。

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 部族によって家の形が違うのだそうです。

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 入り口が極端に狭い。石を抜いたら壊れそうだ。

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 帰りに、スーパーに立ち寄った。結構大きくて、立派なので、地元でもお金持ちの人達がつかっているのかもしれない。
 
 買いたいものがない私は、ざっと見た後はモールをうろうろ・・・。

 なんだか満足感の少ない旅だったなあと少々残念な気持ち。明日には、もう香港経由で帰国となります。

 


 今日は、レソトの首都マセルへと移動します。

 レソトは、南アフリカに囲まれた面積約3万平方キロメートル、これは九州の約7割ほど、人口約211万人ほどの小さな王国です。

 国土の大半は、海抜1800から3400mに位置し、南東側が高くて北西が低くなっている。西部低地では、農業が盛んである。

 民族は、バソト族が占めていて、宗教は大半がキリスト教だという。
18世紀、ソト族が北方より移動してきて、定着した。そして19世紀になると、ズールー系の人々が拡大して着た影響で、マセル近郊の丘タバ・ボシュウにのがれ定着して王国を建設した。
 しかし、南から北上してきたブーア人に絶えず侵害されたため、イギリスに保護を求め1871年、ケープ植民地に併合、84年に正式にイギリス保護領となったが、重要なこと以外は、ソト人と王と首長による政治組織によって政治が行われた。

 組織は独立を要求し、1966年10月4日、正式に立憲君主国レソトが生まれた。しかしその後の道のりも厳しく、クーデターや王の亡命などが起こり、1994年にはレソト危機なる状態に陥った。
 
 農地も少なく、自給用の作物を栽培、牧畜は盛んで家畜の塔数は人口を上回る。政治的には南アに異議がるものの経済的には、依存していて輸入や出稼ぎに出ている。

 朝のオックスボー。

 
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 ハタオリドリのマンションです。

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 ひたすら下って行きます。途中自生のコスモスがたくさん見られた。

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 山肌に民家が点在しているこういう光景が続きます。

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 車は、リボフン洞窟というところで停車。岩絵を見てくという。実はレソトにはたくさんの岩絵が残されているのだが、はっきりとした年代はわかっておらず、4000年前とも数百年前ほどだともいわれているそうです。

 このリボフン洞窟は、後にソト族の王国を建設したモシェシェ1世が住んでいたという場所だ。

 駐車場から10分ほど歩くと、こんな感じの洞窟現れます。

 
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 彼はここで眠り、水も確保していたという。

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 王の姿。

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 もう少し奥の方に進んでいくと岩絵がありました。
岩絵は、先住民族サン人の宗教的世界が描かれているそうです。
サン人の呪術医は、患者をアンテロープの鼻に触らせ、その病を動物に移して病を治したという。
 また岩を通して霊的な世界に移行して、悪霊を退治するのだそうで、その様子も描かれていた。
 赤い色は、アンテロープの血の色だ。

 
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 私が心惹かれたのはここの岩の肌だ。土が干上がっ多様な感じで、触ったら崩れるのではないかと思えるほど生々しいのだ。

 
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 事務所には、議員のポスターが貼ってあった。こういうものを配るのだろうか?

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 近くの民家。200年前と変わってません。

 
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 途中、町を抜け

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 車は再びマセルを目指す。

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 ピンク色の地層が綺麗だ。ミルフィーユの様な感じかな。

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 大きな建物が現れ、変電施設も見られるようになってきた。もうすぐかなあ?

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 サニパスには、アフリカで一番高いところにあるレストランが有る。
ここを通過した旅人達のサインが、たくさん残されていた。

 
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 英国の植民地だった時代の面影を色濃く残しているパブ。

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 そこで働いていた女性。物静かな雰囲気の中に強さみたいなものを感じて、心惹かれました。「写真を撮ってもいいですか?」と聞いたら、座っていたのに立ってくれました。

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 レストランの部屋はこんな感じだ。

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 ここは、標高が高いので朝晩は結構冷えるのだろう。馬も手製の洋服を着ていた。飼い主の愛情が垣間見える。馬は羊を追ったり移動するのに必需品だ。

 
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 羊飼いかなあ。バックの崖といっしょに。

 
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 食事の後は、少し移動してここに住むソト族の家を訪ねた。
男たちは、羊飼いかもしくはダイヤモンド鉱山へ働きに行っていて、ここにはいないそうだ。

 小さな集落です。

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 中に入ると、モンゴルのゲルの様な雰囲気だ。まん中に炉が切ってある。ここで煮炊きをするのだろう。

 パンのつくり方を見せてもらい、少しいただき、自然発酵のビールも味わってみました。最後は、ダンスを見せてくれた。
手作り感満載です。

 
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 しばらくは、同じような風景の高原地帯を走る。牛は全く見なくなって羊ばかりだ。

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 石で囲ってあるのは羊の寝床。夜にはここに集めるのだろう。

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 あまり見かけることのない羊のオスだ。彼らは繁殖のみに飼われている。

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 馬と羊の群れ。道路を横断中でした。

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 カメラを羊たちに向けていたら突然ふざけた格好を見せてくれた。

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 砂利が大量に積み上げてある。何かと思ったら、ダイヤモンド鉱山から出たズリだそうだ。近くに鉱山があるのだ。

 
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 昔は、中を公開していたそうだが、今はものすごくセキュリティが厳しくなってしまったという。

 でもせっかくなので遠目にでも見ておこうと車は止まってくれました。ダイヤモンド鉱山というものを初めて見ました。

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 ここではある程度の研磨までやるので、大量の水が必要なのだという。ダイヤモンドは、右手奥の方で露天掘りされている。

 鉱山の名前は、途中の道路にも案内板が出ていました。
ネットで調べたら、 レソト政府とジェムダイヤモンド社が持っているらしい。世界一のダイヤモンド鉱山とある。
 ここでは、これまでに産出された大きなダイヤモンド20個のうち、5個を産出しているそうだ。2006年に発見されたそれは、史上15番目の大きさでレソトプロミスと呼ばれて、何と603カラットもあった。

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 先ほど訪れたソト族の男性達もここで働いているのだ。宿舎もあります。

 
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 ダイヤモンドを持つ大金持ちもいれば、毛布一枚身にまとい移動している羊飼いたちもいる。
同じ場所に存在しているのにねえ・・・・。

 でもかっこいい!

 
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 今日は、山を降りきることは出来ませんでした。途中の一軒宿に泊まります。
宿泊客は、我々だけだそうだ。

 
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 夜はかなり冷えるというので、ストーブが置いてある。でもこのストーブ少々こわい。というのもプロパンガスの栓をひねって直接火をつけるという代物。寝る時には絶対灯を消す様にと、くどいほど念を押された。
 いわれた通り、ちゃんと確認して眠りました。

 プロパンにこんなものをかぶせて使う
 
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 快晴。
さっそく外に出てみた。体はそれほど寒くはないが、手が冷たい。手袋をしてこなかったことをちょっとだけ後悔する。

 霜が降りてそれが太陽の光にあたってキラキラと輝いている。

 うーん、気分がいい。今回の旅で初めて解放感を味わうことができた。

 すぐそこに、朝日をいっぱいに受けた山並みがあった。昨日は真っ暗で何もわからなかったのだ。

 
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 敷地内の奥の方にはゴルフ場があり、コースに入ってもいいといわれていたので、恐る恐る入ってみる。
本来こういうところは、何日も滞在して、テニスやゴルフ・トレッキングなどをしてすごすのだろうなあ・・・。
 
 こちらは、もう秋の入り口にいるのだ。ちょっとだけ色づいている。

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 グリーンとフェアウェイ。

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 それにしても何て魅力的な岩肌と形だ事。見ていて飽きない。

 
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 8時半、ロッジを後にします。昨日は見えなかった魅力的な岩山がそこに・・・。

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 電柱の上に猛禽がいる!
探しているうちに車は通り過ぎる。

 
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 車はいよいよ急勾配のガタガタ道に入っていきます。ドラケンスバーグが急に近くなった。
今まで我慢していた分、皆のテンションは高い。

 滝らしきものも見られる。

 
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 光って見えるのは湧き出た水。不思議な光景に見える。

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 この連なる台形の山々は12使徒山というのだそうだ。誰がペテロで誰がパウロなのかしら?

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 どこまでも続く緑の起伏のある大地。

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 車はまだまだ上って行く。時々歩いて峠越えをしようとする人たちを追い抜いてゆく。

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  ようやくサニパスといわれる峠に到着した。この峠がレソトと南アの国境になっている。飼われている動物が、牛から羊に変わった。昔、この道は、レソトで生産された羊毛を南アまで運ぶルートだったそうだ。
 今は、他のルートが開拓され使われることが無いそうだ。

 パスポートが戻ってくるまでは、門を通り抜けることができないので、こちら側でうろうろです。
でも写真も撮っていいので退屈なんかしない。

 
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 峠には、レストランもロッジもあります。

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 この看板は、南ア側にある。我々が通ってきた道に続く。道が厳しいことがわかる。

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 こちらの看板は、レソト側。我々がこれから通ろうとしている道です。

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 ちなみに我々のお世話になった車。トヨタです。

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 さあお昼をいただきましょう。


 今朝も早い。そして朝食もお弁当だ。お弁当も続くと飽きてくる。日本のお弁当のように、少しでも見栄えが良くとか飽きのこないものをなどとは、100%ないのは仕方がない。

 早くもスワジランドを出国して、南アに入りドラケンスバーグの麓にあるアンダーバーブまで向かいます。

 早朝だったせいか、霧が発生していた。

 
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 霧が晴れるとコスモスの花が綺麗に咲いていた。

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 コスモスの向こうには、遠くの方から歩いてくる人の姿が・・・・。

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 車は、標高を下げたりあげたりと忙しい。

 スワジランドを出国して、南アに入国した。

 
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 ここからが長かった。お腹もすいてきたのだが、中々街に出ない。
途中、工事の信号待ちで止まったとき、近寄ってきた物売りの女性の顔には、赤い顔料がぬられていた。これは多分虫よけと日焼け止めの効果がある。ミャンマーなどで、白い植物からとった粉を塗っているのと同じだと思う。

 
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 3時近くようやく目指すレストランに到着した。何でも江戸末期頃の建物だという。すぐそばに鉄道駅があり、かつては貨物列車が止まり人々で賑わっていたそうだ。

 
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 調度品も、アンティークです。

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 ここで車が変わります。ドライバーさんは、レソトの人達に変わり最後まで案内をしてくれる。

 思いのほか食事の時間が長引き、私は近くをちょっとだけ探検。

 今は使われなくなってしまった鉄道駅。

 
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 跨線橋に登ってみる。ホームへと降りてゆく階段もそのまま残っていました。

 
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 子供達が、昨日見学したスワジの足あげダンスを木の下でやっていた。

 
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 レストランの庭はかなり広くて、鳥たちもやって来ていた。トキの仲間らしい。頬の黒いのが何だか可愛い。

 
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 尾っぽの長い鳥。

 
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 車はどんどん標高をあげてゆく、ドラケンスバーグは、数億年前の地殻変動によってできた、標高3000mを超える山が連なっており、「竜の山々」といったいみで、レソトとも国境を接している。
 2000年に、世界自然遺産に登録された。

 外の光景は、穏やかな草原地帯となり、沢山の牛がのんびりと草を食んでいる。

 
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 遠くの方には、ドラケンスバーグの山を望みながらも、テーブルマウンテンの成り損ないのような、平らな岩山が次々と目の前に現れる。

 
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 日はどんどん傾いてゆき、アンダーバーグの街に入った頃にはこんな感じになっていた。

 
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 けれども、ロッジはまだまだ遠い。
ようやく到着したものの、満室だということで、近くの部屋ではなくて、かなり隅の方の一角でした。

 レセプションの暖炉には、薪が赤々と燃えておりここがかなり冷えることを物語っていた。

 でも部屋にはヒーターもあり、快適に過ごせました。明日は早起きして、敷地内を歩いてみよう!

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