好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

カテゴリ:東アフリカの国々② > ウガンダ・ルワンダへの旅


 動物ばかりではなくて、花も少し紹介してみようと思います。
他の国で見たものもありますが、ツリートマトやライオンフラワーは、初めて見ました。

  多肉植物のような雰囲気がします。
 
イメージ 1


 おなじみのジンジャー 

イメージ 2


 よく見るんですが名前がわかりません。 

イメージ 3


 
 
イメージ 4



イメージ 5


 可憐な花。小さいです。

イメージ 6


 パンジーのようにも見えますが、つぼみを見るとランかなあとも・・・。

イメージ 7


 ライオンフラワー。もっときれいなものを撮りたかったのですが、車を止められるところに咲いていないのです。
 
イメージ 8


 おなじみのパピルス。両国は、パピルスがうなるほど生えていました。これほどあれば、紙の代替品として使えるだろうなあと思いました。

 
イメージ 9


 ツリートマトの木。家の庭先に植えてあります。これは青いですが、やがて赤く熟します。この木は高さ、2mくらいでしょうか。

イメージ 10


 ウガンダはコーヒー豆の生産において世界で9位だそうです。コーヒーは条件が難しく収穫も大変なので、貧しい子供達が利用される。ウガンダではあまり聞かなかったが、労働力として売買している国もいまだ存在します。

 まだ赤く熟していませんが。

 
イメージ 11


 


 ルワンダは小さな国で、面積はウガンダの9分の1程、人口は3分の1ほどの約1100万ほどしかない。
部族間の内戦は、とても悲惨だったので世界中の人々の注目を浴びた。

 その印象があまりに強烈だったので、今でも内戦が続いていると思っている人も多いのではないだろうか。

 なので訪れてみるとそのギャップに驚きます。道路は舗装が進み美しく、観光に力を入れているので、お客が快適に過ごせるようにと努力をしている。

 その発展は、顕著で「アフリカの奇跡」などという言い方をされることも有るほどだ。

 反面、地方の貧しさは相変わらずです。どこの発展途上国でもあることですが、格差が広がりつつあると感じた。

 今日はキガリに向かい、来た時と反対にエンテベ経由でドーハまでもどる。
両国のホテルのチップは、全員で分けるシステムになっていました。チップボックスが置いてあって、チップを出してもいいなということが有ったらそこに入れるのだ。そのチップは皆で平等に分ける。
 最近はこのようなシステムが多くなってきている気がします。
私も、湯たんぽや暖炉の薪などを運んでもらったので、少しばかりですが入れます。

 8時ホテルを出発。南東方向に進んでゆく。
途中トイレ休憩のために停まったドライブインではおしゃれした男女が目につく。ミニスカートや短パン姿の女性も目立つ。皆でスマホで写真を撮りあっている。先ほど出発してきた場所とのギャップを感じてしまいます。

 わずか2時間ほど車に乗って来ただけなのに・・・。

 お店にはジャイカのポスターが貼ってありました。

 
イメージ 1

 
 キガリに近づくにつれて、どんどん車も人間の数も増えて走るのがスムーズにいかなくなってきました。
おまけにちょうどアフリカ会議の開催時期と重なってしまい、先が読めません。

 
イメージ 2


 街に入ってくると目を挽くのが山の斜面にびっしりと建てられた家の多いことである。ボリビアのラパスやメキシコの街を連想してしまった。

 何とか写真を撮ろうとしたのだが、私の腕とカメラでは遠くて動く車の中からは撮れませんでした。残念!
ようやく撮ってはみたけれど、密度状態がそれほどでもない場所でした。雰囲気だけ・・・。
 
イメージ 3


 街中に入ってくるといたるところにアフリカ会議関連の旗やポスターが貼ってある。

 ロータリーにも。

 
イメージ 4


 映画「ホテル・ルワンダ」の舞台となったホテルまでやって来た。ここでいつもトイレを借りる契約になっているそうです。

 そもちろん格式のあるホテルなので、要人も多く宿泊している。トイレを借りるだけでも厳しいチェックが入ります。

 
イメージ 5

 
 敷地内に、内戦の悲劇があったことを記したモニュメントがあった。

 
イメージ 6


 ホテル・デ・ミル・コリン。味気のないビルの様ですが、中に入ると全然違う。

イメージ 7


 
イメージ 8


 
イメージ 9


 
イメージ 10


 きれいな綺麗なトイレを拝借した後は、隣接するスーパーで残りのお金を使ってしまいましょう。
でも私はおかねをもっていないので、見学だけです。

 このスーパーはお金持ちか外国人しか来ないそうで、入る時にやはりセキュリティチェックを受けます。
スーパーのほかにも飲食店やオフィスもあるようだ。
 店の中には、食料品や日用品のほかにも電化製品やレジャー用品まで何でもある。東芝やソニー・パナソニックの品も置いてあり、値段も日本とほぼ同じです。ということはこちらの人にとって見るとやはりかなり高い買い物になる。
 
 この安売りのサムスンは、ドル換算にすると約341ドルになります。

イメージ 11


 独立した時の相手国がベルギーだったのでお金の単位にフランが付きます。

 少しだけ、駐車場の外に出て街の様子を見てみる。ビルが立ち並び、ごみも無くとてもきれいです。

 
イメージ 12


 アフリカ会議に加盟している国々の国旗。

イメージ 13


 これがルワンダ。

イメージ 14


  左側がウガンダ。タイミングが悪くてしおれたまま。

イメージ 15


 最後にルワンダ風中国料理をいただいて空港に向かいました。

 空港は新しくて立派ですが、写真はNG。添乗員さんは、今回で8回目になるそうですが、来るたびに綺麗になっているとのこと。

 ドーハまでは5時間ちょっと、ドーハではあまり時間が無かったので助かった。長いとやることないのだもの。

 ゲートで待っていたら、添乗員さんに呼ばれた。なんとビジネス席を譲ってくれるという。え!どういう事?
この日は、エコノミーが満席で、2人ほどビジネス席に回されたらしい。事前に分かっていれば、早くに譲ることができたのに搭乗ゲートで言われたらしい。で、目の前にいた私に声をかけてくれたというわけです。

 最近は、旅行する人が減っているせいかめったに満席にはならない。以前は。私も何度か満席の場合の恩恵にあずかってビジネスに行けることが有ったのだが、ここのところそういう事が無くなっていた。
 もしくは有っても個人客ではなくて、添乗員に割り振っていたのかもしれない。

 今回はたまたま添乗員さんが、お客様のためにと譲ってくれたが、私の隣の席は、添乗員が御自分で座っていました。私が「譲ってもらって座れたんです。久しぶりなのでハイテク機器が使えないのでよろしくお願いします」と声をかけたら、「アラ、私もゲートで言われたんですよ。お客さんは、カップルが多いので不公平ですし、人数も多いのでちょっと大変なので私がいただいてしまいました」との事でした。

 この方超ベテランで、芸能人と一緒に回ることも有るそうで、裏話を聞かせてもらい、通訳をしてもらい、機器の使い方から旅先の情報まで教えてもらいとても楽しい時間を過ごすことができました。

 シャンパンを飲み、寝間着を貰い、アルマーニのアメニティグッズをいただき、和食会席の食事をガラスや陶器の食器ですませ、大きな画面でテレビを見て、広いトイレに入り、何よりフラットな状態で眠ることができて天国でした。そうそうワインも、チョイスできるんですよね。目の前でオープンしてくれて、テイスティングして・・・。昔と比べると、格段にグレードアップしていた。

 でも値段のことを考えると、エコノミーでいいかなあ。追加料金で安いところなら追加の旅行ができてしまうものね。
 
 私の隣に座ったJ社の添乗員さん、あらためて有難うございました。そして、席を譲ってくれた、Hさん、有難うございました。次回の旅も御社のスリランカです。
 
 成田に到着後、無理すれば新幹線で帰れたが期限の迫っていたマイルでホテルを予約していました。
自腹だったら高いので泊まらないホテルですが、どうせ流れるならと全部のマイルを使ったので贅沢な朝食付きでした。

 今回は、ある面贅沢な旅になった気がします。

 日曜の夜、東山動物園のナイトズーに行ってきました。相方は、「本物の動物を見てきたのに何で今更動物園なの?」というのですが、動物園と野生は別物ですもの・・・。

 夜のライオンは、昼間と違って吠えます。それも大声で何回も!


 洗濯物が、干してあるこのお宅を訪ねました。

イメージ 1


 庭先での対面でした。驚かせてごめんね。

イメージ 2


 この家では、何人かの女性が集まってお土産製品や普段使う品物を作っていました。
籠を作っている。

イメージ 4



 パピルスを割いて、茣蓙を作っている。

イメージ 3


 お年寄りの方もいらっしゃいました。じっと座って皆を見ている。

イメージ 5


 違うお宅に移動して、粉を引いてゆでて食べられる状態にするまでの様子を見せてもらった。
家の前には、お守りの木が植えてあります。
 昔、王様がこの木に登って動物に食べられるのを逃れたという言い伝えがありそれ以来、家の前に植えるようになったという。これは大きいので登れるだろうが、「これは無理やろう!」というくらいの小さな木も・・・・。
 シーサーみたいなものでしょうか。

 
イメージ 6


 道具を使って収穫したものを粉にしている。やってみるかと聞かれたのでやってみました。案外スムーズに粉にできる。

 
イメージ 7

 
 続いてその粉を鍋に入れて、水を加えながら火にかけてこねてゆく。見ているとものすごく熱そうでやけどをしないのか気になる。

 
イメージ 8

 
 しばらくコネコネして手で丸めて泥ダンゴのよな状態にしたら出来上がりです。

 完成品。きれいです。

 
イメージ 9


 試食してもいいかと聞いたら、「手を洗ってきれいにして食べてください」と言われた。持っていたウェットティッシュと消毒液で手をきれいにしたあとちょっとだけ食べてみた。
 おいしいとは言えないがまずくはない。味が付けてないので、微妙だ。みたらし団子のたれとか、カレーをかけるとかしたらいいのかなあ。私はどちらかというともそもそしたものが好きなので、案外行けそうな気がした。

 続いて尋ねたのは、はちみつを取る道具を作っている男性の所。要はこの中に巣を作ってもらうということらしい。

 
イメージ 10

 
 泥を塗って出来上がりです。

 
イメージ 11


 これを庭の木や蜂のきそうなところにこのように置いておく。そして、せっせと運んでくれたみつをいただくということらしい。

イメージ 12


 歩いていると水くみに向かう子供の姿を見かける。水くみ場はどんなのだろうか?いくばくかのお金の居る村もあるそうですがこの村は無料でした。

 
イメージ 13


 外人が気になって仕方がない子供達。ずっとついて来ます。時々何かを叫んでいる。何でもこちらの言葉で「白ー」と言っているらしい。肌の色が白い人ということなのだが、「え、私達白くないけど」といったら、「黒と白しかここには言葉が無いのです」と言われた。「黄色人種」は彼らには存在しないのだ(*^^*)

 
イメージ 14

 
 道端から見えていて気になったもの。これは炭を焼いているのだそうです。ずいぶん簡単な仕組みの様です。ガスがないので、煮炊きは炭で行う。ひょっとしたら竹炭かもしれない。ここは竹がとても豊富なので・・・。

 
イメージ 15


 この建物は、教会です。ウガンダもルワンダもキリスト教が一番浸透している。

イメージ 16


 そろそろ日も陰って来ました。ここでお別れです。沢山の知らないことを教えてくださってありがとうございました。

 衣装がカラフルな村の女性達。

 さよなら!

 
イメージ 17

 
 明日は、首都のキガリに向かいます。


 NPOの人が迎えに来てくれて、一緒に村に向かった。
 彼は、「村を訪問することは村の人々の了解を得ているので、どんなところでも興味のある所はみていただくことができます。あなた方の支払ってくれたお金は、村全体のために使われます。」と説明してくれた。

 彼は、村では唯一の英語を話せる人物なのだそうだ。

 入り口の部分

 
イメージ 1


 この大きな入れ物は、トレッキングの収入により配置された水のタンクだという。非常用なので、普段は何も入っていないそうだ。いざというときに給水車がここまで水を運んできてタンクに入れて行くシステムらしい。


イメージ 2


 村で一軒だけのバーに連れて行ってくれました。ここでバナナビールを試飲しました。ママさんは、やはりおしゃれをしていて、綺麗でした。電気の通っていない家が多いので、ここに来てテレビを見たりすることも有るのかもしれません。

 
イメージ 3


 村の中には、何本かの道が走っているが当然舗装はされていない。でもなんか素敵なのよね。懐かしいというか、ああ道だという感じがして・・・。もちろん私の勝手なセンチメンタルな感情です。

 
イメージ 4


 村の中の何軒かの家と契約をしていて、家の中をいつでも見せてもらえることになっている。そしてその対価が支払われ、その家族の生活費の一部となる。なので対象家庭は、シングルマザーや大家族の家のように援助を必要としている家だ。

 最初の家は、留守でした。この家の主は、子供1人のシングルマザーだそうです。失礼ながら家は、小さくてまるで小屋の様ですが、とてもきれいに保たれていて気持ちが良かった。小さな家畜小屋もあります。

 こちらが、住居部分です。

 
イメージ 5


 ヤギ小屋。ヤギは貧者の家畜です。お乳も出すし肉も食べられるし、餌も何でも食べる。

イメージ 6


 次に訪れたのは、もう少し大きな家でした。ここは、子供の数が多いのだ。台所と家畜小屋が別棟になっている。ここもきれいに掃き清められていて本当にすっきりとしている。
 これは現大統領の方針で、綺麗にしていれば犯罪も少なくなるし、家も栄えるということらしい。この方針は国民の間に浸透しているのでキレイにしているのだそうです。
 車で移動しているときも、小さな箒を手にして家の周囲を掃き清めている人の姿をよく見かけた。

 
イメージ 7


 中も見せてもらいました。

 みんなが集まる部屋。壁には子供が学校で習ったテストや工作作品が飾ってあった。

 
イメージ 8

 
 ここは子供部屋。5人だか6人だか折り重なるようにして眠るそうです。

イメージ 9


 これは虫よけの除虫菊です。飾りではない。

 
イメージ 10


 次に向かったところは、いつも子供達が集まって遊んでいる所だという。にぎやかな声がしている。
ところが我々が入ってくと急に静かになってしまった。
 そして、整列して歌を歌い始めた。歓迎の歌らしい。

 
イメージ 11

 足元のサンダルは、配給されたものかもしれない。皆同じだからだ。私達のかんこうにつかったおかねの一部がこうしたことにまわったらとてもうれしいな。
 
イメージ 12


 この家にも電気は通っていない。灯りはこれです。それに隙間だらけで、朝晩の冷え込みは厳しいだろうなあ。

 
イメージ 13


 リビング兼夫婦の寝室です。天井からぶら下がっているのは、子供達が学校から持ち帰った品々。
 
イメージ 14


 台所。昔は、南の方ではこういう家に住んでいたそうです。

 
イメージ 15


 ここから先は、違う道を通ってゆきます。この時間になると山が綺麗に見えていた。

 
イメージ 16


 この後は、暮らしの糧になっているものつくりを案内してくれるそうだ。



 壁を超えるとそこはもう全く違う世界でした。

 銃を持ったレンジャーの人と一緒に獣道というより、藪の中の何となく何者かが通った感じのする道(?)を進んでゆく。

 手袋は必携だ。とげのある枝などを払って歩かなければならないからだ。
それでも最初のうちはまだよかった。途中から急な坂になり、這いつくばらなければならない場面も出て来た。

 これは大変だ!と思ったところに、ゴリラの群れ発見の知らせ。歩き始めてから30分くらいしか経っていない。
「え?もう・・・」
 こんなやぶの山中どうしたらいいの?と思っていると、山の中から3人のレンジャーが現れた。彼らが常時ゴリラの追っかけをしている人達である。手になたを持っている。

   ここからは、持っていた荷物をすべて置いていかなければならない。リュックや杖も水さえもだ。

 そしてそのなたで、いきなり藪を払い始めた。そして何とか人が藪の中に入れるスペースを確保。ついて来いという。そんなこと言われても、私の足の長さはあなたの足の長さとは違うのよー!

 急斜面、足元は地面ではなくて、蔓やら草やら枝やらが積み重なっているだけで、滑るし沈むし、かといってつかまる木もない。人生でこんな経験は初めてだ。

 とレンジャーが私の腕をむんずとつかんで、あごである方向を示した。
「ゴリラだあ・・・・・・・・・」

 斜面にしゃがんで何かを懸命に食べている・・・・。子供のようにも見える・・・・。
「会えた。ゴリラだあ・・・・」

 カメラを取り出そうとするのだが、足元が何とも心もとない。宙に浮いているような感じでやっと立っているのだから。それでも、何とかカメラを構える。それにしても近い。大丈夫か?
7m以内に近づいてはいけなかったのではないのか・・。でもレンジャーが連れて来たのだからいいのかしら・なんて頭の中でいろいろ考えながらともかくシャッターを押す。

 
イメージ 1


 こっちを見た。心の中で、「きゃああ、可愛い」

イメージ 2


 すると何を思ったのか、ずんずん近づいてくるではないか。えー、どうしよう!バックしたくても後ろには、他に人がいるし、第一急斜面に居るので振り返れないのだ。頭の中はパニックになりそうだが、レンジャーの腕をつかんでこらえる。

  
イメージ 3


 と、そばにいた雌が、突然私のそばに近づこうとしてきた。そこでレンジャー、そのゴリラの腕というかわきの下をむんずと押し返した。「え!ゴリラにさわっている。」
 彼らは、ゴリラに近づく時には何か声を発しながら接する。ゴリラ語かもしれない・

 距離は、1mくらいです。

イメージ 5


 子供のゴリラだったので、メスゴリラが神経質になったのかもしれない。私はもう心臓パクパクである。これほど迫られるとは思いもしなかった。後で、仲間の人に「大変だったねえ」と言われたが、しばらくカメラを押す手が震えてしまいうまく押せなかった。


 上から見降ろされた。彼女の目線の延長に私がいます。こうして改めてみても迫力があります。

イメージ 4

 
 我々など眼中にないようにずっと何かを食べている。

イメージ 6

 
 ゴリラは群れでいるので、近くにオスもいるはずです。移動使用とするも、しりもちをついてしまう。足元が木の枝や葉っぱ草なのでともかく滑るのだ。1時間のうちに何度もしりもちをつく。

 早くに会えたのは良かったが、平地ではないのは不運でした。はっきりと全体像をとらえるのがともかく大変だ。レンジャーの人達が、ゴリラの座っているあたりの草を払って少しでも見やすくしてくれるのだが、綺麗にみられるポイントが1か所しかない。ちょっと外れると葉っぱしか見えなくなってしまうのだ。

 平らな地だと、群れを1つの画面で見ることができたりするのだが・・・。

 オス2匹は、食事が済んで一休み中です。寝転んでしまって、最後まで立ってくれることはなかった。残念。ゴリラは、ご飯を食べると消化のために横になってしまうのだそうです。こうなると危険度は一気に少なくなる。

 これは、仰向けになって腕を顔の前で組んでいるところです。

イメージ 7


 彼は動きそうもないので、違うメスを見にゆきます。限られた時間内楽しんでもらおうと、レンジャーの方達はいろいろ試みてくれます。足場は悪いが、距離制限が解除されたのは良かったかな。

 背中からも…私の足とのツーショットです。手を伸ばせば触れられます。

イメージ 8


 そのうちに記念撮影も始まった。最近私は自分の写真は撮らないのだが、ここはツーショット写真が欲しいよねえ。

  
イメージ 9


 オスのシルバーバックです。まだ若いのでバック全体が銀色というわけには行きませんが・・・・
うつ伏せになって消化中。

 
イメージ 10


 
イメージ 11


 
イメージ 12


 再び、爆睡中のオスのもとに・・・

 
イメージ 13


 ちなみにゴリラの個体識別は鼻でするそうです。

 うわ、目あけたよ。

 
イメージ 14


 メスが、何頭いるのかわからない。少なくとも3頭はいるようですが・・・。
微妙に顔が違うように見えます。

 
イメージ 15

 
 こんな表情も見せてくれました。

イメージ 16

 
 あちらもこちらも慣れてきた。

イメージ 17


 そろそろタイムアップです。ドラミングなどの活発な動きはみられなかったけれど、その分近くに寄ることができたのは良かったかな。
 と、仲間の1人が携帯のカバーがないと言い出した。自然界にない物をそのままにしておくことは出来ません。彼の居た場所を丹念に探ってゆく。

 すると添乗員さんが、「あった!」。よかったねえ、気をつけねば。これが原因で携帯の持ち込み禁止になったら悲しいものね。

 お別れです。ゴリラの面々付き合ってくれてありがとう。楽しかったです。

 サポートしてくれたレンジャーの方々有難うございました。彼らはこの後も森に残ります。
 
イメージ 18


 再び、壁の外に戻って来ました。ここでお昼です。

 我々はのんびりとお弁当を食べていましたが、リーダーは大変なことになっていた事を後になって知る。

 麓の村まで降りて来たところで、車が待っていてくれた。最後はお土産屋さんのある建物によってゴリラトレッキングの終了書を貰うことになっている。

 そこでリーダーとお別れです。そしてここで初めてリーダーのお姉さんが先ほど亡くなったことを知らされた。彼は、トレッキング中にそのことを知り、お弁当の時間に添乗員に先に帰ってもいいよと言われたのだが、最後まで付き合ってくれたのでした。

 原因は、お産でした。こちらでは、お産は、命をかけて行うものだと知らされた。まだ20代後半だとか・・・。

 修了書

 
イメージ 19


 この後は、自由時間です。私は、添乗員さんと地元の村のNPOの主催する村を回るツアーに参加することにしました。
 すると、もういらない物があったら捨てるのではなくて持ってきてくださいといわれた。そこで、置いていくつもりだったヤッケやTシャツ、袋、トレぺ、水、靴下、などをまとめた。

 いつもは個人的にホテルの部屋に置いたりボックスに入れたりしていたのだが、直接渡せたらうれしい。

 


 楽しに魅していたゴリラトレッキングの日です。7時に事務所集合となります。

 ホテルのロビー。

 
イメージ 1

 早めの朝食をいただきます。
コックさんが卵を焼いてくれます。

 
イメージ 2


 コテージの前はこんな感じです。

イメージ 3


 ここでは自転車タクシーなるものが走っていました。同じ格好をしているので、届け制か認可制でしょうか?


イメージ 4


 事務所までは、車で15分ほどでしょうか?
結構な人々が集まって来ていた。

 入り口の所。

イメージ 5


 ルワンダでのマウンテンゴリラの研究は、1959年にジョージ・スカラーによって始まった。当時は密猟が絶えることなく、ゴリラの数は激減、絶滅の危機に瀕してしまったが、保護活動により個体数は、増えつつあった。
 1980年台には、ここヴォルカン国立公園は、マウンテンゴリラの観察ができる所として有名になり、ルワンダの経済においても重要な収入源となった。
 しかし、内戦が始まると研究者も国外退去を余儀なくされる。内戦が終わり、1999年再び研究者が戻ってくると、観光客にとって人気のある場所となった。

 ゴリラの生息地域と住民の住んでいる地域は近い。彼らがどんどん森に入りこんで開墾して行くと、ゴリラは住むところを追われてしまうことになる。そうならないように、ゴリラを保護することは、自分たちの生活を向上させることにもなるのだということを納得してもらうために、トレッキングの料金はとても高い。その中から何割かが、村に還元されて彼らのために使われるのだそうです。
 1つのグループの人数も7人に制限されていて、レンジャーと共に決められた区域へ入ってゆきます。

 ここにはいくつかのグループが暮らしていますが、観光客は、グループを選ぶことはできない。
その抽選会が終わるまでは、少し時間がある。敷地内を歩いてみたり、お土産屋さんをのぞいたりする。

 私は、門を出て近くの村に行ってみました。さっそく男の子が声をかけてきた。聞けば100世帯くらいが住んでいるようです。水路の工事をするために男の人達が集まってきていました。水くみ場が入り口の所にあり、それぞれに汲みに来ていました。

 赤ちゃんの面倒を見るお兄ちゃん。私も抱かせてもらいましたがずっしりとして栄養状態はいい感じがしました。
 
イメージ 6


 でも暮らし向きは、余裕があるわけではない。
男の子が見せてくれたのは、サッカーボールです。このようにして自分たちの手作りのもので遊ぶ。

イメージ 7


 事務所に戻って、地元の人達のパフォーマンスを見ます。

イメージ 8


 トレッキングにはいくつかの決まりごとがあります。ゴリラにあってから観察できる時間は1時間であるとか、くしゃみをする時は後ろを向いてすることとか、観察するときにはカメラ以外の荷物は手にしないとか、7m以内に接近してはいけないとか、ゴリラを指さしてはいけないとか、目は合わせてもいいそうです。

 その7mを実感するためのもの。

 
イメージ 9


 ゴリラのグループの写真があり系譜が表されている。それぞれに名前が付けられています。

 
イメージ 10


 ようやく観察できるグループが決まったようです。それぞれのグループごとに別れてレンジャーからレクチャーをうけます。
 我々のリーダーボスコ氏。グループ名は、タイタスですが、タイタスはもう無くなっていて、若いシルバーバックがいるとの事。

 
イメージ 11


 さあ車に乗って出発地点の村まで向かいます。30分ほど走って、村に着いた。お弁当を持ってもらったりするためにアシスタントを雇います。個人で雇うこともできそれらは村人にとっては貴重な収入になります。
 無料の杖もありましたが、途中でいらなくなっても捨ててくることができないのでパス。

 最初はこんな感じの畑の中の小道をひたすら上ってゆく。標高は2千以上あるが、だんだん暑くなって来る。

 
イメージ 12


 あちこちから子供達の「ハロー!」と叫んでいるのが聞こえてくる。

イメージ 13


 
イメージ 14


 除虫菊や、アイリッシュポテト、トウモロコシの畑が目立つ。

イメージ 15


 花の色は紫と白ですが、イモに変わりはないようです。
 
イメージ 16


 1時間ほど歩いて、バッファロー除けの石垣が見えてきました。ここから先が、動物たちの生活しているところだ。汚れてもいいように雨がいつ降ってきてもいいように身支度を整え、手袋をして森の中に入ってゆきます。

 ここから先には、常時タイタスのグループと行動を共にしているレンジャーさんたちがいて、彼らはゴリラの追っかけをしている。そして無線で、今ゴリラがいる場所を知らせてくれるのだ。

イメージ 17


イメージ 18

 早い時には1時間もかからないで会えるし、会えない時には3時間以上も藪の中を歩くことも有るという。
彼らは餌を求めて毎日移動するのだ。
 大きな体の割には草食で、様々な植物を食べる。1日の3割も食事に費やすという。水分の多い植物を好み水はほとんど飲まない。
 好物は、アザミやセロリ特に筍は、大大大好きなのだという。

 早く会えるといいなあ。

 


 アフリカの夜明けは美しい。

イメージ 1


 今日の夕方にはルワンダのホテルに到着できるように出発です。

 昨日紹介したジャックフルーツを買うために車を止めると、あっというまに売り子さんたちが集まってきた。
ほしいのはバナナではないのですが・・・。
 
イメージ 2


 途中、日本人研究者が常駐している自然公園があるというので、そこでトイレを使わせてもらう。
あいにく出かけていて留守でしたが、ジャイカの援助で建てられたという建物を見ることは出来た。

 
イメージ 3

 
 走っていると広大な茶畑が現れた。近くに工場があるのだという。まるで大海に取り残されているような感じです。この広い畑すべて手摘みです。機械化にしたら楽なのに・・・。
 いったいどれくらいの時間をかけてつものだろうかと考えるとめまいがしてくる。
生まれたのが田舎だったので、子供のころ近所の茶畑で、茶摘みをしたことが有るのだが、中腰で作業をするので案外過酷なのだ。

 
イメージ 4

 
 男性でした。ここでは茶摘みは、男性もかかわるようだ。修行僧の様に見えた。
 
イメージ 5


 おそろいのエプロンをしてるので紅茶工場の従業員でしょう。

イメージ 6


 ルワンダ側に入ると、物価がものすごく高くなるという。ガソリンも例外ではないので、途中で入れておきます。
その間近くのバナナの集積場に行ってみました。
 ここでは、カメラを構えただけで、にらまれてしまった。すみません。
バナナを詰めて行く様子が珍しかったので、手元だけで良かったのですが・・・。

 庭先でできたバナナを自転車に積んで持ち込む。
 
イメージ 7

 
 少し早かったのですが、ここを逃すとレストランがないというのでホテルでの昼食になりました。予約をしておいたのに全然準備は出来ていなくて、我々の姿をみて慌てて動きがだす。

 敷地内には面白い彫刻がたくさん置いてあった。

 
イメージ 8


 準備ができるのは遅くても、種類がないので案外早くに食べ終えられる。食事に執着しなくても済みます。

 小さな村でしたが、警察もありました。初めてポリスオフィスを見かけた。

 
イメージ 9


 小さな洋服屋さん。

 
イメージ 10


 
イメージ 11


 この道の先にはルワンダが有ります。あとどれくらいかかるのだろうか?道路もきれいに舗装されている。

イメージ 12


 この村を過ぎたあたりからどんどん標高が上がってゆく。周りの光景はこんな感じに変わって来ました。平地が無く、耕作地を確保するために山の上へ上へと畑が伸びてゆき、結果森がどんどんなくなってしまった。

 
イメージ 13


 水はどうしているのだろうか?

イメージ 14


 峠をいくつか超えてゆく。低地になるとこんなに真っ黒な畑も。ここでアイリッシュポテトを育てているという。アイルランドでは、やせた土地故小さいがここで育てるととても大きくなるのだそうだ。

 
イメージ 15


 我々の車は、1号車でした。添乗員んを含めて4人が乗車している。小さな池のあるきれいな所でストップしました。当然2号車もついてきていると思ったのに、待てども全然やって来ない。電話をかけても通じない。

 水を汲みに来ている人もいました。

イメージ 16


 寄ってきた近所の子供達。ここら辺の子供は本当に貧しい。

イメージ 17


 不安になった添乗員は、追い越して先に進んでいってしまったのだろうと、追いかけてゆくことにしました。
追いかけてゆくと峠の展望台で止まっていました。ドライバーの伝達がなされていなかったようです。
この先まだ距離も有るので、添乗員が乗り込んで引き換えし先ほどのところまで戻って、トイレ休憩をすませてくることになりました。我々はその間、のんびりと景色を眺めていました。

 だんだん2人のドライバーさんの連携がうまくいかなくなってきていた。

 すると、ドライバー氏。「先に行こう。」と言います。次の休憩場所は決まっているようなので、景色を見ながらゆっくりと行くことにしました。というのはここに居ると、子供達の「お金を頂戴」という声を聞くのがちょっとつらくなってきていたのだ。

 ルワンダ国境が目の前というところのガソリンスタンドで休憩。もう一度ガソリンを入れます。ルワンダの人達は、ウガンダへやって来てガソリンや食べ物着るもの車などあらゆるものを買って自国で売ろうとする。もちろん密輸になってしまうものもあるので、人の往来は割と簡単に済むのだが、運転手さんと車のチェックは厳しいのだという。

 待っている間に、その辺をうろうろ。
洋裁店にお邪魔をしてみました。お互い片言英語で話してみます。英語が全然わからない人もいて、田舎に来ると学校に行かないまま大人になってしまった人もいるのではないかと思った。

 
イメージ 18

 
 ルワンダからやって来たのか荷台に大勢の人が乗った車が通り過ぎて行った。皆、大声で歌っています。
ナンバーは、ウガンダのものですねえ・・・

イメージ 19


 すぐ先がルワンダだ。

イメージ 20

 
 1時間近く遅れて2号車も到着。そろって国境に向かう。
手前ではサッカーをしている子供達がいた。

 
イメージ 21


 国境では写真を撮るのは禁じられていますが、ゴリラのモニュメントとこの山はとってもいいというのでさっそくカメラを構えます。

 ルワンダ側の山です。4千メートル以上の山もあります。

 
イメージ 22

 
 マウンテンゴリラのモニュメント。

イメージ 23


 手続きはすごく簡単です。2つに並んだ窓口でパスポートを出すだけ。出国と入国だ。職業と名前を聞かれた。
車の方は、時間がかかる。小屋のようなところで待っていると、案内をさせてくれと男性が近寄ってきた。ツアーであることを伝えリーダーの所に行って欲しいと伝える。
 なんだか話していましたが、パンフレットをくれて立ち去ってゆきました。

 そうこうしているうちに車の方の手続きも住み、ようやく出発です。

 ゴリラトレッキングの行われるルヘンゲリは、標高が高いのでとても朝夕は冷える。ホテルに到着後、さっそくフリースを着こんでレストランに向かった。

 中心の建物には、いくつかの暖炉が赤々と燃えていて幸せな気分です。

 コテージになっていて、石造りの部屋はとても冷えるというので、湯たんぽを頼み、暖炉をつけてもらい、さらに体にホッカイロを貼って眠りにつきました。
 おかげでぽかぽかで、他の4人が眠れなかった言っているのを「えー、よく眠れましたよー」といえるほどぐっスリでした。

 明日はいよいよゴリラトレッキングです。


 ルワンダへ入国する前に、今回の旅で頂いたものを紹介してみます。

 まずは、ビール。ウガンダでは、外国ビールのほかにも地産品も案外ありました。
昼は、ビールをいただきました。

  これが一番大手のようです。

イメージ 1


 
イメージ 2


 
イメージ 3


 これはルワンダのビールです。
 
イメージ 4


 ルワンダのルヘンゲリの村を訪問した時、村のバーで頂いたビール。ビールと言ってもアルコール度は高くて、フルーツビールのような爽やかさはなくて、梅酒の様な感じでした。

 バナナビール。原料はバナナなのだそうです。

イメージ 5


 ウガンダでの初めての食事は、テラピアでした。ビクトリア湖で獲れたものでしょう。
 
イメージ 6


 これアボカドです。グレープフルーツのような大きさです。大好きなので、毎日食べていました。
 
イメージ 7


 お昼。炭水化物だらけだ。ヤムイモ、かぼちゃ、白米、それに豆の煮込みを添えて。

イメージ 14

 
 キバレ国立公園の近くのホテルの夕食。鉄板焼きをチャパティにのせて、ディップをチッピングして包んでいただくのが正式な食べ方なのですが、食べにくいので別々にいただきました。
 鉄板焼きは、チキン・ポーク・ビーフ・ベジタブルからチョイスできました。
 
 これは、ベジタブルです。

 
イメージ 8


 これらをお供にいただきました。アボカドとトマトやブロッコリーなどを刻んだものとバターです。

 
イメージ 9


 ファストフードみたい。問題のあるコテージでしたが、食べ物はいろいろあり好きなものを注文して食べました。これは、野菜の天婦羅みたいなものです。

 一番人気は、ベジタブルカレーです。

 
イメージ 10


 ここで出されたスープが辛くて、飲めるものではなかったので、添乗員が注意をした。すると、シェフの言い分は「これは自分が作ったものではない。スーパーで買ってきたものにお湯を入れただけだ。」との賜った!
 これには一度びっくりでした。誤らないどころか、恥じることもなく既製品を使っていることを主張するなんて・・・。
 でも皆で話し合った結、。ここでは町で買ってきた物が一番ごちそうなのだ。だからそれを使っていることは自慢なことなのだとなりました。

 味は悪くないのよ。ただ辛くて飲めない。お湯を貰って薄めました。もう注いでいるうちにくすくす笑えてきてしまう。ひょっとしてここの料理は全部冷凍物かも・・・。

 だから旅は、やめられません。

 ルワンダでは、バイキングでした。欧米人が多いので、バーベキューやパスタ、野菜炒めにスープなど、ヤムイモとタロイモが並んでいるのはアフリカならではだ。

 デザートに道端で買ったジャックフルーツ。でこぼこ道を走ってウガンダからルワンダに入国しました。よく落ちんかったなあと感心した。
 これも夜、ホテルのお客さんたちといただきました。私大好きなんです。

 
イメージ 11


 これもルワンダ側でデザートに出ました。

 ツリートマトというそうです。初めていただきましたが、あまりおいしいとは思えなかった。

 
イメージ 12


 最後はゴリラの紅茶。中身は普通の紅茶ですが、パッケージがゴリラです。

 
イメージ 13

このページのトップヘ