好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

カテゴリ:中央アジアとコーカサス > コーカサス3国

 
 遅れて出発したのでその分遅くにつき、しかも荷物がスムーズに出てこなかったので予定より時間がかかってしまった。
 
 ともかく、ツアーの皆さんお世話になりました。大阪組の人は、ANAにて伊丹へ向かう。私は、中部へJALで帰るのだが、ターミナルが違うのだ。
 
 チェックインを済ませて時間があるようなら、東京へ向かえるかもと、バスで移動。
 
 カウンターでチェックインを済ませた段階で4時間くらいしか時間がなくなってしまった。これではぎりぎりで心もとない。仕方がない。スカイツリー見物はあきらめるか
 
 とはいうもののターミナルの中で時間をつぶすのは結構大変である。カードのラウンジでのどを潤した後は。展望デッキで小雨降る中ひたすら飛行機を見ていた。
 
 そろそろいいかなと、セキュリティチエックを・・・。
 
 何にも問題ないと思っていたのに、何度やっても何かがひっかかるらしい。ついに荷物を拝見させてほしいといわれてしまった。こちらは問題ないと思い込んでいるから堂々としたものである。
 
 ところがところが、携帯のアダプター入れの中になんとナイフのついた便利グッズが入っていたのだ。「そういえば、ドライバーが欲しかったので借りてきたのだわ!」
 体から力が抜けていくのがわかる。
 
 刃渡りを図っていた係員、「ポリスを呼んできてください」「すみません、警察官に報告をしなければならないんですよ。うっかりということはわかるのですが、お待ちください」
 
 「えー!」他のお客さんがわきを通っていくのを横目で見ながらひたすら低姿勢をとる。
 
「あのー。この場合どうなるんでしょうか?」「国内線ですので、問題なければ別送ということになります・・」
 
 ところが中々お巡りさんが捕まらないようだ。出発の時間も迫ってくるし気が気でない。
 
 そういえば、エレヴァンで、引っかかったよね。あの時は、そんなものはいっているとは思わないから、「懐中電灯の電池でしょ」なんていって通ってきてしまったけれど・・・危ないところだったわけだ。ルーズな海外のセキュリティが幸いしたというわけだ。
 
 やっと登場した警官を前にひたすら悪意のないことをアピール。事情を聞かれただけでかいほうされたが、それからが一仕事。走って階段を降り、もう一度チェックインカウンターに向かった。
 
 ずらっと並んでいるお客さんをしり目に事情を話し、べつ送にしてくれるように頼みました。
あれってドーナッツボックスのようなものに入れるのね。
 
 ふたたび、セキュリティを受ける。今回は問題無くスルー。よかったあ!
 
 中部空港でターンテーブルを見ていると、問題のボックスが大きな荷物に交じって出てきたときにはホッとしました。
 
 次回からは気をつけよう。
 
 今日の写真は、載せきれなかった分です。
 
  お土産売りの老人。
 
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こんな川岸にも教会があります。
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カズベキに向かう途中のダムです。
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山の中の教会
 
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こんな運び方して大丈夫?
 
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クタイシの市場で74歳ですって
 
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グルジア最大のダムです。
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グルジアのお札
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この十字架は何?黒海の海岸端で・・
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売る人買う人
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 リプシメ教会は、AD7世紀の創建。聖女リプシメの遺体が安置されている。
 
彼女は、石打ちの刑に寄って亡くなったのでその時に使われた石もあった。
 
 
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 ここで昼食。歩いてすぐのレストランに向かう。
 
今回の旅、そろって食事をするのはこれが最後。たくさんビールをいただきいました。
 
 続いてこちらも最後の観光となるスヴァルトノツ大聖堂へと向かいます。
 
 643~652年の間に建設されたこの聖堂ですが、10世紀の大地震によって崩壊をしてしまう。3階建ての石造りで後のアルメニア建築にここのデザインが多く取り入れられた。
 現在修復計画が進んでいるとか・・・。
アルメニアの国際空港の名前は、ここの名前を記念してズワルドノッツ空港と称されている。
 
 復元図
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 ガイドのルーシーと
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 地震の規模がわかるかも・・・
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 ここから空港までは近い。10分ほどで到着だ。
 
空港は新しくてとてもきれいだ。
 
大騒ぎした荷物の重量も1kgオーバーだったが無事通過。
 
 セキュリティチエックを受ける前に指紋を登録する。指紋は搭乗前にももう一度照合されます。
ずいぶん進んでいるなあと感心する。
 
 ここまでは順調だったのだが、モスクワからの便が遅れているらしい。あまり遅れるとモスクワでの乗り継ぎができなくなる恐れがあるかもしれないということで、仕事に支障のある人はいませんかと添乗員さんに言われる。私は、1日余分に休みをもらっていたのでセーフ。他には1人が職場に連絡を入れたようだが、残りの人はリタイヤしているので問題なし。
 
 でも、1時間ほど遅れただけで無事出国。これなら何とか間に合いそうです。良かったね。
 
飛行機からはきれいに山が見えました。
 
 
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 隣は地元のおじさんで、いろいろ話しかけてはくれるのですが、何を言っているのかさっぱり理解できず、申し訳なかったな。
 
 モスクワの空港に着いたところで、案内の空港係りの女性の後をついて走る!走れない人は急ぎ足で歩く!
でも、ロシアも変わったなあとつくづく思った。以前のロシアではありえないサービスです。
 
 ところがところがです。乗り込んだものの、天候があやしくて結局しばらくは飛び立つことができず、機内で待機する羽目になってしまった。1時間以上も遅れての離陸となってしまったのでした!
 
 
 
 

 
 エチミアジンとは、神が降臨した場所という意味である。
 
 聖グレゴリウスが、夢の中で神が金づちを打ちおろした場所に教会をたてた。それがエチミアジン大聖堂である。最初は、木造だったらしいが何度も建て増し改築を重ね現在のような複雑な形になったようである。
 
 
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 駐車場のそばにはこんな近代的な教会の建築が進んでいました。
 
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 鐘楼部分の壁や天井のフレスコ画も素晴らしい。
 
 
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 アルメニア正教の総本山の地位にあり、7年に一度特別に作られる聖水は40種類のハーブを入れて作られ、ここから国中の教会に配られるのだそうだ。
 
 やはりちょっと内部の祭壇のつくりなどは、他のキリスト教徒ちがっているようだ。
 
 
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 祭壇の前にもう一つ小さな祭壇みたいなものが・・・。
 
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 鐘楼部分と聖堂の屋根・・・レリーフがきれいです。
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宝物館にも入りました。ここには、ノアの箱舟の木片といわれるものや、イエスを刺したといわれるやりなどの展示があります。
 
 お宝も素晴らしいのですが、部屋の天井模様が美しい!
 
 イエスを刺した槍
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ノアの箱舟の木片
 
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 イスラム寺院のような美しい天井模様
 
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エチミアジンの模型、銀製です。
 
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 文字で描かれたイエス
 
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 お宝を堪能して満足。続いて近くのリプシメ教会に向かいます。
 
移動中、ガイドさんに「ロシアから独立して皆さんはどう思っているのかしら?」と聞いてみた。
帰ってきた答えは、
 私の母の話ですが、と前置きして、「ロシア時代はお金はたくさん入ってきたけれど、買うものがなかった。今は買いたいものはたくさんあるのだけれど、お金がない」と・・・。
 
 ロシア時代には、たくさん貯金ができたそうです。でも貯金も物価の上昇などでなくなってしまったみたいです。問題は年金生活のお年寄りで、ロシア時代の水準で年金が来るので本当に生活できないとのこと。
 
 どれが本当によかったのかは、もう少し時代が過ぎないとわからないのかも。
 
 
 
 

 
 本日は、素晴らしい晴天の朝。
 
 屋上からは、奇麗にアララト山が見えました。
 
 
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 最初にエレブニ遺跡に向かった。
 BC782年、アルギシュティ1世によって築かれた都市である。ここからたくさんの古代ウラルトウ文字の碑文が発見された。
     
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 坂道を登っていく先客のグループのカップルです。素敵!
 
 
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 ここではまだ発掘続行中です。スケッチする考古学者。
 
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 色鮮やかに壁画が残っていました。
 
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  ライオンに乗った人物。
 
 遺跡全体の復元図はこんな感じです。
 
 
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 遺跡にはたくさんの矢車草のような花が咲いている。日本のものとはちょっと違うようだ。
 
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遺跡から街を見下ろすと
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続いてここから発掘されたものを展示している博物館に向かった。
発掘当時の写真が興味を引く。こんな感じだったんだ!
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この後は楽しみにしていたエチミアジン大聖堂に向かう。
出国の時間が決まっているのでちょっと駆け足である。
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 素敵な彫刻のある公園。
 
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 こんな人たちのも出会いました。あわててシャッターを押したのでピンボケですが・・・。
 
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  古いアパートはこんな感じです。多分ロシア時代からのものだと思います。
 
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 こちらはできたばかりの通り。歩行者専用道路です。
 
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 両替したものの、食事の時にグラスワインが付いてくるので、お金を全然使っていない。地下鉄が一路線だけ走っているので、乗ってみよう。
 
 所が地下鉄の入口マークがわからない。表示はないものの地下に通じていそうな階段があったので降りて行ってみる。あたりだ!
 
 先客が購入した窓口に行き一番小銭を出してみた。「ワンパーソン、プリーズ」と言って、人差し指をたてる。
おつりと共ににコインみたいなものが帰ってきた。区間によって料金が違うのではなく、一律同じ料金のようだ。
 
 改札口に向かうと、コインの投入口らしきものが付いているが、慎重に。他の人が入れるところを見てから実行する。
 
 お巡りさんみたいな人がいるので少し緊張。エスカレーターはものすごいスピードなので、日本のゆっくりしたものに慣れている身には、板に乗る時やはり緊張する。モスクワの地下鉄を思い出した。
 
 降りたところにも、警察官みたいな人が立っていた。ホテルに行く方向はどちらの乗り場でいいのかわからない。そばにいたスーツを着た男性に話しかけてみた。
 
 良かった!この人はちゃんと英語が通じました。といっても私もしゃべれるわけではないのですが・・・。
 
 聞けばひと駅乗るだけで最寄りの駅になるみたいです。地下鉄の写真は撮りたいのだが、先ほどのお巡りさんみたいな人が気になってしまい、こんなものしかとれませんでした。
 
 
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 やってきた列車に乗り込んだ。席はほぼ埋まっている。皆の視線を感じながら次の駅で下車。
 
 どの出口から出ていいものやら皆目分からない。進行方向と、自分の向きを頭に入れてから適当な地上への階段を上ってきた。
 
 大体地下から出てきたときって知っているところでも迷うよね・・・。自信がない。
多分こちらのほうだと思うのだが・・・。
 
 トラックの誘導をしていたおじさんに地図を指し示して聞いてみた。「老眼鏡がないと見えないよ」と断られてしまった。
 アルメニアのナンバープレートです。
 
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 次にやってきた男性に声をかけるも、言葉が通じなくて断念。
 
 3人組の男性にも声をかけてみた。「多分こっちだよ」
 
 
 不安を抱えたまま歩きだした。夕食の集合時間までにはまだ1時間半くらいあるので大丈夫だとは思うのだが・・・。
 
 雨は降ってくるし その時、変わった建物が目に入ってきた。看板は現地語で書いてあるので読めないがこれは絶対サーカスの建物だ。
 ガイドさんが、「ホテルの近くにサーカスがあるので、そこを目印に歩けば簡単」と言っていたことを思い出した。
 
 「やったー。良かった。帰れるわ」
 
 ここから10分ほどで無事ホテルに着くことができた。
 
 部屋に戻ると彼女はまだ帰っていないようだ。明日には、出国しなければならないのでザットスーツケースを作ってみた。はちみつやワインはしっかり壊れ対策をしてスーツケースの中に入れる。
 
 重さ20kg以下にしなければならないのだが、部屋のヘルスメーターは壊れていて機能しない。多分大丈夫だとは思うのだが・・・なんて荷物と格闘しているところにルームメイトの帰還だ。
 
 「早かったね。そういえば、Mさんが部屋の体重計貸してくれると言っていたよ。電話してみたら」というので、受話器をとった。
 
 お風呂にはいるところだったというMさんから借りてきたものにのせてみた。ところが平らでないのでうまく測れない。何度もやり直してみるもののうまくいかない。ルームメイトのはうまく測れるので私のスーツケースに問題有りだ。疲れて、もうどうでもいいような気になってしまう。
 
  
 
 今日の夕食のときには、民族音楽を楽しめることになっている。
 
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 アンズの木で作ったドドックという笛や太鼓それに歌声。
 
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 昨日と同じように、ワインが私のところに集まってきて、お酒の量が進んでしまう。
結果、手元がぶれること!撮った写真のほとんどは使い物になりませんでした。
 
 アルメニアのワインもおいしいなあ。でもコニャックも飲みたかった。バーに付き合ってくれる人がいないんだもん。
 
 
 
 

 
 ゲガルト修道院には、岩に刻みこまれたハチュカルもたくさんあります。
 
 
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 次に向かったのは、ガルに神殿跡だ。アルメニアにおけるヘレニズム時代の代表的な建物だ。神殿は、背後にあるアザト川の渓谷を利用してBC2~3世紀に要塞が建てられていた所に、76年に太陽神を祭る神殿を建てたものだ。
 
 
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 異教徒の神殿ではあったが、キリスト教が国教となったのちも壊されることなく現在にいたっている。4世紀ころには、王家の夏の離宮として使用された。
 
 
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 1639年、地震によって崩壊したものを1966年復元したものである。
ここで我々のために歌を歌ってくれるという。女声コーラス3人組です。民族衣装のようなものに身を包み神殿の中で曲を披露してくれた。歌声が石に響き渡り中々良かったです。
 
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 遊びに来ていた人々も突然の歌声と、日本人観光客にびっくりの様子。子供たちの不思議そうな表情。
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 ここには3世紀ころのローマ風呂も残っていました。
 
 いったん市内に戻ってピアノの弾き語りを聞きながらの昼食。贅沢だなあ。
 
 午後はアルメニアジュノサイド(虐殺)のモニュメントがある丘に向かった。
1915年から23年にかけて当時のトルコ帝国の青年党によって100~150万人が虐殺されたという。また、災難を逃れて世界中に散らばっていったアルメニア人は1000万以上とも言われており、なかでもアメリカにおいては選挙の時には大事な票田になっているという。
 
 そういえば、アルメニア人街って、他の国を旅していてよく見かけたなあ・・・。こういうことだったんだ。
 
 その虐殺された人々の慰霊のためと残された人々が忘れないために、そして2度と悲劇を起こさないためにと建てられたものだという。
 
 広場には各国の大使や関係者が植えた木があるので、日本のも探してみたのですが見つからなかった。ガイドのルーシーによると必ずあるはずなんですが、ということでした。
 
 
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 4月24日には、ここが花束で埋まってしまうそうです。
 
 世界にはわれわれが知らないでいる、虐殺の歴史がたくさんあるようです。
ふたたび市内に戻る。アルメニア文字のアルファベットを作ったマシュトツの銅像がある古文書館に向かった。
 それまではギリシャ文字で書かれていたので読むことができなかった聖書を、一般の人でも読めるようにしたので、聖書が一気に普及したという。
 
 古文書館の広場に掲げられているアルメニア国旗。
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 マシュトツの横にあるのがアルメニア文字です。
 
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 この後は希望者でスーパーへ行くという。私はもう買いものには興味がなかったので、1人ツアーを離脱して市内を見て歩きたいと申し出た。
 地図もあるし、すこし自由にしたくなったのだ。
 
 小雨が降っている中歩いていく。カスケード・オペラ座などをぷらぷらと見て歩く。
 
 
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  街歩きはもう少し続きます。 
 
 
 
 
 

 
いつものように散歩。昨晩行った共和国広場の朝の様子を見たくて行ってみた。
 
ひっそりとしていて、別の場所のようだ。
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マリオットも全然違う顔を見せています。
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 戻ってきて、2人で恐る恐る屋上へ行ってみた。ホテルの屋上から見るアララット山が美しいと聞いていたからだ。ただし、登るのを止められるかもしれませんがとも言われていた。で、係りの人の目を盗んでいこうと思ったのよね。
 
 でもせっかく登ったけれど、山の姿は靄の中で今一つきれいに見えない
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 今日の観光は、博物館が休日になっているので明日と入れ替えて行うとのこと。
 
9時ホテルを出発。9時半ころアララト山がきれいに見えるはずという場所に着いたのだが、やはりだめ。
アルメニアの詩人がここでアララト山を見ながらたくさんの詩を書いたらしいのだが・・・。
 でも草原の連なる様子は十分美しいです。
 
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 この後こういう風景の中をバスは進んでいきます。すると、アララト山がすこし顔をのぞかせたようです。
急きょバスストップ。というのも、今回のメンバーの多数の人が目的にアララト山を見たいとしていたからだ。
 私は、ノアの箱舟が漂着したということを聞いていたくらいで全く思いいればなかったのだが、皆があまりにも「アララト。アララト」というものだから、なんとなくつられて見たいような気分になってしまっていた。
 ここで見た山はこんな感じです。
 
 これは大アララットのほうです。アララットは大小2つの山からなっていて、小のほうは富士山みたいです。
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 神聖な山であるゆえに、立ち入ることは不可能とされ、1828年に、パロット教授という人が学生と、エチアミジン教会の修道士とともに山頂に登ったのがこの山の最初の登頂といわれているのですって。
 
 目的のゲガルド修道院についた。駐車場には、お土産のお菓子を売る人が声をかけてくる。丸いパイのほうは昨晩の夕食の時にデザートで食べたし、紙のようなものも長い棒みたいなものも、グルジアで試食したものと同じです。丸いほうは、べイクドチーズケーキのような味で美味しいです。
 
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  教会の背後の崖には、十字架がかけられている。どうやってかけたのだろう?
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 この修道院は、岩を掘って教会の建物としているのが特徴である。中には掘りかけたもののもろくて使いものにならなくてそのままにしてあるものや、掘っていたら穴があいてしまったのでそのままにしてあるものもあったりする。
4世紀に、聖グレゴリウスによって開かれた。13世紀ころ改修が行われ、プロシュ王朝の霊廟としても使用された。主教会のほかにも、祠みたいなものが周りにたくさんある。
 ゲガルドとは、イエスの脇腹を刺した槍の事である。ここに安置されていたので、そう呼ばれるようになったという。肝心のやりは、今はエチミアジン教会の宝物庫に収蔵されています。
 
 遠望イメージ 12
 
入口。
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 これが主教会。
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願い事がかなう泉
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 穴があいてしまっています。
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 ここで少し、自由時間です。
 

 
 セヴァン湖は、海抜1900mのところにある。最大水深99m。対岸には雪を抱いた山並みが見えている。
水上バイク・遊覧船などのレジャーをしている人も・・・。
 
 にちようびとあって湖畔の公園では家族連れやカップルが食事をしている。
 
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 湖を見下ろすように丘の上に立っている二つの教会は、9世紀にたてられた聖マリア教会と12使徒教会である。6時には閉まってしまうというので急いで登っていく。
 
 見学できるのは、聖マリア教会のほうだけである。
 
 
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 こちらが12使徒教会です。
 
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 入口のところにはたくさんのハチュカルが置いてある。内部の祭壇はやはり玄武岩で造られていた。
 
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  丘の上から下を見るとこんな感じです。
 
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 麓に降りてきたら、イランからの観光客が踊っていました。イラン国内では、お酒も飲めないので、友好国であるアルメニアに来て遊ぶのですって! みな楽しそう!でも男ばかり・・・。
 
 
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 この後は一路、エレヴァンの街を目指して走ります。
 
 エレヴァンは人口110万くらい、有名なコニャック工場などもある。アルメニアの首都で南側にはアララット山をのぞむ。ヨーロッパとインドを結ぶ交易路の中継地として早くから栄えた。
 
 建物に使われている石がピンク色なのでピンクの街ともいわれるそうです。夕日に当たるとそれはきれいだそうです。
 
 宿泊したホテルのまん前も大きなお酒の工場でした。石油・酒造会社・たばこ会社を経営している人たちがこちらでは大金持ちのような気がした。
 
 ホテルに向かう前に、夕食をとるという。
 
 テーブルにはサービスのワインがおかれている。「わ!うれしい。サービスだ」
飲めない人の分もなぜか回って来るので、おいしくいただく。すっかり酔ってしまいました・・・。
 
 ホテルのチェックインした後添乗員さんの案内で、歩いて20分ほどの共和国広場まで行ってみました。
ライトアップがされていて、音楽に合わせて噴水が踊っていたよ。ホテルマリオットはこの広場に面して立っています。いいなあー。
 
 ライトアップされた建物。市役所や共和国広場です。
 
 
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 帰りも歩いてきたのですが、酔っぱらっているせいか早く歩けない・・・。こちらの信号は早く変わってしまうので横断歩道を渡るときは急がないといけないのですが・・・、早く歩けませ~ん。
 
 
 

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