好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

カテゴリ:北米・中米 > メキシコ

 
 いま日本で流行りの「きもかわいい」といった感じがする焼き物。
副葬品なのでしょうか?
 
 
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 マヤの人。この顔、チェチェンでくるくる回る踊りを見せてくれた人にそっくりだ。
 
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 面白い顔連発です(*^_^*)
 
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 体育座りをしている。
 
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 魔よけにしか思えないような恐ろしい顔をしている。
 
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  マヤの彫刻。どんな場面なのか・・・。
 
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  球技の様子が描いてある。
 
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 こちらは、チェチェンで見た看板の絵です。こうして絵で見ると様子がよくわかる。
 
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 で次のこの人。相撲取りの土俵入りの様だと思っていたのですが、多分球技の競技者でしょう。
昨日レスラーのようだと書いた彼も、多分球技の戦士です。
 
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 妊産婦さんでしょうか?
 
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  最後にアステカの部屋の様子です。
 
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 2階は、民俗学のフロアになっている。
 
 いずれもパネルから・・・。
田植え。こちらでもインディカ米の栽培がおこなわれている。予想以上においしい。
 
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 リュウゼツランの畑。このようにして栽培しているんだ。
 
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 ミュージアムショップの看板娘達です。買う人おるんですかねえ・・・。
 
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 最後にとてもチャーミングだったガイドのラフィを紹介します。向かって左側の男性です。彼のおかげでいい旅ができました。ありがとう。
 
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 長い間お付き合いくださりありがとうございました!

 
 独断と偏見で自分が気になった物を集めてみました。今まで訪ねてきたところの復習にもなるかもしれません。
 
   テオティワカンの部屋で。胡坐をかいているような格好におもえる。かぶり物が魚と貝に見える?
 
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 なんとも言えない気持ちよさそうな表情に見えてしまう。口をあけているから何か言ってるのでしょうか。
 
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 舌のように見えるのは多分言葉を発しているのだと思われる。
 
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 これ私はどうしても宴会をしているように見えてしまう。ノンべだから?
 
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 レプリカですが、とてもきれい。実物を見てみたかったです。カシュトラの壁画。
 
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  ピカソの絵のようだ!
 
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 巨大な戦士
 
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 手を挙げているようでなんとなくかわいい感じがしてしまう。なんかかぶり物をかぶっているのかな?
 
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 精巧に貝でつくってある。狼のかぶりものをかぶった人間のようにみえるが・・・・?
 
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 これが実際に球技に使われたゴムの球です。我々の想像するゴムとはかなり違う。重たそう。
 
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アステカの神話。サボテンにとまる鷲が描かれているようだ。
 
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 アステカの部屋で。左側の人物のはいているのがスカートに見えてしまうのでカップルと勝手に名付けた。
 
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スペイン人の手引書。当時の人も理解するために苦労したんですね。
 
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 アステカの部屋で一番有名というよりこの博物館の一番の宝かも。太陽の石です。
直径360センチ。中央の太陽の周りに複雑な模様が描かれたアステカのカレンダー。
 このカレンダーをもとに、農耕歴に従い労働し、節目ごとに生贄をささげたという。
 アステカ崩壊後、メキシコの中央広場あたりにほおってあった、その後、この石を見てインディヘナに人々が礼拝する様子を見て再び埋め戻され、1790年にふたたび発見されたのだった。
 
 
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 アステカ。コアトリクエは大地の女神であり、死の神でもある。そして他の神々を生んだとされる。腹部にある切り落とされた首から出た血が2匹の蛇となっている。同じようなものをチェチェンの球技場の壁画で見ている。
 
 
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 後ろ姿も怖い。
 
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 ケツァールのはねでできた王のカンムリ。本物をウィーンで見ました。こちらはレプリカです。何故ウィーンにあるのかしら?
 
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 ラベンダ遺跡の巨頭像。やはり黒人の特徴を持っているように思える。
 
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 なにしているのかしら?戦っているのは間違いないが・・・。
 
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 続く。
 
 

 
 昨日人類博物館でレプリカを見ていた。その時は、ふーんという感じで通り過ぎていたのだが。
現地で修復の終わった実物を目の当たりにしたら・・・なんて生き生きとしているんだと。
 ポンペイでフレスコ画を目の前にした時も興奮したが。
 
 
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 漫画の吹き出しのように口から出ているのは、おしゃべりしているのを表しているとのこと。
こうして見ると皆よくしゃべっている。おまじないや祈りなのかしら?
 
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 こちらは、川で泳いでいるのか髪を洗っている人もいるように見えるのだが・・・。
 
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 ものすごく色も鮮やかでしかも細かに描かれている。整然と並んでい行進しているように見えるところが好き(^^♪
 
 
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 種をまいているところらしい。ケツアールの冠をかぶっていて、服装もよくわかる。
 
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 この後、ようやくおひるです。手元にはほとんどお金が残っていない。隣人と2人合わせてようやくビールにありつけた。このビールのおいしいこと(^O^)
 
 市内に戻ってきました。途中、グアダルーペ寺院に立ち寄った。ここは、日程表にはなかった場所だ。
なんでも褐色の肌に黒い髪を持ったマリアが祀られているのだという。
 
 メキシコのインディオの男性の前にマリアが現れ、聖母のための聖堂を建設するように求めたという。男は、それを振り切って行こうとするとマリアはそれを遮り、病気の親類の回復を告げる。
 親類の家を訪れた男は、病気の治った事を知る。そして、マリアに印として司教に花を持っていくように指示された。男は、花をマントに包んで届けた。
 マントを広げるとそこにはマリアの姿がくっきりと表れていたという。これはカトリックにマリアの出現として認められているものだという。
 
 その聖堂は、テペヤックの丘を占拠する広大な寺院となっている。
奥に見えている建物が、奇跡の有った場所に建てられた礼拝堂だ。
 
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 1709年に建てられた古い聖堂は、地盤沈下のために傾き、1976年隣に体育館のような新しい聖堂が建てられた。新聖堂は2万人収容できるようになっていて、毎日大勢の人々が訪れミサが行われている。
 
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 我々も中に入らせてもらい奇跡のマリアと対面します。
 
 マイクを使ってミサが行われています。ここはローマ法王も訪れてミサを行った。信仰に厚いメキシコ人の中でも貧しい人々の圧倒的な支持を得ているそうです。
 
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 膝行参拝を行う人。これは特別な願いをかける信者さんが、こうして膝で祭壇まで進んで行く。すりきれて血のにじむ痛みをこらえてこそということか・・・。チベット仏教の五体投地を思う。
 
 
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 聖母は、地下にありました。しかも動く歩道の上からしか見られない仕組みになっていた。それほど大勢の人々が集まってくるということなのか。この日はガラガラでした。ロンドンのイギリス王室の王冠を見る部屋もこうして動く歩道になっていた事を思い出した。
 すごいなあ!
 
 
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 最後の観光場所であるメキシコ自治大学に向かいます。北から南に向かって市街を横断していく格好になる。
 
 自治大学のラテンアメリカ有数の大学で広大な敷地の中にいくつかの建物や公園が点在している。それ自体が1つの町を形成しているのだ。
 道路を挟んでオリンピックスタジアムがあった。メキシコオリンピックが開催されたときにメイン会場となった場所だという。
 
 正面にリベラのてがけた壁画がある。左に聖火を持ったランナーもちらっと見えている。昔の競技場はシンプルだったのだな。
 
 
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 地下道を渡って大学の図書館に行きます。芝生の上では学生達が寝転んだりしてそれぞれの時間を過ごしていた。
 
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 図書館の南には本館があり、そこにはシケイロスの立体壁画を見ることができる。
 
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 こちらが図書館の壁を飾っている世界最大規模の壁画。2007年に世界遺産に登録された。
ファン・オルゴマンによるモザイク壁画は天然の色の違った石を使って描かれており、4面それぞれのテーマで制作されている。見えているのは、西側の学生達の現代メキシコに置ける役割を象徴していると場面と、南側のスペイン植民地時代を描いている場面。
 
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 こちらは北側のアステカ文明を描いたもの。
 
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 残る東側は、太陽と月・宇宙・科学などがテーマになっている。
 
ここから空港までは、何もなければ1時間ほどで到着できる。
 メキシコがこれほど素晴らしい文明・食べ物に満ちている場所とは、知りませんでした。
 
 帰りは、ティファナに途中立ち寄り人員の交代と燃料の追加を行うのだが、我々は機内待機なのだ。
 
 
 
 

 
 テオティワカンは、紀元前2世紀ころから紀元8世紀ころまで存在していたとされる。ここには独自の文化が生まれている。他の文明のように長い時間をかけて整備されて行ったのではなくて、まず南北を貫く道路を築きそれに基づき短時間に建物が建てられていった。そしてわずか百数十年の間に二十万平方キロにも及ぶ広大な都市を完成させている。
 350年から650年の最盛期には、人口二十万以上を有していたとされる。当時のヨーロッパでも、コンスタンチのブルでも人口が二万位だったことからも、テオティワカンの大きさがわかる。
 
 そしてここには、球技場がないのだ。他の文明では必ず存在が確認されているのに・・・・。
 
 そして、この都市には、王族・神官から商人、農民までが一緒に暮らしていた点でも他とは大きく違っている。平和的な神政国家は、政治をつかさどる神官をはじめとして、職種別に各々の地域に分かれてくらしていたのだ。
 
 頂点に位置する人々が暮らしていた住居あと。
 
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 ジャガーの神殿に入っていく。
これらも漆喰で固めて彩色されていた。
 
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 ここには、ケツアールやホラ貝を吹く毛の有るジャガーの図などを見ることができる。
 
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 ここにはなんと水洗トイレもありました!ローマ遺跡などでも水洗トイレは有るので昔の人も快適なトイレを求めていたのかなあ。
 
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 ジャガーの神殿と隣り合って建っているのが、神官たちの居住区と考えられているケツァルパパロトルの神殿だ。ここはテオティワカンでもっとも完全に近い修復ができたという場所だ。
 
 柱の部分は、彫刻だけでまだ彩色がなされていない。
 
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  このあたりは、高くなっているので月のピラミッドがとてもきれいに見える。
高さ42m、底辺150×130とあるから正四角形ではないのか。
 350年前の建造。ピラミッドの前の広場の大きさからすると、月の方が重要度は高く、大きな宗教儀式はこちらで行われていたのではないかと推測されている。
 
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 そもそも「月、太陽」という呼び方は、のちにここにやってきたアステカ人が、荘厳なピラミッド群をみて「これこそが神々が建てた都市である」と信じ、彼らの宇宙観であるところの「太陽と月の神話」の舞台としたからだ。
 神が造ったものと思わせるほどの巨大で整備された都市だった事が想像できる。
 
 遺跡の建物は、タルー・タブレローという様式で造られている。傾斜する基壇の上にさらに基壇を積み重ねて行き、巨大なピラミッドを形成していっている。
 当時は今のように石がむき出しになっているのではなくて、彩色されていた。
 
 
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 今は頂上まではのぼることが許されていません。途中まで・・・・。
月から見た光景。死者の道、広場を取り囲むいくつかの建築物がよくわかる。
 
 
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 さあ、我々も死者の道を歩いて太陽に向かいます。
この名をつけたのもアステカ人だ。彼らがここにやってきた時、両サイドに小山がいくつも並んでいて、それを墓と間違えたからだ。ここを、道路では無く、水路だったとする学者もいる。実際はどうだったのだろうか?
 
 
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 この道に対してほぼ直角に交わる道があった事が明らかになった。道の東西南北は、星と関係があるという学者も・・・。北と南では高さが違い、南に向かって緩やかに2.7mほど傾斜している。
 
 途中にジャガーの絵が描かれていました。何だかユーモラスな感じだ。
 
 
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 太陽のピラミッド。想像していたより傾斜が緩やかだと思った。
赤いネットが興ざめではあるが仕方がない。
 高さ65m、底辺225mの巨大な建造物である。世界で3番目のおおきさだという。平坦な頂上の上には、神殿があったとされる。
 年2回太陽がピラミッドの真上にやってくるとまるで後光が差しているように見えるのだそうだ。これは計算されて作ったものだと考えられている。本当に彼らの天文学の知識はどこから得たものだろうか?
 
 
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  ここも、古い神殿の上に新しい神殿を覆うように造ってある。階段は、全部で248段、傾斜が緩やかなので一気に登れました。
 
 
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 太陽から見た月。
 
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 この後、食事に行くのかなと思ったらもう一か所案内された。自分にとってそこは素晴らしい場所になりました。ともかく色がきれいで生き生きと壁画が描かれているのだ。
 
 
 
 

 
 最後の朝の散歩。教会なんて有りそうもないビルの谷間みたいなところでも祈りはささげられていました。メキシコの人の信仰の深さを思いました。
 
 マルケーが何となく変?パクリでしょうか?
 
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 ホテルの近くの歩行者専用道路。
 
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 ホテルには戻らず、観光が終わった後そのまま空港に向かうので、日本の寒さを考えて荷造りをする。テオティワカンまでは、50kmほどの距離だ。朝のラッシュ時間だが向かう方向が反対なので割とスムーズです。
 
 立派なオペラ座。ベジャス・アルテス宮殿だ。総大理石作りで、1905年イタリア人建築家によって着工されたが、メキシコ革命が起こり中断してしまった。その後、メキシコ人建築家に引き継がれ1934年に完成をみた。劇場内部には、シケイロス、リベラ、タマヨ、オロスコらの壁画があるそうです。
 
 車窓から。
 
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 中心地を北に出たあたりにあるのが、3文化広場と呼ばれている場所。16世紀建造のサンティアゴ教会、その前にアステカ時代の遺跡、そしてそれらの背後に現代の建物があるので「3文化広場」なのだそうです。
 アステカの遺跡を破壊した石材で教会が造られた。
 
 ものすごい逆光。雰囲気はなんとなくわかるが・・・。
 
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 郊外に出ると進行方向にこんな光景が広がります。山肌にビッシリト家が。ペルーのリマを思い出した。
 
 
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 遺跡に到着。先に、はずれの方のケツァルコアトル神殿を見ていくのだ。
テオティワカンはこんな感じに並んでいて、ケツァルコアトルは一番下に見えている部分です。
 真ん中の道路が、死者の道で、中間地点にある大きなピラミッドが「太陽のピラミッド」、つきあたりの建物が「月のピラミッド」だ。
 
 
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  ここから歩いてピラミッドに向かう人。やく2kmほどあります。
 
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  このような城壁に囲まれた一番奥に神殿がある。
復元図と現在の城壁。
 
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 ここで面白いものを見せてもらった。コチニールです。サボテンの葉っぱにくっついた虫を潰すときれいな紫が・・・・。
 白く見えているのが虫だ。
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 ここでは今も発掘調査が行われているそうで日本人の杉山三郎という大学の先生が中心だというので帰国してから調べてみたら地元の大学でした。
 
 神殿はこのようで、骨はこのように並べられていた。昨日博物館でも復元したものを見ている。
 
 
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 で今はこんな感じです。
 
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 チャックとトラロックがきれいに残っている部分もある。
 
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 ここから見た太陽と月のピラミッド。
 
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 再びバスに戻りピラミッドの方に向かいます。
途中たくさんのこんな木を見かけた。赤い実がびっしりついている。「コショウの木」というのだそうだ。
 コショウといっても我々の食べるものとは違うのでおなかを壊すそうです。
 
 
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 遠足の子供達。そばのおとなは、先生では無くてもの売りです。小学生相手に弓を売ろうとしている。
 
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  最初は、貴族の居住部分から見て行きます。
 

 
 彫刻も素晴らしい。長い年月が完成までにかかったので建築様式が入り混じっている。
重厚なドアから中に入ります。
 
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 メキシコに来てこれほど素晴らしい宗教建築や装飾に出会えるとは思ってもいませんでした。
芸術というものは、おかねをかけないと立派なものが残らないのだなあとあらためて思う。
 
 バロック様式の装飾。
 
 
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 民族的な部分も見られる。
 
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 真ん中に聖歌隊席のある様式。回廊部分の装飾は割とシンプルで、柱や天井もこんな感じです。
オルガンは、立派なものだ。
 
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  主祭壇
 
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 これは、ここでしゃべった悪口が漏れないようにと鍵をかけるそうです。大きな鍵の人ほど、腹にたまっている事が多いそうだ。内緒話の中身は・・・・。
 
 
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 ふたたびバスに乗って、人類学博物館へと向かう。
市内を横切っていく感じかなあ。
 これは国立美術館の前です。先人のような格好をした人達がお土産を売っているようです。
 
 
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 街を走っていて思うのは、割とアールデコの建物が多いことだ。
 
 
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 独立記念塔。1910年に独立100年を記念して造られた。塔はコリント様式で高さ36mで、首都のシンボルとなっている。塔の内部には、独立運動の英雄、イダルゴ神父やモレ―ロスなどが眠っているそうです。
 
 
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 人類博物館の有るのは、広大なチャプルテペック公園の中だ。この公園の中には、他にも動物園や美術館といった施設がある。ここはアステカに時代には、保養地だった。
 
 博物館には、メキシコじゅうから出土されたものが集まってきている。
建物も少々変わっています。どうしてこのような巨大な屋根をたった1本の柱で支えられるのだろうか?
 
 
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 やねのしたから見上げると。
 
 
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 まずは、テオティワカンに展示室から。ここは明日行きます。
 
 復元されたケツァルコアトル神殿。トラロックも彫刻されている。
 
 
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こちらは、月の神殿の前に建っていた雨の神「チャルティトゥリクエ」オリジナルです。
 
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 まだまだ続くのですが、旅行記の最後にもう少し紹介したいと思います。
ホテルは、中心部。入国以来初めて日本人のツアーに出会いました。さすが首都です。キューバやペルーに行く人もここでトランジットする場合もあるのだ。
 
 明日は最終日、テオティワカンに向かいます。
 
 
 
 

 
 階段をのぼりながら壁画を見ていく。
 
 中央に描かれているのは、伝説に出てくる蛇をくわえてサボテンの上にいる鷲。
アステカ人といわれる人々がこの鷲を探して南下してきたところ、廃墟となったティオテワカンを見つけたのだとか。彼らは、そこから50kmほど先に都を建設して今のメキシコシティの元となった。
 
 
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 スペイン人がやってきた。彼らは馬なども持ち込む。ナチスのハーケンクロイツも見られる。左下の辺りにフリーダの姿がある。
 
 
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 反対側の階段部分には、ケツアルコアトルや火山、ケツアールの王冠をかぶった王などが描かれている。
 
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テノチティトランが描かれている。埋め立てて造られた様子も描かれている。そういう技術を兼ね備えていたのだ。
 
 
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 これは、人々の日々の暮らしを描いたものか。食事の支度などの様子がわかる。
 
 
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 これは宗教行事か戦いの儀式か?
 
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 当時貴重だったゴムの採取。
 
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 こちらはトウモロコシの栽培の場面。トルティーヤもつくっている。
 
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 西洋人がやってきて暮らしは一変する。これら一連の壁画は、素晴らしい叙事詩だ!
でもここからあとは有りません。
 
 
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 外に出てカテドラルに向かいます。道路には違法に商売をしている人がたくさんいます。彼らは風呂敷商人(スペイン語に風呂敷はないが)と呼ばれ、風呂敷の上で商品を並べ、警察が来ると風呂敷を包んで逃げるのだという。
 
 
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 テンプロ・マヨールまでやってきました。
1913年、カテドラルの裏手でアステカ遺跡の一部とみられる地下へと続く階段が見つかった。
 さらに1979年には、アステカ神話の月の神コヨルシャウキの像が描かれた石板が出土した。これは1450年ころから1500年のものと思われ、発掘が始まったのだ。
遺跡は、アステカの都テノチティトランの中央神殿だったのだ。ここは外から見るだけです。
 
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 カテドラルまでやってきました。メキシコカトリックの総本山だ。
 

 
 今日はメキシコシティに戻ります。
ゆっくりするつもりだったが、どうしても朝日と海が見たくなり結局ビーチサンダルにスッピン寝起きのままででビーチに向かった。
 
 同じことを考える人は、いるもんですね。そこですこし離れた場所に向かうことにした。
昼間の華やかさがウソのようだ。
 だから朝の散歩はやめられないんだよね(^^♪
 
 
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 波打ち際を歩いていると2羽のカモメが飛んできた。そしてそのままじっとしている。逃げていくようすも全くなく、ただただそこにいる。
 
 結局朝日が昇りきるまで私のそばにいてくれたのでした。
カモメにしてみればただ餌を欲しかったのかもしれませんが・・・・・。
 
 
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 この日は、あいにくいくら待っても雲がとれなくて・・・。カモメに見送られてホテルに戻ることにした。
遊んでくれてありがとう!
 
 
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  ホテルのプールもこんな感じです。静寂そのもの。
 
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 カンクンでは、自動チェックインではない。空港も大きくないので必要がないのかも・・・・。
 
 11時近くに離陸。メキシコシティまでは、2時間半ほどかかる。お昼はついていないので、ホテルで作ってもらったランチボックスを頂きます。
 
 空港では、ラフィに再開。ドライバーの方は違う人物になっていました。
彼はアーチストでもあるので、こんな絵を描いていてくれた。紙も地元のものです。多分オアハカで買ったのだと思う。
 
 
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 日曜日なので思ったほどには渋滞がないのだが、それでも1つテンプロ・マヨールの入場がなくなり外からの見学に変更になってしまった。
 まあこれは承知していたことなので仕方がありません。
 
 まずはバスを市の中心地まで走らせます。
 
 到着したのは広い広いソカロ。広場には大きな国旗が立っているが重くてはためくことができない。( 一一)
 
 
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  標高2240m、人口890万人くらい。盆地なので以前は排気ガスがたまってしまい空気の汚い事で問題になっていたが、日本の援助などで解消。今ではとてもきれいになっていました。
 
 ソカロを取り囲むようにコロニアル建築が並んでいる。どれもとても大きい。実はこの大きさが厄介で埋立地の上にある街は、地盤沈下がとても激しいのだ。
 カテドラルは明らかに傾いているのがわかりました。
 
 
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 大勢の人がいるのですりに気をつけてと言われる。確かに田舎ばかり回ってきた我々は、ぼんやりしているかも・・・(>_<)
 
 最初は、国立宮殿に入ります。セキュリティチェックが入る。中には軍人の姿も見られました。
 
 
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 ここは、アステカ時代にモクテスマ2世が、居城としていたところだ。
スペインのコルテスが破壊し、植民地の本拠地とすべく宮殿をたてた。17世紀に、大改築を経て現在の姿に至る。
 
 
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 ここの見所は巨匠リベラ最大の壁画「メキシコの歴史」である。正面階段から始まり、2回の回廊まで続いている。彼は、この広大な宮殿の壁全部を埋め尽くしてしまいたかったのだが、回廊の半分ほどのところで中断してしまう。
 
 
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 力強い色彩と太い線が圧倒的な迫力で迫ってくる感じだ。
階段の正面で・・・。
 
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 たのしみだあ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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