好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

カテゴリ:カリブ海の国々 > キューバ


 ちょっとくどいかなとも思ったのですが、かっこいいので・・・。さらっと流してください。

 ヘミングウェイの邸宅の駐車場で

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 ビニャーレス渓谷の駐車場で。タクシードライバーは若者が多い気がします。

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 コブレのマリアの駐車場で。

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 ハバナの海岸通りをさっそうと走っていました。タクシーでは、無かった。

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 ぴかぴかで顔が映りそうです。

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 後姿もかっこいい。

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 この場所は、タクシーのたまり場になっていました。

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 この白い車は、小さいしなんとなく雰囲気が違うような気もしますが・・・
 
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 色違いで

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 アニメーションにでてきてしゃべりだしそうな車。

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 ゲバラの家の近くの公園で。

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 本当に大事にしているのがみている側にも伝わってきました。


 ホテルと同じ通りにはコロニアルな建物がたくさんある。
これらに面した通りが旧市街のメインストリートオビスポ通りだ。

 海の方向へ行くと旧総督邸やアルマス広場がある。

 
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 スペイン航海時代の象徴を表しているのだろうか。

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 幾何学的なステンドグラス

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 アルマス広場の辺りには古書市場がたっていた。

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 広場の真ん中には、セスペデスの像があり、大王ヤシが風に揺れている。
旧総督邸もこの広場の西側にあります。

 旧総督邸。1772年の建設。今は歴史博物館だが、残念ながら閉館時間が迫ってました。

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 建物の前の道にも注目。石ではなくてキューバ産の木材がレンガのように敷かれている。
これは、馬車の足音を軽減するために考案されたそうだ。

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 素敵なエントランスのある建物。なんだろうか?

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 カテドラルの方に歩いていく途中で・・・。
一部がガラスに建て替えられた教会。

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 いつでもどこでも音楽を

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 路地で。様になっている。

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 壁に描かれた植民地時代の風俗画
 
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 カテドラル。思ったより閑散としていた。
1555年サンチャゴから首都が移された時から最大の信仰を集めるが、現在の建物は1704年の建立です。キューバ風バロック様式というのだそうだ。ここ礼拝堂は使われていて入ることができなかった。
 今回は、入れないところが多かった気がする。
正面の2つの塔のうち右側の塔には重さ7トンの鐘がある。

 
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 相結婚式があげられようとしていたのです。

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 花嫁の到着を待つ新郎でしょうか?花嫁とはこの後バスに乗り込むところで会いました。なので彼は、かなり待ちぼうけだったということになる。

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 広場には17世紀の石畳が残り、周囲を囲んでいる家々も18世紀前半に建てられたものだ。
うろうろしていたら声をかけてきた男性。

 
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 バスに戻る途中で、コスプレした犬と観光の記念に写真を撮ろうとしたら大泣きしてしまった子供とどうしていいのか困った様子の犬が。

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 親の思うようにはいきませんよね。

 これで観光は終わりです。本当はじっくりと博物館や美術館を巡りたかったのですが時間がなかった。
もう1日あれば完ぺきだったのだが・・・。

 今日の夕食はついていないので、有志で近くの5つ星のホテルのレストランに歩いていきました。
我々のホテルとはかなり様子が違う。お金を出せばそれなりの待遇がもらえるのだが、こういうところから売れて行くので思うようにはいきません。

 
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 最後の晩餐はイタリアンでした。
明日の早朝には、ホテルを後にし、トロント経由で帰国します。

 これほどの大勢の観光客だとはちょっと誤算でしたが、まあそれも思い出です。

 

 


 通りの向こうにどこかで見たような建物が・・・・。そうだアメリカの議事堂に似ているんだ。
これは旧国会議事堂だそうです。

 アメリカの議事堂をモデルに1929年に建設された。

 
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 こういう狭い通りを歩くのって本当に楽しい。目がきょろきょろしてしまう。
こんなので売れるのでしょうか?

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 クリスマスが近かったのでお店も働いている人も何となく楽しそう。

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 社会主義とはいえやはりこういう人もいます。人形を操る芸で稼いでいるようでした。

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 小さな子供達。手を振ったらなんと投げキッスを返してくれた男の子が・・・。こんな小さいうちから女性の喜ぶことを知っているとは・・・(^◇^)

 高校生も制服を着ていました。

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 銃砲店かと思ったら博物館の様です。キューバでは、銃の所持は禁じられているそうで、ガイドさんいわく「安全だよ」ですって。犯罪は少なく、旅行者も安心してうごけます。

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 面白い看板?タバコ屋さんとありますが、この格好はどういう場面なのかなあ?

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 これがヘミングウェイが滞在していたホテル「アンボス・ムンドス」です。邸宅を購入する前に、ここに長期滞在していた。宿泊者は無料でそうでない人は有料で511号室は見学できます。

 
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 レセプション

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 当時のエレベーターが今も動いています。階段でも行けますが、とりあえず乗ってみよう。

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 511号室に入ります。
思ったよりずっと狭い。ベッドも小さいし、彼には窮屈だったのでは・・・。

 
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 屋上にも行ってみよう。

 壁がおしゃれだ。

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 レストランやバーもあるので景色を楽しみながら食事ができます。

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 その屋上からの景色。

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 この大きな建物は、旧総督邸、今は博物館になっています。1902年から20年までは大統領官邸として、その後1958年までは市庁舎だった。

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 ホテルを出て、この旧総督邸の方に歩いていきます。


 ハバナ湾を見下ろす位置にあるゲバラが革命後にハバナで最初に住んだ家。
革命前は、バティスタ大統領の義兄弟が住んでいた。

 目の前には、白いキリストの像がある。

 
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 展示してあるのは、医師でもあったので医療用品やカメラなどと写真など。
ベッドルームやチェスルームには当時の家具がそのままに残っていました。

 
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 ベッドルームにかけられていたカストロとの写真。この部屋で撮影された。

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 この写真いいと思いませんかあ?ゲバラってこういう表情をする人なんですね。

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 ボリビアから骨が返されたときの棺。もちろんこれは本物ではなくてレプリカですが・・・。

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 続いてもう一つの要塞モロ要塞に向かった。
16世紀に建造され、対岸のプンタ要塞との間に太い鎖が渡され、行き来する船を管理していたという。しかし1762年、イギリスがモロ要塞を襲撃し、ハバナは事実上イギリスのものとなってしまった。
 一年後スペインは、フロリダと引き換えにここを取り戻すのだが、2度と占領されないようにとカバーニャ要塞を造り防御を高めた。結果モロ要塞は、要塞の必要性が無くなり、監獄として使用された。
 高台の先端にあるので、灯台は現在も使用されている。

 対岸から見たモロ要塞

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 このように守っていたのだろうか?

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 内部から灯台を見上げると・・・・。

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 再びトンネルをくぐって昼食をいただき、旧市街の散策に向かう途中海岸通りにある支倉常長の像を見学する。
 支倉常長の名前は知っていても、キューバと結びつかずなぜハバナに銅像があるのかさっぱりわからない。

 1613年、伊達政宗の命により慶弔使節団としてメキシコ経由でスペインに到着した。その時に立ち寄ったものらしい。帰国したのちひっそりと生涯を閉じたとされる支倉常長だが、こんな遠い異国で太陽をさんさんと浴びることになるとは・・・天国で苦笑しているかもしれない。

 仙台育英高校の関係者が中心になって建立したようです。

 
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 像のある海岸通りはこんな感じ。いかにも常夏という感じがする。

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 旧市街のへはここサンフランシスコ広場から入りました。

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 クリスマスも近いのでツリーが飾られていた。ここが居心地がいいのかぐっすりと・・・。

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 狭い通りを、16世紀に造られたというビエハ広場に向かいます。
周囲をコロニアル建築が取り囲んでいるが、老朽化が進んでいた。そこで遺産を残すプロジェクトが発足し、見事に修復されかつての広場の様子がよみがえったという。

 
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 大勢の人が休んでいる。奥の右側の建物が広場で一番古いものだ。

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 建物には回廊が取り付けられているので日差しや雨を防ぐことができる。

 
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 邸宅には、中庭があり光が入るようになっている。

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 広場には、こんな鮮やかな衣装を着た女性がお土産を売っている。ちょっと一休みでしょうか。

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 この広場から北に向かっていくと、ヘミングウェイが滞在していたホテルに行ける。


 オールドカーの紹介は、ちょっと置いておいてハバナの市内観光に出かけます。

 ハバナ市内では、旧市街と要塞群が世界遺産に登録されています。
 街は、大西洋に面しており、観光の中心となる19世紀以前のコロニアルな建築物が多く残されている旧市街と、運河を挟んだカサ・ブランカ地区には要塞があり、海底トンネルで結ばれている。
 
 ホテルのあるあたりは、新市街で旧市街まで行く手段はタクシーかツアーバスを利用するのが便利だ。

 ホテルを出発してしばらく海沿いの道を走っていき、途中から右折して街中に入ってゆくと、大きな広場に到着した。ここが革命広場だ。
 メーデーなどの国家評議会議長の演説の場として知られており、時には数十万人もの人々で埋め尽くされるという。広場の周りには、内務省、情報通信省、郵政省の建物があり、さらに少し奥まったところには、ラウル・カストロのオフィス、共産党本部がある。ここはまさに国家の中心なのだ。
 
 
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 向かって左側内務省の壁にあるのがゲバラの顔。光の当たり具合が悪いので、なんだかよくわからない。

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 右側の郵政省の壁には2009年になってカミーロの顔が現れた。革命時には活躍したカミーロだったが、その後乗っていたセスナが墜落して死亡。モニュメントは死後50年を記念して造られたものだ。

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 くるっと振り返ると一段と高い建物が見える。高さ190mの星形の塔はホセ・マルティ記念博物館だ。以前は、共産党のオフィスとして使われていた。星形は、独立を意味しているそうです。
 ホセ・マルティは、第一次、第二次の独立戦争に参加、指導したキューバの英雄である。

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 丸くないバイクタクシーがずらっと並んでいる

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 続いて要塞群に向かいます。車窓からはガイドさんの母校ハバナ大学がちらっと見えた。重厚な感じでいかにもという雰囲気である。

 
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 海底トンネルを通りカサ・ブランカ地区に入った。

 最初は、カバーニャ要塞に入ります。広大な敷地の要塞は、1763年より10年かけて建設された。新大陸においてスペインが建設した要塞の中で最大の要塞だという。
 教会、武器庫、ゲバラの執務室などを見たのち、壁の上からハバナ市街を見てみた。

 
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 橋が2つあるということは2重の濠になっているということだ。

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 教会。
 
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 教会の屋根の上にも上れます。

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 武器庫には投石機やぶち当てて壁を破壊する道具が復元されていました。ふーんなるほど・・・

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 ゲバラの執務室の様子。彼は、革命政権樹立後、国立銀行総裁に就任、さらに工業大臣として政治と向き合うことになったのだ。
 そんな中彼は、1959年の7月に通称使節団を引き連れて日本を訪問している。そのとき彼は、トヨタ・三菱重工・ソニーなどを視察するなど精力的にいろいろな場所を訪れている。
 そして広島に向かい、資料館や病院を訪れた。しかし当時の新聞は、朝日が揶揄的に報じたのみで、他紙は一切無視したようです。

 
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 壁の上から見たハバナの街。

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 海に向かって並ぶ大砲。スペイン時代の制服を着た兵士が毎晩21時から太鼓をたたきながら行進し、大砲を発火させるという儀式は、150年もの間続けられているそうです。

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 すぐそばのゲバラの家に向かいます。


 ハバナの観光に入る前に、キューバと言えばこれというくらいオールドカーが現役で走っていることでも有名だ。
経済封鎖を受けていたので、ものを大事にせざるを得なく、結果として観光資源に生まれ変わったわけだから、
世の中というものはおもしろいです。

 車にあまり興味がなく詳しくない私でしたが、見ていても楽しかったので紹介してみます。
案外たくさんになってしまったのでびっくりです。

 系統立てて紹介する知識をもっていないので見た順番に並べてみました。

 
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 オリジナルなわけではなくて、さまざまに変化をしています。外観は古くても中身は新しいものと言ったことも有るそうです。

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革命前は、アメリカの車が主流で、革命後はソ連車が大量に入って来ました。現代はというとバスなどは中国製が多く、韓国製も多い。現代車はとても高くて一部の金持だけが乗っているようでした。

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観光用に使っている車はぴかぴかだが、そうでない場合は塗装も剥げてしまっている。地方よりもハバナの方が車が綺麗だ。

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運転席はものすごくシンプルだ。

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ヘッドマークが素敵だ。

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 革命博物館別館は、ちょっと興味深いです。

 革命の際に使われた戦車や戦闘機などが展示されているのだ。

 
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 ソ連製のものやアメリカ製のものだという。

 
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 こういうものは、生々しいので実感として伝わってくる。

 
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 車も・・・。

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 厳重なガラスの建物に保管されているのは、メキシコから戻ってくるときに使われたグランマ号。
このヨットにカストロやゲバラ達がのっていたのだ。

 ガラス越しでしかも部分なので分かりにくくてごめんなさい。後ろに3分の2位があります。

 
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 戦士の墓もありました。

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 最後に・・・・・。本館の壁には、アメリカの指導者を揶揄した風俗画が描かれていました。
アメリカとの国交が回復したらこの絵は、どうなるのだろうか・・・。

 
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 今晩は、夕食の後希望者だけでキャバレーに行くことになりました。
私はもちろん参加です。値段は130ペソなので結構な値段がする。ドリンク付きですが・・・。

 席によって値段が違うそうです。キャバレーは、生まれて初めてですがあんなに豪華なものとは思ってもみなかった。

 ミュージカルからバレエ、オペラ、アクロバットダンス、と宝塚みたいな踊りまで何でもで、2時間休憩なしでした。

 
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 バレリーナがここのシンボルだそうです。2000人収容の野外ステージはダイナミックで洗練されておりあっという間の時間でした。

 
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 あしたは、ハバナ市内の観光の続きです。


 旅も終わりが見えてきました。
予定より少々早くハバナに着いたので、明日見る予定だった革命博物館に立ち寄った。

 建物前には戦車が置かれていた。

 
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 以前は城壁があったという。その名残です。

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 博物館正面。

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 入り口付近から。

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 革命までは、バティスタ政権の大統領官邸だったというだけあった華麗な宮殿といった雰囲気です。

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 アーチと回廊が建物の回りを巡るスパニッシュ・コロニアル様式です。
各部屋の展示物とのギャップが激しい。

 
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展示されているものは、写真や書類などが多い。
 この部屋は会議室だったようだ。

 
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華麗な宮殿とはなんとなく似合わないカストロさんの肖像画。

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メキシコから送られたという像。

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 腕を組んで更新するゲバラ達

 
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 作戦図。航空機に関するものらしい。

 
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 一階に降りて中庭に出ると、弾痕の跡が生々しい。政府軍側のものと革命軍のものとが両方対峙して残っている。
 こちらは、外から中に向けたものだから革命軍の撃った弾痕跡だ。

 
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 ここを抜けて別の建物に移動します。

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