好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

カテゴリ:北アフリカの国々 > アルジェリア


 18世紀後半に造られたパシャ宮殿。ナポレオン3世は、ここに滞在しています。

 訪問した人はここで待たされる。

 
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 1階は、発掘されたものなども展示してありました。

 これは何でしょうか?
赤ん坊の乳首だそうです。こんなの赤ん坊が使えるのだろうか?

 
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 上階へ行くと中庭があった。元々は屋根はなかったのだが、フランス時代にガラスの天井を付けたのだという。

 
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 当時使われていた家具や生活用品、衣装などが展示されています。

 レースの様な繊細なベッド。金属製です。

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 居間だそうです。

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 髪飾りと足環。

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 これは、昔のトルコ式トイレ。もちろん今は使えません。

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 ここには屋上があり、そこから街の様子が一望できます。
屋根の上というのは、人目に触れないのでいっそう汚い気がします。

 火災が発生したらひとたまりもないだろう。消防車は入れないし・・・。
 
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 屋根の上で子猫が一人遊びをしていた。屋根の上を伝ってどこまでも行けるのだろう。

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 再び路地歩きに戻ります。

 
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 大きなドア。

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 もう1つ、中を公開している建物がありました。
この部分が待合室です。

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 中庭には噴水があり、そこでは鯉が飼われていました。

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 下まで降りてきました。大修理中のケチャウ・モスク。12世紀建造で、モスク~カトリック教会~モスクという風な使われ方をしてきました。

 
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 休日でしたので、大勢の人が買物をしていました。初めて緊張感が走る。

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 人ごみを抜けようやくバスに乗り込む。警官はここでお別れです。ありがとうございました。

建設中の大モスクの展望台。ミナレットを兼ねるらしい。できれば世界でも有数の規模になり観光的にも期待されている。

 
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 大きなショッピングセンターは、人々で賑わっている。ショッピングセンターが、レジャーという傾向はどこの国でも同じである。私は、日本円で200円ちょっと残っているだけ。何が買えるか心配だったが、テーブル塩・お菓子・コーヒー豆を挽いたものが買えました。実は、税金分の計算がうまくできなくて、レジで12円ほど足りなかった。どれを返すか迷っていたら、隣のレジの仲間が恵んでくれた。感謝です!

 こんなに買えるなんて驚きだ。でも塩は、ふたのフィルムに亀裂入っており、まともなものを探すも1つもなかった。仕方なく持っていたサランラップで包み直しです。添乗員さんが進めるので買いたかったのだ。

 コーヒーは、アラビア式でしたが、ドリップでも問題無く、お菓子は2日で胃袋に消えてしまった。


 魚売り場で売られていたサメ。

 
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 空港で買ったものをスーツケースに詰め替え、出国です。待合室で出会った女性。民族衣装が素敵なベルベル人です。

 
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 エアーアルジェリアだと思うのですが・・・・。

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 ドバイで乗り換え、今度も無事に帰国でき感謝です。

 沢山の猫に出会えたので明日紹介しますね。


 最後の観光日です。
朝ご飯は大したことが無いのはわかっていたので部屋で果物だけ食べてレストランには行かなかった。

 部屋から窓の外をボーッと眺めていた。

 駅には列車が何本か出たり入ったり、港は全然動きがない。


 
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 今日は、午前中カスバを観光して、午後からはスーパーに立ち寄って残った外貨を使ってしまってから、空港へ向かう予定です。
 警官が付き添うのはカスバの観光までだ。

 カスバに向かう途中初めて消防署を見かけた。

 
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 カスバは、元々は城塞を意味する。狭い地域にびっしりと坂に張り付くようにして家々が建っており、アルジェの中でも古い地域である。
 ジャン・ギャバンの「望郷」や「ここは、地の果てアルジェリア・・・」の歌で日本人にもおなじみの場所である。
 この「カスバの女」の歌詞の意味を聞かれるそうですが、何と答えていいのかわからないと添乗員さん。確かに地の果てとかどうせカスバの夜に咲く・・・なんてあまりいい内容ではないですよね。

 16世紀、赤ひげの異名を持つハイエール・エディンヌという海賊により、スペインに対抗するためオスマントルコの援助でモスクや豪邸が建てられたのが始まりです。フランスが植民地にした時に下の方を破壊している。
 度重なる地震の被害や老朽化などにより、建物は傷みが激しく今にもドミノ倒しのように倒れてしまいそうな感じですが、住人たちは中々新しい地域には移住せず暮らしているという。

 遠くで見るカスバは、抒情的で素敵に見えましたが、中を歩くとごみが散乱し、野良猫が徘徊するかなりの問題地区に思えた。
 でも、そこで出会った人々は誰もが穏やかに見えました。

 1992年、世界遺産に登録されている。

 まずは、アルジェの名づけ親のブルッギーンの銅像の前でバスを降りる。
背後に見えているのが城壁の残りです。
 ここから海の方向にひたすら下ってゆく。

 
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 これは多分警察か軍の建物だ。きれいなタイルです。

 
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 イスラムの象徴の月があしらわれている窓。

 
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 地震で崩壊してしまった家の跡が小さな公園になっていて、昔のカスバの様子を描いたタイル絵があった。

 
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 現在。あまり変わってないようにも見える。
 
 
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  古いペイントされた壁やドアを見て歩くだけでも楽しい。住んでいる人の体温が感じられる。

 
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 佐伯や荻須、ユトリロの絵画のようだ。絵心が無い私も何だか筆をとってみたくなる。

 
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 カスバで一番古いモスク、12世紀建てられたシディ・ラムダンモスク。男性が水を汲みに来ていました。カスバにはあちこちにこのような水くみ場があります。

 
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 ここには職人さんもいます。靴屋や洋服の仕立て、彫金など。

 
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 このような階段が沢山ある。一人で来ていたら全部の階段を登っていきたい。

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 これも水飲み場です。雰囲気有りますよね。

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 家と家の間がくっつきそうだ。足の長い人なら跨げるのでは・・・。
 

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 女性が窓から下を見ている。映画みたい。
 

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 この奥に進んでいくと何かがありそうな雰囲気がする。実際は何もないのだろうが・・・。天井部分は今にも崩れてきそうだ。

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 女性だけの学校だそうだ。昔でいえば花嫁修行みたいなことを教えているらしい。こんな小さいのに!とびっくりです。

 
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 幅のものすごく細い建物だ。狭小住宅というやつでしょうか。
 
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 ふと上を見るとボクサーが屋根の上から我々を見下ろしていました。ここの番犬は屋根のうえでかわれている?

 
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 昔の豪邸が、博物館として公開されているので入ってみます。

 


 今日も約600㎞を北へ向かって走ってゆく。
この暑さとようやく別れられると思うとうれしい。

 砂漠好きの私は、いつもはもっど砂漠を見ていたと思うのだけれど、時期が少し遅かったようだ。アルジェリアのベストシーズンは、4月までの様です。今回は暑すぎた!

 干物にならないうちに退散です。

 ガルダイアのホテル。国営だそうです。添乗員さんいわく、「国営のホテルは、外貨を稼ぐために飲酒OKです」

 
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 ドライバーさんとコーディネーター。お世話になりました。

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 7時ホテルを出発。しばらく走り、7つの集落の1つであるベリアンを通過。ここは道路を挟んでアラブ人とムザブ人の居住区がはっきり分かれていて、抗争の絶えないところだという。
 そのことを立証するように、いろんな場所に警官や軍人が立っていて、パトカーや装甲車が止まっていました。

 ムザブの地を離れる前に引き継ぎのためか警察に立ち寄り少しまたされた。

 
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 サハラアトラスを越えるまでは、荒涼とした風景が続きます。道路から奥の方に天然ガスのプラントが見えている。
 3年前ほどに犠牲となった日揮の方たちのプラントもこういうところにあったのだろうか?長い間かかってアルジェリアに根付いてきて評判も良かったと聞いている。
 首謀者の中には、ムザブの出身者もいたそうです。

 サハラアトラスを超えると、景色が一変する。この辺りで放牧されている羊は、高値で取引されるという。
そんな羊産業で有名な町ジェルファで今日のお昼を食べました。

 当初の予定では、ラム肉だったのだが、もうお肉は飽きてしまったので、オムレツに変更してもらう。

 再び北上です。バスの中で、他のイスラム国とこの国の違う点を話してくれた。

 1つ、水タバコをやらない。・・・・そういえば、全然見ていないわ。カフェに名何度も立ち寄っているのに・・・。
 2つ、靴磨きを仕事としない。・・・うんこれもみていない。人前で膝まづくのを侮蔑的だと考えている。
 3つ、メイドの仕事をしない。…・同じ理由からです。

 ようやくテルアトラスを越えた。ここまで来ればアルジェの街まではそれほどの距離もない。
渋滞にはまることもなく順調に進んでいたのだが、市内に入り海岸沿いの道を走っているときに何故か全然進まなくなってしまった。
 しばらく待っていたのだが、そのうちにあきらめてUターンする車も出て来た。これではレストランの予約の時間に間に合わなくなるし、ということで歩くことになりました。
 幸い、レストランまでは15分ほどのしかかからない。

 思わぬところで歩けるようになりラッキーという感じです。

 薄暗くなってきた海岸沿いの道です。フランス時代の建物が続く。

 
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 階段を使って上の通りに行きます。

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 漁船が停泊している。

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 とれたばかりの魚を売っている。道路の反対側から大声で呼びかけてくれた。

 
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 レストラン。
エビがたくさんのシーフードに舌鼓。やはり美味しいな。スープは絶品でお代りをしてしまった。

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 初日と同じホテルのチェックインです。部屋はくじ引きで決まる。初日と違いかなりいい部屋で海が見える。あの時は、外れの部屋だったんだと気が付いた。

 ホテルのロビー。望郷ではどんなシーンに出て来たのだろうか?

 
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 フロント。

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 初日も猫が出迎えてくれたが、この日もちゃんとお出迎えしてくれました。

 
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 明日は、出国日なのでスーツケースを作る。殻付き落花生はかさばるのでせっせと内職して半分ほど殻無しにしました。

 この日も遠くで花火が上がっていて、部屋からも少しだけ見ることができた。
さよならアルジェ!

 


 ここの現地ガイドさんは、声の大きな陽気なおじいちゃんです。
添乗員さんは、何度かここに来ているのですっかり仲良しの様でした。

 彼は、ここでは珍しく写真に撮られるのが大好きだそうで、モデルを務めてくれました。
この格好がムザブ人の民族衣装です。

 イブラヒムさん。

 
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 シェスタも終わり、ずいぶん人が出てきていました。

 
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 集落の広場。右手に見えているトンネルみたいなところを登ってゆきます。

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 やはり気になるハイクの女性。時が止まっているような感じがする。

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 ここの水飲み場にもヤシが植えられている。でもこの井戸は現在は使われていません。
 
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 通路の天井にはヤシの木が使われている。天井のある通路はやはり涼しいです。

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 子供達は、外国人が気になるのか、立ち止りじっと見つめたりする。

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 町の一番上には、お墓があります。やはり指導者だったシディ・イブラヒムの墓は白い。
他の人達の墓は、土の塊にしか見えません。

 
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 地元の人は、埋められているのが男性か女性かわかるそうです。置かれている石の位置で認識するという。
よく見ると何となく平らになっていて、三角の石が立っている。

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 下をのぞくと道がモスクまでつながっている。

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 あの白いモスクが、シディ・イブラヒムモスクで、近代建築の巨匠と言われるル・コルビジェがインスピレーションを受けたといわれている。
 確かにモダンで、今まで見てきたモスクのどれとも違う。12世紀に建てられたものとは思えないデザインだ。

 
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  モスクなので、男女は別々の入り口から入り、別の部屋でお祈りを捧げます。
天井の梁はヤシでしょう。

 
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  警護のお巡りさん。緑の制服なので、ジャンダルマと呼ばれる人です。

 
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 入り口の門まで戻って来て博物館に入ります。窓から外を見ていたら・・・。
顔を隠していないので、未婚の女性です。

 
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 夕方、ホテルに戻る途中の銀色の月。砂漠では時々見かけますが原理はわかりません。

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 7つの集落の1つ、ブーヌーラを遠方から写真ストップです。

 ここもやはり一番上にモスクがあり、階段状に家々が建っている。

 
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 冷房の効いたホテルに戻りシャワーを浴びると生き返った気がした。
明日はもうアルジェに戻ります。
 


 3時半、エル・アテフに出かける時間なのだが、警護の警察がやって来ない。
アルジェリアでも南の人々は時間に厳しくないそうで、効率よく回れるかは警察次第ということも有るそうです。
 今回我々は、ここまでは順調に進んできていたのだが・・・・。

 待っていても時間がもったいないので、観光の順番を入れ替える事になった。地元のベニ・イスゲンの集落から見て行くことになった。

 ホテルの場所もベニ・イスゲンに有るのですぐに到着です。

 城壁のような塀があり門に囲まれています。

 
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 短パンや肌をむき出しにした格好は禁止です。
地元ガイドのハッジさん。ガイドさんは、写真撮影OKです。

 
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 建物の壁に7つの集落の鍵が描かれた看板がかかっています。

 
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 坂道を登り一番高いところにある見張り台まで向かいます。シェスタの時間とかで、誰も行合う人はいなくてひっそりとしています。

 
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 この2人の女性は、ハイクを身に着けておらずよって隠れることもなくあいさつを交わしてくれました。

 水くみ場のあるところには、このようにヤシの木が植えてあります。水をくむときにこぼれる水を無駄にしないためにヤシの木が植えてあるそうです。育てば木陰も作ってくれるようになります。

 
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 こういう細い道を通ってゆきます。

 
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 見張り塔には上ることができます。

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 塔の上から眺めていたら突然突風が吹いてきて砂が舞い上がりました。こちらが新興住宅地にあたります。

 
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 こちらは、反対側。

 
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 坂道を下る途中には、モスクや図書館もありました。教育熱心な町なので図書館はいくつもあるそうです。

 モスクのあるとおり。

 
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 市場の立つ広場。使われなくなってしまった井戸がありました。

 
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 すると後方からやってきたハイクを身につけた女性が風のように我々を追い越していった。

 
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 小さな商店がありました。昔の田舎の駄菓子屋のようだ。何屋さんなのだろう?

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 通りの写真を撮っていたら、男の子が顔を出してきた。そりゃ気になるよね。

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 ここでようやく、警官と合流できました。エル・アティフまで移動します。

 バスを降りた辺りで・・・。

 モスクのミナレット。ふつうのミナレットとは形がかなり違う。

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 エル・ティフ

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 門をくぐって塀の中に入ってゆく。

 
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 今日は一番楽しみにしていたムザブの谷へと向かいます。
近代建築家のル・コルビジェが影響を受けたというキュビズム的景観が広がっている。

 食事の前にホテルの敷地内と周りを少しだけ散歩してみたが、ちょっと歩くだけで汗が出てくる。

 遊牧民のテントが張られていました。

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 このホテルにはプールもあったのですが、何だか池のようになっていました。

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 モスクが近いということは、アザーンがよく聞こえるということで、夜中の3時頃には聞こえ始めた。何でこんなに早くにお祈りするの?
 夜明け前に1回目のお祈りが始まるのではなかったか・・・・。

 とてもきれいな通り。でも誰も通っていない。これはこれで何だか落ち着かず早々に戻ってきてしまった。

 
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 ホテルを出発して、ガソリンスタンドでストップ。給油とトイレをすませる。
 
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  ムザブの谷は、標高300から600mの岩だらけの高原である。高原を北西から南東へとワジと呼ばれる枯れ川が流れている。最初の住人は新石器時代で洞窟に暮らしていたと言われ、以来25の町の人々が住み着いては消えて行った。
 9世紀以降無人だったムザブに、ムザブ人と呼ばれるイバード派のベルベル人が、ここに逃げ込んできて住みはじめた。
 18世紀以降は、サハラ交易キャラバンの中継地として栄えてゆく。

 フランスとの間に1873年、ムザブの7つの町の連合は自治条約を結ぶも、1882年完全な植民地となってしまう。が、灌漑施設などは飛躍的に整備されていった。
 植民地時代でも人々は、1000年前とそれほど変わらない暮らしを続けてきており、1982年に世界遺産に登録された。

 中心地ガルダイアは、「サハラの宝石」とたたえられ、ミナレットを中心にパステルカラーの家々が階段状に築かれ、西欧近代建築に大いに影響を与えた。

 まずは、町の景観を楽しむ。

 道路進行方向右手にはナツメヤシが広がっていて、夏の暑い時期にはこの辺で避暑するそうです。

 
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 左手には、独特の形をした家々が並んでいる。暑い外気を入れないように窓が無い家も多い。

 ベニ・イスゲン

 
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 まずは、7つの集落の中の1つメリカにある指導者シディ・アイサの墓に向かいます。
1昨年秋の抗争以来、昨年の秋まで1年間入ることができなかった。
 イバード派は、コーランの教義を重んじていて主流派からは迫害されて、ここに逃げてきたのである。

  1017年に建てられたというが・・・。

 
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 これらも一般の人々の墓だというのだが、私には単なる荒れ地にしか見えません。シディの墓を取り囲むように塀の外にたくさんありました。

 
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 ここは市街地より高いところにあるので、町がよく見えました。
真ん中をワジが流れている。今はこんな感じだが、いったん大雨が降るとあふれだすことも有るそうです。

 
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 メリカの町。

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 続いてガルダイアの市場に向かう。ここも2年前の抗争後やはり1年間は入ることができなかったそうです。
人々の写真を撮ることは禁じられているのだが、市場だけは人がはいりこんでも許されるのです。

 その人を撮っているのではなくてもその方向にカメラが向いているだけでも、怒ってくる人がいるので気を使います。

 
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 ここで、少し自由時間になり、お買い物時間になりました。現地通貨に両替してもらいます。

 
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 だんだん気温が上がり、日中は観光などできる感じではなくなってきた。お昼を食べた後ホテルで2時間ほど休憩することになりました。

 


 ホテルを7時に出発して、サハラ砂漠のオアシス都市ワルグラまで向かいます。
約600㎞を走るという。

 途中ローマ軍が侵攻するときに造ったという渓谷沿いの道を走り、ローマ時代のエル・カンタラ橋でストップしました。

 
 
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 1862年に、ナポレオン3世によって修復された。

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 橋の上にはプレートが嵌め込まれていたが、ナポレオン3世と年代がかかれている。

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 橋のたもとでは、おじいさんが陶器に名前を書いてくれるというので何人かが購入してました。

 トイレ休憩で止まったカフェで出会った男性。とても雰囲気が素敵だったので写真を撮らせていただきました。

 
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 次に止まったのは、道路沿いのお土産屋さん。デイツが欲しいとのリクエストにこたえたからです。時期ではないので、冷凍庫の中から出してきます。
 安くて硬いのは、店先にぶら下がっていました。

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 これはいったい何でしょう?

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 半分に割ったものがありました。これもデイツでお菓子などに使うという。初めて見ました。

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 お土産屋さんをのぞいてみると・・・・。

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 お昼ご飯を食べ一番暑いさなか、さすがにエアコンなしでは無理です。入れてもらいほっとしたと思ったら変な音がし始めた。オーバーヒートだそうです。
 脇にバスを止めてエンジンの回復を待つ。先に行ってしまったパトカーが、バスが付いて来ないのに気が付いて走行車線を逆走して戻って来ました。パトカーは何でもありです。

 再び走り始めたもののエアコンはもちろん使えません。窓をけると熱風で顔をやけどしそうな感じで、蒸し焼きになるかこんがり焼くかの違いだけで、人間の丸焼きができそうです。

 トイレ休憩で止まったときには、しんそこほっとした。砂漠を走っている間は何度かこういう目にあい、一番エアコンが必要なところで使えないのは本当につらかった。
 
 これはジャガイモ洗い機です。

 
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 段々周りの風景が変わって来てついに緑が全くなくなってしまった。


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  すると反対車線に事故車が止まっているのが見えた。暑くてボーっとしていたのか。どうしたのだろうと私も一瞬暑さを忘れる。

 
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 夕方近く、今度の現地旅行社のオフィスに立ち寄り、トイレと休憩を兼ねて少し休む。冷たいジュースがのどに心地よかった。

 学校帰りの子供達。私のことは気になるけれど恥ずかしくて声をかけれません。こちらから挨拶をしたら笑顔が・・・・。可愛いです。

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 一息ついたところで、砂漠の中の砂丘に向かいます。時間的に夕日を見るのは無理だけど・・・・。
砂漠のイメージはこうですよね。

 
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 でもすぐそばには、人々の住んでいる町があります。サハラは大きくなっていると聞きますが・・・。

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 この日もようやく終わりました。暑くて長い1日でした!全然動いていないのになんだか疲れてしまいました。でもさすがにオアシス都市のホテルは、エアコンがよくきいていて文明の利器をしみじみ味わう。


 保存状態のいい劇場です。ここでも「カスバの女」を皆で歌いましたが、よく知らない歌なのでうやむやです。

 
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 劇場から見たトラヤヌス門。きれいです。

 
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 南の浴場。

 
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 交差点。

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 カピトリウム神殿。

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 崩れてしまった柱とガイドのソフィアンさん。

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 セルティウス市場にやって来ました。見たこともない大きなバッタ?が出迎えてくれた。メンフクロウのような顔をしている。

 
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 ずっと遠くから見ていたトラヤヌスの門です。ここで地元の学生達に写真を一緒に撮ってほしいと頼まれました。底抜けに明るいこの国の人達です。

 
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 この通りが、ディクマヌスで進んでいくと、カルドに交わります。ここが、メインストリートでしょうか。

 この建物は、教会だそうです。

 
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 おびただしい数の折れてしまった柱。どれがどの柱にくっつくのか探すだけでも大変そうです。

 
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 戻て来たら羊の水筒の水を男の子が器用に飲んでいました。中学生でしょう。本当は飲んでいるところを撮りたかったのですが・・・。

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 私達ものどがカラカラなのですが、バスの中はもう暑くて大変です。水がお湯になっている。窓を全開で走るもなかなか涼しくならない。

 近くにある、ローマ軍の駐屯地があったランバエシス遺跡にも立ち寄った。ここは、目立つものは残っていなくて、広大な敷地に門・オフィス・闘技場跡などが点在しているだけです。

 その奥には刑務所があるのですが、なんとその刑務所は、遺跡の石を使って建設されたそうです。

 
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 刑務所。

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 我々のバスです。遠目だとわかりませんが、あちこちをテープを巻いてくっつけている。

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 バトナの町に到着です。やたらと大きな部屋で、昔はさぞかし豪華な部屋だったろうなあと思う。1人でベッド3つはいらないよね。エアコンを使えないようにと、リモコンには電池がいれてない。スイッチを入れてほしいといったら、「今はまだ使う時期ではない」と言われてしまった。(*_*;

 明日は、いよいよサハラ砂漠へと入ってゆきます。移動時間が長いので、バスは大丈夫でしょうか。添乗員さんいわく、「いつもどこかがおかしくなるけれど、ちゃんと直してしまうのだから、大したもんよね」なんか違う気がする・・・。

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