好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

カテゴリ:東南アジアの国々 > ラオス

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

 今日の夜には、ラオスを出国する。短すぎてもの足りない。
 このままだと、ラオスの印象が寒い国になってしまう(笑)

 最後の日の最初の観光は、王宮博物館から始まる。

 この博物館の中には靴を脱いで入るんだよ。珍しいと思いませんか?
 お寺ならわかるけれどね、最後のほうは足が冷たくなってしまって・・・。

 この王宮は、1909年にフランスの後押しで作られた。植民地として治める上で、都合が良かったのだろう。1959年王が亡くなった後も、家族はここに住み続けたが、1975年革命が起こり、民主国家となるとここは、博物館となった。

 中は撮影禁止なので、映像はなし。謁見の間、王と后の寝室、キッチン、王の図書館などが公開されている。調度品は、フランスがアールヌーボーやアールデコの時代だったことも有るのか、趣味のいいそれらの影響を受けた、クローゼットやベッドが置いてあった。

 このあと、向かいにあるワットマイを見学。ここには、タイが持っていってしまったエメラルド仏の、偽者が置いてある。タイが、本物と引き換えに贈って来たのだという。

 飛行機の時間までには、まだ間があるので紙漉や染物が行われている村をのぞいてから、空港に向かった。この日は、なぜか時間前に、飛行機は離陸。ガイドによると、「時刻表はあくまでも目安」なのだそうだ。

 ヴィエンチャンについて早速、昼食をとる、場所は、空港内のレストランだ。生ビールがあったので、いただいてみる。「うーん!うまい!」

 この後は、最後の観光となるサオマーケットにむかう。このマーケットは、3棟の建物からなる、屋内マーケットで、何でも揃っている。だが、さすがに買い物には飽きてきたので、みて歩くだけ!
 マッサージを受けたくない人は、散歩しても好いというので、I夫妻といっしょに、中華街を歩き、その後フランス式のカフェで一休み。
 アイスコーヒー、1ドルちょっと、ここでは破格に高い値段だ。道行く人を見ながらオープンカフェで一息ついた。考えてみれば、初めて自分たちの意思で入ったお店となるわけだ。
 
 集合時間が来たので、バスに戻り空港へと向かう。チェックインしたところでガイドさんとはお別れだ。帰りも、ハノイで乗り換えて成田へ向かう。

 案の定というか、離陸時間はここで1時間、ハノイでも遅れ、成田への飛行機に乗れたのは、深夜1時過ぎだった。帰りは、4時間ちょっとのフライトなので、朝食のサービスが始まる時間まで、3時間ほどもない!パスすればいいのだが、何が出てくるのか興味があるので、それはできない。
 
 けっきょくほとんど眠らないまま成田に着いてしまった。まあいいか、帰りの新幹線で眠ればいいから。荷物も、驚くほど早く出てきたので、順調に乗り継ぎができ、家には、正午くらいに着いていた
。本当に短かったけれど、お疲れ様でした。

 ラオスの思い出?階段と、寒さと猫の多さかな・・・。 
 そうそう、もち米とパンがおいしかった!!!
 

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

 メコン川クルーズは、とにかく寒くて参った。
屋根は有るものの吹きさらしなわけで、足元から冷えてくる。ライフジャケットを気休めに、足元に立てかけてみたりするのだけれど、ほんとに気休め・・・。

 1時間半ほど走って、焼酎の村バーンサンハイにようやく着いた。降りて歩いていると、村の女性達が集まって何やら食事の支度をしていた。見ていると、物欲しげに見えたのか一さじすくって分けてくれたので、ありがたくいただいた。結構おいしかったよ!

 ラオスの焼酎は、ウオッカのような味がした。45度くらいか・・・。中には、フルーツの味がするものもあるし、焼酎の中にマムシや蛇を漬け込んであるものもあった。まるで理科室の、ホルマリン漬けのような雰囲気である。

 ここからは又船に乗り込んで、さらに上流にある洞窟までいく。そこは、崖っぷちにあいた洞窟のたくさんの仏像が納められている。さらに登っていくと、鍾乳洞みたいな洞窟があり、そこにもたくさんの仏像があるらしいが、こちらは暗くて歩くのもおぼつかない。ラオスの観光が、こんなに階段を上り下りしなくてはならないとは・・・ここまでくると、リタイヤ組も出るようになってきた。

 ここが終ったあとは楽しい昼食なのだか、今来た川を下って行かねばならない。幸い日も高くなってきたので、先程の寒さは感じなく一安心だ。

 食事の後は、クワンシーの滝まで足を伸ばした。雨季にはきっと登れなくなる滝の上までいき、下界を眺めてしばしご満悦だ!
 日本でもおなじみのポインセチアが巨大な姿で生えていて、アレがこんなに大きくなるものだとは・・・びっくりだ。

 今日の昼間の観光の締めは、織物の村への見学だ。この辺りでは、一家に1台ではなく、女性1人に一台の織り機があるのだそうで、屋根のひさしのところで、機を織っている姿が見られた。
 京都の西陣織のような細やかなものから、普段使いのあっさりしたものまでいろいろある。良い物は。結構値が張るので、黒いストールを1枚買った。この後このへんの人達は、街へ出て、ナイトマーケットで商買をするのだそうだ。

 夕食をとった後に、我々もナイトマーケットに出かけてみた。先程訪れた村の人達も出店を出していた。暗くて品物の色もわからないような電球の下でも、熱心に何やら縫っている。良く見えるものだなあと感心する。歩いていても、強引な客引きは全く無く、挨拶をしてくるものの、それ以上は突っ込んでこない。この辺りは、シャイというか、人のよさが良く現れていると思った。尤もあと何年かしたら、他のアジアの国のようになっているかもしれないが。

 ホテルに戻って、マッサージを頼む人はどうぞ、という。値段は、2時間で3ドルという。安いのだが、一人なので、辞退した。頼んだ人達に翌朝「どうでしたか?」と聞いたら、その辺のお姉ちゃんがやっているようで、全然うまくないし、やる気も無く、TVを見ながらするので、「やはり、3ドルは3ドルよ」といっていた。中には、部屋に入った途端、旦那様の大きな姿を見て帰ってしまった、けしからんやつもいたそうな・・・(ーー;)
 

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

 今日は、早起きして托鉢体験をした。
 6時半にホテルを出発して、お坊様の集まる通りまでトゥクトゥクで出かけたのだが、これが寒いの何の!屋根は付いているものの、風をまともに受けて走るのだから、体感気温は、想像以上にきつく感じる。手袋はめて、ダウン着込んでもまだ震える。今の季節、この辺りは、1日に4季があって朝は冬だ。昼間は、夏で半袖でもいけるが、夕方になると一気に冷え込んできて、秋になる。

 托鉢を始める前に僧侶の学校を見学した。普通の学校に行くようにお坊様学校へ行く子供達も結構いるようだ。戻って、通りに行って見るとすでに、坐って托鉢の始まるのを待っている人達が坐っていた。
 我々も、お布施用のもち米をもらって、ござを敷きその上に正座した。正座するのは女性だけで男性は、立ったままするのだそうだ。もち米はまだ暖かく、ひそかな暖かさが手にうれしい。ふたを開けて覗き込んでいたら、「さめるから閉めてください」といわれてしまった。

 少しすると、合図の音とともに托鉢が始まった。次から次へとお坊様の列が続き途切れることがない。もち米の塊をちぎっては小さくして、腰に抱えた托鉢用の入れ物に入れていく。
隣のおばちゃんは、大きな塊を入れていくものだから、あっという間になくなってしまい手持ち無沙汰のようだ。私は、最後の1人までちゃんとお布施が出来て、この辺にも性格が出るようだ(^_^.)
 いい加減に見えて案外小心者の私の性格がもろに現れたようだ(笑)

 終ったあとは、朝市へと足を伸ばした。幅2mもない狭い通りにぎっしりとお店が出ている。色々なものが売られており、ラオス人は結構ゲテモノ食いのようだ。
 野菜は、ほぼ日本で売られているものはあるし、お魚も串に刺して炭火で焼いているので、案外違和感は感じない。ただ、蛇・虫の幼虫・こうもりなんてものは、いささか・・・・。

 お米を売っているお店で、仲間の1人はご主人の反対を押し切って、赤米6kg購入。全部で、6ドルだから、日本円で600円くらいだ。私も、重くないものをということで、のりを購入した。これはのりの中に、トマトやゴマを練りこんで干してある。韓国のりに近い。

 ホテルに戻り、朝食となったのだが、小さなホテルなので中々料理が出てこない!バイキングなら問題ないのだが、コンチネンタルなので一つずつサービスがなされるのだ。フランスパンばかりが次から次へと提供されて、卵料理がいっこうに出てこない。やっとオムレツの顔を拝んだころには、お腹の方がごめんなさーいといった感じになってしまっていたよ。

 朝一の観光は、メコンクルーズだ。これも、川風を切って走るのでとても寒いとの事。我々托鉢参加組みは、朝の格好そのままで出掛ける事にした。

 船着場に着き乗り込んで走り出してみると、確かに寒い。最初は我慢できていたものの、足元からジンジン冷えてくる。たまらず、ライフジャケットを風除けにして何とかしのいだ。乾季の今は、水量が少ないので、川の中から岩が顔を出している。雨季になるとこれらは一部を残して全部沈んでしまうので岩の先だけ赤や青でしるしがつけられていた。船は、このしるしの辺りを避けて航行するというわけだ。

 
 

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

 起きてすぐ、メコン川のほとりを散歩した。対岸は、タイである。大きな川なのだが、乾季の今は水のあるところまでは、かなりの距離がある。椰子の間から朝日が昇ってくるのに感激!
 ジョギングや、太極拳・ダンスなどを懸命にやっている人々で、川べりは賑わっている。健康に気をつける余裕があるということは、ここの経済も上向いているということなのかなあ?

 午前便で、うまく行けば荷物が届くというので、旅行者の人が取りに行ってくれるというので書類を預ける。カンボジアまで行っていなければいいのだが・・・。

 午前中は、ヴィエンチャンで観光を済ませ、午後便でルアンパ・バーンに向かう。
ワット・ホーパケオ、凱旋門、ワットタートルアンと見ていく。お寺の中に、おもかる石があったので挑戦してみたが、びくともしない。心の中で、「荷物が無事届きますように」と願ったのだが・・・

 ここでもタイと同じように、籠に入れたすずめを売っていて、それを買ってから放鳥するというならわしがあるようだ。インフルエンザが恐いので、今回はなるべく鳥さんには近づかないようにしよう。

 ラオスは、フランスの植民地だったのを、日本軍とフランス軍が戦っているのに乗じて独立した経緯があるので日本人に対する感情は、悪くはないという。

 金ぴかのタートルアンを見ていたら、荷物を取りに行った人から連絡が入り、無事全部回収できて、国内線のロビーまで持ってきているという。やれやれだ。これで今晩はちゃんと顔を洗えるわい・

 ヴィエンチャンをお昼に離陸。小さなプロペラ機で、機体整備が大丈夫か気になる。というのも外務省の勧告に国内線では、。ATR-72型以外は乗らないほうがいいとあったからだ。けれど乗らない以上、次に所にいけないのだから・・・。

 ルアンパ・バーンまでは、1時間もかからないで到着した。早速レストランでラオス料理の昼食だ。香菜がたっぷり使ってあるので、好きな人はうれしいがそうでない人には、ちょっと大変かも。辛さはそれほどでもないので、パクパクいただける。何よりも蒸したもち米がおいしい。普通のご飯は日本のほうがおいしいのだが、もち米はこちらの方が格段おいしい。一人づつ小さな籠に入って出される。

 お腹が一杯に成った所で、観光の始まりだ。この街は、世界遺産に塔録されているせいか、観光客で賑わっている。西洋人、多分フランス人が多いのも意外だった。
 ここのシンボルである、ワットシェーントンを見た後、長ーい階段を登ってプーシーの丘に行き、街の全貌やメコン川を上から眺めた。夕日は残念ながらかすんでいてはっきりと望めないのが残念だ。

 降りてきて、ナイトマーケットを見た後ホテルに行き、隣のレストランで夕食となった。
ホテルは、街の中心からかなり離れているので、街歩きはのぞめそうもない。それはいいのだが、部屋が地下で窓がない!こんなホテル初めてだ!おまけに廊下からの声が丸きこえで、中々寝付けなかった。
まあ安いツアーだから仕方がないのだろうが、2階に泊まりたかったなあ。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

 2月3日、前泊したホテルは空港から送迎バスに揺られること、15分。
何にもないところだった。窓から外を覗いても灯りが見えない。
 夕食を買いに行きたかったのだが、どうしようもないのでホテルにあった自販機のカップラーメンをすすって、夕食とした。

 翌朝も空港まで送ってもらい、マックで朝マックを食べてからチェックインした。わびしいが、旅行費を稼ぎ出すためには、節約できるところは節約しなければ・・・。

 ところが、出発からなにやら怪しい雰囲気だ。結局30分近く遅れての出発となった。ベトナムエアーなので、ハノイ乗換えである。飛行機は、古くはないものの、大型スクリーンもなく、個人用のTVもなく、6時間あまりを少々もて余してしまった。

 ハノイ空港は、ホーチミンより小さいような気がした。歩いて建物の中に入り、係りの人からトランジットと書かれたワッペンを胸に貼ってもらってから、乗り換えカウンターへと向かう。
 そこで、ボーディングパスを見せてから、さらにチェックを受けてやっと待合室に入れた。

 ここでの乗り換え時間は、2時間弱なのだが、ゲートには出発の案内がまだ示されていなかった。
日本人のツアーは、我々を入れても20人くらいなのですぐに顔なじみになってしまい、お互いに情報交換などを交わして待っていたのだが、待てど暮らせどいっこうに搭乗の案内がない。

 時計を見るととっくに搭乗予定時刻は過ぎている。痺れを切らした乗客が一人二人と、カウンターに向かい係りの者に聞くのだがいっこうにらちが明かない。
 
 そうしている間にも後発の、シュリムアップ行きの飛行機は順調に飛び立っていく。遅れている理由のアナウンスもなく、ちょっとじれてきたころに突然搭乗ゲートが変わって、そこで搭乗手続きを始めるという。みなあわててそちらに向かった。
 地上からは、バス1台ではるかかなたに待っている飛行機へと向かう。こんなにがらがらなのに何故あんなに遠くに飛行機が止まっているのだろうなどと不思議に思いながら、乗り込んだ。

 ヴィエンチャンまでは、1時間半くらいのフライトなので、軽食のサービスを受けたと思ったらもう機体は、降下を始めていた。

 降り立った、ヴィエンチャン空港は小さな小さな飛行場で、日本の地方空港みたいだ。中で配られるはずのEDカードも何故か積み込んでいないとのことで、なんだかいやな予感はこの辺りからしていた。
 降りて、入国審査の手前まで行き、そこにあるはずのEDカードを探したのだが1枚もない!

 普通はいやになるほど置いてあるものなのに、・・・・????仕方がないので、近くにあった窓口に向かいそこでやっと手に入れる。
 さっさと記入を済ませて、3番目くらいに入国手続きを済ませて、バゲッジをピックアップに向かった。
 着いてみるともうターンテーブルは、動いており次から次へとトランクが吐き出されていた。ところがいくら待っていてもいっこうに荷物が出てこない。後から来た人達は自分の荷物を受け取り、出口へと急いでいる。
 そうこうしている内に、荷物係りのおじさんがやってきて、「これで終わりだよ」というではないか!「ナニー!」「ああやってしまった!」

 出発が遅れたのは、機体が変わったせいで、だからハノイの空港のハズレに止まっていた飛行機に乗る羽目になったのだし、EDカードも積み込んでいなかったのだ。
 おまけに乗客の中で一人でダンボールを10個くらい積み込んだ人がいて、我々の荷物は確信的に積み残したのだった!

 我々のツアーの中で4人、他のツアーで3人総勢7人の荷物が、消えた。

 それからが大変だった。書類を書いてもらうのだが、これが遅くて中々進まない。パスポートのコピーがいるというので、2人しかいない係りのうち 1人は、パスポートを集めてどこかへ消えてしまった。こういうばあいコピーなんてその辺にあるものだと思うのだが・・・・。

 幸い、ジャイカでラオスに派遣されていた人がいたので、ラオ語がしゃべれるその人を窓口に何とか書類を書き上げてもらった。この間約1時間である。

 やっとのことでホテルに向かったものの、荷物は早くても明日の午前中にしか届かないし、今どこにあるのかもわからないという。先進国では考えられないが、郷に入ったら郷に従えでどうしようもない。

 歯ブラシも、寝巻きも、ないまま一晩を過ごさねばならない。まあそんなものはいいとしても、日焼け止めとコンタクトがないのが辛いなあ!

 夕食を済ませて部屋に戻ってのだが、シャワーのお湯がぬるくて風邪を引きそうだ。今夜は、顔を洗って眠るとしよう。

 明日、ちゃんと荷物が届きますように!

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

 無事帰ってきました。

 一言で言うと、よくわからない国というのが感想です。

 人口は570万人、そのうち60万くらいが首都ビエンチャンの近辺に住んでいる。

 国境を、中国・ベトナム・タイ・ミャンマー・カンボジアにもつ。
 68者民族からなる。共通語は、ラオ語である。

 海を持たない国の悲劇なのか、経済的に恵まれた国とはいえない。
 色々な国に征服されているせいかせいか、文化にも混血したものを感じる。

 人々はのんびりしていて、穏やかでシャイである。

 食べ物は、フランスの植民地時代があったからか、フランスパンも食すが、主な主食は米である。
 特にもち米は、日本のものよりもおいしいような気がした。
 赤やオレンジがかった物、と1500種類くらいあるらしい。

 主な産業は、農業でコーヒー豆が一番の輸出品らしい。
 アジは、香りに深みがない、ベトナムコーヒーのようだ。

 今日の写真は、食べ物を集めてみました。
 こうもり・魚・水牛の肉・水牛の足・猪の肉と皮の下のゼラチン質の部分・かえる・蚕のさなぎ・山猫
 沢蟹・川えび・海の物にめぐまれない代わりに何でも食べるようだ。

 野菜も多種でとてもおいしい。

このページのトップヘ