好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

カテゴリ:東南アジアの国々 > インドネシア

 
 インドネシア料理は、ナシゴレンなどおなじみのものもあるが、初めて食べるものも全体的においしかったです。
 
 私個人的に気に入ったのは、お好み焼きみたいな卵焼きとミーゴレンと呼ばれる焼きそば。
 
ベトナムでも、ラーメンをミーと呼び、フォーと区別していた。
 
 空芯采を炒めたカンクン・チャもよく食べました。
 
 
 ずらっと並んだ料理です。魚を揚げたものもよく出てきますが、私はいんげんのてんぷらのほうが好みです。
 
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 ご飯の入っている容器がおしゃれです。
 
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 こちらはサフランライス。おしゃれー!
 
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 スープの種類も多い。油揚げのようなものが入ったものもありました。
 
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 全員に好評だった焼き鳥。かなり小ぶりなので何本もいけてしまいます。ピーナッツの味のたれがとてもおいしい。
 
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 デザートの黒マイのおかゆ。ココナッツミルクが入っていてとても甘い。おいしいがたくさんはいただけません。
 
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 同じものなのですが、こちらはバイキングになっています。まるでぜんざいのようだ。
 
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 バンタルというお菓子。もち米とあずきをバナナやヤシの葉っぱでくるんで蒸したもの。おいしいです。
四角のものとこのような三角形のものがありました。
 
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こちらは駄菓子。市場で山盛り売られています。蒸しパンかな。
 
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これ名前を忘れてしまったんですが、今が旬だそうで、たくさん出回っていました。ちょっと見は、ライチのようでかじると熟れていない梨のような、リンゴのような味がしました。
 
こちらの人はこれが大好きなのですって。
 
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 アボガドたくさん獲れます。日本では考えられないアボガドジュース。アボガドのジュースなんて想像もつかなかったのですが、チョコレートの味が効いていてとてもおいしい。癖になる味でした。
 
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 ブドウのワインでは無いが、バリの名産として売られていた。
 
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 水の王宮・・タマン・サリとは、インドネシア語で花園という意味である。
1765年に建てられた離宮だ。
 
 入口部分。
 
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 テラスを進んで行く
 
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 壁に囲まれたプールに出ます。プールは大小2つある。ここは王宮に使えていた女性達の水浴び場だったといわれる。
 
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 この3階建てのたてものは、王様がその夜を一緒に過ごす女性を選ぶための部屋だ。小さな子窓から、プールを眺めて気に入った女性をここに呼び入れて過ごしたといわれる。
 
 
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 私も登って王様のみただろう風景を体験してみた。
 
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  入ってきた時とは反対側の方に出て進んでゆくと、影絵芝居の人形を作っている職人さんがいました。材料は、皮を切りぬきそれに色をつける。影絵なのに・・・
 
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 ここからは迷路のような路地が続く。洗濯ものと鳥かごが並んでつるされている。
 
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なんでもない、何もないこういうところに迷い込むのはとても楽しい。
 
 
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 小さな小さなお店屋さん。
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 この丸い建物は、モスクだったそうです。階段を下って地下に向かいます。
 
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 ちょうど撮影会が行われていました。われわれも撮っていいよといわれて
 
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 インドネシア美人です。
 
 16時のガルーダ航空でデンパサールに戻る予定だったのだが、大幅に離陸が遅れた。
 
 1時間以上遅れて離陸です。写真の飛行機は、ガルーダではなくてライオン航空です。
 
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 バリで、ガイドさんに案内されて食事場所へ向かいます。大きな免税店の2階にある中華料理屋さんだった。食事をした後は、時間までお買い物をしてくださいとのこと。
 
 楽しかった旅ももうすぐ終わりだ。今回は短期間だったが、食べ物もおいしく良い旅でした。
 
 日付の変わった真夜中、デンパサールを後にしてソウルへと向かった。
 
 

 
 ベトナムのホーチミンほどではないが、たくさんのバイクが走っています。
この熱帯気候のなか、バイク乗りの格好は意外なものである。
 
 皆一様に厚着なのだ。こんなに着こんで暑くないの?と詮索したくなってしまう。けれども足元は、サンダル履きの人が多いんだな・・・。
 
 1人で乗っている人もいるが、多くのバイクは誰かを乗せて走っている。
 
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 イスラム信者の女性は、ベールをかぶりその上からメットをかぶるといういでたちです。このあたりもバリ島のヒンドゥーの教えとはかなり違うようだ。
 
 王宮の残るジョグジャカルタは、ジャワ島を代表する古都である。仏教・ヒンドゥー教の伝播、そしてイスラム勢力の台頭、オランダの植民地支配などの歴史を経て、現在はインドネシア最大の観光地として知られている。
 
 現在は、イスラム教徒が90%を占めているが、もともとヒンドゥーの中心地はここにあった。
それが、16世紀ころイスラム化してゆき、ヒンドゥー王朝の王族や僧侶はバリ島へとのがれていった。
 
 1755年、新マタラム王国が分裂した際、ハムンク1世が1756年ここに王宮を建てて、新しい王国の都とした。現在も子孫が住んでおり州知事を務めている。
 
 王宮のチケット売り場の大きな木の下では、人々が休息している姿が見られる。
 
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 とてもおいしそうに食べている。まだご飯を食べていない身には、うらやましい。おなかすいたな。
 
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 入場します。門の上には、猿の紋章が・・・。
 
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 対の像は、守護神ラクササだ。
 
 かつての権勢を誇るように中庭を中心にして、豪華な建物が建てられている。その中の一つでは、伝統芸能が上演されている。
 
 ガムランの人々
 
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 こちらは鳥かごのような、メリーゴーランドのような形をしている。とても美しい色彩に彩られている。
 
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 どの建物をとっても、ソロの王宮の何倍も豪華である。
ところどころヨーロッパを思わせるものが置いてあります。
 
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 大理石の白と柱の黒と金色が美しいハーモニーとなって、音楽が聞こえてくるようだ。
 
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 真っ白な壁が太陽に輝いている。 
 
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 ここには、博物館もあり調度品ばかりでなく、写真や肖像画なども展示公開されている。
建物の内部や、入口付近にはジャワ島の民族衣装を着た男たちだ。彼らは、クラトン(王宮)を守る兵士であり腰に聖剣(クリス)を差している。無給で保護、管理に当たっているのだという。
 
 
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  豪華な豪華な接客の間に入ります。天井とシャンデリアの豪華な事。4方はガラス張りだ。
 
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 王子達が乗ったという御輿。
 
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 こちらはキッチンだそうです。
 
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 王宮の近くには、離宮もありました。この後はそちらへ移動します。

 
 回廊には、こんなお姿になってしまった仏さまも。オランダに持っていかれたとか・・・。
 
 
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 今も修理は続けられています。修理を待つ回廊。
 
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 やっと解脱の世界までやってきました。(*^_^*)
 
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 ストゥーパがいくつも林立している。その真ん中にひときわ大きなストゥーパがある。これが極楽です。
 小ストゥーパは、3段72基が規則的に並んでいる。中には仏さまが鎮座しているはずなのだが、いなかったりいてもお顔がなかったり・・・。
 
 こちらはむき出しの仏様です。
 
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 小ストゥーパの切り窓は、四角いものと菱形のものがある。外側の菱形の形は、不安定な俗階の心を表し、正方形は、安定した賢者の心を表している。
 
 これは菱形です。
 
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 こちらは正方形
 
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 そして窓のない大ストゥーパ。「無の世界」を表している。この周りを時計回りに3度回ります。その間おしゃべりをしてはいけない。すると願い事がかなうそうです。
 
 
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  下りは、反対側に出ます。ここから見るボロブドゥールは、なんという素晴らしさよ!優雅で緻密。
 
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 近くのムンドゥツ寺院にも入ります。
小さな寺院だが、仏様はとても素晴らしかった。ここでも丁寧に遺跡を磨いている人たちがいました。
 
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 中に入ると、巨大な石仏三尊像が出迎えてくれる。
世界で最も美しい仏像の一つと言われるのも納得のお姿でした。仏様そのものだ。
 
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 こちらは、なんともやさしいお顔をした文殊菩薩だ。
 
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 天井はせり出し工法でできている。
 
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境内にはガジュマルの巨木があります。
根っこにぶら下がってターザン気分を味わってみた。
 
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 ここからは、ジョグジャカルタ市内に戻って王宮の見学に行きます。
 
 

 
 いよいよボロブドゥール遺跡の見学の日だ。
結構距離があるので、7時半にはホテルを出た。
 
 ここは、専門のガイドを使う決まりだそうで、彼がやってくる間エアコンが効いた建物の中で、冷えた飲み物を飲む。なんとここの冷蔵庫の中のものはどれだけ飲んでもフリーなのだ!
 
 ガイドさんは、友達が日本に居るらしくお笑いネタにもダジャレにも詳しい。「きみ。かわゆいねえ!」とか、「ワイルドだろう」なんて言葉も知っていました。
 
 広大な公園を歩いていくと、遺跡が見えてきました。ここは発見されるまで火山灰に埋もれジャングルの中に1000年以上眠っていたのだ。
 
 発見されたカウイ文字から、824年の建造と考えられているがいまだ多くの謎が残っているミステリアスな遺跡なのだ。
 
 
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 遺跡内には、一軒だけホテルがあり、ここに泊まれば朝焼けの遺跡を見ることができる。
 
前夜雨でも降ったのか従業員が傘を乾かしていました。カラフルな事!
 
 
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 世界でも最大級の仏教遺跡は、回廊に刻まれた精緻な壁画も、仏教美術最高といわれ、かつてこの地に栄えた仏教文化の成熟をわれわれに伝えてくれる。
 
 
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 遺跡は、自然の丘の上に盛り土をして、その上に高さ23センチで統一された安山岩のブロックを100万個、接着剤などを使わないただ積み重ねてある。
 下の方形部分と上段の円形部分からなるが、内部に空間はない。
 
 遺跡は、大きく3層に分けることができ、下の壁画が刻まれている部分が煩悩を表し、2段目の小ストゥーパが解脱を、最後の大ストゥーパが極楽を表しているらしい。
 
 
  左下の違った構造物に見えるところが「隠れた基壇」と呼ばれる部分で、精巧なレリーフとともに唯一残る「カウイ文字」が刻まれている。
 
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 1814年、当時ジャワを支配していたイギリスのラッフルによって密林の中から掘り起こされた。青のご主権を奪い返したオランダによって修復工事が行われたのだが、この修復はかなり強引なものでコンクリートなども使っている。
 1973年、ユネスコのよる大規模な修復がはじまり、石にも番号が振られ再度積み直されたという。
 
 
 醜悪な顔のレリーフ、悪因悪果をとく。
 
 
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素朴な丸みを帯びた彫刻がなんともいえない
 
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階段を上り寺院に入っていく。この手すりは舌だそうです。そういえば上の方に鼻の穴らしきものが。
 
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象の鼻が排水溝になっています。
 
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仏教にまつわる話が、4層に渡る長い回廊に施されている。時計周りに順番に見てゆきます。
回廊の幅はやく2m、2500面以上のレリーフがあり、登場人物の数は1万にも及ぶらしいです。
 
 
インドの様式の影響がある。
 
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マヤ夫人が白い象の夢を見ている図
 
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これらを構成している安山岩をどこから持ってきたのかまだ確定していないし、
建物自体何であったのか何の目的で建造されたのかわかっていない・
王の墓、寺院、廟、僧坊、宇宙3界を表したものなど諸説あります。
 
発見されるまで1000年以上も何故ほおっておかれたのか?
火山の噴火説、疫病の蔓延、王朝の衰退などが言われているが、
寺院を覆っていた土と土台の土が同じであるところから、意図的に埋めたという説まであります。
 
さらに上段に登っていきます。
 
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密林を見下ろす仏像。真実を知っているのだろうか・・・。
 
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私は、まだ煩悩の途中に居ます。
もう少しで解脱の世界に行けるのですが。
 
 

 
 ソロは、正式名称は、スラカルタというが、一般的には今もソロと呼ばれている。
ジャワ島のほぼ中央部に位置しており、ジャワ原人の化石、ブガワン・ソロのメロディーなどで知られている。
 
 18世紀以降は、ここでもイスラム王国の宮廷文化が花ひらいた。
 
 ブオノ王朝の時、王位継承権をめぐる内紛から王朝が2つにわかれ、ジョグジャカルタにも新たにスルタンが誕生し王宮が築かれた。
 
 その時、ソロの王朝はさらに2つに別れ、新たにマンクヌガラン王家が誕生したのだった。今でも、2つの王宮はそのまま残されている。われわれが訪れたのは、もともとの王朝のカスナナン王宮の方では無くて、新しいマンクヌガラン王宮の方だ。
 
 こちらは、1757年初代の王が、オランダ植民地政府の力を借りて建設したものだ。ここには、今も末裔の方が住んでいる。
 
 入口を入ると芝生の広場が広がっている。その向こうに大屋根の平屋建物がみえた。これが大理石の豪華な大広間だというが、もっときらびやかなものを想像していたので、「え!」という印象を受けてしまった。
 
 靴を脱いで中に進んで行く。
 
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 壁の内開放的なジャワ様式で建てられている。今はガムランの演奏や舞踏の練習に使われているとのこと。大理石の床は、ひんやりとして気持ちがいい。
 磨きあげられた大理石に柱が映り込んでいる。
 
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 奥に進んで、儀式のための主室に行くのですが、ここからは撮影NGです。
 
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 この後、歩いてアンティーク市場に向かう。
途中、バリでは一度も見かけなかったアジアでおなじみの乗り物にであった。ここでの呼び方は、ベチャという。
 
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 トリウィンドゥ市場
 
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  特産の木彫りだが、本当に古いのか古色を施しているのか、目利きにしかわかりません。
どちらにしても私には、魅力的な表情に思えます。
 
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 2階部分に登ると周りの民家の屋根がよく見える。隙間なくくっついている。
 
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 なんとなくなつかしい雰囲気のお店。
 
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 この建物はレストラン・ショップに利用されている。ヨーロッパのテイストとジャワ様式ナミックスしている。飼われていたオウムはアラビア語を話します。「アッサラームアレイコム!」と呼びかけると。アッサラームアレイコム」と返ってくる。「サラーム。アレイコム」
 
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 通りは、急な坂道なのでベチャを押すのも大変そう。
 
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  バティック工房を訪れたのは、7時近くなっていた。本格なものはお値段も高くてなかなか手が出ません。でも手書きのジャワ更紗が高いのは、納得です。
 
 こちらは型押しの模様が彫られた木型です。
 
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 このようにしてスタンプしていく。
 
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 こちらは色を入れているところです。
 
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 蠟をおいていく。布はシルクでした。
 
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  お湯の中に浸して蠟を落としているところ。
 
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 布を洗う。
 
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 蠟を落とした後布を干す。写真の順番が違うかも知れませんが。
 
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 すこし前の私なら、確実に購入していたと思う。布が大好きだからだ。でも最近は、買わないようになりました。
しまっておく場所がなくなってきたことと、本当にいいもの以外は欲しくない。いいものはとても高い。高いものは買えない(+_+)
 
 でも工作過程を見て、お店で良い布を見て目の保養ができて幸せでした。
 
 

 
 今日は、バリを離れて隣のジャワ島へ向かいます。
航空会社は、以前は安全面で問題の多かったガルーダです。
 
 最近は、大きな事故は起こしていないが、少々不安だ。
 
 バリとジャワは1時間の時差があり、ジャワの方が1時間遅れなので、8時15分に飛び立ち、8時半に到着ということになる。
 
 朝食は、レストランの開くのを待っていると飛行機の時間に間に合わないので、ボックスが用意されていました。空港に向かう車内の中でいただきます。
 
 ガイドは、空港の建物の中に入れないので、チェックイン自分たちで行う。空港税が、昨日旅行社を通じて払い込んでおいたが、日本円で500円ほど徴収される。
 
 ジョグジャカルタの空港
 
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 インドネシア国旗がはためいています。白と赤のシンプルなものなのではためいていないと日の丸と変わらないように見える。
 
 
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 ナンバープレートの種類は、案外多い。
 
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 ジョグジャカルタで、新しいガイドさんの出迎えを受ける。バリと比べると湿度が少なくて比較的楽に感じた。
 
 まずは、ボロブドゥールと並んで世界遺産に指定されているプランバナンに向かいます。
 
 9世紀のジャワ中部地方は、北部は仏教王国の王朝に、南部はヒンドゥー教のマタラム朝によってそれぞれ統治されていた。
 
 そのヒンドゥー教の遺跡がプランバナンである。インドではもともと仏教をヒンドゥーの一派としてとらえていたが、仏教的要素を含んだプランバナンは、その考え方を表しているのかもしれない。
 
 遺跡全体は見るのはかなり大変なのでわれわれは中心寺院である、ロロ・ジョングラン寺院だけを見学します。
 
 公園内に入って、目の前に写真でみている光景を見るとちょっと興奮しちゃいます。
 
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 中央にそびえているひときわ大きい建物が、シヴァ神のいる神殿だ。両側にブラフマ・ヴィシュヌ神殿があり、それぞれの神殿の前には神々の乗り物(牛・白馬・ガルーダ)を祀ったヴァ―ハナ堂が3つ建っている。
 
 856年に建立されたと考えられている。ヒンドゥー教寺院としては、東南アジア最大規模である。
1584年の火山の爆発によって、埋もれてしまったり破壊されてしまった。
 
 遺跡には、壊れたまま打ち捨てられたものが修復を待っている。
 
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 このころになるとかなり暑くなって、腰に巻いた布がうっとうしく感じる。ここでも入場する際に、腰に布をまかなければならないのだ。
 
 ここの寺院の姿を天に燃え上がる巨大な炎にたとえられるが、納得の迫力で迫ってくる。
 
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  最初は、右側のブラフマー神殿に入ります。この神は、宇宙を想像する神である。
 
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 ブラフマー神
 
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 ブラフマー神殿から見たシヴァ神殿。
 
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 次は、真ん中のシヴァ神殿に入ります。ヒンドゥーでは、宇宙を破壊する神であり、中心神であり、乗り物は牛である。
 
 左の神殿にいるヴィシュヌ神は、宇宙を維持する神で、この3神の働きによって宇宙は永遠に成り立っていると考えられている。
 
 続いて、中心のシヴァ神殿に入るのだが、いつ壊れて石が落ちてくるのかわからないからヘルメットをかぶり入場します。
 
 シヴァ神殿正面
 
 
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 この暑いのにヘルメットまでかぶっているのだから、頭から汗が流れてくる・・・。
シヴァ神の神殿が一番大きいのは、中世のジャワ人が破壊のエネルギーとその再生に魅力を感じたからだという。
 
 神殿の壁には、ラーマーヤナをモチーフにした緻密なレリーフが彫られておりそれを見ていくと、勧善懲悪の世界観に浸ることができます。
 
 神殿の中には東西南北に4つの部屋があり、それぞれの部屋には、シヴァ神・ガネーシャ神・アガスティア・ドゥルガが祀られている。
 
 見事なレリーフの数々。官能的でもある。
 
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 神殿北川の部屋のいるドゥルガ像は、伝説のプランバナンの姫ロロ・ジョグランの呪われた姿として有名らしい。なんか色っぽーい。
 
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最後は一番左の寺院に入る。祀られている神は、維持の神様ヴィシュヌ神だ。乗り物はおなじみのガルーダです。
 
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 とっぷりと古代ヒンドゥーの世界観に浸り幸せな気持ちになりました。振り返ると、入場したところとは反対側の素晴らしい建物群が並んでいた。
 
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 まるでわれわれを見送ってくれるように思える。(*^_^*)
 
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 この後は、車で2時間ほど離れた古都ソロへ向かいます。
 

 
 今日は、旅行はちょっとお休みしてダンスの写真を集めてみました。
バリにもジャワにもそれぞれの伝統ダンスがある。
 
 ガムランをバックに踊られることが多いが、ケチャダンスのように男性だけで、掛け声と共に踊られる合唱舞踏もある。今回これを鑑賞できなかったのが心残りです。
 
最初は、歓迎のウェルカムダンス。海岸にしつらえられたステージで踊ってくれました。
 
 
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 バロンダンスの一場面。猿とバロンの掛け合い
 
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 バロンダンスの魔女。生贄の事を伝える。右手右足、左手左足が常に違う動きをしている。
 
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 王子をわが子のように思う首相。
 
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 バロンダンスのサデワ王子と女王
 
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 説明書をもらってみているのですが、やはり何が何だか分からなくなって来てしまう。
 
 ランダだと思うのですが・・・
 
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  最後に男たちが出てきて剣を自分の体に刺します。今でも本当の剣を使っているそうですが錆びているように見えました。観光用でない時は、トランス状態になっているので剣で刺しても痛くないのだとガイドの説明がありました。
 
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 こちらはジャワ舞踏です。
 
  プジュアン、姫が武器の訓練をしている様子を描いている。
 
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 レゴンダンスは、昔からバリの王宮で踊られていた。二〇種類ほどあるというが、今日は、三人の踊り子によって演じられるレゴンクラトンというもの.
 
 二人の踊り子が全く同じ動きをする。
 
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 今日の踊り子さんたちです。一番小さな子は、一二歳だそうです。順番を待っている間ずっと携帯をいじっていました。(*^_^*)伝説の姫の役です。
 
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 ダンスが行われたレストランです。
 
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