好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

カテゴリ:中近東の国々 > イラン

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 きょうは、向こうで出会った人々や、ちょっとしたものの写真を見てください。


 中学生か、高校生か?小学生も、こういう格好をしているのですが、色彩がピンクとかブルーとかでとてもきれいでかわいい。

スーサのダニエル廟で会った人達。昼寝をしていたのだけれど、写真を撮って欲しいといわれました。大人の女性は、断られることも多いのですが・・・。
 
 イランの紙幣です。100リアルが、大雑把に日本円で、10円といったところです。

 
映画館に張ってあったポスターです。女優さんも被り物しています。

 
 ナンバープレートも、ペルシャ数字で書かれています。こちらのほうが古くて、アラビア数字のもとになったんだって!数字だけは読めるようになりました。

遺跡で道路の修理をしていた人達。炎天下の中、重機を使わずにすべて人力でやっていました。

 ヤズドの街で出会った男性。昔ながらの方法で、家を造っていました。

ヤズド地方のナンの職人さんです。此処の焼きたてのナンは、本当においしかったあ!

 イスファンの、アルメニア教会の鍵番の女性です。英語で話しかけられました。

宿泊していたホテルのパン職人さんです。ちょっとだけ焼かせてもらいました。

 フィーン庭園で、水遊びをする地元の子供達。かわいいでしょ?

レストランの前で、幸福の煙をおすそ分け?

 ポストです。海外は黄色のものをよく見る気がするんだけど・・・。

イランのお土産です。中身はお菓子なんだけど、パッケージにつられて買ってきた。療法で、500円くらいです。
 


 

 

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 ホテルの横が、大きな公園になっている。歩いて行ける距離に、テヘラン市内の一番賑やかな通りがあるというので、地球の歩き方片手に行ってみることに・・・。

 通りの真ん中は、水路があり植木もふんだんにある、遊歩道になっている。

 新聞スタンドの周りにはたくさんの人が集まっていた。

 戻って公園へも足を踏み入れてみる。日本のラジオ体操なものみたいなものを掛け声かけて、やっている集団がいた。

 大勢で、ランニングしている人も・・・。どこの国でも、健康は人々の関心が高い。

 明日はもう日本についているので、今日が最後の観光だ。隣の絨毯博物館に、歩いて向かった。
ここに収められている品々は、ファラ王妃のコレクションだそうだ。自分のコレクションを、展示するためにこの博物館を造ったのだが、完成する前に革命が起きてしまい、王妃自身はまだ一度も、この建物にきたことはないそうである。

 コレクションを見ていて、王妃の確かな審美眼を感じる。かなり古いものから比較的新しいもの、人物や花々を織り込んだもの、それぞれの民族によっておられたものと、どれを見ても素晴らしいものばかりだった。

 その後は、国王の夏の間の宮殿だったという、サーダバード宮殿に向かった、テヘランは、高地にあるし背後に高い山があるこのあたりは、夏は涼しいという。今、市内でも屈指の高級住宅地になっている。

 最もあまりここは利用されなかったらしく、スイスの方に避暑に行くことの方が多かったそうだ。
馬車や古いロールスロイスなどもある。

 内部の調度品はどれも品がよく、特注の絨毯の大きさにもびっくりだ。あまり使われなかったなんて、もったいない。

 近くの昼食場所に向かうのも、一苦労だ。この時間になっても車の数は全然減っていない。

 今日の昼食は、伝統料理ということで、食べ方を教わる。食事の部の写真のものをいただいた。イランで食べた食事の中で、私はこれが一番おいしかったです。入口の所に、民族衣装をいた男性がいて、何やら焚いている。この煙を浴びるといい事があるというので、さっそく浴びてみました。でもあまり効き目はなかったようですよ・・・。

 さて、この後は余ったリアルを使い切ろうということで、スーパーに連れて行ってもらった。あまったといっても、日本円にしたら1000円にも満たないお金だ。ところがここでは、案外使い出があるのです。私は、3000リアル、日本円で300円ほどしかもっていなかったのだが、ナツメヤシの干したもの、干しブドウの小袋、チョコレート菓子、これだけ買えました!(^^)!

 みんな荷物が増えてしまったので、空港でスーツケースの中に収めることになってしまった。

 途中ホメイニ廟を、写真ストップで見学。後は、空港までまっしぐらです。

 男女別々、入っていきます。ここでガイドさんとはお別れ、ありがとうございました。

 チェックインは団体でもOKということで、添乗員がすべてやってくれるのだ楽チンである。

 ところが遅々として進まない。ビジネスのカウンターも全然進んでいないようだ。後で考えてみれば、このあたりでもうシステムがダウンしかけていたんよ・・・。

 それでも、何とかすませ、出国審査を受け、免税店での買い物を済ませ、洗面所で洗面・歯磨きも済ませ、後は飛行機に乗り込むばかりです。

 ところが、ゲートには、ほとんどお客がいない。「こんなんだから、イランエアーは成田線を廃止することになったんですよね」なんて話していた。そして、ゲートのあく時間になっても、係りの人はやってこない。

 ここでアナウンスが入った。出発が遅れるとのこと。しかし、1時間過ぎてもまだ開かない。情報によると、イミグレでシステムダウンが起きて、人力で出国手続きを行っているとのこと。

 おまけに、出国手続きの済んだ人も、さっさとゲートに向かえばいいものを、ここは彼の国、免税店でゆっくりお買い物でも・・・と・。(>_<)

 結局、2時間半くらい遅れての出発となりました。

 機内に入ってすぐ、スカーフと上着を取りました。「あー快感!!!」軽くなった気がするわい。
服装の自由のありがたさをしみじみ感じました。

膝から下だけのブロンズ像は、革命のとき壊されたからです。何で全部取り払わなかったのかなあ?
 

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 今日はテヘランに戻る。途中、カシャーン・コムでの観光が含まれている。

 今日の朝の散歩は、アルメニア人地区へ行ってみることにした。
 地図で見ると、近いと思ったのだが、案外距離があった。昨日行った教会あたりをうろついていたら、女性が話しかけてきた。大きなカギを持っている。聞けば、マリア教会の鍵番なんですって。

 ナンを焼いているお店の前には、行列ができている。

 ホテルを8時半頃に出発。3時間半ほど北上を続けたところで、カシャーンに到着した。砂漠のオアシス都市である。砂漠の真ん中とは思えないほど、豊富な湧水が清れつである。バラ水が有名だとか・・・。ここにあるのは飲料用で、薄めて飲んだり、料理に使用したりするのだ。

 フィーん庭園は、その豊富な湧水を利用して作られている。サファービー朝のアッバース1世の時代から、歴代の王が離宮として使った。
 またここで、宰相アミール・キャビールが暗殺された。こんな美しいところで暗殺が行われたなんて・・・。建物の中に、その当時の様子が人形などを使って分かりやすく展示されていた。

 昼食は、近くのホテルでいただく。久しぶりに、ノンアルコールビールを飲んだ。

 さらに北上を続け、15時半頃に、コムのまちについた。ここには、神学校がある。そのせいか聖職者の姿がほかの街より多く見かけた。

 ここで、何とお巡りさんにつかまってしまった。なんでも、バスが入ってはいけないところに入ってしまったらしいのだ。ガイドが、詳細をはなしてやっと解放された。

 自分の考えていた道が通れなくなってしまったので、運転手さんは目的地にいけなくなってしまったようだ。目的地の建物は、目の前に見えているのだが、ぐるぐるその周りをまわっている。
 諦めたのか、とうとう車を止めて、歩いていたカップルに道順を聞く。

 ところが目的のモスクの周りは今工事中で、車は近付けなくなっていた。仕方がないので、都と区からの写真撮影となった。せっかく苦労してここまでやってきたのにね…ドライバーさんお疲れ様でした!

 でも、建設中のモスクもあまり見ることはできないので、それはそれで面白かったです。


 途中、砂漠の真ん中に原子力発電所があった。周りを、高射砲などが警護している。アメリカはイランも核を持っているとしているが、此処のことを言っているのだろうか?

 核があるにしては、警備が簡単な気もするのだが・・・。ガイドに聞いてみたら、「さあ、我々にもわかりません」と笑って返されてしまった。

 今日のテヘランでのホテルは、市街地にあるのでそこに行くまでがまた大変である。いたるところで工事をやっているので、渋滞に拍車がかかってしまっているのだ。
 その渋滞の車をあてにした人達が、車の間を縫って様々なものを売りつけている。

 今晩の夕食が、イランでの最後のものとなるので、さよならパーティとなった。この日は全員が、ノンアルコールビールで乾杯をしました。メインは、添乗員が日本から持ってきたそうめんでした。
 だしって、おいしいねえ!(^^)!
 

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 昼食場所は、王の広場に面した変わったつくり(日本人にとってです)のレストランでいただく。

 ここには、日本みたいに靴を脱いで食べるスペースがあった。違うのはテーブルがなくて、絨毯の上に直接、お皿を置いて食べるのだ。

 食事の後は、行ったんバスに戻るという説明だったのに、急きょこのまま出かけることになってしまった。バスの中にカメラを置いてきてしまった人、荷物を置いてきたい人、などがいたので、全員から「えー!!」という声が上がった。

 でもそういうことなら仕方がないね、と皆あきらめ境地でデザートを食べていたら、何と添乗員が皆の荷物を持って戻ってきた。ところが、余分なものまで持ってきたものだから、今度は、「こんな重いもの持って歩くの嫌だね」という人が出てきて、ややこしい事に・・・・。

 添乗員は、「大丈夫です。私がみんな持って歩きますから」というのだが、それでは、なんだかいじめているようで、かえって気持ち良く観光ができない。結局、自分で持って歩くことになりました。もっともなかには強硬に、「添乗員のミスなのだから、自分たちは持たない」という人もいるにはいたが・・・。

 なんだかんだで、午後の観光の始まりです。

 イマームモスクは、ドーム状の建物が二つある。一つはちゃんとメッカの方向に向いているのだが、もう一つは王の広場に面している。王の広場は、16世紀から17世紀にかけて、アッバース一世が作った。当時は世界の中心といわれた。真ん中に池があり、それを取り囲むように、イマームモスク・アリカプ宮殿・シェイクロトフォラーモスクが建っている。

 広場を取り囲む建物は皆ショップになっており。さまざまなお土産を売っている。

 圧倒されるようなモスクの大きさと、見事の一言でしか言い表せないようなタイル。
 音響も抜群である。どならなくても皆に、説教が聞こえるように作ってあるのだ。

 アリカプ宮殿は、高層建築である。1,2階は、アッバース1世が、3から7階は、2世が建造した。この内装が素晴らしいのだ。色彩を抑えた、まるでペルシャ更紗のような模様が描かれている。最上階は、音楽を聴く部屋になっており、音響を考えたつくりになっている。

 向かいのシェイク・ロトフォラーモスクとは、地下通路でつながっている。このモスクには、ミナレットがない。王様専用のモスクだからである。

 ここも見事なタイルで飾られている。青と、黄のコントラストの美しい事。モザイクも一見の価値があります。

 この後は自由時間になり、北側のお土産屋ではない普通のバザールに行ってみた。試食が楽しかったです。

 ライトアップされた、橋を見ながらいったんホテルに戻る。夕食の後、ライトアップされた王の広場に、希望者で行くことにした。

 ライトアップは、思ったほどきれいではなかったのが残念!

 

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 今日は市内観光なので、ゆっくりの出発。朝、ホテルの窓から、目の前の景色を眺めていたら、なんだかとても歩きたくなってしまった。地球の歩き方によれば、橋巡りは、2時間もあればゆっくり歩いても、王の橋まで往復できそうだ。

 それに朝日の昇るのを橋の上から、見てみたい気もするので、急いで支度をして外に飛びだした。こういうときは、かぶり物って便利よね(*^_^*)

 33橋の上に立ち、朝日の昇ってくるのを待つ。やがて右手の方からおひさまが昇ってきた。「やったね!」

 そのまま、川下に向かって、向こう岸を歩いて行く。河岸は、きれいに整備されていて、遊歩道になっている。もう、公園整備の人は、活動を始めていた。早いね。

 33橋より、途中の自動車の走れる橋にかかったところで、橋の欄干から噴水が出てきた。これには、びっくりだ!見ると、上下線の間からも、噴水が出ているではないか。ここでも、水の豊富差に驚く。石油産出国=水がない、これって、思い込みだったんですねえ。石油より、水の方が貴重だ、なんて勝手に思い込んでいた自分が恥ずかしい。

 もうひとつ、驚いたのは、女性のランニング姿だ。ここでも、走っている人や、体操をしている人はもちろんいる。男性は普通なのだが、女性は、例に黒い被り物をして走っている人が案外多いのだ。もちろん中には、スカーフにお尻の隠れるくらいのコートという人もいるが、長いコートにきちっと被り物をして走っている姿を見ると、申し訳ないが思わずみいってしまう。あれではつらいだろうなあと同情してしまうのだ。

 王の橋は見事でした。中ほどにテラスみたいなスペースがあって、当時の支配者はそこから川の流れを楽しんだのだという。橋の下も歩けるようになっているので、そこも歩いてみる。

 この時間になってくると、人通りもかなり増えてくる。歩いている女性の中に、財布をむき出しで手に持って歩いている人が結構いるのだ、概してイスラム圏は、治安は悪くないのだが、あらためてこの地の治安の良さに驚いた。都会でこういう格好で、歩けるのは日本だけだと思っていたんだ!

 ホテルに戻って朝食をいただき、いざ観光に出発です。

 最初は、アルメニア人地区にある13の教会のひとつ。イランでも、少数だがキリスト教徒はいます。中には、かぶり物を拒否する人もいるんだって。

 ここには博物館も併設されていて、一本の髪の毛に書かれた聖書の文字や、世界で一番小さな聖書(なんと0.7g)を見学する。写真は、NGです。


 続いて、金曜モスク、ここに向かう時にバザールの中を通って行った。活気があって、とても楽しい。ミカン売りのおじさんが、小さなかけらを口に中に放り込んでくれた。

 金曜モスクは、イスファン最古のモスクで創建は8世紀である。17世紀まで、いろいろな支配者によって修理・増築が繰り返された。なので、いろいろな建築様式が見ることができる。イランにおける建築様式の宝庫なのだそうだ。個人的には、モンゴル時代のモスクが一番気に入りました。

 また、イランイラク戦争の時には、ここに爆弾が落とされたそうだ。それを記したプレートもありました。見事な彫刻が施された、ミフラブも素敵だった。

 ここを11時半に出ないと、揺れるミナレットのパファーマンスの時間に間に合わないという。
なのに、大渋滞だ。揺らす時間は決まっているので、もう絶対間に合わないよう(>_<)
がっかりだが仕方がないなあと思っていたら、そこはガイドの力(?)どうやらチップを渡したみたいだ。揺れ終わったばかりのミナレットをもう一度揺らしてくれました。

 あれって相当力いるんだろうなあ。見られてうれしかったな・・・。!(^^)!

 この後は、王の広場まで戻って昼食だ。
 

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 ホテルの近くは、高級住宅地帯のようだ。イランに来て初めて、お金持ちの家というものを見た。

 8時過ぎ、ホテル出発。沈黙の塔へ向かう。ここは私が今回の旅で、ぜひ行ってみたいと思っていたところである。ゾロアスター教の鳥葬がここで行われたのだと言う。いつしかその習慣がチベットに伝わり、かの地に鳥葬の習慣が根付いたのだと聞いた。

 われわれが一番最初に観光客らしく、鍵番のおじいさんに開けてもらう。彼は、90歳を超えているらしいのだが、毎日ここでロバと一緒に商売をしているという。

 ここは今でも墓地になっている。50年ほど前から、鳥葬は禁止になり、ゾロアスター教の人々は、今土葬だそうだ。

 目の前には、大きな山が2つある。向かって左側の高い方が女性を、右の低いほうの山が男性をという具合に分かれてとり行った。

 ふもとには、僧院や遺族が寝泊りをして、鳥葬の終わるのを待っていた施設なども残されている。
この山の上で、儀式はおこなわれるのだが、それには遺族は参加できない決まりなので、ふもとで待っているのだそうだ。大体3日くらいかかるという。

 すべてが終わると初めて、骨をもらえるという。

 高いほうの山に登るのかなと思っていたら、残念ながら低い方だったのでちょっとがっかり。どうせなら高い方から低い方を見てみたかったな。

 てっぺんは、丸く石でかこまれていて、入口は1つ。真ん中に大きな穴が掘ってある。どうやらそこに亡くなった人を安置するようだ。

 ここから下を見ると、今はたくさんの家々が立ち並んでいるが、昔は荒涼とした風景が広がっていたのだと思う。上空を鳥が飛び交う様子は、想像するとかなり恐い。

 ふもとに降りてきて、ゾロアスター教の寺院に向かった。前面に池があり、建物の正面には、例の鳥のシンボルマークが飾ってある。

 中に入ると、1600年前から燃え続けているという炎が見られた。500年前、シラーズから各地を回りこの地にやってきたのだという。ガラス越しなので、はっきりとは見えないが確かに燃えている。
木材は何でもいいのだって。この寺院では、アーモンドの木を使用しているとか。

 このあと、52mのミナレットを持つジャメモスクに向かった。なるほど、見上げるにはかなり首を上に向けなけらばならない。ここのミナレットは、お札に描かれています。

 13世紀から14世紀に造られ、イランでは一番の高さを誇っている。モスクのあたりは、古い町並みが残っているので、散策しながらアレクサンダー大王の牢獄まで向かう。「え、こんなとこに閉じ込められていたの?」

 おみこしに使うという、骨組だけの変わった形のものが・・・毎年大規模な祭りがおこなわれるらしい。

 干しレンガで造られている家並みの狭い路地を歩いて行く。なんだかここだけ時間が止まってしまったようだ。途中焼きたてのナンをいただいた。「うーんおいしい」

 トンネルの向こうを猫が横切っていく。土をこねているおじさんにも出会う。今でもこうして家を造っているんだね。ここでは風の塔も干しレンガ製だ。

 おもしろかったのは、ドアノブです。2つ付いているのだが左右で形が違う。これは重さによって、音が違うので男女の区別が、中の人に伝わるようにとのこと。女性は、軽い音が、男性は重い音がするそうである。男性の訪問者だったら、頭にスカーフを被るのですって!

 バスは、イスファンに向かって移動開始である。途中で廃墟となった、キャラバンサライに立ち寄る。今は家畜の寝床になっているようだ。屋上部分にのぼってみると、案外遠くまで見渡せた。砂漠の真ん中ではこれくらいに高さのものでも、見通しがきくのだと実感できた。

 イスファンに着いたのは、夜になってからだったが、久しぶりのネオンにうれしくなってしまった。
つあーの仲間の人いわく、「土くればかり見てきたからなあ」(笑)

 運のいいことに、部屋割でも窓際の一番良い部屋をくじで引き当てることができた。部屋からの眺めは最高でした!ベランダに出て、ライトアップされた、33橋を見ていると、こころから幸せを感じた。

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 ナクシュ・ラジャーブは、ペルセポリスから、北東5kmの岩山に彫られている。
周りには何も残っていなく、あるのはレリーフのみである。

 いずれもササン朝初期のものだという。

 ナクシュ・ロスタムも、やはりペルセポリスの近くにある。こちらは北西方向なので、ペルセポリスをはさんで、向かい合う格好になる。

 アケメネス朝の4人の王の墓が岩山に、作られている。いずれも同じ十字の形をしている。ここに描かれたものを見れば、ペルセポリスの建築様式がわかる。

 また下方に描かれているレリーフは、いずれもササン朝のもので、どれをとっても見ごたえのある、素晴らしいものである。中でも、「騎馬戦勝図」は大作で、馬上のシャプール一世の前に、ビザンチン帝国の皇帝がひざまづいており、これはペルシャ帝国が世界を支配していることを、象徴しているのだって!

 また向かいには、ゾロアスター教寺院や、烽火台も見ることができる。

 パサルがダエは、BC546年ころ、アケメネス朝の王であるキュロス2世によって開かれた、最初の都である。つまり、ペルシャ帝国発祥の地であるというわけ。

 彼の死後、ダイオレス一世に引き継がれ、スーサに遷都するまで栄えたという。
 建設に使った鉄のかすがいなども残っている。


 そのキュロス二世の墓や、宮殿。門の跡などが広い地域に点在している。高地にあるので、日差しはきついが、ほほに当たる風は心地よい。

 残念ながら、ユネスコによる修理のため足場が組まれているので、王の墓をすっきり見るというわけにはいかなかった。ここには、アレクサンダー大王も立ち寄り、そこに刻まれた碑文を見て、自分がここに来る運命だったと悟った。王の棺は金でできていたらしいのだが、インドへの遠征の途中だったので、そのままにしておいた。帰りにもう一度立ち寄ると、それらの財宝はことごとくなくなっていた。

 外観は、ジグラットと呼ばれる階段ピラミッドである。アラブの侵入後彫られたコーランの一説も残っている。

 バスに乗る前に、差し入れのスイカをいただく。暑い中回ってきた身にはことのほか美味しく、普段はスイカは食べないのだが、おいしく頂きました。

また、トイレ休憩に立ち寄った近くにあった糸杉の大木は、5000年以上も生きているのですって!

 ヤズドの街は、砂漠の真ん中にあるので、もっと乾いたイメージを持っていたのだが、ふんだんな地下水のおかげなのかいたるところで噴水が見受けられた。

 本当にどこの町も噴水や植栽がふんだんで、これで車さえ少なければいうことないのに・・・・。その車なのだが、イランでは営業車にはタコメーターの提示が義務付けられている。違う街に入る手前には必ず検問所があるのだが、交通事故を減らすために考えられたそうだ。でもこれが案外時間がかかる。不評だったので、一時取りやめたのだが、事故数の増加に伴い、また復活してしまったそうだ。

 

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 毎回必ず、プレーンのヨーグルトが出てきます。

 続いて、酸味のきいたスープ(トマトベース)もしくは穀類の入ったカレー味っぽいスープ、ショートパスタが入ったスープ、

 ただ切っただけのサラダ・・・ドレッシングがある場合とない場合があるので、日本からドレッシングを持っていくとかなりおいしく頂ける。

 後はメインのものが出てきます。
 これは、ケバブだったり煮込みだったりします。煮込みの場合は、種類がたくさんあるので、シェアします。味はトマト・カレー・ちゅうしんで、後は入っているものによって微妙に違います。イチジクを煮込んだものなどは、かなりあまいです。個人的には、なすの煮込みが一番気に入った。

 主食は、ナンを食べるかサフランライスをいただく。

 最後の日は、伝統料理とかで、つぼに入ったスープを、別皿に移し、そこに小さく刻んだ何をいれて。浸しながらいただいた。これはかなりいけました。残った具は、マッシャーみたいなものでつぶしてもいいし、そのままいただいてもいい。中に入っているものは、じゃがいも・にんじん・まめ・鶏肉などです。

写真で、発泡スチロールの容器に入っているものは、お弁当です。

     山の断面みたいなものは、香辛料!

     ビンは、ノンアルコールビールの中では、一番ビールに近い味がした銘柄です。

     お菓子は、デザートに出されたもので、プディング続きだったので、とてもおいしかった。
     ココナッツ味のクッキーとナツメヤシです。

     ナツメヤシはかなりおいしいので、お土産にお勧めです。私も買ってきて今食べています。


     ナンは、いろいろな種類がありますが、これはヤズドの街の中のお店で焼きたてをいただきま     した。地元の人は、これを乾燥させてお煎餅のようにしてぼりぼりと食べる。他にもゴマ入り     のもおいしかったです。

      

     
 

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