好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

カテゴリ:南米の国々 > ペルー・ボリビア・アルゼンチン・ブラジルの旅

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 リオデジャネイロの空港では、今までに受けたことのないものが待っていた。
チェックインカウンターの前に、もう一つカウンターが有って、其処ではコンチネンタルの係りの人がいて、荷物は何が入っているかとか、どういう旅かとか、何処でバゲジを作ったかなど、結構細かくチェックするのだ。もちろん英語である。下手な答え方をしたり、答えられなかったりすると、スーツケースをその場で開けてチェックさせられることもあるのだという。大体最初から、アメリカ便はケースに鍵をかけてはいけないと言っているのに、そのうえここまでやるのか!本当にアメリカは、おかしい・・・。世界中を敵に回してどうしようというのだろう。
 片言英語でも怪しい私は、少々不安だったのだが、何処からか日本語のしゃべれる人を連れてきてくれて、その人が色々通訳してくれて、スムーズに事が進み、ほっとした。

 コンチネンタルエアーは、またまたサンパウロ経由でヒューストンに向かう。時間にして、11じかんくらいかなあ?サンパウロでは、機内から外へは出ることができないらしい。
 時間まで、免税店でコーヒーの試飲など飲んで過ごす。30分くらいの遅れで、離陸。南米の会社ではないとスムーズに飛ぶのだなあと思ったりする。
 飛び立った時には、機内は空いていたのだが、サンパウロで乗り込んできて、ほぼ満員になってしまった。空いていたら、寝転んでいこうと思っていたのに残念。

 ヒューストンで、又指紋をとられ入国する。靴を脱いで、セキュリティゾーンを抜け、休んでいたら、Hさんが、時計がないと言い始めた。添乗員は、あわててセキュリティの係りの人のところに戻って、探してもらったり、で大騒ぎだったのだが、なんと頭にかぶった帽子の中から出てきて、一同ほっとするやら、おかしいやら・・・。

 朝の早い時間なので、まだ全部のお店は開いていないし、時間もありすぎるほどあるので、ワインを頼んで、食事をしながら離陸の時間を待つ。

 5時間くらい空港で過ごした後、10時50分コンチネンタルエアー007便は、日本を目指して飛び立った。

 定刻どおりに成田に降り立ち、荷物を受け取ったのち、自然解散となりました。
長い間、ツアーの皆さんお世話になりました。

 正直、ツアーなのにこんなにしんどいたびになるとは思ってもいませんでした!
敵は、高山病ではなくて南米各社のエアーでした。

 写真は、動物や植物を集めて見ました。1枚目の羽の模様おもしろいでしょ?他の数字もありました。
 3枚目は、アルパカです。リャマより、毛が気持ちいい。
 4枚目は、クイです。これをこちらの人は、お祝いの時に食べます。
 最後の写真は、目の前に急に現れたのでびっくり!

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 いよいよ、今日ブラジルを後にして、日本に向けて出発の日だ。
午前中は、自由時間なので、ホテルにとどまる人・シャトルバスでお土産やさんに行く人それぞれである。私は、添乗員が「危険だからお勧めできません」というのを振り切って、地下鉄に乗ってセントロへ行くことにしていた。せっかくここまで来て、海岸ばかりではつまらないではないか!
相方に「どうする?」と聞いたら、一緒に行きたいという。それなら、話は早いしと言う事で、8時半くらいに地下鉄の駅に向かって出発した。地図で見ると、近いのだが案外距離があり、ガイドブック片手に、30分ほどかかって到着した。往復切符を購入。日本円で、300円くらいかな、それほど安いというのでもない。案内は、すべてポルトガル語である。以前ポルトガルに行った時のことを思い出し、何とか聞き取れる。
 ホームもきれいだし、車内も少し混んでいるものの、落書きなども見当たらず、雰囲気は悪くない。それでも、用心してなるべくドアの付近には立たないようにする。
 CARIOCAという駅で下車して、早速カテドラルメトロポリターナへと向かう。この教会は、斬新なデザインなので、有名なのだ。コンクリートうちっぱなしのそれは、たしかに教会には見えないつくりになっていた。
 少し中で休み、国立図書館や美術館、市立劇場などが集まっている一角に足を向けた。お店もきれいで、広い通りには並木が植えてあり、さすがにブラジルの中心都市だけは有るなあと思う。
 市立劇場は、予約すれば中も見られるらしいが、この日は外観のみ見学。国立図書館は、ツアーでの見学のみということで、素敵な玄関だけを見学して、美術館へ行った。
 美術館は、なんとフリーだった。2階・3階がギャラリーになっていて、カフェなんかもあった。企画展として写真展が行われていた。ルーブル美術館を模して造られたというが、修理用の幕が張ってあって、確かめることはできなかった。ブラジル人関係の作品が多い。
 カリオカ広場に戻り、地下鉄に乗ってホテルへと戻ってきた。昼食はみんなでということになっていたからだ。最初は、近くの中華レストランでといっていたのだが、ホテル側が「部屋の良くなかったのをお詫びしたい」ということで、急遽提供してくれることになったので、それをいただいた。お昼代が浮いたよ。
 2時くらいにホテルを出発して、有名なサッカーの聖地といわれる、「マラカナンスタジアム」へと向かった。大きさも半端でなく、固定のイス席17万、立見席3万、かってはここに22万人以上収容したことも有ったらしいが、今は安全上の理由からか15万人に制限されているそうだ。
この日は、夜からサッカーの試合があり、1000ゴールまで後1つとせまった選手が出るというので、早くもTV局が来て準備をしていた。
 選手控え室、選手の入場口、ストレッチ場、などを見た後、ピッチに向かった。柵で仕切っては有るのだが、選手の目線と同じなわけで、ちょっと感動してしまった!パフォーマーが、ボールで色々やってくれるのを見物した後、一番高い席に案内された。貴賓席の隣にあるのだが、イスのつくりはそんなに違うようには思えず、「ふーん・・・」といった感じだ。
 一回のホールに降りて来て、歴代の選手の話を聞いたり、足型に自分の足を入れたりして楽しんだ。
ジーコのも有ったよ。ここを歩いていると、私たちに向かって「ジーコ・ジーコ」といって声をかけてくる人が結構いた。向こうでも、日本でのジーコの様子はよく知られているのだろう。
 公式のショップでは、皆お土産を買うのに大騒ぎだった。私も、Tシャツを買ったよ。

 後は空港に向かうだけだ。いよいよお別れだな。

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 昨日は暗くてわからなかったのだが、朝起きて窓を開けてびっくり!
目の前には、ビーチが広がっていた。すばらしいロケーションだったのね。
遅くにチェックインなので、こんなんばっかりのような気が・・・。

 なんせ昨日食べないで寝てしまったので、お腹がすいて早起きになってしまった。朝食をとる為レストランにむかう。入ってびっくり、「ここは、ハワイか、グアムか?」
 皆さんくつろいだ格好で、背中の大きく開いたドレスや、短パン、ビーチサンダルといった格好だ。
スニーカーに、長袖なんて格好をしているのは、我々のグループくらいのものだ。
何となく場違いなところにきてしまったような・・・。そんなことより、お腹をなだめてあげなくては!

 それにしても暑い!マナウスの方が赤道に近いのに、こちらの方が暑く感じるのは何故?
最初の観光は、コルコバードの丘である。登山電車に揺られて、頂上まで登る。ここは、リオの観光のシンボルで、大きく手を広げたキリスト像が立っている。これと全く同じようなものを、以前ポルトガルに行ったときに見たのだが、ブラジルはポルトガル人によって支配されていたわけだから、何か関係有るのかもしれない。1931年に作られ、日の光を受けた真っ白な巨体は、まるで全体が十字架のように見える。ここから、下をのぞくと、海岸線の美しいリオの街が一望できる。
 ガイドによると、ここからの眺めはいつも、もやがかかったようになっていて、中々すっきりと見えないのだそうだ。湿度が多いのかな?

 ここで、昼食となった。名物のシュラスコ料理を提供してくれるお店に案内された。串に刺したお肉や、その場でスライスしてくれる部位別になったお肉、又チキンなど次から次へとウェイターが、運んできてくれる。食べたいものがあったら、好きな量だけ頼めばちゃんとお皿に切り分けてくれる。
 これは、名物というだけあったとても楽しかったし、おいしかった。

 満腹になったお腹を抱えて向かったのは、ポンデ・アス・カールという、釣鐘の形に似ている山だ。この名前の意味は、「砂糖パンの山」というらしいのだが、私にはどう見ても釣鐘にしか見えない。
 同じような形をした2つの山を、ロープウェイが結んでいる。高所恐怖症の人には、少々刺激が強いかも。ここからの眺めもすばらしく、すぐそばの空港を離発着する飛行機も楽しめる。

 最後は海岸線をドライブして、レブロン・イパネマ海岸線を北上していく。コパカバーナビーチは、4・3kmも続く世界でも有名なビーチである。泳ぐというより皆日光浴に忙しいようである。ブラジルはビーチバレーの強豪国らしいのだが、バレーを楽しむ人々も見られる。けれども治安もとっても悪いそうで、一人歩きは絶対にしないでくださいと何度も念を押される。

 ホテルに帰ったら、頼んでおいた部屋替え、OKということで広げた荷物を持って引越しである。変更した部屋も何となく、水周りがすっきりしないが、もう面倒になってきてしまった。
 夜は、サンバショーに出掛けるので、早速シャワーを浴びて砂を落とした。

 食事の後、同じ建物にあるサンバショーを楽しんだ。美川憲一や小林幸子ばりの、衣装に身を包んだダンサーをはじめとして、アクロバットショーなどかなり盛りだくさんの内容で楽しめた。
 最後の方で、司会の人が観客の国を呼び上げる。呼ばれたら、ステージの上に上がって自国の代表的な歌を披露するというアトラクションがあった。我々日本も、ステージの上に上がり、「上を向いて歩こう」をうたった。これってかなり昔にはやった歌だよね。「うん?」と一瞬思ったが、世界ではまだこんなものなのかな。楽しければ何でもいいけどね。
 ステージの前では、酔ったお客達がダンサーと一緒に踊りだす。
本当に、のりのいい国なんだなあ。リオのカーニバルの本番では、一体どんな様子なのかしら?

 ワインと、ダンスに酔っ払ってホテルに帰りました。

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 ガイドの高橋さんとお別れして、中に進んでいく。
今のところ、遅れはなさそうだが・・・。
離陸時間は、15:30分なので、考えてみればお昼ご飯が提供されるとは思えない。本来なら、旅行社が、提供すべきなのだろうが、自分達で朝ホテルからいただいてきたパンなどで、お腹をごまかす。
 何しろ中には、小さなカフェが1軒あるだけなので、そこに20人以上が、入れ替わり立ち代わり、な何かを注文しに来るものだから、店員さんはあわて気味だ。のんびりしてるからね。一度に2つのことは進められないんだもの。

 でも時間はたっぷりあるので、大丈夫よ!ビールなんかも飲んだりして、ここまでは比較的余裕が有った。しかも奇跡的に、定刻に離陸というおまけまでついていた。

 この便も、サンパウロ経由だ。サンパウロの空港は、行きにも利用したので簡単かなと思ったのだが、そうは事が進まなかった!チケットに書かれたゲートに案内の表示に従って進んでいるのに、何故か行き着けないのだ?添乗員も不慣れなので、係りの人に聞いたりするのだが、かえってくる言葉がそれぞれ違っているのだから、なんともならない。一体ここの空港職員はどうなっているのか知らん!
 添乗員を先頭に、20人はうろうろ空港内を走り回った挙句、とうとう外に出てしまった。この時点で乗り継ぎ時間に20分くらいしか余裕がなくなっていた。
 みれば、JALのスッチーがうろうろしているではないか。そう、ここまでは、JALが直行便を飛ばしているのだって。だとしたら日本語をしゃべれる係員もいるのではないかと、思いそれらしき人を探す。結果、私達の乗る便は、何故か国際線扱いなのでもう一度セキュリティチェックを受けなおして欲しいとの事、乗り継ぎ便は大幅におくれているので間に合いますよといわれる。
 仕方がないので、一同大切に持っていた水をごみ箱に捨てて、チェックをとおる。国内線は、液体の持込ができるのに国際線は禁止なのだ。
 やっとのことで、ゲートに向かっていると、なんと国内線からのトランジットが簡単にできる扉が有るではないか!!!これには、皆「添乗員は、こんなことも知らんのか!!」とブーイングの嵐であった。
 おまけに、夕食は機内食が提供されることになっていたのに、何も出てこなくて、お腹を空かせたままリオに降り立ったのだった。
 時間は、日付が変わろうとする時刻になっている。途中で水を買いたいという申し出にも、「遅いので無理です」と、ガイドはこたえてくれないし、へとへとになってホテルに入った。
 ガイドがチェックインする間に、東京の本社にTELを入れ、事態の説明をしたらしいのだが、取り合ってくれず、結局この日は夕食抜きで解散となった。
 災難はまだあった!部屋にはいって、明かりをつけた相方が大きな声で「えー!何!」と叫んだ。
夫婦でもないのに、部屋の真ん中には大きなWベットがでんと鎮座していたのだ。
 あわてて、ロビーまで戻り、部屋を変えてもらうことに。これでやれやれと、彼女がシャワーを浴びている間に、どうにもお腹がすいて仕方がない私は、仕方がないのでお菓子を食べて、お腹をごまかしていた。シャワー室から出てきた彼女うかない顔をしている。「どうしたの?」と聞くと、カランとシャワーの切り替えがうまくいかないというのだ。
 私も入って、色々やってみたが手を話すと自然にシャワーに戻ってしまう。明日観光に出る前に、部屋を代えてもらおうよ、ということに。
 怒っている彼女は、普段冷蔵庫の中のビールや水は、高いといって飲まないのにこの日は、2本も缶を空けたのだった。
 チェックインが遅くなったので、ろくな部屋が開いていなかったんだなきっと!
「あー、それにしても腹減ったなあ」

ひょうたんです。日本のものとはかなり違う。

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 ガイドの、高橋さんという方は、日本の方で九州出身だという。炭鉱で暮らしていたのだが、斜陽になってきたため、思い切って家族でこちらに移住したのだという。そのとき彼は、14歳。それから45年今は安定した暮らしを手に入れられたが、ずいぶん苦労をされたそうだ。移住なんてずーっと昔の話だと思っていたが、目の前で実際に体験された人の話を聞くと、そんなに昔のことではなかったんだと思う。
 彼は、暮らしていくためにピューマをしとめたり、ワニを取ったりしてその毛皮を売ったりしたそうだ。そのときに負った怪我の傷跡が、今も生々しく右手に残っていた。
 初めて、日本に里帰りをする時、もうワシントン条約があり、トランク一杯に詰めた毛皮は、見つかれば没収というところだったが、税関の人はまっすぐ彼の目を見て、「初めての里帰りですか。ご苦労様でした」とこえをかけたのだそうだ。トランクについては、何も言われなかったとか・・・。私は、案外税関の人は、怪しいなあと思っても敢えて開けてくれとは言わなかったんでは、と思うのだが・・・。

 早起きして、ミニ動物園にいってみた。鳥やサルに混じって、1頭だけピューマがいた。やはり、猫科の動物はかっこいいなあ!

 観光のスタートは、市場からだ。マナウスが、ゴム景気で、沸いていたころパリのレアール市場を模して作られたのだそうで、今も外観はそのまま残っている。お金儲けにためにやってきたもののやはり母国が懐かしかったのだろうねえ。
 中には、昨日食べたピラルクの切り身や、干物も売られていた。お土産コーナーの方で、コーヒーを買う。今回は、各国でコーヒーを買って来ているのだ。

 お次は、アマゾナス劇場だ。ここは、ドームがブラジル国旗を模して作られている。ピンク色の外観の変わった雰囲気の建物である。が、中に入ると、ミニオペラ座といった本格的なホールである。
これ1つとっても、この地がゴムによって栄えたか良くわかる。創建は、1896年、鉄柱はイギリス・大理石はイタリア・イスはオーストリア・シャンデリアと天井がはパリから、という風に当時の一流のものをヨーロッパから取り寄せて作られたのだという。けれども、ハードはできたもののオペラ歌手といったソフト部門の供給には苦労をしたとか、破格の出演料を払ってヨーロッパから呼び寄せたのだそうだ。
 この日は、たまたまオーケストラが練習をしていたので、音響も確かめることができた。
近くにある、カテドラルやサンセバスチャン広場を散策してバスに戻った。

 バスは、日本人が始めて移住したという地の中にある、自然博物館へと進んできた。ここは、日本人が経営している博物館で、魚や昆虫の剥製が系統立てて展示されている。ピラルクが2匹悠々とはいかないが、狭い水槽の中で泳いでいた。でもかっこいいなあ!大きな魚が泳いでいるのを見ていると、気分がゆったりしてきて、スーッとする。
 生きていたら、きっと高値で売買されるのだろうなあなんて、カブトムシを見ながら思ってしまった。

 このあとは、空港に向かうのだ。今日の昼食は、機内食となっているのだが、今までの例からしてたいしたものは出されないだろうから、ホテルの朝食の時パンか果物をちょっと余分に持ってきてくださいと、添乗員から言われている。

 空港にいって見ないとわからない、南米のエアー会社。本当に恐怖だ。
うまくいけば、今日の夜には、リオデジャネイロにつけるのだが・・・・。

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 今日もホテルを、5時過ぎには出た。周りはまだ真っ暗だ。着いた空港は、ブラジル側のイグアス空港だ。こちらは、イグアスの玄関らしくきれいだ。

 心配していたストは、回避されたらしいのだが、定刻どおりにテイク・オフとはいかず、遅れて出発。マナウスまでは、直行便はないのでサンパウロ経由である。
 機体の写真を立っていたら、注意されている人がいた。「あ!ここはまずいんだ」と思って、早々にカメラをしまう。全員揃ったと思ったら、添乗員があわててもどっていってしまった。又戻ってきて、「Sさんが写真を撮っているのを注意されたのに、反対に係員を押したのですよね。怒って飛行機に乗せないといっているんです。これから交渉しますけれど、最悪皆様方だけで行って頂く事になるかもしれません」「なにーーーー」大体このSさんという人、今までも単独行動が目立ち、何となく回りの顰蹙を買っていたのよね。で、彼に同情はないのだけれど、添乗員無しでいくのは、いやだなー・・・・。
 5分ほどして、2人で戻ってきた。「向こうの警察に出頭するということで、許してもらいました。空港について、ポリスがいたら出頭しなければならないかも、まあたぶん連絡しないと思うので大丈夫だとは思うんですけどね」ということ、一件落着となった。
 ところが、Sさんお詫びも言わないのよね。なんか大人じゃないなあ、点数又下がるよ!

 乗り換えのサンパウロの空港のややこしいこと、おまけに乗り場が2回も変わるというおまけまでついてくる。アナウンスも、ポルトガル語で言われるので、英語のアナウンスも周りがうるさくていまいち聞き取れないし、結局我々のチケットを見ていたいおじさんが親切に教えてくれて、一同ぞろぞろと大移動だ。本当に、飛行機関係はここでは鬼門である。

 結局、マナウスには1時間遅れくらいで、つくことができた。これくらいはここでは定刻というのだろうな。Sさんも、ポリスに連れて行かれなくて済みました。

 早速バスに乗って、アマゾンクルーズを始める港へと向かう。港とはいっても、「何処が?」といってところで、メルヘンチックな船に乗り込むのも、脇に渡した板を上っていくという感じだ。
 まず船は、アマゾンとネグロ川の合流地点をめざす。この2本の川は、何故か交じり合わなくて、はっきり色の違いがわかるのだという。なるほど、見てびっくり。本当に混ざっていない、ブラックコーヒーとカフェオレといった感じだ。何故交じり合わないかというのは、水質・水温・流れの速度の違いなどからきているらしい。
 ここからは、船に1時間ほど揺られていく。着いたところが今日の昼食のレストランだった。ここでは、名物の、巨大魚ピラルクを色々な料理方法で調理されたものを食した。淡白でどれもおいしかったのだが、個人的には香草と一緒に煮たものが気に入った。
 デザートに、完熟マンゴーとパイナップルをいただいたのだが、人生今までに中で一番おいしかった。うーん、満腹じゃ!
 さてこの後は、小船に別れて乗り込みアマゾン川の支流へと入っていく。そして、楽しみなピラニア釣りも体験することになっている。
 ジャングルというと思い浮かべるような、大木が茂っている間を船は進んでいく。どこかで、鳥の甲高い鳴き声なども聞こえてくる。他の動物には残念ながらあえなかったが、気分は探検隊だ。

 ピラニアは、目がとても悪い代わりに音には敏感だという。なので、小魚がおぼれているような音を、水面をたたいてだし、勘違いして寄ってきた魚を、牛の肉で釣るのだ。
最初に、現地の人が見本を示してくれる。さあ、それを見たあと、いよいよ一人で挑戦だ。当たりを感じてからの引き上げのタイミングがコツがいる。何度も失敗をした後、やっとうまく引き上げることに成功した!「うーん、めちゃういれしいわあ」
 結果、3匹釣れました。思ったより楽しかったよ。一旦、レストランに戻って、全員の成果を披露した。20匹以上有ったのでは・・・。
 これは、後でから揚げにして皆でいただきました。骨がちょっと気になるけれど、淡白でビールに良くあいましたよ。
 
 ホテルには、船で向かうのだという。ホテル専用の桟橋があると聞いたので、どんな立派なものかと思っていたら、ぼろぼろだったので笑えてしまった。
  このホテルには、ミニ動物園があるので、明日出発前に見てみよう。
  

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 午後からは、アルゼンチンに入国して、違う角度からのイグアスの観光を楽しむ。
何度も、イミグレのチェックを受けるのは無駄だと思うのだが、アルゼンチン側のみこういう仕組みになっているようだ。

 「悪魔ののど笛」を真上から見るためには、トロッコ列車に乗っていかなければならない。待っていると、かわいらしい列車がやってきたので、それに乗り込む。
 終点駅から、片道30分もかからないくらいの遊歩道を、歩くと「悪魔ののど笛」の真上に出る。
圧倒的な迫力の前に、言葉が出てこない。皆寡黙になっている。この名前の由来は、ここから下に落ちるとばらばらになってしまい、まるで悪魔に食べられてしまうようなので、この名がついたのだという。実際には、ここから飛び込む人はいないそうなのだが・・・。大自然の迫力を目の当たりにすると、人は死のうなんて考えなくなってしまうのかも・・・。
 ひたすら滝だけを見て、時間を過ごす。どれだけ見ていても、飽きないから不思議だ。添乗員が、最後まで残っていた私を促したので、しぶしぶ後にする。

 帰りは、途中駅で下車して、他の滝を見て歩く。眼下には、果敢に滝つぼにアタックしている船の姿も見られる。私もやりたいなあーと思いながら、そこはツアーなので・・・・。
 昨日順調についていたら、時間があったのに・・・なんて。

 滝には様々な名前がついているが、それらはここで働いていた森林警察や、植物学者の名前だそうだ。

 最後は、3国国境地点へと向かった。パラナ川とイグアスの滝が流れ込む合流地点が、パラグアイ・アルゼンチン・ブラジルの3国が交わる地点になっているのだ。アルゼンチン側に立っているので、対岸にはパラグアイとブラジルの国を見ることになる。川の真ん中が、国境というわけではなくて、一番深いところが国境となるのだそうだ。

 ホテルに戻ってきたころには、ちょうど見事な夕焼けだったので、展望塔に登ってみた。見事な、夕日が滝の向こう側に沈んでいった。

 明日は、アマゾンへ行くのだが、聞いたところによると、ブラジル軍隊の管制官が、待遇改善を要求して、昨日からストライキをしているのだという。終息に向かうとは思うのだが、そればかりは明日になってみなければわからないという。
 「エー!又飛行機のトラブルなの。もう勘弁してよねえ!」

 神様仏様、どうか明日のストライキは行われませんように!

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 快晴!今日は、昨日の分も楽しむぞー!!!

 ホテルは、国立公園の中にあって、昔は国の建物だったのを、民間のホテルが買い上げてホテルとして開業したのだそうだ。ダイアナ妃も泊まったという。外観は、教会のようで色もピンク色と中々素敵な感じだった。何しろ昨夜は、真っ暗で何も見えなかったのだから・・・。
 木々が育ちすぎて、今は客室からは滝が望めなくなってしまったのだが、昔は旧舘に泊まると、部屋から滝が望めたのだそうだ。

 それでも、足を一歩進めると、目の前に滝が顔を出しているという抜群のロケーションである。
ここに宿泊すると、国立公園が開園する前に、滝の展望台まで散歩できるので、ゆっくり見られるというメリットがある。

 私達もその恩恵にあずかって、8時ころから遊歩道を歩き始めた。歩いているのは、私達と他の宿泊客2・3人というまさに独り占めという感じだ。
 見たこともない蝶がでむかえてくれるし、そらには、コンドルが悠々と飛び目を楽しませてくれる。
少しでも滝が見えると、もううれしくて仕方がない。

 滝の、雄大さは圧倒的にアルゼンチン側からの方が、感じられるのだが。ブラジル側からの良い点は、滝の全貌が見渡せることだ。イグアスは、全長4km滝の数大小合わせて300、落差80m、1億2000万年前には、もうできていたといわれている。

 悪魔ののど笛を、正面から望めるというポイントに近づいていくと、滝の音が聞こえてきた。橋が滝のすぐそばまでかけられていて、本当に水しぶきが飛んでくる。

 その圧倒的な大きさにしばし、唖然・・・。

 滝の中にイワツバメが飛び込んでいくのが、横から見ていると良くわかる。「良くこんな滝の中に・・」と感心してしまう。

 ここから一気にエレベーターで地上に上がると、バスが待っていた。それに乗り込み、今度は世界最大のイタイプーダムへと向かった。1966年、建設が決まり、1977年着工、1984年に送電を開始した。工事期間30年の間に町の人口は、9倍に膨れ上がったというからさぞかしダム景気に町は沸いたのだろう。1991年に、全18基のタービンが完成した。すべてが電気ののために作られたこのダムの総電力供給量は、1260万KW、これはイグアスの滝の落ちるエネルギーの40倍だという。
 アルゼンチン・ブラジル・パラグアイの3国にまたがって作られており、パラグアイはブラジルからの借金を電力の供給で返しているのだという。この借金を返し終わった後には、すべての電力を輸出できるわけで、中東のクウェートのように、大金持ちの国になるのではないかといわれているのだそうだ。
 広すぎて、歩いて回るわけには行かないので、バスで巡回していく。途中、1ッ箇所で見学の為下車ができる。

 この見学の後、イタリアンレストランで昼食となった。ブラジル風イタリアンということだったが、テーブルの上にはいくつもの料理がのった子皿が並べられて、中々おいしかった。

 この後一旦、ブラジルを出国して、アルゼンチン側へと向かう。

 最後の写真は、ホテルの前でうろついていたアナグマです。

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