好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

カテゴリ:東ヨーロッパの国々 > ルーマニアとブルガリア

 
 6月2日プロディフのホテルでの夕食。
今こちらでは、日本のかにかまが人気らしい。こちらでの呼び方は、「スリミ」ですって。
 
 こうして出されると、中々おしゃれに見える。タルタルソースをつけていただきます。
 
 
イメージ 1
 
 
 6月3日 プロディフのレストランでの昼食  ろうそくの灯りの中でした。
 
 ほうれんそうのスープ
 
 
イメージ 2
 
 
 
 メインは、カヴァルマという肉と野菜のトマト煮込みです
 
イメージ 3
 
 
 デザートは、アップルパイでした。
 
 
 夕食は、ソフィアのホテルです。
 
 
 リンゴとニンジンサラダ
 
 
イメージ 4
 
 
 チキングリル。この付け合わせのシイタケが本当においしくて、隣のおさらの渡しより大きなたシイタケがうらやましかった(^O^)
 
 
イメージ 5
 
 
 
 最終日のお昼は、リラの僧院の近くの渓谷沿いのレストランです。
 
 豆のスープ。こちらの人は本当に豆をよく食べます。豆好きの私にとっては本当にうれしい。
白いんげんが沈んでいます。
 
 
イメージ 6
 
 
 メインのますのグリル。渓谷には川が流れていてそこで養殖したものです。
ブルガリア人が手で触るのは、チキンと魚と女性だけだそうです。
 
 とてもおいしかった。
 
 
イメージ 7
 
 
 デザートはクレープでした。
 
 
 夕食は、ホテルでいただきます。最終日の夕食は全員そろっていただくことができた。
 
 
 名物のショプスカサラダ。白いのはチーズです。きゅうりの上に雪山の様にかかっている。
 
イメージ 8
 
 
 メインは、ムサカ。
ひき肉、ジャガイモ、トマトなどをオーブンで焼きます。
 
 
イメージ 9
 
 
 デザートは、ライスプディングでした。
 
 ルーマニアもブルガリアも割と味覚が似ているのかどれもおいしくいただけました。

 
 帰りは、空港で自動チェックインだったので少々大変でした。ガイドも初めて、添乗員も慣れていない、私自身も2度目でした。日本では、まだ使う人は多くはないのだが・・・。ヨーロッパでは普及しているようです。
 
 予約番号がどれなのかわからなくて大騒ぎ。よその添乗員さんが、教えてくれてなんとかすますことができた。
 
 今日は、ブルガリアで食べたものを紹介してみます。
 
 5月29日 シュ―メンでの昼食
 
  ヨーグルトサラダ  
 
イメージ 1
 
 
  ポテトグラタン
 
 
イメージ 2
 
 
  ブドウの葉のひき肉包み。ブドウの葉っぱは殺菌作用があるらしい。
 
 
イメージ 13
 
 
  デザートのライスプディング
 
 
イメージ 14
 
 
 この日の夕食は、バルナのホテル。
 
 
イメージ 15
 
 
ポークカツレツ 
 
イメージ 16
 
 
 5月30日
 
 ネセバルは、海のそばなのでメインはタイのグリルでした。
 
ニンニクパンが好評でしたが、ニンニク苦手の私は(+_+)
 
 
イメージ 17
 
 
 魚のスープ
 
イメージ 18
 
 
 黒海で獲れた鯛のお頭付きおいしかった!
 
イメージ 19
 
 
デザートは、イチジクのアイスクリーム。日本だとめったにお目にかかれない。
 
 
イメージ 20
 
 
 夕食は、昨日と同じホテルです。
 
 キャベツのサラダ、キュウリとトマト以外のサラダは珍しいです。
 
イメージ 3
 
 メインはチキンパスタ。例によってアルデンテでは無いです。(*^_^*)
 
イメージ 4
 
 
 
 5月31日 昼食はアルバナシ村で。
 
 野菜スープに続いてシチュウ出てきた。我々の感覚からするとちょっと変かな?
 
 
イメージ 5
 
 
 
名物の壺シチュウ。量が多いです。
 
 
イメージ 6
 
 
 デザートは、珍しい水牛のヨーグルトでした。初めていただきましたが、味が濃いです。
 
 
イメージ 7
 
 
 夕食は、ベリコタルノヴォのホテルです。川が一望できる素敵なレストランでした。お客は、ほぼ日本人。
野菜のチーズ焼き。なんだカツのようでした。
 
 
イメージ 8
 
 メインは、ローストビーフ。
 
 デザートは、焼きりんご。おいしかった!
 
イメージ 9
 
 6月1日
 
 お昼は、カザンラク郊外。
 
ここでは、今までとはちょっと違った料理を頂きました。
 
 ほうれんそうのバニツア、キッシュみたいです。かなりいけます。
 
 
イメージ 10
 
 食器も民芸風。ワインもこんな器で出てきました。
 
イメージ 11
 
 メインは、肉と野菜の鉄板焼き。これはおいしくて食べすぎた。
 
 
イメージ 12
 
 
 容量が一杯になってしまいました。明日に続きます。
 
 

 
 
 引き続きイコンです。
 
① キリストの十字架の立っている丘が不思議な描き方のような気がした。滴る血もリアル。
 
イメージ 1
 
 
 
 ② キリストから出ている光でしょうか。描かれている山が仏教の須弥山にも似ている気がしてしまった。
 
 
イメージ 2
 
 
③聖ニコライさん
 
イメージ 3
 
④ マリアとキリスト、ヨハネの順番が違うイコンがあり、ガイドの日本語が伝わらなくて消化不良になったことがありました。
 
 
イメージ 4
 
 ⑤ ちょっとボケてしまいましたが、天使の着ている洋服の模様がとてもモダンな感じがしました。当時もこんなのが流行っていたのかしら?
 
 
イメージ 5
 
⑥ コンパクトなイコノスタスですが、彫りものと金箔が美しい。
 
 
イメージ 6
 
 
 
 ⑦ これはとてもかわいかった。手元に置いておけたら素敵なのにと思いました。
 
 
イメージ 7
 
 
 
 ⑧ ふつうは、マリア様はもっと穏やかな顔をしていると思うのですが、これは時間の経過でこんな怖い顔になってしまったんでしょうか?
 
 
イメージ 8
 
 
 絵画としても楽しめたので、とても楽しかったです。
 
 この後は、私だけ歩いてホテルに戻りました。歩いている途中、日本語を勉強しているという人が声をかけてくれて少しおしゃべりしました。
 
 想像していたより、日本語を勉強している人が多いのには驚きです。
 
 旧共産党本部にはためくブルガリア国旗。
 
 
イメージ 9
 
 
 
帰宅時間なのですが、全然混んでいない。
 
 
イメージ 10
 
 
 明日は、日本に帰る日です。

 
 昼食の跡、ふたたびソフィアに戻ってきました。
 
目指すは、アレクサンダル・ネフスキー寺院です。ともかく大きい!
 
 近くでは、建物全体がカメラにおさまらないのでずんずん下がっていかねばならない。
ブルガリア最大にして、最も美しいといわれる。高さ60mの金色のドームをはじめ、12ものドームをもつネオビザンツ様式の豪華な建物です。
 
 
イメージ 1
 
 
 ブルガリア独立のきっかけとなった露土戦争で亡くなったロシア人兵士約20万人の慰霊を目的に建立された。
 1882年に着工し、40年の歳月をかけて完成した。
 
 
イメージ 2
 
 
 
イメージ 3
 
 
 内部の装飾も豪華で、大理石でできたイコノスタスやモザイクの壁画。天井に輝くシャンデリヤは、どうやって取り付けたのだろうかと思うほどの大きさがある。
 
 正面の祭壇は、3つあり、中央がロシア、右がブルガリア、左がほかのスラブ諸国を表しているという。
 
 でも、個人的には、あまり大きすぎて豪華だと思う以外、なんだかピンとこなかった。
 
 反して、地下にあるイコン博物館は素晴らしかった。
 
 
 ①
イメージ 4
 
 
②黒衣にひかれました。
 
イメージ 5
 
 
 
 国中から集められたというだけあって、コレクションの数がすごい。ガイドが説明してくれるのですが、洪水のように流れて行ってしまう。
 
 ③
 
 
イメージ 6
 
 
 描かれている人物も実にさまざまです。
 
 ④ 豪華なマリア様
 
 
イメージ 7
 
 
⑤ 色使いが素敵。ハンサムだなと・・・
 
イメージ 8
 
 
 
 13世紀から19世紀にかけて描かれたもの約300点有ります。
 
 

 
アーチの天井のフレスコ画を長い間見ていると首が痛くなってくる。
首の運動をしながら見ていきます。
 
 
イメージ 1
 
 
 北側の壁
 
 
イメージ 2
 
 
 
イメージ 5
 
キリストの手を持つマリア
 
 
イメージ 6
 
 
 
 
 
イメージ 7
 
 
 
 キリストが手にしている丸いものは?地球?
 
 
イメージ 8
 
 
 
イメージ 9
 
 鍵を持っています。
 
イメージ 10
 
 
 
イメージ 11
 
 
 北、西、南に回廊がある。これは多分、北側。つきあたりにお墓に入るドアがある。
 
 
イメージ 12
 
 
 最後の審判
 
 
イメージ 3
 
 
 西側の左手には、大罪の数々が描かれている。これもその中の1つです。
ウソ、泥棒、裏切りなど・・・・
 
 
イメージ 4
 
 
 内部に入ります。中は一切撮影禁止。正面にある大きなイコノスタスは、ブルガリア最大の幅10mもの大きさがあり、精緻な彫刻が施されている。
 
 表面には金箔がはられていて、完成するには5年の歳月がかかったという。
 
 イコノスタスの中央前に置かれているのは、この僧院の創設者であるイヴァン・リルスキの左手の聖遺物である。
 彼の聖遺物は、聖なる力を持ち数々の奇跡をおこなったという。
この聖遺物を見ることができるのは、キリスト教徒だけです。私は自由時間になった時、じっとこの聖遺物の前で待っていて、キリスト教徒の巡礼者がお参りにやってきた時、遠くから拝見させていただきました。ガラス張りの箱の中、布に包まれています。巡礼者は、ガラスの上からキスをささげる方もいました。
 
 教会内には、他にも多くの聖人の聖遺物があるようです。祭壇の端には、最後の王となったボリス3世のお墓もありました。
 
 教会を出て今度は、博物館に向かいます。博物館は、外側の建物の一部が当てられていて、イコンや古い聖書などが展示されている。
 
 中でも特筆すべきものは、ラファエルの十字架だ。高さ50センチほどの菩提樹の木に針で彫刻を施したもので、140の聖書の場面が驚くほどの細やかさで彫られている。
 登場人物1500人(場面36、登場人物600人との説も)をかぞえるのだが、その表情までもが読み取れることができる。
 
 1790年から制作を始め、12年かけて完成した時にはラファエルの視力はすっかり失われていたという。
 
 他にも、1835年発行のブルガリア初の文法書とか、1865年製の印刷機などがあり、僧院がブルガリア文化の発展、保存に貢献してきたことがよくわかる。
 
 
 ここから少し自由時間になりました。
 
 フレリョの塔の1階がお土産屋さんになっているので、のぞいてみた。
 
 
  目と心が満足した時間になりました。これから、渓谷沿いのレストランに向かいおなかも満足させます。(*^_^*)

 
 8時ホテル出発。リラ僧院へと向かう。ここからは約65kmほど離れたリラ山脈目指して走ります。
 うっそうとした緑のなかの曲がりくねった道の先に、大きな建物が突然現れました。
 
 山深いのでかなり寒いです。
 
 入口のもんです。
 
 
イメージ 1
 
 
 中に入ると、見事な回廊がまず目に飛び込んできます。
 
イメージ 2
 
 
 宿坊と僧坊を兼ねています。最盛期には、300人の僧侶がいたというが、現在はなんと7名のみだそうです。民族復興建築様式。
 
 
イメージ 5
 
 
 僧院は、10世紀イヴァン・リルスキが、隠遁の地としてここに小さな寺を建てたのが始まりです。
やがて、中世の宗教と文化の中心地となって行き、14世紀にはほぼ現在の形になった。
 
 その後、ブルガリアはオスマン朝の支配下にはいり、500年にもわたりキリスト教の信仰はもちろん、ブルガリア語の書物を読むことにも制限があったのだが、この僧院だけはなぜか黙認されていたという。360もの房に全国から集まった僧が集い寝起きをしていたという。
 
 
 1833年寺は、火災にあいます。フレリョの塔以外はすべて喪失してしまう。宝物などは、無事だったようですが・・・・。
 
 今の建物は、1834年に再建されたもので、1933年世界遺産に登録された。
 
 敷地内の中心部に建っているのが、聖母誕生教会だ。ここも民族復興様式で建てられています。
 
 正面入り口からのぞむと・・・。
 
イメージ 6
 
 ここは聖地でもありますので、服装は露出度が高いものはだめで、腰巻をしている男性もみられる。
 
 
イメージ 7
 
 
背面に回ると、何もなく正面の豪華さとは全然違います。
 
イメージ 8
 
 
 僧院のもととなった寺を作ったイヴァン・リルスキさん。
 
イメージ 9
 
 
回廊とフレリョの塔と誕生教会の位置関係。
 
 
イメージ 10
 
 
 側面から見るとこんな感じです。この塔だけが14世紀のものだ。
 
イメージ 11
 
 さあ、教会に進んで色鮮やかなフレスコ画に対面します。わくわくドキドキ・・・。
壁と天井に隙間なくびっしりと36の聖書の場面や、この地方のそれぞれの時代の生活の様子が描かれている。その色彩のなまめかしいこと。ついさっき描きあがったような感じを受ける。
 
 正面いりぐち部分全体の様子
 
 
イメージ 3
 
 これらは、民族復興期のイコン画家のザハリ・ゾグラフを代表とする画家たちが無償で描いたという。
 
 教会内部への入り口部分には、太陽と月が描かれている。
 
 
イメージ 4
 
フレスコ画めぐりは、まだまだ続きます。
 
 
 
 

 
 昨日は、歩けなかったので朝早くからぶらついてみました。早すぎてどこも開いていない(+_+)
 
ホテルから5分ほどで、聖ペトカ地下教会に着いた。地下鉄の駅に向かう途中にある半地下式教会。
14世紀オスマン朝の時代に置いて、イスラム全盛の中でこのような形をとらざるを得なかったのだろうか?
 この教会のある地下道は、人々が行き交う賑やかな通りでカフェなどもある。
 
 
イメージ 1
 
 
 ふたたび地上に出て、大統領官邸の方向へ歩いていく。
 
 官邸の裏手、周囲をビルに囲まれてかくれるように建っているのが聖ゲオルギ教会だ。煉瓦造りで、4世紀にローマ帝国によって建設されて以来、長い歴史を伝えている。
 
 内部には、10世紀~14世紀の宗教があり、背後には、ローマ時代の浴場跡が残っています。
 
 
イメージ 2
 
 
 なんと書いてあるのかわかりませんが、炎が絶えることはなさそうでした。
 
イメージ 8
 
 
 浴場跡
 
イメージ 9
 
 
 通りには、旧共産党本部の威圧的な建物が残っている。
 
 
イメージ 10
 
 
ここが大統領官邸。朝早いので衛兵もいません。
 
イメージ 11
 
 
 夕方再びこの前を通った時には・・・。
 
イメージ 12
 
 
 ここから違う通りを歩いて、聖ネデリャ教会に行きます。
ブルガリア正教会。もともとは木造の小さな建物だったが、オスマン支配から解放された後、周辺にあったいくつかの教会や神学校が集まってこのようなかたちになったという。
 
 1925年、ここで行われていた葬儀に出席していた、国王を狙った爆弾騒動が起こった。
120人余りの犠牲者が出たが、国王自身は無事であった。
 
 丸屋根が特徴的です。穏やかでいいな。
 
イメージ 13
 
 民族復興様式の特徴が表れている。
 
イメージ 14
 
はやいので、まだラッシュとは言えません。
 
イメージ 15
 
 
 ここまでが朝の散歩です。
 
 ここからあとは、夕方ツアーから離れて1人で、アレクサンダル・ネフスキー寺院からホテルへ戻る途中の風景になります。
 
 寺院の周りには、国会議事堂、大学、図書館などもありますが、それとは反対反対方向に歩いていく。
 
 聖ソフィア教会。6世紀ユスティニアヌス帝が建てた教会。ビザンツ様式とロマネスク様式の初期キリスト教会で、ソフィアの名前はここに由来する。
 オスマン朝時代には、イスラム寺院として利用された。地震などで、破壊された後、1900年以降に復元された。
 
 
イメージ 3
 
 美しい建物と前庭にあった記念碑。
 
イメージ 4
 
 
 
イメージ 5
 
 
 連日この付近では、フリーマーケットが開催されているそうです。欲しいものはないなあ・・・。
 
 
イメージ 6
 
 歩いているとひときわ目立つ金色ドームの屋根。聖ニコライ・ロシア教会です。
中は修理中で、イコンなどは見られなかった。
 1931年、ロシアの外交官の命によって建立された。同じ正教でも宗派が違うので、自らのアイディンティティを守るために建立を思い立ったという。
 
 
イメージ 7
 
 
 朝と夕方の散歩だと、入場できない場所が多くて残念だった。
 
 

 
 モスクだった名残があちこちに見られる。
清めの井戸のあとがある庭や女性の礼拝場所が残るフロアなど。
 
 
 
イメージ 1
 
 
 
イメージ 2
 
 
 この後の、ボヤナ教会は完全予約制だというので、少々急ぎ意味でいただきました。
 
 石畳の道をよそ見しながらバスが待機している場所に向かいます。
 
 
イメージ 5
 
 バスまで戻ってきたのだが、何やら不穏な空気が漂っている。ドライバーさんと地元の男性が何やら話している、2人ともとても顔が固い。
 
 そこにガイドが加わって話し始めたのだがなかなか話がつかないようだ。
 
 何が起こったのかというと、バスが男性の車に接触したらしい。みたところ傷もないしこちらは急ぐので、オフィスと直接話をしてほしいと頼んだのだが、相手は頑として今保証してくれと言い張っているらしい。
 
 しばらくすると、戻ってきた。どうやら話しはついたようです。詳細は聞かされませんでしたが・・・・。
ドライバーさん、気落ちしないで安全運転で行ってくださいね。m(__)m
 
 3時間近く走ってソフィア郊外にあるボヤナ教会に到着です。
ソフィアからは、8kmほど離れた郊外にある。近頃このあたりは、そ日あの喧噪を嫌ったお金持ちが集まって来ていて、高級住宅街に変貌しているそうです。
 
 値段を聞いたら、われわれでも頑張れば買えるほどの値段で、私達もこちらに来ればお金持ち?なんて思ってしまいました。
 
 
 教会は、大きな木々に囲まれてひっそりと建っていました。10世紀の創建だが、後に13世紀19世紀と2度の増築を重ねていて、横から見ると3層に分かれているのがはっきりわかる。
 
 煉瓦造りの素朴な建物ですが、内部のフレスコ画は、無名の画家によって描かれたものですが、その素晴らしさが認められ世界遺産に登録されている。
 
 今までのフレスコ画は、庶民からは少々かけ離れた感じがあったのですが、ここのものは表情も生き生きと描かれ後年のルネサンスにも影響を与えたという。
 
 とくに有名なものは、「最後の晩餐」で、イエスや、12使徒がとても生き生きと描かれている。
 
 正面と側面2つ。内部はもちろん撮影禁止だ。
 
 
イメージ 6
 
 
 
イメージ 7
 
 奥の方から手前に向かって10・13・19世紀の順番です。
 
イメージ 8
 
 
 さあ、いよいよ最後の都市、ソフィアに入っていきます。夕方で帰宅時間と重なったのですが、それほどの渋滞はない。
 
 人口約150万人、標高500mの高原に位置する。北にバルカン山脈、南にヴィトシャ山、西にリュウリン山と、周囲を山々に囲まれた盆地だ。
 
 民主化から、20年ほど経過した現在の街は、旧ソ連に関係するものが一掃され通りや建物の名前も変わり、人々の暮らしもずいぶん変わってきているという。
 
 地下鉄やトラム、トローリーバスがひっきりなしに行き交い交通の便はとてもよさそうに思えた。
 
 
イメージ 9
 
 
 こちらは昔からのアパートのようだ。
 
イメージ 10
 
 
  行き交う人々。
 
イメージ 11
 
 
 
イメージ 12
 
 
 今日のホテルは、5つ星と聞いていたのに、なんだかずいぶんランクが低そうに見える。
しかも同じ部屋が用意できなくて、くじ引きとなった。
 
 2組だけがランクアップになるという。
 
 部屋に入って、驚いた。「私当たったのかしら?」
 
 クローゼット部屋、リビングルーム、ここには、ベッドが2つのほか、応接セットと、デスク、のほかにダイニングテーブルまであった。
 
 「えー!なにーこれー!」
 
 おまけに我が家よりも広いキッチンがついていて、大きな冷蔵庫、調理台、コーヒーメーカーまである。
 
 キャビネットを開ければ、食器も揃っているし、大きすぎる冷蔵庫の中は、ドリンク類以外何もなし。
 
 バスルームに向かえば、なんとジャグジー風呂ではないか!
 
 私はと言えば、いつものように大きいとは言えないスーツケースに小さなボストンしかもっていないのだから。
 
 今までにも、こうしたランクアップは何度か経験あるのだが、ここまで大きな部屋は初めてです。
 
 見回りにやってきた添乗員さんもあんぐり。「ここまでのランクアップは初めてです。他の人には内緒でお願いします」という。
 
 玄関とキッチン
 
イメージ 3
 
 
 
イメージ 4
 
 
 材質は、あまり豪華では無いのですが・・・・。( 一一)
うろうろしていたおかげで散歩に行きそこなってしまった。明日の朝行かなくちゃ。
 
 
 今夜は、ジャグジーだよう!(^^)!
 
 それにしても落ち着かないなあ・・・。

このページのトップヘ