好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

カテゴリ:東ヨーロッパの国々 > バルカン半島の国々6か国

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 今日は、教会の写真です。

 教会は、内部の写真NGというところが多いので・・・。

最後の教会だけがカトリックの教会です。

 後は、正教会です。セルビア・マケドニア・アルバニアよくわかりませんです。

 

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 今回の旅では、たくさんの宗教施設を訪れました。

 カトリックやプロテスタントよりもっと、遠い存在だった正教というものが少しだけ身近に感じられるようになりました。

 イコノスタシス・イコンというものも色々なものがあるということや、正教では入り口が西向きになっているとか、教会の形もまったく違うものでした。

 お墓も、正教のほうが装飾的だそうです。

 モスクも、たくさん見せていただきました。

 今日の写真のモスクは、アルバニアのティラナと、マケドニアのべラット、ボスニアのサラエボ、
そしてモスタルで写したものです。

 モスクは教会よりは撮影に寛容な気がします。

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 朝早い出発なので、ホテルで朝食をとれない。袋に入った、お弁当が用意されていた。

 空港までは、15分ほどで到着。個人チェックインである。団体で個人チェックインすると、係りの人によって対応がまちまちなので、必ずトラブルのもとになるようだ。

 今回も、「あれ?」っとおもうことがあったのだが、勘違いとわかって無事みな終わることができた。T・Nのお2人は、ここで離団されるとのこと。ウィーンからもう少し足を伸ばしてゆっくりしてくるのだそうだ。うらやましい限りである。私なんか帰国の翌日からバイトだよん(>_<)

 お弁当を持って入ると、水物が没収されてしまう恐れがあるので、2階の待合室で片付けてしまうことにする。ここで、ガイドさんともお別れである。

 簡単なセキュリティーで、出国審査は終わった。待ち時間もそれほどなく、スムーズにウィーンへと機体は飛び立った。

 ウィーンまでの飛行時間は短いので、どの席でもよいのだが、成田までは長時間フライトとなるので、やはり自分の好きなシートに座りたい。私の場合は、通路側が希望である。
 添乗員さんと相談して、変更希望の人5人でウィーンに着いた後、希望を出すことにした。

 ラッキーなことに、5人ともみな希望の席を手に入れることができ、しかも前のほうの席というおまけまでついた。機内サービスは、前のほうから行うので、後ろになってしまうと希望の食事にありつけないということがままあるもんね。

 往路で、この空港の探検は終わってしまっていたので、1人待合室でパズルをやりながら時間をつぶした。時間が来たので登場口のほうに行ってみると、いすはもう満杯で座るところもない。待合室は、2つに別れてあるのだが、全員が座れるほどにはないのだろうか?

 登場時間になってもなかなかアナウンスがされることなく、やっと乗り込んだ後もじーっと待ちの体制である。結局1時間遅れくらいで離陸となった。

 私の隣は、新婚旅行の帰りらしいカップル・・・・。うーんか・わ・い・い・!

 TV画面をチェック、私のは今度はよかったのだが、今度は隣のカップルさんの女性のTVが音声が入ってこなかった。「スッチーに言いましょうか?」と、尋ねたら「大丈夫です」とのこと。おせっかいを焼きすぎるのも、迷惑だろうなと・・・・。

 行き見られなかった分も取り返そうと、帰りはワイン片手に、たくさんの映画を鑑賞しちゃいました。おかげであっというまに成田についてしまいました!(^^)!

 今日の写真は、1999年の空爆のとき被害を受けたビル、中国大使館のビルと国防省のビル。
 それと私は見なかったのですが、行かれた方がうつして送ってくださったコソボの難民のキャンプ地だそうです。

 最後の写真は、国会議事堂です。

 

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 午後、郊外へとバスは走る。

 1時間ほど走ったところにコバチッツアという村がある。この村の住人はスロバキアからの移民の人々である。なので、雰囲気も少し違った感じがする。

 ここには、ナイーブアートと呼ばれる絵を描く人々がいる。アカデミックな教育を受けたのではなくて、日常に暮らしの中から描きたいものを、思うままに描いていく。まるで子供の純真な心を持ったアートということでナイーブアートと呼ばれているのだという。

 その中の最年長の画家である、カタリーナさんのお宅のお邪魔した。カタリーナさんの絵は日本でも展覧会が催されたとき出品されたという。

 もともとは、お皿などに描いたのが始まりということだ。家の中の壁一面に彼女の作品が飾ってあった。穏やかなとてもやさしいおばあちゃんでした。

 この後はギャラリーも見せてもらったりして、ベオグラードの町に戻ってきた。この日の夕食は船上のレストランということで、少しおしゃれをして出かけた。

 川岸には、大勢の人々が思い思いのすごし方で楽しむ姿が見られた。川にはボートがたくさん浮かんでいる。こんなにたくさんだと自分のボートの場所を忘れてしまいそうだが、そこはちゃんと管理する人がいてお客さんを運んでくれるシステムになっているようだ。

 有り金はたいてワインをいただく。足りないところは、TさんKさんにカンパしてもらいました。

 帰りたくないけれど、明日は日本に向けて出発です。

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 ホテルは、町の中心からは外れた場所に建っているので、朝の散歩は橋を渡ったところまでで返って来た。トラムがひっきりなしに走っている。

 今日は観光が盛りだくさんだ。楽しい1日になるといいね。

 最初は、セルビア正教の大本山である。大天使聖ミカエルが祭られている。日曜日なので礼拝に訪れる人でにぎわっている。地面に口づけをするような独特の礼拝の仕方である。

 この周りには、?マークのついたレストランや、ミロシュ・オブレノビッチの屋敷などがある。?マークのレストランはもともとはちゃんと名前があったのだが、ある経営者のときにつけた名前が、「教会前のレストラン」みたいな名前をつけたのだそうだ。それが司教の怒りを買い名前の変更を余儀なくされたのだが、なかなか新しい名前を思いつかず?マークのままにしておいたところ、そちらのほうが有名になってしまったということらしい。

 ミロシュの屋敷は、オスマン様式と西欧様式が見事にマッチした独特なつくりでできている。真っ白な壁が目にまぶしい。

 この後は中心部を抜けて、カレメグダン要塞へと向かった。広大な敷地は公園となっており、中には要塞のほかに軍事博物館や教会、オスマン朝パシャの墓や勝者の記念碑などがある。

 要塞からの眺めはすばらしく、ドナウ川とサヴァ川が合流している地点がはっきりわかる。
第2次大戦の勝利国としてドイツから奪った戦車がいくつか彫りに並べられていた。

 再び市内中心部へ戻って、石畳の歩行者天国になっているクネズ・ミハイロとおりを進んでいく。ガイドさんも通っていたというベオグラード大学の建物などもこの辺りにある。

 民族博物館を見学した後、バスに乗って1999年のNZTOによる空爆のとき破壊された建物の残っているクネズ・ミロシュ通り、通称空爆どおりを通過。バスは止めることができないというのでバスの中から、破壊されたままのビルを見た。政府系の建物が多かったので、狙われたのだろうな。壊れたままの防衛省のビルを見ると、暗やみを明るくしていた当時の空爆の様子がよみがえってきた。

 ガイドさんは空爆を体験しているので、そのときの気持ちを聞いてみたのだが当時はあまり恐怖は感じなかったといっていた。大人になった今の方が本当の恐怖や怒りを感じているのかも・・・・。

 ユーゴスラビアを作り上げた英雄チトー氏に対する感情は今でもとてもよいようで、尊敬を受けているようだ。民族の対立を乗り越えてせっかく統一国家となったのだが、やはり民族の壁は厚かったということなのだろうか?モンテネグロも独立したし、アメリカが援助しているコソボの独立もそのうちに現実となるかもしれない。

 チトー氏の墓は、白い大理石でできたあっさりしたものだ。墓の周りに白い石が敷き詰められていて。それを囲むように執務室の様子やバトンを展示した部屋がある。

 彼は、1980年88歳でこの世を去ったのだ。

 バスの中からひときわ大きな建物が目に入ってきた。聖サヴァ教会だ。正教会系としては世界最大のものになるはずだったのだが、現在ロシアでもっと大きなものが建設中とか・・・。
 完成すれば総モザイク画で覆われるということだが、現在はほとんどできていない。

 この日は日曜日なので、結婚式をいくつも見かけた。日本のように派手でなく、慎ましやかで見ていて心が和む。でもこの教会が、出来上がるのはいつのことになるんでしょうね。

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 ノビサドには、鉄道が来ているので鉄道好きとしては、行かなくてはと・・・朝の散歩で行ってみたのだが、思ったより遠くて往復で1時間ほどかかってしまった(+_+)

 ノビサドは、セルビアの穀倉地帯、ヴォイヴォディナ自治州の州都である。周りを、セルビア・クロアチア・ハンガリー・ルーマニアに囲まれているせいか、セルビア人のほかにも20もの民族が暮らしているという。宗教も多様で、カトリック・正教・イスラム・ユダヤプロテスタントの施設が、狭い地域に集まっている。

 リバティ広場でバスを降り、そこから旧市街を歩いて回った。オペラ劇場・市庁舎やカトリック教会のあるスロヴォダ広場を抜けて、ドナウ川迄行く。川べりからは、左手にペトロヴァラディン要塞の姿を望む。

 バスに戻り先ほど見えていた要塞へと向かう。この要塞は難攻不落を誇ったそうで、函館の五稜郭のような形をしている。
 古い時計台は昔のままのシステムで動いているのだというが、川を行き交う船からも見やすいようにと長針が時針に、短針が分針なっている、変わった時計である。今は、芸術家が集ったり、ロックコンサートの会場などに利用されたりしている。

 この後は、蜂蜜博物館を見学し昔の養蜂の仕方などの説明を受け、同じ敷地にあるワインセラーにお邪魔した。中に入るとかび臭いにおいがして、とても涼しい。ここのワインセラーは、300年も続いているのだそうだ。ここで、4種類のワインを試飲させてもらった。チーズやハムのおまけもついてきた。
 おいしくて、この後すぐ昼食だというのにお代わりをしてしまいました(*^_^*)

 この辺りは、フレッシュカゴーラと呼ばれセルビアの聖地なのだという。旧市街はとても雰囲気のある素敵なところだった。修道院も多く、訪れたクルシュ修道院もその中のひとつである。ここは女子修道院で、聖母マリア教会はバロック様式である。中には王冠が用意されていたので、結婚式があるのかなと思っていたら、外に出てきたところでこれから式を挙げるカップルとその家族に遭遇。

 「おめでとう!」炭酸水のおすそ分けで乾杯となった!

 バスに戻り高速に乗って、ベオグラードに向かった。道の両側にはひまわり畑が広がっている。

 市内に入る前、郊外のショッピングモールで買い物をする。モールの中は、ごった返していて、活気にあふれている。みなおしゃれをしているし、センスもよく、生き生きしている。

 それにしてもきれいな人の多いこと・・・。
モールの近くは、ユニバシアード09に向けて選手村が作られていた。

 セルビアは、今まで訪れてきたどこの国よりも発展しているように思えた。コソボなどの難しい問題を抱えているが、やはり国の力はあるのではないのかなと感じた。
 「ベオグラードの町は高速道路の上に建っているようなものだ」と、ガイドさんの父上は言っておられるのだそうだ。西から東へ、東から西へまたは南から北へ、北から南へといつも戦争の足音をこの町は聞いているのだろうか・・・?

 コソボ問題も、アルバニアとセルビアではまったく違う捉え方をしているし、サラエボの問題でも立つ位置によって見方が違ってくる。そこに大国が絡んで大国の利益の元に動いていくのでますます自体はややこしくなるのだなあと、今回の旅で勉強しました。

 明日は、最後の観光日・・・早いものです。

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 きょうも移動日だ。
 
 世界遺産のスタリラス遺跡で写真ストップ。世界遺産といわれても「どこが?」と思うほど何もない。山の頂上には、城砦跡があるというが・・・。もともとは、セルビア王国の中心地であった。

 次に訪れたソポチャニ修道院も1979年に世界遺産に登録されている。聖三位一体教会を修道士の説明を聞きながら見学した。天井部分を除く壁には、見事なフレスコ画が描かれている。1260年、に建立した後17世紀の半ばトルコ軍によって焼き払われ、1920年代に修復が始まるまで、天井部分がなかったというが奇跡としか言いようがないほど、保存はよい。

 この後のトイレストップのとき、ちょっとしたハプニングが発生!

 女子トイレには、なぜか物を置いてくださいといわんばかりの棚が入り口のところに設置してあった。私は添乗員さんと「ここ便利ですね。物置けますものね」などと会話をした。

 バスに戻りしばらく走ったころ、彼女何かを探し始めた。でも見つからない様子。更にドライバーさんに何か話しかけた。そしてマイクを手にとって、「Y口、ミスをしました。先ほどのガソリンスタンドにファイルを置いてきてしまいました。申し訳ありませんが、戻らせていただきます」とのこと。

 そうだったのか、彼女はあの棚にファイルを置き忘れてきてしまったのだ。いつもは、抱えて個室に入るのに棚があったばっかりに・・・・。

 よって、昼食は大幅に遅れたのだが、トラブルはこれだけではなかったのだ。

 聖ジョルジュ教会という20世紀のはじめに建てられた教会を見学。セルビアビザンチン様式で作られたこの教会はモザイク画が圧巻だった。15000色ものタイルによって地下の霊廟までがモザイク画で覆われているのだ。

 教会を出たところでバスはもと来た道を引き返し始めたのだが、お客の中から方向が違うんじゃない?というこえが出てきていた。なおも走っていたのだが、目指す道は見つからない。そこで、バスを止めて土地の人に聞いたところ、やはり方向違いだったことが判明!

 再度道を引き返す事になってしまった。おまけに、途中で道路工事に出くわすというおまけまでついており、細い道を進んでいくはめになった。この迂回路、道の両側にびっしりとさくらんぼの木が植わっている。本来は農道として使われているのだろうなあ。そこを進んでいくものだから、バスの車体を木の枝や葉っぱが、こすること!そのたんびに、運転手さん自分の体を縮こませるようにして進んでいくんだな。見ている方は、おかしくて「運転手さん、あなたがかがんでも仕方が無いよ」と心の中で・・・。

 それでも何とか、本道に戻れたときは拍手したくなっちゃいました。

 この後も高速に乗るまでが、結構大変でした。高速の途中明日訪れるベオグラードの町も眺めることができた。さすがにもと、ユーゴスラビアの首都だけあって都会という印象を受けた。

 いろんなことがあった1日でした、皆様お疲れ様でした!

 写真のパンは、チヤパティに似ていてとてもおいしかったですよ。最初の2枚は、ノビパサールの朝撮ったものです。

 
 
 

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 起きてすぐ昨日濡れてしまった靴が乾いているかチェック。新聞紙を突っ込んでおいたおかげか何とかはけそうである。
 最後のとどめに、ドライヤーを駆使して乾かした。

 きょうはロングの移動なので8時に出発ということで、ロビーに降りていく。添乗員さんから、ニュースがありますといわれた。

 「きょうのガイドは、日本語を話します。彼は、ベオグラードに住んでいて、おかあさまは日本人で、お父様はセルビア人と日本人とのハーフです。これまでは、私が通訳して来ましたが、きょうからは直接お客様にガイドできると思います。」とのこと。彼をリクエストしていたのだが、前日まで映画のロケに同行していたので、はっきりするまではと内緒にしていたのだそうだ。

 この方、帰国した後にツアーで知り合った方が送ってくださったセルビアを紹介するCDの中に(TV放映されたもの)ベオグラード大学で日本語を学ぶ学生として紹介されていたのでびっくりしてしまった。ナレーションで、「この中で将来、ガイドとして活躍される方がいるかもしれません」といったことが流れたが、本当になったというわけだ。

 バスは、渓谷沿いの道を走っていく。首都のポドゴリッツアを通過首都といっても人口は、75000ほどの小さな都市である。

 目指すモラチヤ修道院は、服装にうるさく半袖のような肌を露出したものはNGと聞いていたのにすれちうがう人は、短パンだったりノースリーブだったりなんだか様子が違うなあと思っていたら、もう修道院としてはきのうしていなくて、観光地となっていた。よって入場料も発生していた。

 1252年創立のこの修道院のフレスコ画は素晴らしいものだったが、残念ながらトルコ軍によって切り取られてしまったのだそうだ。今あるのは、後年にかかれたものだ。

 昼食場所である、ホテルに到着したものの、まだ用意ができていないという。待ち時間を利用して館内を案内してくれるというのでホテルの人の後からぞろぞろ・・・。
 この辺りは標高が高いのでスキーができるのだそうだ。このホテルもスキー客や避暑の人々を対象として作られていた。エステ・ジム・25mの本格的なプールを備えている。

 この後、国境を越えてセルビアに入国、これも簡単なものであった。

 いよいよ最後の訪問国となってしまった。旅も折り返してしまうとあっという間に過ぎてしまうようだ。

 5時過ぎに目的地である、ノビサドの町に着いた。

 道幅が狭くて、家の作りもどこか懐かしい町だ。

 チェックインした後、夕食までの時間Hさんと町をぶらついた。家電店では、日本の製品が案外たくさんあり、思ったほどには高くないので意外な感じを受ける。もっともこれは日本人の感覚でこちらの収入に照らしたら高額なのかもしれないが・・・。

 町を歩いていると男性たちが、ゲームに興じたり、タバコを吸いながら表でおちゃを飲んでいたり姿が目に付いた。

 車のとおりが案外多くて、ゆっくり町を散策というわけには行かない。明日の朝もう一度歩いてみよう。

 最後の2枚の写真は、床屋さんです。あまりにぴかぴかに掃除が行き届いていたので、中に入って撮らせてもらいました。
 

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