好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

カテゴリ:西ヨーロッパの国々 > ドイツとポーランド

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 飛行機の中で、日本未公開の映画をみながら、うつらうつらしていたら、もう朝食の時間だった。
初めて、長旅したころと比べると、飛行機の中での時間が短く感じるようになった。

 成田に着いて、機体を見ると「さむらい」とペイントがしたあった。ワールドカップに向けて、しつらえた特別機だったみたいだ。
中身は何も変らないけれど、何だか得した気分になった。私は、ここで入国しないで名古屋まで戻って、入国手続きとなる。なので、ここでの待ち時間はとても長かった。
 名古屋行きは、がらがらで広いジャンボのあちこちに乗客は散らばって乗る格好になった。かたまると、バランス上よろしくないのだろう。

 こうして思うと、あっという間だった。今年はこれが海外旅行の仕納めだと思う。カンボジアからパキスタン.タクラマカン・そうして今回の旅と、4回も旅行できたことに感謝である。

 来年は、どこへ行こうか。

乗り物のところで、ドイツ博物館の展示物と、潜水艦の写真載せるので、良かったら見てください。

  

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 今日で楽しかった旅も終わりだ。日本へ帰りたくないよう!
帰りの便は、夜便なのでそれまでは、目いっぱい遊ぼう。

 予定としては、ヒルデスハイムによって、街をぶらつきその後、ゴスラーにいくつもりだ。
ただ、ヒルデスハイムは、地球には載っていないので、情報はない。コインロッカーが無かったら、荷物をどこかに預けなければならないのだが・・・。時刻表を見ると、乗換駅になっているから、そこそこの大きさの街だと思われる。だとすれば、ロッカーくらいあるだろう。

 8時30分過ぎ、ハノーハーを後にした。ヒルデスハイムまでは、40分ほどだ。駅について、ロッカーを探す。「あった!」余分なものはみんな放り込んで、身軽になる。駅には、インフォの代わりに、地図がおいてあったので、早速それを手に取り、眺めていたら、後ろでドサッという音がした。何事かと振り返ったら、なんとおばあさんがひっくり返っていた!!驚いて、駆け寄り自分よりかなり背の高いおばあさんをやっとのことで、抱きかかえて起こした。靴のかかとが、マットと床の小さな段差に引っかかって転んだのだそうだ。幸い怪我も無く大事にならずに済んだ。

 ヒルデスハイムは、世界遺産が2つもある。大聖堂(ドーム)と聖ミヒャエル教会だ。今は、ミヒャエルの方は修理中で中には入れず、外観だけ見学。左右対称の塔を持った、美しい教会だった。
ドームの方も、T字型に見える、ちょっと変ったつくりをしている。
 又、マルクト広場はきれいに整備され、肉屋のギルドハウスといわれる建物はとても、きれいだった。

 このあとは、やはり世界遺産の街ゴスラーへと向かった。荷物は、どうせ戻ってくるのでここに置いたままで行く。こういう時改札がないというのは、とても楽だと思う。
 ゴスラーも、とても特徴のある建物であふれかえっていた。うろこのように、薄い石を張り合わせて、壁や屋根を、覆っているのだ。石の色が灰色なので、全身灰色の家なんかもある。ここも、家の前面に作られた年代・名前・家紋などが記されていた。ハンザ同盟にも加入していて、鉱山のおかげでたいそう繁栄した様だ。旧市街の建物の3分の2は、1850年以前のもので、ほとんどが木組みの家だ。そのうちの、168の建物は、1550年以前のものだという。街を歩いていて、古びた家から住人が出てくると、何だかタイムスリップした気になる。
 ここの皇帝居城は、ドイツに現存する宮殿様式の建物としては、一番規模が大きいのだそうだ。芝生ごしに見る姿は、かっこいい。

 ゆっくり散策した後、ヒルデスハイムに戻り、荷物を出し、ICEでフランクフルトに向かった。途中中央駅で、列車を乗り換え空港駅に到着。JALは、2ターミナルなので、シャトルで移動しチェックインカウンターに着いたのは、登場時間の2時間前だった。
 チェックインを済ませた後、熊のようにうろうろ・・・。この空港は、わかりやすいけれど時間をやり過ごすには不向きだと思う。寝たほうがいいかなと、早々と出国手続きをして、出発ゲートの近くで待つことにした。
 そこのうどん屋さんは、日本人客で大繁盛だった。味噌汁・うどん・稲荷寿司といったものを売っているのだが、日本食が恋しくなった日本人が、やってくるのだ。ユーロ高の今、うどん一杯1200円である!駅の立ち食いよりお粗末な代物なのに・・・。私は、パン大好き人間なので、海外に行って日本食が恋しくなったことは一度もない。
 
 定員より、かなり空いていたのでゆっくりと機内で過ごせる。さあ、ワインを飲んで映画を見て一眠りすれば、明日の午後には成田に着く。

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 今日は、ハンブルクを離れてハノーハーに向かう。ドイツでの万博の開催地だったところだ。

途中、ツエレというところで途中下車して、街をぶらつくつもりだ。
ICEで、1時間少々でついた。コインロッカーに荷物を放り込んで、いざ出発。15分ほど歩くと、そこはもう旧市街だ。ここは、北ドイツの真珠と呼ばれているくらい、きれいな街なのだそうだ。
 街を歩いていてそのことが実感できる。木で出来ているのだが、色どりがともかくきれいなのだ。太い梁には、屋号・家紋・建てられた年代などが記されているので、それを見て歩いているだけで楽しい。
日曜の午前中ということも有って、街は人影も無くこの空間を独り占めといった感じだ。

 この後駅に戻って、ハノーハーへ、あらためて向かった。
ホテルは、まだチェックインには早いというので、荷物だけ預けて又駅へと引き返した。
これから、ブラウンシュバイクという街に行くつもりだ。ここから40分ほどで着く。
この街は、かって北ドイツを支配していた、ハインリヒ公の居城の有った所である。ここの、アントン・ウルリヒ公博物館にある、フェルメールの絵を見るのが、目的である。

 ブラウンシュバイクについて、すぐトラムに乗り、目的の博物館を目指した。フェルメールの「ワイングラスを持つ娘」は、小さな部屋に飾られたあった。
ここで、椅子に座ってしばらくぼんやりだ。他には、ルーベンスや工芸品などもたくさんあって、とても楽しめた。
 せっかくだから、街の中心まで行って、お城やライオン像なども見る。

 ハノーハーに戻ってきて、買い物をしようとしたのだが、あいにく日曜でスーパーなどはみな休みだった。仕方ないので、駅の地下にある食べ物やさんで、ピザとビールを仕入れてホテルに戻ってきた。
ハノーハーの駅はとても近代的で使いやすい。ホームも高架になっているし、バリアフリーも完璧だった。ヨーロッパにしては、珍しく地下街があって、ブティックやレストランなどが、たくさんあった。が、日曜なのでウィンドウショッピングだけしか出来なかった。

 へやのTVでは、ローマ法王の里帰りの様子が大々的に報じられていた。言葉はわからないが、映像からするとミュンヘンのように思えた。
 ドイツ最後の夜を、ピザとビールで過ごした。ちょっとわびしいなあ。

 

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 今日は、ハンブルクからちょっと遠出して、13~14世紀、ハンザ同盟の中心として栄えていた、リューベックとヴイスマールの街を訪ねる。
 最初に向かったのは、リューベックだ。ハンブルクから、列車で40分ほどのところにある。
歩いて回っても、2時少々で、見て回れてしまう。肝心のホルステイン門は、修復中でネットに覆われていてその姿を見ることが出来なかった。

 リューベックの様子
   〇堋舎です。クロレンガつくり重厚な感じを受けました。
  ◆ ̄寝榔茲い法旧市街を見たところです。
   昔は古い倉庫群だったらしいですが、きれいに修復されています。
  ぁゝ貉坡垢箸龍にある、門です。
  ァ,海Δい辰織譽鵐つくりの建物が多かった。
  Α.螢紂璽戰奪の駅です。

 このあと、ヴィスマールに、向かうのだが、途中で乗換えがある。どのくらいの時間で、どの駅で、どのホームでと、わからない事だらけなので、DBの窓口に行く。DBは、切符を買わなくても案内だけでも丁寧に応対してくれるので、とても感じがよい。この日も私は、レイルパスを持っていたので、切符は購入しなかったのだけれど、いやな顔しないで、乗り方を書いた紙までプリントアウトしてくれた。
 ヴィスマールは、港町の雰囲気を残した、素敵な街だ。旧港の辺では、蚤の市みたいなものがもよおされていた。漁船が、自分の取ってきた魚をサンドイッチにして売っている様子は、イスタンブールの港に似ている。歩いていると、時代が戻っているような錯覚を覚える。

 ヴィスマールの街です。
  А.凜スマールで最も古い建物1380年の創建 ─ゝ豺舛陵融
   カレイを売る漁船      マリエン教会 灯台の役目もしていたという、高さ80m
   魚の燻製みたいでした    マルクト広場に立っているきれいな給水塔です

 この区間を走っている線路は、電化されていなくて単線で、時間がかかるし乗り換えもあるので、ハンブルクに戻ってきたのは、遅くなってしまった。帰りの列車で、トイレを使ったのですが、水洗というより、飛行機みたいにエアーで吸い込む感じでした。シュポッ!といった音を出して、吸い込まれていくのでおもしろかった。車内は禁煙なのに、トイレの中は吸殻でいっぱい・・・。
 車内で傍若無人に振舞っている高校生達がいたのだけれど、居合わせた大人がちゃんと注視しているのが、印象的だった。尤も、それを素直に聞くかは問題が・・・。わたしは、怖いので車両を移動しました。
  

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 昨日遅かった割りに、すっきりと目覚めた。
今日は、ハンブルクの市内を見て回るつもり。ドイツ第2の都市で、ハンザ同盟の中核都市なのだが、2度も火災で焼かれているので、古いものはそう残っていないようだ。街で目立つのは、教会のとがった塔だ。港の水揚げは、ヨーロッパでも1・2番なんだって!
 中央駅のインフォへ行って、ハンブルクカードを購入。これを使って早速運河めぐりだ。ハンブルクの街は、案外運河が発達しているのだ。アムステルダムの運河めぐりが楽しかったので、もう一度やってみようと思ったのだが、光の加減で外が良く見えず、いまいちだった。残念!

 この後、市庁舎の古い建物を見学、地下鉄に乗って聖ミヒャエル教会へと向かった。教会の上へは、エレベーターで一気に登れる。ここも、馬鹿と何とかで・・・登ってしまう。海からの風が半端でなく、吹きとばされそうになる。けど、高いところはやはり気持ちがいい!
 
 ここから一気に、海まで地下鉄で向かう。ハンブルクは、港で栄えた町なので船の博物館もあるのだが、私のお目当てはそれではなくて、潜水艦だ。旧ソ連の潜水艦Uボートが、ここに展示されているという。場所は、中心部からはかなり離れているので、一番近いところからでも30分ほどかかるとあった。
唯一の手がかりは、ネットから引っ張り出した大まかな地図だ。それを片手に歩き始めたのだが、これの遠いこと遠いこと・・。行けども行けどもそれらしき建物はない。歩いているものは誰もいない。とぼとぼ歩いている私の横を、トラックがビュンビュンとばしていく。そりゃあそうよ、ここは倉庫地帯だもの。歩いている私のほうがおかしい。日曜日は、駅からサービスバスも運行されているようなのだが、あいにく今日は普通の日(泣)ガイドブックをまともに信じた私が、ばかだった!
 途中何度戻ろうかと思ったかしれない、あるいていても「ほんとにここで合っているのか、この道でいいのか」すごく不安になる。人に聞きたくても、人っ子一人居ないのだからそれも出来ない・・・。
 時々現れる、Uボートの潜水艦マークだけが便りである。
潜水艦が見えたときは、うれしかったよ!行ってみれば、車がチラホラ、人も5・6人はいたかな。物好きも居るのだ・・。チケットを買い、中に入っていく。潜水艦の中が、こんなに複雑なものだとは・・・、よくこの狭い中で暮らしていけるものだと思った。かなり訓練された者でないと、たぶん精神に異常をきたすと思う。機械や計器のかたまりの中に、人間が間借りしているといった雰囲気だもの。魚雷というものもはじめてみた。このように装置してあるのかと、納得。ハッチでいくつかの部屋に分かれていて、なるほどこれを締めてしまえば、水は侵入してこないだろうなあと、こちらも納得。でもハッチの小ささは、びっくりだ。小柄な私でも、スムーズに動けないのだから、大男のソ連兵は大変だったろうなあ!
 
 考えてみれば、朝から一度も休憩を取っていない。入り口のほうに、意外なことに、バスのマークが合ったので行って見ると、市内観光のバスがここを通っているようなのだ。かえりも同じ道を通って帰るのは、うんざりなので路線バスではないが、頼み込んで乗せて貰おうと思う。そう決めて、やっとコーヒータイムにした。
 程なく、2階建ての派手なバスがやってきた。私は、運転手さんのところに行き、「駅までOK?]と、持っていたハンブルクカードを差し出した。一瞬躊躇したようだったが、かわいそうと思ったのか「うーん、いいよ、乗っても」「助かったあ!断られたらどうしようかとおもっていたんだよう」

 無事駅まで戻り、ここから近いところにある市立美術館に足を運んだ。ここは、旧・新館と別れていて、今も修理中だった。ルノワール・ドガ・マネ・モネ・レンブラント・などから、古典までぎっしり詰まっている。個人的には、ドガのコレクションがよかった。

 これで今日の予定は、終わりだ。駅に戻り、明日の列車のホームを確認がてら、駅の探検だ。結構大きな駅でホームは、地下にある。ホームまでは、ちゃんとエスカレーターもエレベーターもあるので問題ないようだ。飲食店から、スーパーまでここで事足りてしまいそうである。

 ここには、後2泊するのでそれなりのものを仕入れて帰らなければならない。ホテルの近くのスーパーに寄ったのだが、お酒を置いてないのだ。仕方ないので、酒屋へ行って、ワインとビールを購入する。ついでに、パンと果物を買って、ホテルへ戻った。

 潜水艦の写真は、後でまとめて乗り物のところに入れようと思っています。

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 今日でポーランドともお別れだ。夜の9時25分のエアーでハンブルクへと向かう。それまでの時間は、クラクフで見残したものを見て回るつもりだ。
 支払いを済ませ、荷物を預け街へでた。昨日までと違う道で城へと向かう。すると、市場があった。朝とあって活気に満ちている。どんなものが売られているのか覗いてみた。最初に目に飛び込んできたのが、きのこの山!半端な量ではない・・。日本でもおなじみのきのこが、山と積み上げられていた。やはり、この国の人は、きのこ大好きなのだ。

 ヴェヴェル城は、販売されるチケットの数に制限がある。早く行かないと、お目当てのところが見れなくなってしまう。道草を食ったので、チケット売り場に着いた時には、もう列が出来ていた。それでも何とか、目的のチケットはゲットできたので、ほっとした。お城は豪華ではないが、おもしろいものもあり、充分楽しめた。英語ツアーだったのだが、簡単なものなので何となく理解できたよ。
 隣の、大聖堂へもよって塔からの眺めを満喫する。一休みしたあと、川を渡り対岸からお城の姿を眺める。そのまま、バスに乗って、クラクフの郊外を見てくることにした。ところが、どこで降りて好いのかわからない。その辺に居たおばちゃんをつかまえて聞くも、言葉が通じないのでまるで漫才のようである。仕方がないので、おばちゃんのそばに陣取って、バス停に着くたびに、「ここ?」という具合に、顔を覗き込んで確かめる。そんなんでも、無事目的の場所につけるのだから、旅は楽しい!

   ,のこ  ◆.凜.凜Д訃襦´ ヴァヴェル城を見上げて ぁ.ラクフ旧市街
  ァ.ラクフ郊外の普通の風景  Α.ラクフ駅の様子    А.凜.凜Д訃訛臉仔

 市内へ戻り荷物をうけとり、いざ空港へと向かう。バスで行こうと思っていたのだが、最近運行し始めたらしい、列車が一番確かということで、それに乗っていくことにした。クラクフの駅と空港駅の間を15分ほどで結んでいる。駅と空港駅はシャトルバスで結ばれているはずなのだけれど、降り立っていつまで待っていてもそれらしきバスは一向に現れない。一緒に降り立ったのは、10人ほどだったのだが、そのうち半分ほどは、痺れを切らして歩き始めていた。200mほど歩けば、空港に着くのだ。急ぐわけではないが、いつまで待っても来そうにないので、私も荷物を転がして空港へと向かうことにした。こういうところはまだまだサービス精神が徹底していないのだなあと思う。
 目の前に現れた、空港は国際便も発着するとは思えないような、こじんまりしたものだった。時間も遅いので、大手の航空会社の便はすでになく、格安エアーばかりだ。私もこの日の移動は、ハンブルクまで15ユーロなんて、考えられないほどのチケットを予約していた。予約すると同時にカードからお金が引き落とされるし、キャンセル料金が高いとか、リスクはあるのだが、安さを思えば充分利用価値はあると思う。問題は、運行時間が、遅いということだ。メジャーの航空会社の隙間の時間に飛ぶのでどうしても、変な時間になってしまう。私の乗る飛行機も、ハンブルクへの到着が23時と遅い。エアーバスは、24時まで運行されているようだが、遅れるようなことになると、タクシーでの移動となって何のための格安エアーということにもなりかねない。ホテルは、中央駅から近いと思うのだが、初めての土地での遅い時間ということもあって、不安はかなりある。

 チェックインは、簡単なものでパスポートを見せるだけ。余った時間、残ったポーランド通貨を使ってしまおうと、土産物屋を覗いた。絵葉書2枚と、ズブロッカの小瓶を買った。まだ、試していなかったのだ。機内では、飲食は有料なのでここでビールとサンドイッチで最後の晩餐とする。「ポーランドに乾杯だ!」。出国審査を受け、バスで機内へ移動。中に入ってみると、ほとんどの人がもう座っていた。格安は、指定ではなく早いもの順なので、好きな席に座るには早く、入らないとだめなのだ。
 乗客が全員乗りこんだことが、確認できると離陸時間前だというのに、飛行機は早くも動き出した。ほかに離陸する機体はいないのだから、管制官のOKさえ出ればいつでも、離陸してもかまわないのだろう。早く離陸したおかげで、予定時間より早くにハンブルクについた。入国審査もEU圏外の乗客はほとんど居ないので、簡単に通過できた。これで荷物が早く出てくれば、11時のバスに間に合うかも!
 着いている時は着いているもので、先頭から8番目のところで見覚えのあるスーツケースが目に飛び込んできた。それをピックアップして、出口へとダッシュだ。バス乗り場というものは、たいがい出口の左側にあるので、ともかくその方向へ走る。「あったー」発車時間ぎりぎりに間に合ったよー。
あとは、駅についてからが問題だなあ・・・。30分ほどで、中央駅に到着した。降り立ったものの、人影はあるが、日本のように街がネオンで明るいということは無く、どっちへ歩いて行って良いかわからない。おじさんに聞くと、老眼で地図が見えないというし、ここからならタクシー代もしれたものだろうと、運転手に地図を見せた。「ここなら歩いていけるから、そうしな」ということで、道順を教えてもらう。はい、10分もかかりませんでした。
 
 ホテルの看板を目にしたときは、心底ほっとした。今日の移動が今回の旅の中で1番心配だったのだ。
何だか、又少し自信がついた気がする。

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 何だか早くに目が覚めてしまった。昨日は、旅先で知り合った人と、ちゃんとしたレストランで食事をして、ワインを飲んで帰って来て、お湯のスイッチを入れておくのを忘れたため、シャワーもそこそこに寝てしまっていた。早速、シャワーをして髪を洗い、TVを見ながら朝食をとる。画面では、きのこ予報みたいなものをやっていた。ポーランドの地図が示され、その上にお天気マークみたいに、きのこマークがしるされていく。要するに、「この地方では今、○○きのこがとれます」とお知らせしているのだ。ポーランド人がこんなにきのこ好きだとは・・・。
 本とは今日は、ヴィエリチカに行く予定だったのだが、昨日のうちに行ってしまっていたので、せっかくだからこの際、小旅行をしようと思う。クラクフから、バスで2時間ほど行ったところにザコパネという、高原の町がある。避暑地としても有名らしいが、私はそこの家とチーズに興味を持った。家は、釘を使わない独特の工法で立てられているらしい。建て物好きの私は、俄然興味が湧いたのだ。チーズの方も、木型に入れて作るということで独特の形をしているのだ。あれをぜひ食べてみたい!
 ということで、これからバスターミナルまで行って、切符を買わねばならない。

30分もバスに揺られていると、車窓の風景は一気に変わってくる。目にも鮮やかな、緑の丘の連続だ。遠くの方には、山並みまで現れてきた。ななかまどが、早くも赤くなってきている。心まで伸びやかになる気がする。来て良かったとしみじみ思った。

 ザコパネは、小さくて2時間もあればくるっと回れてしまう。中心から少しそれるだけで、いろいろな趣向を凝らした建物が、建っている。建築中のものも結構ある。どれも、立派な木材を使用している。それらの家を見ながら歩いているだけでも楽しい。大きさは、かなりのものなので1世帯ではなく、何世帯か同居しているのかもしれない。日本の合掌作りにちょっと似ている。
 問題のザコパネチーズは、あちらこちらで売られていた。山小屋風の屋台で売られているのだが、ちょっと見、とてもチーズとは思えない。大きいのは、手に余るので小さいのを2つほど購入した。お酒のつまみにするつもり。1個、1zlである。
 
 お昼過ぎに、向こうをたってクラクフに戻ってきたのが、3時半くらいか・・・。それから、チャルトリスキ美術館に向かった。この美術館は、ポーランドで一番古いのだそうだ。ダヴィンチの「白テンを抱く夫人」で有名だ。それだけではなく、レンブラント・ブリューゲルなども有ったし、他のコレクションも充実していた。

 明日の夜には、ここを離れるのでざっと荷物をまとめておいた。何だかあっという間だったなあ!

  ´◆,海涼亙?硫函 ´ チーズ(スモークです) ぁ.繊璽魂安罅´ァ.院璽屋さん
     ぶら下がっているのは、ワッフルです。味は変わりませんでした。
  Α ゞ飢颪任后L攤爐鬚佞鵑世鵑忙箸辰討い襦

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 今日は今回の旅の目的の1つだった、アウシュビッツへ行く。ポーランド語では、オシフィエンチムである。鉄道の駅前から、博物館に向かって、道が伸びている。収容された人々も、鉄道に乗せられて運ばれたのだ。引込み線の果てに、待ち受けていたのは新しい土地での生活ではなくて、死への入り口だったのだ。ここに送られてきた人々の85%が、即ガス室送りになったのだそうだ。
 私達は、ここの博物館で唯一の日本人館員である中谷氏の案内で回った。入場料は、無料である。ここは、墓地と考えられている。お墓に行くのにお金はいらないだろうというのが、無料の趣旨だそうだ。
 ここを考える時、国家や政府といった大きな視点ではなくて、身近なたとえばアンネフランク、ブリキの太鼓・シンドラーのリスト・戦場のピアニストといった映画、リトアニア大使の杉原千畝さん、といった具体的な例で想像して欲しいと彼は言っていた。
 内部は、カメラを向けるのははばかれる。ここで大勢の人々が亡くなったのだと思うと、静粛な気持ちになるからだ。よって、写真はそとのものです。使われることのなかった、歯磨き・靴クリーム・櫛などの膨大な遺品や、収容された人々の写真などを見ていると、おもわず、胸がいっぱいになりました。
 ここには、ビルケナウと言うもうひとつの収容所があります。ここには、入り口からまっすぐ線路が引き込まれています。面積は、アウシュビッツよりはるかに、広い。今は、芝生が植えられ平和そのものといった感じでした。スウェーデンからの修学旅行の子供たちのはしゃぐ声が、印象的でした。

 昼頃、戻ってきて世界遺産の、岩塩の採掘場であるヴィエリチカへ行った。外国語ツアーもあったが高いので、ポーランド語ツアーで回った。ひたすら広い!地下に、礼拝堂や・郵便局・コンサートホール・カフェなどがあるといったら、その広さを想像してもらえるだろうか?壁をなめると、しょっぱいし、湧き水をなめても塩辛い!動力として、馬も働いていたそうである。地下に、3時間近くもぐっていた。
 
 写真は、 .轡鵐疋蕁爾離螢好箸皀轡鵐疋蕁爾経営していたエナメル工場の階段です
     ◆.▲Ε轡絅咼奪椎酳館の入り口、Bの字が反対です。
      こうして煙突のある建物は、厨房棟です。
     ぁ‥款鯡屬砲蓮電流が通っていた。  ァー?道楡漾´Αヾ道訶錙 ´А々兵鷏座
     ─,海鵑併諜圓覆海箸垢覦貶?如⊃△┐燭箸いΕ櫂廛蕕量擇、とてもきれいでした
      ビルケナウ収容所を上から見た   ビルケナウの男子収容施設  
      ベットとトイレが一緒になっていた。木造よりも、レンガつくり方が冷えたそうです。
      ビルケナウ  今はほとんど何もない   先が分かれている引込み線、ここで選別
       した。

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