好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

カテゴリ:西ヨーロッパの国々 > ギリシア


 いつもよりゆっくり起きて朝食に向かう。
おなじみになったギリシャヨーグルトにはちみつをたっぷりかけたものとトマト、トーストしたパンにコーヒーと卵料理を一品。コーヒーは最低でも3杯は飲みます。
 大好きなブラックオリーブを6個くらい食べる。塩漬けした干からびたものの方が好きなのだがこちらはあまり出てこない。

 途中ローマで乗り換え日本には明日の午前中につけます。そのまま東京駅にバスで向かい新幹線に乗り換えて名古屋へ・・・。

 まだまだ先は長い。

 昨日の続きの写真を少し
貨幣博物館
  中庭では猫が遊んでいました。建物はもう閉館していて入れませんが、ここはシュリーマンが晩年を過ごした家なのだ。

 
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 アテネ市内の最後の写真は、アカデミー・アテネ大学・国立図書館です。
我々はこれを三点セットと呼んでいました。堂々たる建築物で知の伝道にふさわしい感じがする。3つとも、デンマークの建築家ハンセン兄弟の設計で19世紀に建てられたものだ。

 アカデミー
屋根の下の三角の部分には、女神アテナの誕生の様子が描かれている。両脇のイオニア式の柱の上にはアテナとアポロン像がのっている。

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 入り口のところにある像はプラトンとソクラテスです。
これは向かって左なのでソクラテスです。

 
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 続いてアテネ大学。ここも閉まっていましたが入り口部分の壁画はきれいでした。

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 最後が国立図書館。図書館とは思えない優美な階段だ。

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 天気にも恵まれてとても楽しいたびになりました。今ギリシャは大変なことになっていますが、偉大な先人達のDNAがあるのですから、きっと復活してくると思っています。
  
 最後に、この時期のギリシャは草花もたくさん咲いていたので、私が珍しいなと思ったものを紹介してみます。単一な色ばかりが続く遺跡では、垣間見える鮮やかな色は、砂漠の水のように心に沁みわたる。

 
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 この黄色の花は、ミストラ遺跡で・・・ 

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 この下3つの写真はメティオラで見かけたものです。
 
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 ティラ遺跡で、小さいけれど風格を感じる。思わず合掌してしまった。

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 お付き合いありがとうございました!

 


 ミトロポレオス大聖堂は、アテネ一の格式がある。1840年から15年間もの歳月を費やして建設されたというのでとても楽しみにしていたのだが・・・・。こんなことになっていました。少し前アテネに来た仲間は前来た時も工事中だったよという。要するに進んでいないのだ。あちこちに経済危機を垣間見ることができる。

 大統領の宣誓式など重要な国家的行事は、ここで行われるというのだが、こんな状態ではどうなんでしょうか?

 
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 それでも中にはいることだ けはできます。入り口部分。色使いがシックで素敵だ。

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 隣にあるかわいらしいアギオス・エレフテリオス教会。小さなミトロポレオスと呼ばれることも有る。12世紀にはやっていたビザンティン様式。壁にはレリーフが施されている。

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 サンドウィッチにピザ。ビールかワイン、コーラという簡単な昼食を食べた後は、ホテルに戻る人を見送りつつシンタグマ広場まで戻る。このままさよならする人もいるのでお互いにお礼を言いながら別れを告げる。

 この日記の最初のころの写真にある衛兵の交代式を見た後、ロシア教会、英国教会を見てゆきます。この日は教会めぐりのスタンプラリーが行われていたのでどこも人でいっぱいです。

 ロシア教会。元々は11世紀に建てられたのだが18世紀に一部をトルコ人に破壊された。1847年、ロシアが買い取り修復しロシア正教会として使用されている。

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 英国教会。19世紀のものでセントポール教会とも呼ばれる。

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 向かいの国立公園ではジャガランタの花が咲いている。ロマン風呂の発掘現場を見ながらアドリアノス門までやって来た。

 とてもいい状態。焚口が綺麗に見えている。

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 アドリアノス門。2世紀の建設で高さ約15m、幅約13,5m。

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 続いてゼウス神殿の跡に向かいます。
ここも共通券では入れる。

 かつては計104本ものコリント式の柱があったというが現在残っているのは15本だけです。2世紀、ローマ皇帝アドリアノスの時代に完成した。紀元前515年に着工されたのだが、中断してしまい紀元前2世紀に再び着工されたものの、工事の責任者の死と共に工事も挫折してしまったという経緯がある。

 柱しかないのですが、何故かいつまでも見ていたい!

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 共通券では入れる施設はもう一か所残っていました。ここからだと古代アゴラやアクロポリスの外側の道路を半円形に歩いていかねばならず結構な距離がありそうなのだが、行ってみようということになり4人と添乗員さんで向かいました。暑い中休憩も取らずに歩く。添乗員さんも此処は初めてだそうでたどり着くのに少々迷う。

 ようやく着いたのが、ケラミコㇲの遺跡だ。

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 ここは古代ギリシャ人達の墓地だったところです。墓地好きの私は、とても興味深い。
紀元前12世紀から紀元前1世紀頃のものだ。この辺りには、当時多くの陶工たちが住んでいて土地の名前のケラミコスがセラミックの語源になったという。
 隣接している博物館に入り、ともかくオーバーヒート気味の体を冷やそう。

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 葬儀に関係した焼き物か。
 
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 切れていて全体の絵がわからないのだが、この線の美しさは驚きだ。

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墓地の方に行きます。
 昨日博物棺で見てきたたくさんの墓標がどういう状態で墓地に設置されていたのか見てみたい。

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 有力者の墓標の敷地は豪華で広いのはどこでも同じ。
博物館で見た牛のレプリカの墓標。こういう状態だったんだ・・・。

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 整地をした場所ではなくて自然の丘の上に置かれているものもある。

 
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 これで共通券の施設は全部回ったことになる。ホテルへ帰る人もいたが地下鉄を利用してアテネで最も高い丘リカヴィトスの丘に行ってみようということになり4人で向かった。地下鉄は初めてです。

 途中モナスティラキで乗り換えていく。いつでもそうだが乗り物に乗る時はちょっとドキドキしてしまう。

 地下鉄の係りの人に聞いた道の1本手前の道を登って行ったのでなかなかケーブルカーの駅につけなくて苦労する。人のいうことを聞いた方がいいことも有るのだという教訓です。海外だと人によってはかなりいい加減なことがあるので最終的な判断は自分でしないとまずい場面もたくさんあるが、今回はそれが裏目に出てしまったようです。

 ケーブルカーは30分に1本の割合なので帰りの時間もチェックしておきます。

 これくらいの込み具合でした。ここからの眺めは、最初に紹介しているので見てください。

 
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 小さいけれど素敵な聖ゲオルギウス教会もある。

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 再び降りてきて、地下鉄を乗り換えたり持っている時間を考えたら歩いたほうがいいかもというので、最寄りのメタクソウジオ駅まで歩いていくことにしました。これでアテネの中心部を円形にほぼ歩いたことになります。

 大使館の建物をいくつか見ながら、キクラデス博物館、ベナキ博物館の前を(時間外なので閉まっていて残念でした)歩いていくと、議事堂の横に出てくる、そこを右折してアカデミー、国会図書館を見てオモニア広場からホテルまでというコースだ。
 さすがに疲れてワインの回りが早かったような気がしました。

 この日の夕食は、ホテルの屋上でこの旅で親しくなった2人の方とワインのボトルを2本空け、おさかなのグリルやサーモンなど魚介を食べた。途中でパルテノン神殿のライトアップの写真を撮ったはずだったのだが、カメラを再生してみたら手ぶれがひどくてものにならなかった。酔っていると夜景は無理ですね(+_+)

 明日は、帰国の日です。


 今日は観光としての最終日です。明日は、帰国日になってしまう(+_+)

 朝の散歩に歩いて隣の地下鉄の駅であるオモニア広場まで行ってみた。
途中怪しい通りに入ったような気がしたので急ぎ足で帰ってきた。

 改めてバスで出発。やって来たのは古代アゴラだ。アゴラとは市場のほかに政治、宗教、文化的施設が集まるばしょを意味し、精神的中心であったアクロポリスに対し、生活の中心として重要な場であった。
 1931年から発掘が始まったのだが、当時この場所にあった300軒余りの民家をすべて移転させたという。
ギリシャの現在の経済危機を思い、そういうことも要因の1つかなあなんて思ってしまった。
 
 膨大な新国立競技場でもめている日本を考え、「日本の経済破綻は競技場から始まるかも・・・」なんてその時は思っていたが、こちらの方は見直しが決定したのでよかったなと思っています。

 広大な敷地で発掘が終わるまでは相当の時間がかかったことが予想される。ここでは、男性たちが買物をしたり情報交換などをしていたのだ。当時は買い物が男性の役目だったそうです。

 紀元前15世紀頃ローマの将軍アグリッパが建造した音楽堂。267年に焼失してしまったようだ。

 
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   ソクラテスが友人たちと集い哲学論を交わしたというゼウス・エリテリオスの柱廊を見ながらヘファイストス神殿に向かう。この神殿は当初テセウス神殿と呼ばれていたが現在はオリンポスの12神のひとり鍛冶をつかさどるヘファイストスを祀った神殿という見方が有力になって来ている。発掘中に周囲からたくさんの鍛冶にかかわるものが発見されたからだ。

 
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 ギリシャ国内で最も原型を残している神殿で建築時期はパルテノン神殿とほぼ同時期であるといわれている。

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 後ろの方にも回ってみます。天井部分も見えました。

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 メトープ部分のレリーフなどもよく残っている。

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 こちらは、何人かで動物とたたかっているのか?

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 この円形状の場所はトロス。評議員達の詰所だった。
この辺りをソクラテスもプラトンやヘロドトス、アリストファネス達が歩いていたのだ!

 
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 水路も整備されていて石橋が渡してある。

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 柱廊が残っている部分はいわゆる市場があったところだ。長さ約120mあった。

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 ギリシャ遺跡の中でただ一つ。完全に復元されたのが現在古代博物館として使われているアタロスの柱廊だ。
長さ約115m、幅約20mあり、一階部分外側に45本のドリア式の柱が、中間に22本のイオニア式の列柱が並んでいる。当時は赤と青で塗られていたと考えられている。
 2階は外側がイオニア式で中間がエジプト式棕櫚柱頭の柱が配されている。

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  展示物いろいろ。

 煮炊きする場所の形のやきもの。

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 焼き物で作られた履物。こういうものをはいていたのね。

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 髪型と顔を見て女性と思ったのですが男性でした。何のポーズなのかしら?

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 これはガイドさんもはっきり説明が来ませんでした。裁判官を決めるためのくじ引きというか抽選機らしいのですが、使い方も良くかわからず
どういう場面で使うのかも結局はっきりしませんでした。

 
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  続いてアドリアヌスの図書館に入ったのですが、ガイドさんは先程で契約が終わりかえってしまったし、どうしてこれが図書館だと分かったのか理解できない。
 遺跡を見るだけでは、ほかのものと何ら差がないからだ。

 2世紀ころローマ皇帝アドリアヌスが建てました。

 
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 モナスティラ駅のすぐそばでお土産屋さんやタベルナが軒を並べているいっかっくなのですごい混雑なのだが、ここはガラガラでした。

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 共通券で隣のローマンアゴラの方にも行ってみた。雰囲気のある「風の神の塔」は修理中ですっぽり網をかぶっていて残念です。

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 ローマンアゴラは、ローマ時代初期の市場の跡。

 
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 泉の跡。

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 古代アゴラと比べるとかなり小規模に思える。

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 そろそろお腹もすいてきた。すいているお店を探しながらミトロポレオス大聖堂の方まで移動します。


 古典期の部屋までやって来た。哲学、芸術面でも充実していた時期で、調和と理想美が追及された。
表情も豊かで動きのあるものが多い。
 先日見てきたデルフィの御者像はこの時期のものだ。

 焼き物にも御者を描いたものがありました。

 
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 紀元前500から330年頃の作品が並んでいる。

 1928年、海底から偶然見つかったという青銅のポセイドン像。均整の取れた筋肉質の体の威厳のあふれた顔。

 
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 豪華な彫刻を施した墓碑も多くあり、説明を見るまでは墓碑とは思えなかった。

 イギソスの墓碑

 
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 こちらも墓標です。

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 馬に乗る少年像。そばに立ってみていると疾走していく彼らの脇を通り抜ける風を感じる。
大好きな作品になりました。

 
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 紀元前4世紀の部屋。古典後期のものが集められている。

マラトンの少年像。古代の有名な彫刻家プラクシテレスの作品らしい。青年が見つめている左手は、後の復元で何がのっていたかはわかっていない。

 
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 アンティキセラの青年。1900年、アンティキセㇻの海から壊れた形で発見された。右手がきになる。

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 ヘレニズム期の彫刻。紀元前330年頃から前31年頃までの作品が展示されている。
理想美や宗教性が薄れ現実に密着したものが目立ってくる。有名なルーブルのミロのヴィーナスやニケはこの時代のものだ。

 ミロス島のポセイドン、紀元前130年頃。右足の後ろにちょこっとあるのはイルカだ。

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 何とも魅力的なアフロディテとパンとエロスの像。いたずらを仕掛けるパンにアフロディテがサンダルをもって振り上げている姿が愉快。天使は、アフロディテの息子のエロスです。

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 質の良い大理石が使われているのだろうな。頭を押さえつけている人物は男性なんだ!

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 2階に上り、サントリーニ島から発掘されたものを見ていく。
深い火山灰に覆われていたので壁画の状態もとてもいい。

 ボクシングをする子供たち。当時の髪型はこんな風だったのか。

 
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 跳躍する馬の様子が生き生きと描かれていました。

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 展示室の目立たないところにありましたが、可愛くてお気に入りになりました。何という動物なのか何をしているところなのかわかりませんが・・・。

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 目と心を満腹にして外に出てきたら何やらゴムの焼ける匂いがしている。「うん?なんでこんなにおいがするんだろう・・・。誰かがゴムでも燃やしたな」と思いながらバス道路まで行ってびっくりです。

 バスが燃やされて無残な姿になっていた。先ほどのデモで燃やされたのだ。検分も終わりレッカーで移動するところでした。生まれて初めて放火された車というものを見ました。

 あれから2か月が過ぎようとしている。ギリシャもEUの要求をのむことになったが、ニュースを見ると、このときのデモを思い出します。

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 このあとは、最初の日と同じホテルにチェックインします。変な部屋になりませんように・・・
夕食は外のタベルナでいただきます。明日の夕食は自由食なので全員でいただくのはこれが最後になります。添乗員さんの乾杯の音頭で全員「カンパーイ!」

 旅も残すところ、観光に使えるのは1日になってしまいました。


 考古学博物館には、クレタ島をのぞくギリシャ全土の遺跡からの出土品のほとんどが納められているという国内最大規模の博物館である。

 一階部分と二階部分に展示室があり、一階はほぼ田の字のような形になっている。

 まずは、あのミケーネから出土たものを展示してある部屋を見ていく。

 シュリーマンがアガメムノンのものと勘違いした黄金のマスク

 
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 こちらもマスクですが・・・ちょっとだけ間抜けな感じがするのは私だけ・・・。

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 王冠

 
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 犬かライオンか?鼻の部分毛穴がリアルだ。

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 ペンダントトップにしたーい。
 
 
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 剣の取っ手部分。細工が細かい。

 
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 同じく剣の持ち手。
 
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 ガラスの器。水鳥なのだがカモかアヒルか?


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 この生き生きとした表情いいな。

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 当時の戦士の姿を描いている。

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 うすーく加工されたカップ。

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 狩りの様子。犬たちをの躍動感がすごい。

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 キクラデスの部屋もあります。時間の都合でほとんど見られなかった。
 
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 続いて紀元前7から5世紀のアルカイック期のもの。エジプトの影響を受けていて直立姿勢のものが多い。時代が下ってゆくにつれて動きのあるものに変化してゆく。

 クロース像とアルカイックスマイルの少女像

 
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 台座に描かれたレリーフ。猫をけしかけて遊ぶ様子が見られて、少し動きが出てきている。

 
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  まだまだ道半ばといったところです。


 左手にエレクティオン、アテナの祭壇跡そして左手に巨大なパルテノン神殿が見えている
レバノンのバールベック神殿を連想してしまう。
 個人的には、観光地化されてしまっているパルテノンよりあちらの方が好きかも・・・・。興味のある方は、バールベックのジュピター神殿、バッカス神殿も見てください。年代は、パルテノンの方が古いし、向こうはローマ帝国によって築かれたものですが・・・。柱の長さなどは、ジュピターの方が20m以上とかなり高い。

 どちらにしてもこの巨大な建造物をどのようにして作ったのかは興味のあるところです。

 
 
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 エレクティオンとアテナの古神殿・祭壇跡。エレクティオンは、紀元前86年にローマ帝国によって焼かれたが再建され、その後教会、フランク王国の宮殿、オスマン時代にはハレムとしてもつかわれた。

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 6人の少女像。ここのはレプリカです。

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 高さ約10m、直径約2mのドーリス式の柱が46本取り囲んでいる。柱の間隔は均一ではなくまた太さも違い角の柱は太くなっている。内側に少し傾いて造られているのは強度を増すためだ。

 BC432年に15年の年月をかけて完成した。1687年のベネチア軍の攻撃によって大破してしまった。
現在も修復中です。いつになったら完成するんだろうか?

 
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 破風の部分には、博物館で見てきたような彫刻やレリーフが施されていた。屋根と柱の上の部分のメトープと呼ばれるところにもレリーフが90枚以上あったらしい。

 
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 外れにある展望台に行ってみるとアテネの市街地の様子がよくわかる。

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 ぎっしりと家々があるが高層ビルは見当たらない。正面の丘はリカヴィトスの丘だ。

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 ゼウス神殿跡とアドリアヌス門も見える。こちら側は東の方向にあたる。

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 西側には、原型がよく残っているテセウス神殿が見える。この古代アゴラには明日行きます。

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 ぐるっとまわりこんできて、南側にあるのが先ほど行った新アクロポリス博物館。

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 ディオニソスとオディオンもすぐ下に見える。

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 バスは、第一回近代オリンピックの開催されたパナティナイコスタジアムまでやってきました。2004年のアテネオリンピックの時にはマラソン会場になり野口みずき選手がゴールを切ったところです。

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 この後は、今何かといえばニュースに出てくるシンタグマ広場に向かい下車。国会議事堂と無名戦士の墓などの見学をする。

 噴水のある広場から道路を挟んで反対側にあるのがクリーム色の壁をした国会議事堂だ。
初代ギリシャ王の王宮として建設されたもので、1842年の完成。その後、改装されて国会議事堂となった。

 
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 その議事堂の下にあるのが無名戦士の墓だ。約400年にもわたるトルコ支配が終わった1823年からの数々の戦争で犠牲になった兵士たちの霊を慰めるために建てられた。

 
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 碑の左右両脇には衛兵がおり、記念写真のスポットになっていました。1時間ごとに衛兵は交代します。

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 ここからさらに移動して今日の最後の見学場所考古学博物館へ行きたいのだが、おりしも経済危機に関するデモ隊が出てきているので道路が封鎖されバスは進めなくなってしまった。
 仕方がないので途中でバスを降りて歩いていく。

 パトカー

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 集合していく人々。

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 ようやく博物館に着いた。近くでシュプレヒコールが聞こえている。

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 アテネに向かう前にお食事でいただいたものをもう少し紹介してみたいと思います。
同じお料理でも、調理法が違っていたりすると違うものかと思ってしまうことも・・・。

 イオアニア湖の小島でいただいたマス。

 
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 カランバカのホテルで・・・。

 ヒラメのムニエルクリームソース掛け。メティオラの山を望みながらでした。

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 カランバカのレストラン
アーティチョークの煮込み。こういう食べ方するのですね。好きです。

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 スタッフド・トマト。お米が入っていました。

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 テッサロニキのタベルナでいただいたもの。

チキンとポテトパイ。美味しいですがちょっとこの組み合わせ胃にはいかがなものかな・・・。

 
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アトス半島のクルーズの後にいただいた。お腹のすいていたことも有るのだろうがどれも繊細でおいしかった。

キノコとジャガイモのオリーブ炒め。キノコ大好き!

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ナスの前菜。蒸しナスにクリームチーズ、トマト、バジル、オリーブオイルが掛けてある。

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ヨーロッパで紙鍋を使った料理初めて見ました。イワシですがこれがまたおいしくて・・・。

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フィリッポス2世のお墓があったヴェルギナのレストランで。生ビールがなかなか出てこなかった
この焼きたてのパンがどんなごちそうよりもおいしかった。個人的に今回の旅のベストワンです。直径20センチくらいあるのでシェアしていただきます。

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蒸しナスとホウレンソウのクリームチーズ和えをもう平型のパスタで包んで焼いたもの。

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俵型ハンバーグといった感じのスズカキャ。ミートボールと紹介されているのですが個人的にはハンバーグの方が近いと思う。これバイキングにもよく並んでいました。

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デルフィで。ズッキーニを揚げたもの

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イラクリオンのレストランで。注文の入ったときだけの営業というレストラン。中庭でいただきました。私達だけでしたので落ち着いていただくことができた。

ダコス。クレタの代表的なメゼです。ラスクの上にトマト、フェタチーズ、オリーブ、刻み玉ねぎなど乗せたもの。とてもおいしくて今回のナンバー2です。

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ズッキーニを魚のすり身と混ぜて焼いたもの。はんぺんみたいでワインによく合いました。

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メインのポーク。お腹も膨れてきた。付け合わせのじゃがいもはかなりいけます。

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サントリーニ島の初日のお昼。
このスズキ絶品です。おかわりしたかったあ。

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ティアのレストランで

フリッターとメゼ。メゼは、レンズ豆にセロリなどを加えて煮込んだもの。

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アテネの昼食でいただいたもの。

スズカキャとホウレンソウのパイ

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こちらが最後の晩餐でいただいた牛肉の煮込みです。タベルナでの食事でした。

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オリーブのパテとオリーブオイル、そしてオリーブの漬けたもの。日本に帰ってからもほぼ毎日食べています。


 今日は1日フリーの日です。
とはいっても午前中は多くの人が古代ティラ遺跡を見学したいということだったので、車を手配してもらいました。

 紀元前9世紀頃からビザンチン時代まで、1000年以上に渡り栄えた。カマリビーチとベリッサビーチの間にある島の最高峰、とはいっても359mですが、の頂上にあります。

 大きな木はあまり生えていなくて岩山といった感じです。

 このサークルのところまで送ってもらいました。道がいくつか伸びているのは、ベリッサへ行く道や、教会に行く道だ。

 
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 カマリビーチと滑走路。このビーチに泊まると飛行機が上空を飛んでいく。

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 カマリビーチは黒砂で有名ですが、砂というより小砂利に近い。俯瞰するとその黒さがよくわかる。
我々のホテルは海岸沿い真ん中あたり大きなプールのホテルです。

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 登っていく途中にある、使われなくなった初期キリスト教会。

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 ここで我々は全員大きな間違いをしてしまう。今思うとどうして途中でおかしいと思わなかったのだろうか?

 というのは、道を間違えたのだ。遺跡にはちゃんとした道がありそこを通れば何の苦労も行けるのだが、何故か我々にはその道が見えなかった。で、考えた末ここを登っていくことにした。

 以前はこの道もつかわれていたらしく、獣道みたいなのはあったので、疑いもしないでそこを突き進んでいった。

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 岩を利用した教会の跡などもあったので、こんな危険な道なんてとは思ったが間違えているとは思いもしない。
 
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 とうとう頂上に到着です。目の前に広がる遺跡を眺め満足。でも誰もいない・・・。しかもロープで囲われている。このロープを跨がないとどこにも行けない。変だなと思いつつロープを跨いで海の方に向かって遺跡の道を歩いて行った。

 
 
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 すると女性が先行していた我々に向かい(グループの中でいくつかの塊に分かれていた)、「ここには入っちゃだめだよ」という。自分だって入っているくせになんて思いながらも言われたとおりに慌ててロープを跨いで外に出た。
 しばらくすると後ろの方で何やら大きな声がする。かなり離れているので我々には何が起きているのかわからなかった!
 確かなのは、我々の仲間たちの声だということ。

 後で、聞けばあの女性は遺跡の監視員で、最初に我々を見つけ3人だけだったので軽く注意した。ところが後方からまた日本人がやって来たのでびっくりした。そして出ていくように注意した。ところがここが立ち入り禁止になっているなんて思ってもいないので彼女の横柄な態度に納得がいかない。
 そのうちに、力づくで出て行かせようとしたものだからややこしくなる。それでも、落ち着いて説明を受け納得して事なきを得たはずだったのに、さらにもう2人の日本人がまたまた立ち入り禁止区域に現れた!ご夫婦だったので、みんなとはかなり離れて2人で行動をされていたのだ。
 そこで彼女はブチ切れた。「今すぐ出ていけ!」みたいなことをその2人に向かって叫んだ。でも2人は、前の2件のいきさつを全く知らないので応じない。ひょうひょうとしていたらしい・・・。

 警察に連絡するみたいなことになり、添乗員さんは大変でした。冷静になって考えれば、あんな変な道なんてあるはずもなくだれか1人でもちゃんとした道を探せばこんなことにならなかったのにね。
 この後、我々は目をつけられ、山を下りるまで監視されていたのでした・・・。

 コースが変わったらしく、以前は行けたので説明板も残っていたことが事をややこしくし、誤解を招いたのだ。

 さてここからは本来のコースです。

 サンクチュアリとありました。

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 先端に立つと反対側のベリッサビーチが見えました。

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  円形劇場もあったようで、痕跡があります。

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 このあたりから主な建物があった地域に入っていく。アゴラ・ローマンバス・バジリカ・ストアや神殿などがあった。

 
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 こんな岩山で水はどうしていたのだろう。雨水を貯めるのはもちろんだが、井戸も掘ったのだろうか?

 
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  問題の道を間違えた付近には見事なレリーフが残っていました。

ライオンと鷲

 
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 イルカ。

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 漸く出発点まで戻ってきた。迎えの車を待っていたら・・・・。
私、こちらの方に乗ってみたかったなあ。

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 かっこいいです。

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 帰りながら思ったのだが、どうして道を間違えたのか自分でも理解に苦しむ。知らないことに直面すると人間は、先行している人や周りの空気に疑問を持たずに従ってしまうのだなと実感し反省した。

 

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