好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

カテゴリ:沖縄県 > 八重山諸島周遊の旅 


 今日も朝食前に近くを歩いてみた。天気はものすごく良いが、風が強くてこれでは海はだめだろうなあと納得。与那国は、天気が穏やかという日は案外少ないそうで、強風だったり雨が降ったりすることが多いという。 
 空港も管制塔が無く、機長判断なので、引き換えしてしまったり飛ばないことがしばしばあるそうです。

 またまた最西端の話。最西端の小学校。
最西端の小楽校

 こちらは最西端の中学校。
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最西端の中学校

 本土では見たことがないオキナワスズメウリ。
オキナワスズメウリ

 公民館らしいです。
公民館
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 港に行ってみました。カラフルな船が泊まっている。
綺麗な色の船

 しまでは、鳩やカラスを見かけなかったのだが、港に2羽だけいました。ちょっと黒いな。
鳩がいた

 9時にホテルを出発。昨日のドライバーさんが、またまた大きなバスを運転して来てくれました。本来、今日は休日だったのですが、私達の為に休日出勤となってしまったそうです。

 昨日行ったティンダハナタの真上の草原を歩いてみる。遠くに5本のレーダーが見えていた。
自衛隊関係?

 これは、大阪航空局の無線レーダーとの事。
大阪航空局の無線レーダー

 この小さな土塊は、昔の狼煙台です。
狼煙台跡

 見下ろすと祖納地区とナンタ浜が見える。
ナンタ浜と祖納地区

 そして、6畳ビーチと呼ばれる小さなビーチに向かう。ここは与那国で一番美しいと言われているが、満潮になると消えてしまいます。
6畳ビーチ

 そして、最後にもう一度東崎で馬達を見ることになりました。うれしいな。
さっそうと

 時間まで馬達と遊んで、裏の墓地群のそばを通って空港に向かう。
浦野墓地

 2日間お世話になった運転手さんありがとうございました。

 帰りは、那覇経由だ。当初予約していた那覇からの便がコロナの影響でキャンセルになってしまったので、便を取り直し、帰りの時間が少々遅くなってしまっていた。

 上空から見た与那国島。
さよなら与那国

 この美しい島は?
不思議な形

 建物がたくさんあるから石垣島だろう。
石垣島かな

 これは多良間島かな。
多良間島

 滑走路を拡大してみると、
滑走路

 そして、下地島と伊良部島。
下地島と宮古島

 宮古島との間にかけられた伊良部大橋もはっきり見える。
伊良部大橋

 宮古島。
宮古島

 大神島も見える。
手前は池間島かな

 那覇では、2時間ほど時間があったのだが、ラウンジで過ごす。

 最寄りの空港に到着寸前に見えたブロッケン現象。飛行機がぼんやり投影されています。
ブロッケン現象

 旅は楽しめたが、どこかで虫に刺されたようで、赤いぼつぼつが今になっても治らない・・・。

  


 悲劇の久部良割(クブラバリ) 
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久部良バリ

 遠くに何だかシマウマの様なものが見えていたのだが、正体は観光用に飼育されてる与那国馬でした。虫よけらしいです。
シマウマのカバー

 野生の与那国馬がたくさんいる南牧場。人家のあるところにやって来ないのだろかと心配したが、コンクリートの溝の有るテキサスゲートを作ると、蹄のある動物は、これを越えられないそうだ。溝は8つで、これ以下だと超えることができてしまい、これ以上だと製作費がもったいないそうで8本が理想の溝の数との事でした。
テキサスゲート
与那国島が放牧されている南牧場
野生です

 午前中行くはずだった島の南部の比川地区にあるDr.コトーの診療所にやって来ました。このドラマのモデルになった診療所は甑島にあり、前回の薩南諸島の旅で近くまで行っていた。制作にあたりイメージが合わないということで与那国がロケ地となったようです。
 架空の島「しきなじま」の診療所という設定なのだが、「しき」は甑島から「な」は、与那国から獲ってくっつけたとのこと。
 
ドクターコトー診療所
ドラマのオープンセット
 訪れてびっくりしたのは、セットのリアルさだ。診察室、待合所、入院室、受付などが残されています。
受付

 近くに製塩場があるのですが、20代の夫婦が元々あった工場を買い取り経営されているとの事。ここで、塩や黒砂糖を買いました。
 塩を作る釜
製塩
 
 バスは、此処から東に向かって走ります。 

 海から突き出た岩は、立神岩。八重山層群の砂岩と泥岩の互層からなっています。
立神岩
 
  さらに進んでいくと、サンニヌ台展望台があり、ここもNHKの大河ドラマ「琉球の風」のロケ地となった場所らしい。
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サンニヌダイ

  軍艦岩。見えるといえば見えるかな。潜水艦の方が近い気もするが・・・。
軍艦岩

 そして、島の東の端っこにある東崎灯台までやって来ました。ここにもたくさんの与那国馬が暮らしている。近づいても嫌がらず、撫でても気にする風もない。
東崎展望台
与那国馬と東崎灯台

 灯台の裏手は断崖絶壁です。
崖です

 さあ、馬たちと遊ぼう。
まつ毛長い
かっこいいね
のんびりと
逃げません
 まつ毛の長い事。車窓の中から見た時、白い馬もいました。1頭だけだそうです。
白い子もいた
 
  この建物は、何とお墓の一部。この奥にピラミッドの様なお墓があるのですが、総工費1億円だそうです。
一億円のお墓

 国泉酒造にやって来た。個人で泡盛づくりを行っていた3人により、1958年に創業された。工場見学の後、60度という花酒を試飲させてもらった。青ヶ島に行ったときには、60度のはなたれという焼酎を飲ませていただきましたが、あちらは購入はできませんでしたが、此処の60度の泡盛は、特産品として売られていました。他にも25度、30度、43度のものあります。
60度の泡盛

 これで今日の観光は終わり、ホテルに戻ります。おりしも、今日は皆既月食の日だ。夕食の後に近くの広場に行ってみました。

 私はコンパクトカメラしか持っていなかったのですが、肉眼でも月食の様子は見ることができた。
皆既月食
結構見れる

 コンデジだとこんな感じですかね。

 明日は、海底遺跡の見学のはずだったのだが、波が高くて船長の決断で中止になってしまいちょっと残念。観光は、ほぼしつくしてしまったので飛行機の時間までどうするのかなあ・・・。 


 昨日は、夕日を見ることができず。その代り早起きして朝日を見ようと試みる。最西端という事は、日の出が遅いということで、6時頃にならないと明るくなって来ない。

 
日本で一番遅い日の出

 ちかくにある、最西端の郵便局。ホテルのある久部良地区は、与那国の中でも西側の集落なので、此処にあるものすべてが最西端となるのだ。
日本最西端郵便局

 最西端のお店
日本最西端のお店

 最西端の港、久部良港には週二回やってくるフェリーが泊まっていました。石垣と与那国を往復し、すべての生活物資を運んできます。
週2便のフェリー

 この辺りから見た西崎灯台。朝日に染まっています。
朝日に染まる西崎

 朝の散歩に行ってみることにした。途中、小さなナーマ浜があった。与那国は、実はビーチが少ない。
ナーマ浜

 航海の神様金毘羅さん。
金毘羅さん

 登って行くと、標識があった。カジキの島らしく標識にも使われていた。
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 ここからは緩やかな坂道が続く。

 カジキのオブジェが見えてきた。
カジキのオブジェ

 振り返ると、久部良岳の背後に太陽が見えていた。今日の午前中に登る予定です。
久部良漁港一望

 最西端の灯台。
西崎灯台
 最西端の碑
日本最西端の碑
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 こんな碑がありました。何かなと思ったら、ニュースにもなった昔の航海の再現成功を記したものでした。
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3万年前の航海

 その台湾は、この先にある。今日は見えないな・・・。海水との差が少ない夏の方が見えるのだとか
台湾はこの方向

 これは最西端のトイレ。
最西端のトイレ

 ホテルに戻り朝食をいただき、9時に大きなバスが迎えに来てくれた。コロナですべてのツアーが無くなってしまったので、ドライバーさん達もやめなければならなくなり、現在は3人しかバスの運転手さんはいないそうだ。3人で路線バスの運転と、今日の様に観光バスも動かすのだという。ドライバー兼ガイドである。乗客は9人だけです。

 大きなドコモのアンテナがある宇良部岳、与那国島最高峰で標高231.1m。
最高峰宇良部岳

 暑くて結構登るのに時間がかかった。山頂からの眺めです。
宇良部だけからの眺め
宇良部岳から

 降りて来て、アヤミハビル館に向かいます。世界最大級の蝶アヤミハビルの標本が展示されています。
アヤミハビル館

 地元の人達は、このチョウの事を「ヨナグニサン」と呼んでいる。ヤママユガの仲間で東南アジアに広く分布しているが、大きさも色彩も与那国産が秀でて素晴らしいそうだ。
ヨナグニサン

 予定では、この後Drコトーの診療所に行く予定でしたが、先方から午後にしてくれと電話が入ったそうでティンダバナに行くことになった。ティンダバナとは、
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 崖に沿って歩いてく。とちゅう、イヌガンという祠のようなばしょもあった。
イヌガン
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 ティンダバナからの眺め。
祖納集落
 宇良部岳からの景色とそれほど変わらないような・・・。


 さてお昼ごはんなのだが、此処もコロナの影響で予定していた空港のレストランが急遽閉まってしまい、私達は食べる場所を失ってしまった。で、観光バス会社がたまたま仕出しもやっていたので、お願いしてお弁当を作ってもらうことになった。ということで弁当を受け取りに営業所へと向かう。

 営業所では、ソフトクリームも売っていて、食後のデザートならぬ食前のおやつとなりました。ソフトクリームが好きではない私は、営業所で飼われていたニャンコに遊んでもらう。

 次の問題は、何処でお弁当を食べるかという事だ。ともかく暑いので、綺麗な場所までバスで行ってみて、エアコンのきいたバスの中で食べるもよし、外で食べるも良しということにして、ダンヌ浜に向かいます。

 私は、エアコン派です、涼しい車内でゆっくりといただきました。ここはダンヌ浜というビーチだが、トイレ越しのこのショットが一番いいというので撮ってみました。
ダンヌ浜

 お昼の後は、皆で西崎灯台に向かった。

  


 フェリーターミナルには、沢山の海保の船が停泊している。 
海保

  空港へは、タクシーで30分ちょっとかかる。新しい道路が建設されているのでそれが完成すると16分ほど短縮できるようだ。

  与那国行きのプロペラ機。
与那国へ

 飛行時間は、35分くらい。

 さよなら石垣島 
石垣島とお別れ

  上に見える島は竹富島だと思うのだが。
?

  小浜島とカヤマ島?
小浜島とカヤマ島

  確信をもって西表島
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 浦内川か仲間川か?
西表上空

 砂浜でつながっている島は、白浜の内離島と外離島でしょう。
西表島

 与那国島の東の端、東崎灯台が見えてきた。
与那国島

 6畳ビーチが綺麗。 
6畳ビーチが見える

 集落は、祖納地区だろう。
集落
 
  ナンタ浜。左隅に見えている山が、明日登る久部良岳だ。
ナンタ浜上空

 与那国空港に着きました。
与那国空港

  ホテルの車が迎えに来てくれています。

  与那国島は、日本最西端の島で、台湾から111kmの所にある。ちなみに、
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 島の外周は、27.49㎞、面積は28.88㎢、人口は1625人とある。2016年に、自衛隊の与那国駐屯基地ができて、隊員とその家族約250人が島に移り住んで人口が増え、島の生活にも変化が現れているそうだ。
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  こういうタイルがあったので紹介してみます。

  島の花
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  島の花木
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  島の木
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  島の魚
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  カジキ釣りの世界大会が開催されるほどです。一緒のホテルに泊まっていた男性は、長野県からのお客さんで5日間毎日カジキを釣りに出かけるとの事。

  島の鳥
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  島の蝶
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  美味しい夕ご飯をいただきます。


 アイスを食べて、休んで、後半へ。 

 道は白いし、空を遮るものもないので、本当に暑い。梅雨何てどこかへ行ってしまったようだ。 


 ヒオウギアヤメ 
ヒオウギアヤメ

  テイキンサクラ
テイキンザクラ

  オオバギ
オオバギ

 スンマシャー
スンマシャー
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 シーサーのある郵便局
竹富島郵便局
 
  防災スピーカーもサンゴの石の上に。
防災のスピーカー

  西塘御嶽。西塘は、竹富島の偉人西塘が祀られている。彼は、首里王府に25年もつかえた技師で、1524年から、頭職として八重山を統治した。ここは、屋敷跡であり埋葬地でもあるという。
西塘御嶽

  あれ、水牛が、休業なのでは?と思ったら若い牛の訓練との事。
水牛車

  安里屋クヤマの生家。奄美諸島の旅の時にもその伝説を聞きました。
美女クヤマ生誕の地

 清明御嶽。
清明御嶽
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 あら、さっきの牛さんだ。さすがに暑さでばてたのかな?
牛だって暑い

 ナージカー。島の中で最も水量が豊富な井戸として長い間、島民の生活を支えてきた。
ナージカー

 ここで、路線バスを予約して星の砂で有名なカイジ浜に向かった。昔来た時はもっと白い砂だった気がするのだが・・・。探してもたくさんは見つからない。
昔はもっと白かったような気がした

 下ではなくて上を見ていたら彩雲が現れた。
彩雲

 ここから隣のコンドイ浜に向かって歩きます。鏡の様になっている。
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 コンドイ浜はたくさんの猫達がいて、少しの間一緒に遊ぶ。さらに砂浜を進んでいくと、ニーラン石があった。
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ニーラン石

 少し歩いてコンドイビーチまで戻り、バスに乗る。ドライバーさんが、西の桟橋に行きましょうというので連れて行ってもらう。
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 さあこれで、観光は終わりだ。石垣に戻り空港へ急ぐ。


 夜中に雨が降ったらしく、道路が濡れている。 ホテルは、フェリーターミナルのそばなので港が良く見えた。
石垣貨物

 市街地
朝の石垣市街地

 今日は、石垣島を少しだけ観光してから、竹富島に渡り島内観光をして、再び石垣島に戻り、空路日本最西端の島与那国に向かう予定だ。

 石垣市は、沖縄本島、西表島に次いで大きな島で、面積は223㎢、外周は162㎞あります。島全体が石垣市となっていて、人口は、約48000人ほどで、八重山諸島全体の約9割を占めている。
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 まずは、唐人墓に向かいます。1852年の「ロバート・バウン号事件」で犠牲になった中国人苦力の慰霊の為に1971年建立されたものだ。

 「ロバート・バウン号事件」とは、厦門からカリフォルニアへ航行中のアメリカ奴隷船内で、400人の中国人を裸にし、辮髪を切り落とし、焼き印を体に押し当て、売り物にならないものは海に突き落とし鮫に食わせたことにより、中国人が暴動を起こした。苦力は、船長と船員を殺し船を操舵したが石垣島の沖で座礁してしまい、380人の苦力が上陸をした。事情を知らない八重山の役人たちは、収容所に収監した。その後、バウン号の報告を受けたイギリス船が石垣島に来航し、収容所を砲撃し武装兵士200人以上が上陸し苦力を射殺・捕え、白人に抵抗した見せしめにその場で100人近くを吊るし出航した。その後も、アメリカ船が来航し、兵士100人以上で探索を行い引き上げて行った。これら一連の事件をさす。捕らえられるのを免れた中国人達は、琉球王国に保護されたが、収容所の生成状態は悪く1853年9月29日に中国に送還された生存者は、172名であった。この時、病気などで犠牲になった彼ら128名を弔ったのが唐人墓だ。
唐人墓

 川平湾を見下ろす展望台にやって来た。波が静かでとてもきれいなのでグラスボートに乗ってみることにした。手前の大きめのボートがグラスボートで、30分ほど掛けて湾内を回る。
グラスボートなどが
 
 海と空の区別がわかりにくいほど静かです。
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 サンゴ
サンゴ

 傘岩のようだ。
傘岩の様

 サンゴ礁が島を取り囲んでいるが、その外側に出るととたんに波が荒くなります。
サンゴ礁の外側
 
  
綺麗

 戻ってきて再び覗いてみます。シャコガイとクマノミ。
シャコガイとサンゴとクマノミ
サンゴ。

 急いでフェリーターミナルに戻り高速船で15分ほどで、竹富島に着いた。 

 コロナの影響で、レストランが閉まってしまい、急遽お弁当となってしまった。待合室で、対岸の石垣島を見ながらいただきまーす。
竹富島の港から見た石垣市

今日の昼食

 竹富島は、外周9.2km、面積5.42㎢、人口は約346人です。まずは、入島料300円を払う。
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 島内観光は、当初牛舎を頼んでいたのだが、コロナの影響で影響でキャンセルになってしまい、サイクリングか路線バスでの観光になってしまった。

 この暑さでは、サイクリングはしんどいので、路線バスを利用。予約をして迎えに来てもらった。
  
 バスで、島の真ん中あたりにある集落まで移動した。バスと言っても、ジャンボータクシーでした。

 民家が待合所になっています。
民家がバスの待合所

 中は、
家の中

 基礎石が、サンゴです。
サンゴの基礎石

  魔よけのひんぷんが地図になっていました。
案内図

 世持御嶽、民芸館前を過ぎてなごみの塔まで向かう。
竹富民芸館
サンゴの石が気と白い砂
 集落を見下ろせる塔。
なごみの塔

 集落全体が、伝統的構造建造物保存地区に認定されています。
集落は伝統的構造物群保存地区になっている

 シーサーの居る赤屋根。
シーサーと沖縄赤瓦

 それにしても暑い。青い空にハイビスカスが似合いすぎる。 
ハイビスカス

  負けじとブーゲンビリアも、このブーゲンビリアは八重になっていて豪華だ。
八重のブーゲンビリア

 氷屋さんかあ。 
氷屋さん

 ここで小休止。氷屋さんではなくて、おばあのお店でアイスキャンディに舌鼓。私は、ゴーヤをいただきましたが、全然苦くなかった。 


 石垣から高速船で35分ほどで小浜島に到着。外周16.6㎞、面積7.86㎢で、約607人の方が暮らしている。NHKの朝の連ドラちゅらさんのロケ地になった島だそうです。 
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 迎えに来てくれたバスで島内観光に向かった。

 シュガーロードとはいうものの、収穫が終わりサトウキビの無い道を通って行く。ここにも牛が飼われていました。
小浜島の牛

 この石は、定め石というそうで島の人達にとって重要な役割をしていた。上面には穴が空いていてそこに竿を差し込み、星を見て農作物の作付時期を決めていたそうだ。
節定め石
 

 大盛家、ここもちゅらさんのロケ地になったそうだ。2006年に、主屋、ひんぷん、井戸が文化財になりました。
大盛家ピーフン

 魚垣(ながき)は、魚の集まる場所を知っていた漁民達が、石垣を海の中に造り、潮の干満を利用して魚を獲ったものだが、この日は満潮で見ることができず。

 島の西端にある細崎(くばざき)。向かいは西表島です。
細崎くばざき

 西大岳に登りました。一番高い山は、隣の大岳なのですが、展望が効かないのでこちらに登った。

 赤い屋根は、リゾートホテルでしたが、今は別荘になっているそうです。
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 向かいの平らな島は、無人島のかやまじまです。
かやま島
 
 ちゅらさんの碑。島の形をしている。
ちゅらさんの碑

  駆け足で回り、石垣に戻って来た。今日の夕食は、昼間と同じ場所でしたが、メニューは夜メニューになっていた。
  大好きなゆしどーふと海鮮サラダ。
ゆしどーふ
海鮮サラダ

  


 今日は、少々移動が忙しい。西表島内を観光したのち、石垣にいったん戻り、昼食をいただき、その後船で小浜島に渡る。島内観光をサクッと済ませて再び石垣に戻り宿泊する。 

 実は、コロナの影響で船の便が減便され、西表から小浜島行きの直行便が無くなってしまったのだ。

 まずは、祖納地区にある子午線のモニュメントを見学。なんとここには東経123度45分6・789秒の子午線が通っていたのだ。
子午線モニュメント

 続いて、同じく祖納集落にある沖縄県内に現存する最古の木造茅葺民家の新盛家住宅を見学。築150年で、釘などは使わず楔で締められているという。
新盛家
2011年に、カヤの吹き替えが行われたのだが、使用したカヤは3800束にも及んだという。

 フクギやイヌマキなどが使われている。
フクギや犬槇を使用
 
 水に不自由していたのを解消するために掘ったという太平井戸(ウーヒラカー)。現在でも、節祭の3日目に儀式と奉納がここで行われるという。
大平井戸

 ピサダ道
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ピサダ道
   マンゴーやアセロラの実がなっていました。
アセロラの実
マンゴー

 祖納のビーチから海を見たところ。奥にある島は、内離島。炭鉱があったそうで最盛期には1000人ほどが住んでいました。
祖納ビーチ

 前泊御嶽
前泊御嶽

 ここから一気に東部に移動してゆきます。途中、西表で一番有名なピナイサーラの滝が見えたが、雨が降らないので水量が少ない。
ピナイサーラノ滝
 
  わすれな石までやって来ました。これは、波照間の住民達がある日本軍人にこの浜へ強制疎開を強いられ、多くの命がマラリアで失われた。当時の波照間国民学校長だった識名はこの悲惨な体験を忘れるなとの思いで石に「忘勿石 ハテルマ シキナ」と刻んだという。
忘れな石入り口
わすれないし

 石碑の前のビーチは、とてもきれいでした。
前の海岸
 
 この猫の顔をした碑は、ヤマネコ発見の地である。
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 さあこの後は、港に向かい石垣を目指す。 

 

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