好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

カテゴリ:国内旅行 > 四国、松山から仁淀ブルーを訪ねて


 歴史博物館は、御城を見渡せる絶好のロケーションに有ります。 地元の材料を使って建設され、船をモチーフにしているそうです。

  内装も木材や、石など、自然由来のものを使用している。土佐ヒノキの壁。
歴史博物館内、地産の材料で

  カフェでは、こういう景色を見ながら、ランチやお茶ができます。
博物館から見たところ

  土佐藩、高知県ゆかりの資料を収蔵展示しており、国宝や重要文化財も有るそうです。

  歴史を学んだあとは、市電に乗って今日の昼の場所である得月楼に移動します。

  明治3年創業で、数寄屋造りの佇まいから「南海第一楼」と謳われたという。土佐藩では、江戸時代、料亭文化は禁止でしたので、明治になって花開いた料亭文化を代表する老舗である。

  また、宮尾登美子の「陽揮楼」の舞台としても知られているそうだ。
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  何とも粋なのれんが出迎えてくれた。
鮮やかなのれん

  お正月料理をいただきます。
正月料理の献立表

  
なますと祝肴


開運椀

 なお、もうすぐ開催される盆梅展は有名で、全国からお客さんが来られるとの事。

  身も心も満腹になったところで、高知駅に向かいました。
高知駅

 高知駅に隣接しているこうち旅広場には、観光案内所やイベント館などがある。また。台風の日には、とばされてしまうので避難するという三志士像も此処に有りました。
銅像ではない軽い

 岡山までは、特急南風で、乗車するのは初めてです。3時間ほどで、岡山駅に到着したのですが、3日は、自宅に帰る人のラッシュで、一時自由席は入場制限が行われたほどの混雑。多客による遅延が生じていて、結局帰りも定刻には帰ってこられなかった。

 初めて、一番人の多い時期の旅を経験したのだが、コロナでも、こんなに混んでいるのだから、平時だったらどんな感じだったのだろうか?

 そして、この混雑を見て、「絶対第6波はくるだろう」と確信した。 


 太陽の昇るのが本当に遅い。7時過ぎにようやく明るくなってきた。 

 レストランから
高知市の夜明け

 今日は、最終日。高知城と高知歴史博物館を見学したのち、老舗料亭の「得月楼」でお正月料理をいただいて、帰路につきます。

 高知城も現存12天守の1つで、本丸御殿を残しているのは高知城のみである。

 追手門と天守が同じ枠に撮ることができるのは、珍しいらしい。
大手門と高知城天守

 掛川より入国した山内一豊がこの地を城地と定め、1601年から築城を始めた。

 現在の掛川城再建の折には、高知城を参考に築城されたので、2つの城はとても似ているそうです。

 この角度で見ると確かに似ているかも・・・。
高知城天守、掛川城に似ているとか

 追手門。2階には、石落としも有り、防御が考えられた造りになっている。
追手門

  石垣から飛び出ている石は、石樋という。
石樋
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  この立派な石垣は、近江の技術集団穴太衆によるものです。崩れにくく排水能力の高い野面積みが多く採用されている。
穴太集による石垣

  軍事拠点としての城の性格を伝える貴重な遺構も残ってます。塀をくりぬいた矢狭間。
防御の矢狭間

  黒塗りの詰め門が、石段を登ってくると正面に見えるため、敵は、自然と詰め門へと誘導される、と、3方から矢と鉄砲の嵐に見舞われてしまい、進入できない。
詰め門

 天守と東多門。
東多聞と天守

  ここを右に曲がり、階段を登ったところにある二の丸広場から詰め門の中を通って、本丸に向かう。
  
  本丸には、天守閣・御殿・納戸蔵・廊下門・東多聞・西多門・黒金門などの建造物が残っている。

  この廊下門を中心に東西多聞がつながっています。
廊下門

 廊下門のなか。奥に見えているのが詰め門の2階部分です。
廊下門の下から詰め門を見る

 儀式の際に藩主が出入りするための黒金門。
黒金門。

 本丸御殿と天守閣。
本丸御殿と天守

 天守閣は、外観4重、高さ18.5m。1727年に焼失したが、1749年に再建されている。大入母屋と唐破風、黒漆で塗られた高欄が特徴である。

 本丸御殿から見学してゆきます。

 土佐の荒波を表現した欄間。
波の欄間

 御殿は書院になっていて、正殿、溜ノ間、玄関からなっている。
本丸御殿の畳廊下
 
書院造り

 一段と高い上段の間。創建当時は、緊迫などを用いた豪華なものであったが、再建時に質素な造りになったという。
上段の間

 塀の空間は、物見窓。狭間より広い。
物見窓
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 天守から本丸を見下ろしたところ。
天守から見た本丸

  高知市内も良く見える。
高知市内

  この後は、追手門のすぐ前に有る歴史博物館にむかう。


  安居渓谷は、仁淀川支流の安居川の上流部に有る。
まずは、一番奥にある水晶淵に向かう。

  
水晶淵

  
岩が映り込んで
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 砂防ダム近く滝のように岩から染み出してくる水は、寒さでまだ凍っていました。
凍っていました

  スズメバチの巣を発見。巣は空っぽでしょうが・・・。
スズメバチ

 続いて、少し下って乙女河原から飛流の滝に向かいました。昔上流に銅の鉱山があったので、その精錬したカスの黒い石がところどころに転がっている。探せば、銅の入った石も見つけられるとの事で、探したのですが、見つからず。

  飛流の滝までは、安居川の支流を登って行きます。

  石山なので
、一生懸命根を張ろうと頑張った大木。植物ってすごいなあとつくづく思う。
岩を抱き込んで

  こちらの白いものは石灰岩らしい。大理石なのだが、圧を受けて固くなっているので加工が難しいとの事。
石灰岩が見える

  そして、ゴールの飛龍の滝です。
飛龍の滝

  
流れの映り込み

  マイクロバスで大型バスの待っている駐車場へ戻る途中、川の中の大岩の上に有る祠発見。毎年、地域の人は、お参りするのだそうだ。
祠

  お待たせしました、バスの運転手さん。戻って来ましたよ。15時半、高知市内に向けて出発。帰りも道は混んでおらず、1時間ほどでホテルに戻ってこられました。

  夕食の時間までは、少し間が有ったので、はりまや橋まで行ってみる事にしました。高知市は、初めてなので「日本3大がっかり」の1つだという、はりまや橋を見てみたかったのだ。

  高知の人は、お酒が強いという。飲み屋街も充実しているようだが、2日はまだ閉まっているお店が多いようだ。
飲み屋街

  アーケードの屋根は、木造でした。
木のアーケード

  高知は、有名な漫画家がいらっしゃるようで、ホテルの近くには、横山隆一さんの記念館があったし、街中にアンパンマンの市電が走っている。まんが甲子園も高知県主催で開催されている。

  はりまや橋のちかくにも、
高知はアンパンマンの町

  はりまや橋、私は全然がっかりしなかった。
はりやま橋

  交差点に立っていたら、5時の時報と共に、正面のからくり時計が動き出したので、最後まで見てしまった。

  何もないところから、高知城とよさこい踊りが出て来たところ。
カラくり時計

 さらにさらに、右手にはりまや橋、左手に龍馬が出てきました。スター勢ぞろいといった感じです。
城・橋・よさこい・龍馬

  多分この辺りが、高知市内で一番賑やかな所なのだろう。市電も、ひっきりなしにやって来ます。ちなみに正月3日間は、料金タダでした。
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  ホテルに戻り、タクシーにて、高知の郷土料理を提供しているお店に向かう。鯨料理が出てびっくり。高知は、鯨で有名だったのかな?

  食べるのに夢中で、写真を撮るのをすっかり失念。今日は、日本酒をいただきました。


 今日は、仁淀ブルーを求めて2つの渓谷を歩きます。
途中までは、大型バスで行けるのだが、渓谷までは無理なので、ドライブインでバスを乗り換えます。

 お正月なので、道も空いていて、最短時間で待ち合わせのドライブインにつけた。ここで2人のガイドと一緒にマイクロバスに乗り込みました。

 大型バスの運転手さんは、何と此処で我々の帰りをずっと待っているのだそうだ。何もない場所で、ひたすら待つのも辛いだろうなあと・・・。 

  山道を一気に登って行き、中津渓谷の入り口に到着。気温もどんどん下がり、高知と言えども0度と電光掲示板の数字。
中津渓谷入り口

  大きな岩がごろごろしている渓谷沿いの遊歩道を上流に向かって歩いて行きます。愛媛との県境に降った雨が渓谷に流れ込み、長い間に造られた自然の造形美が特徴。ダムが無いため、土砂が溜まらず、又豊かな伏流水が湧きだして、この清らかさを維持しているのだという。

  こういう大きな岩がごろごろしています。
チャートがごろごろ

 7福神ならぬ8福神が、あちこちに置かれていて、歩いている人へのアクセントになっている。こんなとっころにどうやって設置したのだろうかと思える場所に置かれているものも有るが、縦横に木材の運び出しに使っていたロープをかけて、運んだのだという。
七福神

  鯛ではなくて、鯉を持っている恵比寿さん。どうして?と聞くと、すべて中国で作ったからだとの事。中国では、めでたい魚は鯉なのだという。ふつうは注文主のいう通りに作ると思うのだが、どうもそうではなかったようだ。
鯛ではなく鯉をもっている

  福禄寿も何となく、見慣れたものと違うようです。
福禄寿

 なんて話しながら歩いて行く。こんなにきれいだと、魚は住んでいるのか気になる所だが、暖かい日には、結構泳ぐ姿が見られるという。今日は、寒いので岩場でちぢこまっているのかもしれない。
透明度抜群


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  何年もかけてできたポットホール。
ホールポット、

  そして目的の雨竜の滝。時期的に水量が少ないので、迫力に欠けるのは残念だが、落差は約20mあり、昔は神秘の滝として崇められていたという。
雨竜の滝

  帰りは、光の角度が違うので違った青を楽しめる。
青

  さざ波
が広がって行く様子も中々です。
模様

 マイクロバスに乗って、もう1つの仁淀ブルーがみられる安居渓谷を目指す。本来なら、此処の食堂で、お昼ごはんというところだが、お正月で営業をしておらず。町から、おせち弁当とカップうどんを積んできたので、場所をお借りして此処でいただきます。

  ところがである、肝心のおせち弁当なのだが、冷凍で前日にホテルに運ばれて来て、そのまま冷凍庫に入っていたと思われ、今日は、気温が低い日だったので、全然解凍が進まず、食べるとシャリシャリと音がする。それでも食べられるならいい方で、持ち上げると全部おかずがくっついてくるという始末。
おせち弁当

  ミニカップのうどんの蓋の上においたり、スープの中に入れたりしながらいただきました。これも人生で初めての経験でなかなか楽しかったです。


 今日は元旦!ホテルの朝食も、お正月料理が提供され、バイキングか和食か選べるようになっていました。で、和食を選択。
 お雑煮は、まるもちでした。
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 少し休んで、初日の出を見に松山城へ再び行ってみました。

 行きは、県庁裏登城道を登り、帰りは 、黒門登城道を使って降りてきました。
気楽な気持ちで出かけたのですが、結構な人出で、初日の出の見えるスポットは狭く、小柄な私は、人の頭しか見えず。

 少し時間があったので、昨日は、歩かなかったお濠端を散策。美術館やNHKの方にも行ってみた。

 松山市にも市電が走っています。綺麗な車両が多い気がした。
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 お濠端に有った小さなお宮。
八股のお福さん

 9時にホテルを出発。愛媛県を出て、高知県に向かいます。今日は昨日と違って、暖かな感じがする。何より太陽が出ているのが嬉しい。

 お昼少し前には、にこ淵に到着。私は、見ていないのだが、アニメの「龍とそばかすの姫」の舞台になったと言われている。そのせいか、結構な人で、縁に降りて行く階段は渋滞気味でした。
 ここも仁淀ブルーの1つになっていますが、仁淀川ではないらしい。
にこ淵

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  お昼ごはんは、道の駅みたいなところで、洋食をいただく。和食が続いていたので、美味しくいただけました。標高が上がってきているので、気温がかなり下がってきている。

  午後3時頃に、高知市に入り、まずは龍馬記念館に向かいます。時間があまりないので、駆け足で見学でした。

  新しい建物で、屋上からは、太平洋が一望で来た。
龍馬記念館から

  シェイクハンド龍馬は、コロナなのでこんな感じです。
マスクしたシェイクハンド龍馬

  そして坂を下って、日が傾きかけた桂浜に向かった。有名な龍馬像は、光が無いせいか、お顔がよくわからない。銅像としては、日本一の高さだとか・・・。
桂浜の龍馬像

  桂浜、台風の中継でよく見るところだ。日がかげっているので、こちらも何だがさえません。
桂浜

  竜王崎に鎮座している小さな神社、わたつみ神社が見えます。通称「竜王宮」と呼ばれているそうだ。
竜王岬の海神神社

  そして、この後は渋滞も無く無事に高知市のホテルに到着。今日の夕食は、ホテルでコース料理だそうです。

  会場は、22階の展望レストランのはずだったのに、元旦で、何処もお店が開いておらず、夕食難民が多く出てしまったので、そういったお客さんに開放するため、急遽結婚式場での食事となりました。
  だだっ広いホールに、大きなテーブル、隣の人と話すのも、容易ではない。

  色々あって面白いね。


 バスの中から、瀬戸内海が遠くに見えていた。 
瀬戸内海

  内子町に到着。ここも2度目ですが、雰囲気は全然変わっていませんでした。

  木蠟と問屋商売で発展した内子の町並が、明治時代の雰囲気そのままに残っています。
内子町

  資料館となっている上芳我邸。残念ながら休館日でした。
上芳我家住宅

  横から見ると、こういう造りも「うだつ」と言うのだとか、ガイドさんが教えてくれた。
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  中に入ると広い庭があり、木蠟をさらすさらし場として使われていた。
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  しっくい造の家々は、それぞれが特徴のある造りになっています。
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  こちらの建物は、非公開ですが、木蠟で成功した本芳我家住宅です。普段は、庭園部分は公開されているが、こちらも閉まっている。
 正面から見たところ。
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 立派な鏝絵が随所にみられる。
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  側面からみると、庭園の有る青い塀が印象的だ。
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  屋根の下には鏝絵がある。
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  この格子戸も特徴があり、弁柄がぬられていた。
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 蔵。
これもうだつというらしい

  やはり鶴の鏝絵がみられる。
こてえ

 こちらの鏝絵は、龍だ!
龍

  お隣の家は、シンプルですが、通りで一番古い大村住宅。
大村家住宅
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  1軒だけになってしまった、木蠟を作っているお宅。お正月飾りがきれいだ。
ろうそくやさん

 この後は、大洲まで移動して、お昼をいただきます。10月に訪れたばかりなので、記憶に新しく、スマホでちょっとだけ写真を撮ったくらいでした。

 まずは、食事だ。鯛飯と里芋の汁ものをいただきました。こちらの鯛飯は、刺身にしたものを、だしと卵を混ぜたものにくぐらせ、ご飯にのっけていただきます。都市によって、作り方が違うそうだ。

 美味しくいただきました。

 歩いて臥龍山荘に向かう。ここも、靴を脱いでの見学なので、身に応える。私は、もっぱらストーブと遊んでいました。ここは本当に素晴らしく、季節を変えて何度も訪れたい場所だなあと思う。

 茶席に向かう、踏み石には、菊があしらわれていた。何て粋なんだろう!
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 歩いて大洲城に向かうはずでしたが、あまりに寒いので大回りになるがバスでの移動になった。内心ほっとする。

 ここにきて知ったのだが、昨日大洲の町では、死者が出るほどの大火事があったそうで、何件もの家が燃えてしまったそうだ。駐車場の近くの通りでは、黄色のテープが張られて実況見分が行われていました。

 大洲城の見学は、私はパスして、スリッパをはいて待機。小さな城なので、今回は見なくても良いかなあと・・・。足の冷たさに負けた感じです。

 やはり正月飾りが、綺麗でした。ここは、鉢の部分が四角です。
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 夕方5時半頃、松山市内まで戻って来た。今日の夕食も、ホテルではなくて外に食べに行きました。大洲の鯛飯と違い、塩味の混ぜご飯の鯛飯と、鯛そうめんをいただきました。瀬戸内海の魚は、どれをとっても本当に美味しい。
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 明日は、高知県に移動です。

 
 


 7時を過ぎても、全然明るくならない。 

 朝食をいただいた後、出発時間まで少し歩いてみました。

 萬翠荘と同じ木子七郎が設計をした、愛媛県庁本館。前回は、中に入ったのだが、今日は年末年始休暇中で入れず。

 正面には、派手なオレンジ色の車が置いて有りました。
愛媛県庁
 
ミカン色の車

  ノーベル賞を受賞した真鍋博士は、愛媛県の出身らしく垂れ幕があった。

  そのまま、県立美術館の方に進み、御城への登城口に向かう。そこには、以前はなかった二の丸が復元されていた。
復元された二の丸

  庭園もあるが、時間が早くて中には入れず。少し高くなっている所から、頑張って覗いてみた。
2の丸庭園

  こちらからの登城口は、2つあるようだが、登るほどの時間も無いので、入り口のところで引き返す。
ここには、槻門があったようです。
けやき門

  二の丸と天守が一緒に見えました。
二の丸と天守

 あらためて、8時過ぎにホテルを出発。ロープウェイで本丸跡まで一気に登ります。リフトも有るのだが、とても寒い朝だったのでロープウェイにした。
  駅には、伊予弁をしゃべる自販機が置いて有ったが、どんなしゃべりを聞かせてくれるのだろうか?
しゃべる自販機

 6分ほどで、本丸下に到着。少し歩いて天守に向かう。

 御城本体よりも、好きかもしれない石垣。そびえ立つようだ。登らないでくださいとの看板がある。登る気しないけどねえ・・・。
松山城の石垣
 よく見ると、途中で膨れている。大げさに言うとオーバーハングしている感じだ。
途中で膨れています

 幾つかの門をくぐって、本丸広場に到着。それにしても本当に寒い。
お正月らしく、しめ飾りや門松が飾ってある。ここの門松は、鉢の部分が、丸くなくて縄がぎっしりと撒いてある。
松飾

正月飾りが

 門の前から見た松山市内。観覧車は、デパートの屋上に有るのですって。
城からの眺め

 広場で目立っていたのがこの松。まるで大きな盆栽の様でした。
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 現存12天守の1つだ。
堂々たる松山城

 松山城は、連立式天守になっており、入り口が建物に囲まれた中庭からになってしまうので、攻め手を四方から攻めることができる。
美しい屋根がわら

 屋根瓦がとてもきれい!

 でも中に入ると、冷えは一段と厳しくなり、靴下1枚では足元が冷たくて、かかとだけで歩くことに・・・。

 本丸広場を上から見たところ。
天守から本丸跡をみたところ

 我慢我慢の見学でした。城と寺は、冬は本当にやめた方がいいとつくづく思った。

 この後は、内子町に移動します。
  


 帰省客で一番混むという30日出発、3日解散、しかも岡山駅集合・解散 というツアーで、4泊5日の日程で四国の愛媛県と高知県を旅してきました。

 ツアーの催行決定が、12月に入ってからだったので、岡山行きのチケットを購入したのが、10日頃でした。その時点で、名古屋を午前9時半頃に出発するのぞみは、すべて売り切れだった。自由席は、混雑するので避けたい。なんとかのこっていたひかりを購入する。

 ならば帰りはというと、3日の17時頃岡山を出るのぞみはすべて売り切れ、こちらもひかりを購入する。しかも、乗り継ぎは悪く、岡山で40分以上時間があるのだが仕方がない。 

 乗変に望みを託し、何度もJRの窓口に行ってみたが、結局成果はなし・・・。雪で遅延することがないよう祈る。 
 
 満席の乗客をのせた新幹線は、名古屋を出発する時点で、多客の為かすでに5分から6分ほどの遅れが出ていた。しかし、駅でのぞみに抜かれるひかりは、停車時間が長いので、停車中に遅れを取り戻し、岡山駅に定刻到着できたのでした。

 松山行きのしおかぜ11号までは、少々時間があるので駅のレストランでお昼をいただきます。

 2か月前にしおかぜに乗って松山から戻って来たばかりで、こんなにすぐ乗ることになるとは思わなかった。

 しおかぜも、途中の観音寺くらいまでは、満席だったが、終点の松山に到着した頃には、指定席の客は、半分ほどに減っていた。

 迎えのジャンボタクシーにて、ホテルに向かう。チェックインをして、直ぐに観光に出かける。ホテルから、歩いて5分もかからないミュージアムに向かった。

 「坂の上のミュージアム」は、平成19年に、まちぜんたいを屋根の無い博物館とする市の構想の中核施設の1つとして誕生した。 

  司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」には、近代国家の形成期に生きた人々や出来事が描かれ現在を生きる我々に大きな示唆を与えてくれることを目指し、これらをテーマに展示や催しが行われているという。

  設計は、安藤忠雄氏です。もっとも表現したかったことは、司馬遼太郎が愛した自由な心を持ち、「公」の為に命を懸けた明治の日本人たちの、時代精神だという。

  私は、大河ドラマも小説も読んでいないので、展示の方は、あまり興味がなかったが建築の方は、堪能できました。

 外観。建物は3角形の形をしています。
坂の上のミュージアム


 来館者は、スロープで結ばれた展示室を、回遊式庭園を楽しむように登って行く。

 玄関へのスロープ。
エントランス導入部

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 中に入ると、目に飛び込んでくるのが吹き抜け部分のこれ。
支えの無い空中階段

 これ階段を下から見たところです。空中階段と言うそうだ。
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空中階段

 3階から4階へのスロープ。
安藤忠雄設計

 壁には、産経新聞紙上に連載された「坂の上の雲」をタイル壁に印刷展示してありました。
新聞連載の壁

 大きなガラス窓の向こうには、1922年に建てられた「萬翠荘」がよくみえた。
萬翠荘遠景

 ミュージアムを出た頃には、薄暗くなり始めた坂道を登って「萬翠荘」にむかう。

 この小さな建物は、萬翠荘の管理人室の部屋でした。
旧管理人舎
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 左右非対称になっている、フランス・ルネサンス様式の建物です。愛媛県で最も古い鉄筋コンクリート造り。屋根は、天然スレート葺きで、建物は地下1階、地上3階建てです。
ルネサンス様式
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 玄関に入ると目を引くのが、階段の踊り場にあるステンドグラスだ。
階段踊り場にはステンドグラス

 
船と波

 1階の大広間には、水晶のシャンデリアがあり、その下に立つとパワーをもらえるそうです。
水晶のシャンデリア

 2階の廊下部分。ドアの上部には、ステンドグラスが嵌め込んである。
2階廊下

 部屋は、それほど大きくはなく、どの部屋にも暖炉が造られています。バルコニーも有るのですが、立ち入り禁止になっていました。
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 初日の観光は、これでおしまい。ホテルに戻り、18時半、郷土料理をいただくために、再び外出。
明日は、大みそかです。

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