好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

カテゴリ:三重県 > 熊野古道中辺路を歩き熊野三山を巡る


 三山の中では、那智大社はわりと最近訪れている。 けれども何度訪れても、初めてのような気がするのは何故だろう?

 大門坂は、熊野古道の1つであり、全長640m、高低差やく100mの石畳が続いている。時間もないので、途中から歩き始めました。
那智大社大門坂

 樹齢800年越えの杉も有り、とても雰囲気がいい。
見事な杉並木

 大門坂が終わると、今度は467段の石段を登らなければならない。コロナのせいか、開いている店は少ない。
那智大社への階段

 那智大社は、標高約500mの地に、6棟の社殿からなる。隣接する青岸渡寺と共に、熊野信仰の中心地として多くの人々が参詣した。
那智大社
那智大社の屋根

 境内にある大楠は、胎内巡りが出来るようだ。有料です。
クスノキ胎内巡り

 八咫烏の絵馬。
絵馬

  こちらは、青岸渡寺。1千日の滝篭りをされた花山法皇が、988年御幸された折に、西国33カ所1番札所として定めたとされる。
  本尊の如意輪観世音は、那智の滝つぼから発見され、安置されたという。現本堂は、1590年に、豊臣秀吉が再建したもので、桃山時代の特徴を色濃く残している。
青岸渡寺
DSC06902

  塔と滝。
塔と滝

  雨がずっと降らなかったので、水量が少なくなっている。昨夜の雨位では、あまり影響がないかも・・。

  
世界遺産です

  飛瀧神社。御神体は滝。
飛瀧神社御神体

  落差、133m、銚子口の幅13m。銚子口の岩盤に切れ目が有って、3つの筋に別れて落ちてくるので、三筋の滝とも呼ばれています。
3筋に別れる

  これですべて終了です。後は、紀伊勝浦の駅まで向かう。
瀧への道

 バスの中で、スタンプ帳を受けとる。うれしいな。スペインの、巡礼道を歩く機会があったら、忘れないようにこれを持って行かなくては・・・。
スタンプ帳

  紀伊勝浦17時過ぎの特急南紀で名古屋に戻って来た。3時間以上の列車の旅だったが、ビールを飲みながらのんびりできて良かったかな。

  お疲れさまでした!


 神倉神社は、熊野大神が熊野三山として祀られる前に最初に降臨した聖地だという。
熊野古道中の古道と呼ばれる538段の石段を登った先のけわしい崖の上に、ご神体のゴトビキ岩が有る。

 速玉大社は、社殿がない自然信仰、原始信仰時代の神倉山から、初めて新しい社殿を麓に建てて神々を祀ったことから、神倉神社に対して「新宮社」と呼ばれている。

 ここも世界遺産に登録されています。
熊野の神々が最初に降臨した神社

DSC06857

 自然石で作られた538段の石段。
538段の石段

 2月6日の御燈祭りには松明をもった男達がいっせいに駆け下りてくる様をテレビで見たことが有るが、それはそれは美しかった。実際に登ってみると、あんなことをしてけが人が出なかったらその方が不思議というものだと思った。
御燈祭り

 ここから、女坂を使って降りて行く道も有ります。
火伏

 この扉の奥にご神体の岩が有る。
ここから神域

 ご神体のゴトビキ岩。ゴトビキとは、ヒキガエルを表すこの地方の方言だそうです。この日も、ヒキガエルかはわからないが、カエルの声がしていました。
御神体のゴトビキ岩

 拝殿とゴトビキ岩。
上倉神社とゴトビキ岩

 太平洋が見えました。
太平洋が見える

 つづいて、速玉大社に向かいます。

 神門
速玉大社門

 色鮮やかで、青い空に眩しいほどだ。128年に本宮の神倉神社から宮を遷されたという。
朱色が鮮やか

 拝殿、この奥の右側に速玉社がある。
128年遷宮

 神門の外には、御神木のナギの木が有り、旅の安全を祈ってナギの葉を懐に納めてお参りするのが習慣とされているそうだ。

 神門内に有るこの大木は、オガタマノキ。花が咲く様で、地面には小さな花びらが散っていました。
オガタマノキ

  
DSC06878

  ようやくお昼ご飯の時間です。お寿司屋さんで、天婦羅とにぎりをいただきました。もう歩くこともないので、ビールもいただきましょう。

  そして、〆の那智大社に向かいました。


 夜中中雨が降っていて、しかも庇に雨粒があたる音が大きくて 、寝付けず。結局5時になるのを待って、朝風呂に出かけることにした。
  
 雨のせいもあり、薄暗くて景色も見えない露天風呂で、濡れながら湯につかる。スゲカサでもあれば風流なんだろうが・・・。

 8時、川湯温泉を後にして、熊野本宮大社までむかった。下車した後は、歩いて旧社殿の有った「大斎原」までむかった。

 目の前に大きな鳥居が現れた。心配された雨も上がり、気持ちがいい。
大斎原大鳥居
DSC06824

 八咫烏の像。
3本足の八咫烏

 ちなみにこの地も世界遺産に認定されています。
旧社殿へ
世界遺産

 参道を進んで行き、左に折れると熊野川の河原に行ける。紀元前33年、熊野川・音無川・岩田川の3つの川が合流する中洲の地に創建されたのが、熊野本宮の始まりです。しかし、1889年の水害により社殿は流されてしまった。
 
 熊野川の堤防にのぼってみると、大鳥居の背後に、昨日歩いてきた山々が見えていた。
昨日歩いてきた山々
 
  旧社殿が建ち並んでいた場所。
1889年流出した

 参拝に来た人々は、橋もかけられていなかった川を渡り、音無川の水で体を清めてから参ったという。

  当時の図
水害前の図

  
DSC06833
DSC06831
神々

  再びバスに戻り、少し移動して、厳しい「大峯奥駆道」を少しだけ歩いてみました。大峰奥駆道とは、本宮と奈良の吉野を結ぶ道で、修験道の修行の道で、1000から1900m級の山を踏破しながら約80㎞を歩く古道である。
大峰奥崖道も歩きました

 七越峯
七腰の峰

  ここにクマノサクラの木が有り、例年なら咲いているそうだが、今年は一輪も咲いていませんでした。
クマノサクラ

  クマノサクラは、ヤマザクラで、長い間新種とは認識されていなかった。
咲くと

  あきらめきれず、もう少し標高の低いところにあるサクラの枝を探すと、1つだけ何となくピンクがかったツボミが有った。今頃は、多分綺麗な花を咲かせていることだろう。
クマノサクラの蕾

  最後にもう一度、大斎原の大鳥居を眺めてバスに乗り込んだ。
大鳥居が見えた

  30分ほど移動して、新宮市に向かいます。


  お弁当をいただく前に、伏拝王子跡に向かう。
DSC06768

 
遠くに大湯野原

  和泉式部供養塔
伏拝王子

  宿のおかみさんが、夜中に握ってくれた塩結び、ちょっと硬くなってしまっていたが、おいしくいただきました。ここまで来ればあと一息です。

  
もう少し

  石標。右高野、左紀三井寺とある。
道標

 九鬼ヶ口関所
九鬼が口関所

 小さな梅花オウレンの小さな群落。
梅花オウレン

  とちゅう、ちょっと寄り道展望台に寄ってみました。ここからは、さらに近くに大斎原の大鳥居が見えていた。
ちょっと寄り道展望台から

  74番の番号標を過ぎ、ぐんぐん下って行く。
DSC06782
祓殿石塚遺跡

  そして、75番の番号標と払殿王子跡に到着。
DSC06788

  社も無く質素です。
祓殿王子跡

 お疲れさまでした。裏鳥居から入ります。裏鳥居からお参りするのは初めてでした。
熊野本宮大社裏鳥居

  歩いて行くと八咫烏のポストがあった。何だかありがたみが有りそうな・・・。
八咫烏ポスト

 そして、ゴール!
ゴールです

  ありがとうござざいました。熊野本宮大社社殿。
社殿
熊野本宮

  狛犬もマスクをしています。
狛犬もマスク

  ここで一足先に、サンティアゴ・デ・コンポステーラとの「共通巡礼達成」の証明書をいただくためにグループを離れていた方と合流。せっかくなので太鼓の儀を見せてもらう事にしました。
証明書

 
巡礼達成大太鼓の儀

 そして、石段を降りて
参道の階段

 本来の鳥居に向かいます。
表鳥居
   
 皆がソフトクリームをいただいている時間を使って、世界遺産センターをざっと見てからホテルに向かった。

  今日の宿は、川湯温泉で温泉に入れるのだ。露天風呂も満喫して、ゆっくりと過ごせました。ビールとワインもいただきます。

  明日は、最終日で、速玉大社や那智大社も回ります。


 早朝、3時半に目覚ましをかけ、4時30分から朝食をいただきました。半分眠っている様な感じで、食欲はなく、コーヒーとパンを流し込む。

 5時20分宿をスタート。昨日のゴールだった、継桜王子まで送ってもらう。ガイドさんは、今日は違う方でした。 

 熊野本宮大社までの距離は、22km以上、歩行時間は休憩を入れて約9時間。どうしてこんなに早いスタートになったかというと、「共通巡礼達成太鼓の儀」の申し込み時間に締め切りが有るからだ。万が一申込人数が多い場合も考慮した結果である。

  暗い中、ヘッドランプをつけての歩きです。

 比較的平坦な国道311号を進み小広トンネルを過ぎたあたりから急な登坂に変わり、1つ目の峠わらじ峠を越える。今日は、3つもの峠越が待っているのだ。
 峠を降りきったところからは、迂回路に回り2つ目の峠、岩神峠をめざす。この迂回路の山頂は標高700mとある。

 湯川川の手前、蛇形地蔵でお参り。
DSC06738
蛇形地蔵

 ここのお世話をしていた高齢の女性は、施設に入ってしまったそうだ。小さな石像も並んでいます。
小さな石像

 湯川川を渡ると湯川一族の発祥の地という案内標立っていた。この湯川氏というのは、かの有名なノーベル賞をもらった湯川博士の本家筋にあたるそうです。湯川博士も子供のころ遊びに来ていたかもしれません。
湯川一族の発祥の地

 隣に有るのが、湯川王子。
湯川王子

 社
DSC06743

 そして再び峠を越えてゆきます。3つ目の峠三越峠を超えたところで、小休止。トイレを済ませ補給食をいただきました。
 ここからは一気に下って行きます。
三越峠

 古道を歩いていると、かつて人々の住んでいた痕跡をあちこちに感じる。精密な石垣やかつての台所や厠跡、お風呂に使った五右衛門釜などが、打ち捨てられているのだ。
 大変な思いをして、田んぼを作ったのだろうが、今は杉林になってしまっていた。
こういう集落跡があちこちに有る

 熊野川に合流する音無川に沿ってしばらく歩いて行くと、船玉神社に到着。船の神様です。
船玉神社

 昔神様が玉滝で行水をしていると、蜘蛛が溺れそうになっていた。そこで神様が、サカキの葉を投げてやると、蜘蛛はそれに乗って手足を使って漕いで行き無事に岸にたどり着いた。その様子を見ていて神様は船を思いつき、楠をくりぬいて船を作ったそうだ。これが最初の船となった。

 また、本宮の奥の院にあたるともいわれており、隣には、玉姫稲荷が祀られて、夫婦神として信仰されている。
おキツネ様

 さらに進み、番号道標60番、猪鼻王子跡までやって来ました。あと15番で本宮に到着できる。
DSC06749

猪鼻王子跡

 お地蔵さまも。どこかでお見かけしたような顔だなあ。
誰かの寄進

 またまた坂道を登って行き、熊野本宮大社の神域となる発心門王子に向かいます。
DSC06753

 
DSC06757

 王子社
発心門王子

 世界遺産の碑
世界遺産熊野古道の碑

 先が見えてくると人は元気になる。軽やかに歩き、水吞王子跡に到着。
DSC06759
水吞王子跡

 右側の像の折れた部分を触ると、体の痛いところに効くとか・・・。
腰の折れた所を触る

 防寒の為でしょうか?つとを着せてもらったものも。
つとにくるまれて

 果無山脈の説明板。
DSC06763
果無山脈

 次の伏拝王子跡で、お昼ごはんをいただきます。

 






  


 近露王子から、1時間弱で比曽原王子跡に到着。
DSC06701

 
比曽原王子

 今日最後の道標34番の継桜王子跡には、16時頃に到着。日が長くなってきているので、余裕です。
DSC06704
 
 社跡は、この石段のうえにあります。
桜継王子社へ

 ここには、800年を超す杉の巨木群が有り、日照や地形の関係からか、枝がみな南東方の那智山の方角を向いていることから、一方杉と呼ばれている。
一方杉

 巨木杉の中には、幹の中が洞になっているものが有り、中に入ることができた。
幹が空洞

 洞の中から上を見ると・・・。
中は朽ちてしまっている

 社にも行ってみました。
継桜社

 それにしても、どの杉もまっすぐに伸びていて見事である。この辺りの杉林が残ったのは、南方熊楠らが、私利欲の為に一部のものが、土地や神社林を売り払おうとしたのを、阻止しようと運動を行ったからである。
上から見ると

 鳥居のそばには、もう1つの牛馬童子の石像があるのですが、先に見たものと比べると明らかに老けた感じがする。童子からおじさんになってしまっているのだ。
牛馬童子の顔が変化している

  茶屋も有るのですが、現在は閉鎖されていました。建物が「とが」でできているので「とがのき茶屋」とよばれている。
とがのき茶屋

  この前の道を進んでいくと、秀衡桜伝説の桜と俳句の碑があった。
DSC06726

 伝説の桜は、とっくに枯れてしまい、今はその実生から成長した桜が残っているとの事。
手前の桜は枯れてしまい右の桜だけに

  長い間、茶屋の御主人がおせわをしてきたそうです。

  坂道を下って行くと、野中の清水に行ける。せっかくなのでいただいてみました。
DSC06731
野中の清水

 この夜お世話になった民宿も此処の湧水を利用していました。

 明日は、何と早朝5時20分の出発だという。部屋にはテレビもないので、早々と10頃には布団に入った。  


 運が良ければ雲海がみられると聞いたが、この日は霧。
雲海が出るという


 8時に宿を出発。今日は約7.5時間歩きます。 大門王子までは、比較的緩やかな登りが続く。

 途中、日本ミツバチの巣箱が置いて有りました。西洋ミツバチは、蜜にこだわるので、単体の蜜を収集してくるそうだが、日本ミツバチはこだわりがないので、百花になってしまうという。
日本ミツバチの巣箱

 高原池を過ぎて登って行くと大門王子が有った。
DSC06664
松は枯れてしまった

 大門王子社
大門王子

 登り下りを繰り返し、十丈王子までやって来たところで、トイレ休憩。
十丈王子跡

 十丈王子の標高は、593m。2㎞ほど歩いて、古道最高地点の上多和茶屋跡まで向かう。
中辺路最高地点
 
  月が3体に見えたという3体月伝説の説明板があった。乱視だったのではなどと、邪悪な考えがよぎる。
月が3つ見えたそうです

  坂の字が土編の大坂本王子
坂の字が土

  でも石標の字はこざと編でした。
こちらはこざとヘン

  さらに下って行き、国道311号線に出ると、道の駅「熊野古道中辺路」がある。今日のお昼は、此処でお弁当をいただきます。
今日のお弁当

  少しゆっくり過ごし、国道わきの道を登り旧国道を横切って山に入る。昔、木炭車のバスはここを走っていたという。

  中辺路で最も有名な石像、「牛馬童子像」の有る箸折峠に到着。牛と馬にまたがっているのですが、牛と馬は一体になっているのかとか、これを跨ぐのには、2m以上の足の長さがいるとか、ロマンの無い話で盛り上がる。
DSC06689

 並んでいるのは、役行者らしい。
牛馬童子像

  後ろの方には、宝篋印塔も有りました。
宝篋印塔

  製作年代は、それほど古くはなく、明治時代です。爽やかな子供のお顔なのですが・・・・。
子供の顔です

  麓の集落。一気に100mほど下ります。
DSC06690

  日置川を渡って少し歩いたところにあるのが、近露王子。この辺が集落の中心らしく、宿屋、お土産やさん、郵便局などが有った。
DSC06692


近露王子

 ここから、今日のゴールまでは登りが続きます。


 割と近くに住んでいるのだが 、熊野古道をちゃんと歩いたことがなかった。コロナの影響で、外国人の少ない今、空いていていいかなあと思い立ちツアーに参加することにした。

 紀伊田辺駅11時15分集合なので、それまでの時間駅の近くを歩いてみることにした。隣接する観光協会で地図を貰います。郷土の偉人南方熊楠の顕彰館と世界遺産に登録されている
鬪雞神社に行ってみることにした。
 駅から歩くこと10分もかからないで、鳥居前に到着。
闘鶏神社鳥居
 
 
DSC06600
 419年の創建。熊野三山の別宮的存在として、熊野信仰の一翼を担ってきたとある。
 大きなクスノキはご神木とある。
御神木大クスノキ
DSC06602

 境内には、弁慶とその父熊野別当・湛増の銅像が有ります。
田辺市は、弁慶の出身地
 弁慶がこの地の出身だとは知りませんでした。

 本殿は、修理中でちょっと残念。
闘鶏神社
 修理を紹介した写真が展示してありました。
本殿は修理中

 熊野詣での道は、幾つかあり、大辺路の起点はこの神社の様です。
熊野参詣 大辺路

 続いて、南方熊楠顕彰館に向かった。ちょっと雰囲気の良い塀。
古塀
 ここが、顕彰館です。ここだけなら無料ですが、隣の生家は入場料がいるようです。
南方熊楠顕彰館

 生家
熊楠の生家

 駅まで戻り、お昼ごはん様におにぎりを買い、7人がそろったところで、バスにて中辺路の出発点である滝尻王子まで向かう。
 熊野本宮までの38キロの間に、19の王子が点在しており、それらを訪ねるようにして移動してゆくのだ。王子とは、熊野詣での先達を務めた修験者により、12~13世紀にかけて組織された一群の神社である。本来、熊野古道の近隣住民が在地の神を祀っていた社を「王子」と呼び、熊野詣での途中の儀礼を行う場所としたものだ。
 
 参詣道
熊野参詣ルート

 滝尻王子で昼食をいただき、無事を祈願して、急坂を上って行きます。
滝尻王子神社

 大きな岩が重なって通りづらくなっている所には、胎内巡りと名前がついていた。ガイド氏によれば、子供のころ此処でよく遊んだそうです。
胎内くぐり
DSC06626
 引っ張ってもらいます。
引っ張って

 所々の王子には、スタンプ台が置いて有るので、それを集めます。このスタンプとスペインのサンティアゴ・デ・コンボステーラの巡礼道のスタンプ両方達成すると、本宮にて「共通巡礼達成大太鼓の儀」に参加することができるという。今回は、御一人リーチの方がいらっしゃいました。
スタンプを押して行きます
 さあ、また歩き始めましょうか。
こんな感じの道を歩く

 剣ノ山経塚跡。
経塚跡
DSC06632

 急な登が続きます。針地蔵尊。
針地蔵尊

 今日の最終地高原熊野神社までやって来ました。番号道標は、7番です。この番号道標も歩く目安の1つで、熊野本宮は75番なのであと68個歩かねばならない。

 熊野古道道中、最古の社殿といわれています。
高原熊野神社
 境内には、数本の大楠が有り、心惹かれました。

 御神木
御神木
 御神木よりもっと大きなものも・・・。
樹齢1000年以上
 
 巨木を前にすると、本当に抱きつきたくなる。でも、最近は根っこの保護の為近づけないところも多くてちょっと残念。

 さて、今日の宿に向かいましょう。霧の里高原に有る、「霧の郷たかはら」です。

 薪ストーブが我々を迎えてくれました。お手製のゆず茶を飲みながら薪が燃えているのを見ていると、心底幸せだなあと感じる。火って、なんでこんなに見ていられるんだろう。
ストーブも

 里が下に見える。
集落が見える
 今日の道は、距離は短かったけれど、結構急な道でした。


 

 
 

 

このページのトップヘ