好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

カテゴリ:九州 > 三島村 竹島・硫黄島・黒島を旅する


  帰りのフェリーは、8時に片泊港を出港し、大里港・硫黄島・竹島と経由し、6時間ちょっとかかって鹿児島港に接岸します。

  片泊港から乗り込んだのは、我々を含め3組だけでした。

  さよなら黒島!

黒島を後に

 大里港で少し乗客を乗せ再び出航。硫黄島までは、1時間ちょっとかかる。島が近づいてくると今までで一番かっこいい硫黄島の姿が見えてきた。
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 硫黄岳、稲村岳、矢筈岳もきれいに見える。
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 海の色も違ってきた。
海の色が違う

 ここでは島の小学生たちが乗り込んできた。本土へ帰る潮風留学生たちだろうか。
 我々の時とは違い、結構沢山の人達が見送りに来ていて、ジャンべの音も賑やかだ。案内してくれたガイドさんを見つけて手を振る。
今日は小学生の見送り


  印象的だった長浜湾の不思議な色も見納めです。
見納め

 硫黄岳は見る角度によってずいぶん雰囲気が違う。
かっこいい


火山だね

  さよなら硫黄岳です。
さよなら硫黄岳

 船はしばらく、硫黄岳を回りこむようにして進んでいきます。

  今日は、一段とラインが綺麗に見える。
今日も一段とキレイなラインが

  
幻想的

  いかにも噴火し冷えて固まったという感じの岩。
噴火でできた?


 竹島港には、11時頃に接岸。ここに降り立ったのが、はるか昔のように感じてしまう。案内をしてくれたガイドのお2人や、民宿の御主人も見える。手を振ると答えてくれたのだが、そのうちに見えなくなってしまった。どうしたのかなあと思っていたら、3人とも乗客として船に乗り込んできた。

  ラウンジで、少し話をする。市内では、祭りが行われているのでそれを見に行くのかなと思っていたらそうではないらしい。定期的に、鹿児島へ渡る日がたまたまこの日だったようだ。島には、ATMも理美容室もないから大変だ。

 佐多岬や指宿が見えて、錦江湾内に入ると船はスピードを落として進んでいく。そして、桜島が見えてきた。
帰って来たよ桜島

  ただいま桜島!この時には、まさか、あと6時間ちょっとで噴火するとは夢にも思っていなかった。

 竹島の方達と最後のお別れをし、迎えを頼んでおいたタクシーで空港に向かう。親切な運転手さんで、今日は日曜で道路も空いているので、下道を走った方が得ですよとの事。その通りで、高速に乗ったより早い時間に空港に到着しました。

 飛行機の出発時間までは、ラウンジですごす。焼酎の試飲があるので、それをいただきました。

 夕方には、セントレアに到着。長島スパーランドが眼下にみえた。
長島スパーランド


 そして家に帰り、テレビを見ていたら、速報が入り桜島が噴火したというではないか!しかもレベル5!噴火は、飛行機の運航に影響を与えるので、早い時間に戻ってこれてよかったなあと思った次第です。
  


 お昼ごはんをいただき、迎えに来てくれたガイド氏と共に大里地区に向かう。
我々が乗っている車は、村のもので、外からのお客さんを乗せたりするのに使うそうで、自分らの車はほとんどが軽トラか軽四だという。
 

 県道片泊・大里港線を通って30分ほどで大里港の近くに到着した。途中、三島焼酎の工場に立ち寄ったのだが、あいにくお休みでした。ここは、全国でも珍しい公設公営の焼酎蔵で、島で収穫したベニオトメというサツマイモを使った焼酎「みしま村」を作り、
 隣の硫黄島のベニオトメを使った焼酎で「メンドン」を作っています。黒島には、お店屋さんがないので、フェリーの売店で、買うことができます。

焼酎工場


 小説家有吉佐和子氏の文学記念碑。
有吉佐和子の碑

  彼女は、昭和33年、黒島片泊地区に姥捨て山伝説があると聞き、黒島を訪れている。島に滞在するうちに人々と密接になり、道路もできていなかった島で、牛に乗って移動するなどの体験をしている。
  この体験をもとに、翌年の34年、朝日新聞に連載されたのが「私は忘れない」である。
  小説は、映画化され、ロケも行われたので、大勢のスタッフが黒島を訪れたという。
  
  つづいて、黒尾大明神を参拝。1598年の棟札が有ります。

鳥居

  参道を登ってくと、
参道

  
黒尾大明神

  本殿の扉の両側には、阿吽の面がある。
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 狛犬もあるが、あまり原型をとどめていない。
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狛犬

  丸石を祀ってある祠。
こちらは様々な神様

 続いて、港の近くまで降りてゆきます。黒島には、砂浜が無く、またカキ殻などでけがをすることが有るので、泳ぐには向いていません。唯一、小さな砂利浜が港にの近くに有るのだが、今は流れ着いたゴミであふれていた。

  海の神様ですかね、浜戸神社。
浜戸神社

  珍しく灯籠が有りました。
灯籠

  サンゴ礁でできているお祈りの場。
サンゴ

  本殿、同じかたちでした。御神体は、丸石です。
神様


 道路際に、忘れ去られたように立っていた、仁王像と思われる石仏3体。
仁王かな


 そしてここは、三途の川の渡しというか、渡れるか渡れないかを判断するところらしい。
三途の川関所

 最後は、坂道を登り大里地区が一望できる黒島平和公園に案内された。
公園内には、第2次世界大戦中に黒島に不時着し、戦友と共に終戦までをこの地で過ごした元特攻隊員が、戦友の慰霊と平和への祈りを込めて建立したという平和観音や、平和の鐘、三角点などが有る。
黒島平和公園

三角点

 大里地区が良く見えます。港の左上に見える白と朱い建物は、宗教関係の建物だそうです。
大里港

 と、フェリーが入って来ました。ガイド氏は、片泊港のフェリーが接岸するまでに戻らなければならないと、今までのんびりと回っていたのに、急に先を急がせる。
フェリーが入って来た

 フェリーは、大里港に接岸してから45分後に片泊港に到着する。30分もあれば戻れるので間に合うと思うのだが・・・。

 黒島の由来は、島が黒く見えたからだという。ここの植物の葉っぱは、確かに黒っぽい。
黒島の由来黒い葉っぱ

 大急ぎで帰ったガイド氏、我々は、シャワーを浴びる前に、皆で集まってビールでまったり。こういうすきま時間も島ならではのものだ。

 黒島は夕日のきれいな島でもあるという。今の日没の時間は、少々遅く7時15分くらいなので、先に食事を始める。宿の奥さんが、良い頃合いになったら知らせてくれるという。

 きょうは、ご主人が釣ったというオヤビッチャの唐揚げが出ました。この辺では、誰でも釣れる魚だそうですが、美味しくいただきました。
夕食

 そして、メインディッシュの夕日。下に雲が有ったので海に沈むとはいきませんでしたが・・・。
夕日

 明日は、島を出ます。




 黒島は、他の2島と比べると、島全体に森林が多く、動植物も豊かである。湧き出る清水は海岸の断崖で滝となって海に落ちる。
天然記念物

 大きさも一回りほど大きくて、周囲20.1km、面積15.5㎢、人口は両地区合わせて192人である。島の中央には、標高622mの櫓岳をはじめ、500m以上の山が幾つかあり、登山道も有るのだが、コロナ禍の現在は、訪れる人もいない為、荒れ果てているとの事。
黒島の登山道など

 また、他の2島と違う面は、県道が島を1周していて、周回道路が有るという事だ。いくつもの道路が、島内を通っており、地図が無くても走っていれば必ず元に戻ってこられるそうだ。現在、県道は工事をしており、関係者の方々も同じ宿に泊まっておられました。長期滞在の工事関係者の方達は、島にとってはありがたい存在なのだろうなあと思う。

 産業は、椎の木を使ったシイタケ栽培、大名竹などが特産品として出荷されているほか、広大な土地を生かした足腰の強い「みしま牛」の育成にも力がそそがれている。

 釣りの絶好のポイントも多く、イシダイのメッカと言われているそうです。

 黒島は、2つの地区の距離が案外あるので、午前中は、片泊地区を案内してもらった。

 港にも近い菅生大明神社。
菅生神社一番鳥居
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 島の神社は、どの神社も鳥居の数が多い。ロシアのマトリョーシカの様に、次々と出てきます。

 2番目の鳥居
菅生神社2番鳥居

 3番目
3番鳥居

 本殿の手前の祠にも・・・。
祠は2つある、

 元々は2つあった面だが、現在は片一方だけになっていた。
面

 本殿、手前の建物で、奉納踊りなどをやっていたそうです。
本殿

 般若の面が取り付けてあった。
般若の面

 本殿両サイドには、生活に関連した神様が祀られていて、玉石が信仰の対象の様です。くどや井戸の神様といった感じ。
くどの神様など生活に関係した神様、

 大きな石は、歯の神様だとか・・・。
奥歯の石

 片泊学園、この日は生徒が行事で島を出ているため、学校にはどなたもおられませんでした。
片泊学園


 大里地区にも学園が有り、それぞれ1年生から9年生までの児童生徒が在学しています。
 
 黒島も、山村留学生を受け入れていて、両校合わせて10名ほどが通っているようでした。

 診療所、郵便局、役場の出張所、ふれあいセンターも、両地区にそれぞれあるのですが、お店は1軒もなかった。

 島には、神様がとてもたくさんおられるようで、次に案内されたのは、火の神様でした。
火の神様

 ここも、丸石が祀られていました。

 続いて、海の神様。お祭りの時にしか開かないそうです。
海の神様


 川の神様は、本当に小さな川が流れている近くに祀って有った。我々が近づくと一斉に蚊が攻撃してきます。久しぶりの御馳走かも・・・。
川の神様

 とても景色の良いユキノ瀬。
ユキノ瀬

 近くには、白衣観音が建立されていた。
白衣観音

 明治28年に台風の為避難していた枕崎のカツオ漁船が、突風にあおられて岸壁に激突し、411名が亡くなられた。
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 火山島としてうまれ、波の力で浸食され、当時の内部が見えるようになった塩手鼻に行ってみました。
 ここも以前は、もっと下まで行けたのですが、台風で壊されてしまい、修理がなされていないので途中までで引き換えした。
塩手鼻

 海を見下ろしていたら、ウミガメがどんどん近寄って来た。ここは、漁場としても最高なのだが、帰りは、ひたすら登らなければならないので大変だそうだ。
ウミガメが寄って来た

 もう1つ、我々を驚かせてくれたのが野生化したヤギ!

 雄なので、でかい!そのでかい体で、岩の上をピョンピョンと渡って行くのは、見応えがある。
山羊
崖を難なくとんでいく


 最後は、牧場の中に有るイバドンの墓。案内板では、エバドンの墓になっていますが・・・。
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 ここに入れるのは、女性だけで男性禁止ですが、草が大きくなりすぎて、女性も近づくことが出来ませんでした。

 竹藪の向こうに有るらしい。
この辺りにある


 写真で見るとこんな感じです。背後に竹藪が見える。
イバドンの墓

 いったん宿に戻り、お昼ごはんをいただいた後、13時に大里地区に出発します。


 
 
 


 



 黒島へ向かうフェリーは、午後 13時40分なので、今日も午前中は丸々空いている。で、硫黄島で心残りなのは、白孔雀を見つけられていないことだということで、今日は徒歩で、飛行場の有る地域の奥の牧場まで行ってみることにした。

  というのは、昨日の夕食の時に、同じ宿に泊まっていた男性2人組の方達が、奥の牧場で夕方白孔雀を見たと聞いたからだ。

  我々が、行ったのは、昼間だったので藪の中に入ってしまい見つけることができなかったのだが、確実にいることがわかった以上行ってみようと意見が一致した。

  ずーっと登りの道をひたすら歩く。

  途中、また違った角度の港が見えた。カルデラの縁がよくわかる。
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 牧場の近くまでくると、確かに孔雀の鳴き声がする。でもそれが白なのか普通なのかがわからない。ともかく声のする方に静かに近づいていく。

  と、飛行場の柵と牧場の間の松の木に白孔雀らしきもの発見。「あれそうじゃない?」などと言いながら、さらに接近。間違いない、白孔雀だ。おまけに違う枝には、普通の孔雀のオスも止まっているではないか。どうやら、オス孔雀は、白孔雀の気を引こうとしているようだ。

白孔雀

普通の孔雀のオス

 「わあー、見られたねえ、やったあ!」それぞれが少々興奮気味。

  しばらくすると、白孔雀がきの上から地面に降り、向こうの方に飛び去ってしまい、オスだけが取り残されてしまった。
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  さて残った孔雀。恋の季節はとっくに終わってしまった今になっても、これほど立派な羽が残っているとは全く持てない奴だったのだろうか?
  
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  こうなったら、飛ぶところを見たい。もう少し近づいて、飛ぶように声など出してみたりした。すると、何と飛び立ったのだ。すぐに、飛行場の茂みに隠れてしまったが、孔雀の飛ぶところを見たのは初めてでした。その瞬間を、添乗員さんが、一眼レフの望遠カメラでばっちりおさえてくれていました。
  白孔雀の飛ぶところも含め、飛翔のシーンはすべて添乗員さんの写真をいただきました。
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  まるで鳳凰のように見えませんか!もう大興奮でした。

  このころになると、ずっと雲のなかだった硫黄岳の山頂も顔を出してきて、こちらも見たかった頂上を見ることができました。
山頂まで見えた

  角度によって全然違う山に見える。

  登山道が見えている。崩れていて、途中までしか行けないそうです。
冒険ランド硫黄島


  昼食の時に、白孔雀の事を宿のおかみさんに話すと、彼らは家族で、子供もいるとの事でした。これから硫黄島に渡る方は、家族の白孔雀を探してみてはどうでしょう。

  そうそう、昨日ガイドさんから島カードなるものをいただきました。このカードの存在をもっと早く知っていたら集めていたのにいまさらという感じでちょっと残念。ダムカードとマンホールカードは、集めていたのだが・・・・。こちらもこれから離島めぐりをなさる方は集めたら楽しいかも・・・。
島カード

  フェリー乗り場には、誰もいない。我々と、同じ宿に泊まっていた3人だけの気がする。
誰もいない

  届いた荷物を、みなでチェックして持ち帰る。
荷物の種分け


  ところが、誰も採りに来ない荷物がぽつんと残ってしまった。どうするのだろうと思っていたら、取り敢えず車に乗って島の人が回収して、港のそばの建物の中にしまいました。
ポツンと


  ブリッジも、フォークリフトでこうやって運んでしまいます。
橋をしまう

  見ていると、それぞれの役割がきちんと決まっているようですが、何役もこなさなければならないので忙しい。

  で、出航の時間になっても、いっこうに離岸する気配がない。どうしたのだろうか?飛行機などだと、機体の整備不良のため、変更になったり、欠航になることも有るんだが、フェリーの場合も有りうるのかなあと思っていたら、放送が入った。
「機関不良の為、整備を行うのでしゅっこうがおくれる」との事。これを聞いて、見送りに来ていてくれた宿の御夫婦は、一旦引き上げることになりました。

  「お世話になりました!」

  すると、船の前の方で、ジャンべの演奏が始まった。この炎天下、我々を退屈させないようにとの心遣いだろうか。踊りまで加わって、本当にありがとうございます。島の方々の優しさを感じた出来事でした。
出港が遅れたので

  幸い、船は、25分遅れで黒島に向かって出航できて一安心。黒島には、大里と片泊の2つの港が有り、それぞれに泊まって行く。

 硫黄島はどんどん遠くになって行きます。
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 硫黄岳と稲村岳が綺麗に見える。
硫黄岳と稲村岳さよなら

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 黒島の大里港までは、1時間10分ほどで到着。沢山の医療関係者が乗り込んできた。島で、一仕事をすませ、鹿児島市に帰るのだろうか。
 
 大里港から片泊港までは、30分ほど。島の反対側に位置しているので、どちらかに接岸できなくても、大丈夫なようになっている。

 降りたってびっくりしたのは、港の背にそびえ立つ岸壁である。
黒島の石

 しかも、どれも危うい感じで、いつ崩れてきてもおかしくないような絶妙な、収まり方をしている。

 黒島は、竹島や硫黄島より古い火山島として生まれた。大きさも一番大きくて、天然記念物に指定された植物群落も有り、「ミニ屋久島」と呼ばれる森と水の豊かな島である。

 波の力で浸食を受け当時の島の内部がみられるようになっている。
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  サンゴ礁の化石がみられる。
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  今晩の宿は、坂道をずーっと登って行ったところにある宿なのだが、ご主人に歩けますか?結構遠いですよ。と言われたのに、大丈夫ですと言って歩き始めたものの、何時まで経っても到着できないので、結局迎えにきてもらった。

  この日の、夕ご飯は、ご主人の獲って来たお魚の刺身。美味しかったです。明日の観光は、ご主人のお兄さんが案内してくれるとの事。

 
 壇ノ浦で入水しなかったと信じられている安徳天皇のお墓も残されています。

  ひっそりとした入り口。学校の近くに有る。
墓所入り口

 天皇と重臣たちのお墓が並んでありました。
安徳帝墓所。

 帝は、村の娘と結婚したのだが、遺言で同じ墓所ではなくて離れた場所に安置されている。
奥さんのお墓。竹島石でできています。
奥さんお墓


 島の中を歩いていると、時々こうした石を見かける。大きなものもあれば、40㎝位のものもある。これは噴火の時に飛んで来た火山弾 の表面が冷えてこうなったものらしい。
火山団


  午後は、牧場の有る西側の比較的平らな部分に行ってみる。
  飛行場は、昭和48年に、ヤマハの関連会社が、ホテルとともに開設したが、昭和58年経営不振からどちらも閉鎖されてしまう。その後、平成6年に、村が飛行場を取得し、日本初の村営飛行場としてスタートした。現在は、鹿児島空港からのチャーター便として予約のみで運行されている。

  こじんまりとした建物。
飛行場の待合室

  滑走路は、600mです。この日は、牧場の方が、草刈りをされていました。
セスナきが予約制で飛ぶ

  硫黄島の孔雀は、このリゾート施設で飼われていたものが、野生化したもので、白孔雀もいて、見ると幸せになれるとか・・・。この日も探してみましたが、発見できず。

  引き返し、もう1つの伝説の主人公である俊寛のかつての住居に神社をたてて、俊寛堂としたものを見に行く。

  最近誰も通っていないのではと思われるほど竹が伸びてきている村道を進む。竹島ほどではないが、硫黄島も結構な竹の生え方である。

  俊寛堂への道。ちょっと素敵です。
俊寛堂へ

  雨が降れば、もう少し苔がふかふかになるという。

  10分ほどで到着。
俊寛堂

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 同じ道をさらに北に進んでいくと、カルデラの端っこにあたる平家城展望台がある。壇ノ浦の戦いに敗れ落ちのびた平家が、折っての源氏を監視するために建てた城の跡だと伝わっている。天気の良い日には、開聞岳が見えるというが・・・・。
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 ここには、中村勘九郎さんが演じた俊寛像が有ります。
海を見る俊寛


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  硫黄岳の北側をみる。
目の前が硫黄岳
硫黄の塊が見える

  海をのぞくと何とも不思議な世界が広がっていました。
穴の浜温泉

  海岸線には、穴の浜温泉が湧きだしており、干潮になれば温泉を探し、入ることももできるそうです。
カルデラの北の縁

 ここは又ウミガメたちが良く集まってくる場所でもあり、上から見ていたも、結構な数のウミガメの姿を見ることができた。
ウミガメが何頭も泳いでいた


  この日は、我々もうまくいけば、海から湧いている温泉に入る予定でした。

  そこが、此処ウータン温泉です。
道なき道を降りてゆく


  藪をかき分けて海岸線まで降りて行ったのですが、波が荒い。いつもなら潮の引く時間になっても、いっこうに噴出している場所が見えて来ない。40分ほど、石ころなどを探しながら待ってみたが断念!
ウータン温泉が湧いているはずなのだが

  もう1つの坂本温泉に行ってみることにした。ここも海中から湧き出ている温泉で、以前は、賑わっていたそうだが、台風で壊れてしまい修理がなされていないので荒れ放題になっていました。
  道中は、流された竹がいっぱい。
竹が流出していた

  以前は、画面の上の壁下あたりで入浴していたというが、現在は、したの海水が入ってきている右上部分辺りがなんとなく暖かいといった感じでした。フナ虫が大量にいて、歩いて行くと一斉に逃げて行くのはかなり気持ちが悪い。
使われていない坂本温泉

 足湯をしただけで、ギブアップ。昨日行った東温泉にもう一度むかったものの、こちらもかなり波の様子が良くない。少し入っただけで、戻ることになりました。

  


 3つの島の真ん中に位置し、観光案内所なども有るので、何となく賑やかな感じがする。 今日から夏休みになり、ラジオ体操に出かける子供らとであったりする。

 住民が住んでいるのは、港近くのごく限られた地域なので、考えないで歩いても元に戻ってこられる。

  硫黄島学園。
硫黄島学園

  立派な校舎と運動場。教育は、村の人達の希望である。
校舎

  学校の裏手には、墓地が有るが、ずいぶん荒れていた。島を出てそれっきりの人も多いのだろうか。
島のお墓、竹島石

  島には、孔雀がたくさんいて、よく遭遇する。早朝から鳴いていて、最初は猫の鳴き声かと思った。
再びの孔雀

  こちらの孔雀は、長い尻尾の羽根がないが、この時期のオスもないものが多いので、頭の飾りで見分けるそうだ。
雄と思われるが長い羽根はない

 
 熊野神社。1177年、京都鹿ケ谷荘にて、俊寛は打倒平家を企てたとされ、島流しにあう。その島が硫黄島という説もあり、ともに流された平判官康頼と丹波少将成経が、硫黄島でも熊野詣でができるようにと建てたといわれています。
熊野神社の鳥居


熊野神社本殿


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  島には、ユネスコの無形文化財に登録されているメンドンという踊りが伝わっているが、その際につける面がしまってあった。
メンドンに使われる面

  あの赤い色の港をもう一度見てみる。温泉の出ている辺りは、暖かいそうです。
港いっそう赤い

  石垣のある家。
港近くの家

  宿に戻り、ガイドさんと一緒に出発。まずは黒木御所跡にむかった。
  歴史では、安徳天皇は、壇ノ浦で入水死されたことになっているが、実は硫黄島に渡って生き延びたという説が有り、その折に天皇が住んでいた場所が黒木御所である。この周囲に、家臣達も住んでいたとされる。
黒木御所跡

  中は冷房が効いていて、助かった。展示されているものは、それほど多くはないが、天皇の子孫の方の写真なども残っていました。

  パネル。島には、飛行場も有るんだね!
硫黄島には飛行場が有ります

  7300年前にカルデラ噴火がおこり、島を縦断する断崖が形成された。右上四角の付箋から左下の突き出た岬の付箋まで走る斜めの線で、そこがカルデラの縁。その後、5300年ほど前から、活火山である硫黄岳が新しく成長を始めた。右手の木の無い山が硫黄岳。硫黄岳の山頂や山腹には、多数の噴気孔が有り、多くの硫黄がみられるようになった。山の左手中央辺りで採掘されていた。
 俊寛の物語にも当時の人々が硫黄を採掘して成形をたてている様子が描かれている。また中国とも貿易が有ったようです。

 素朴な土人形
素朴な土人形

  興味をひかれたメンドンなどの八朔踊り。
  メンドンと黒島のオニメン。メンドンは、旧暦八月一日と二日に行われるが、オニメンは、九月一日に行われる八朔踊りで、手にスリコギとメシゲを持っている。それらに挟まれると厄が落ちると言われている。
メンドンと黒島のオニメン



ユネスコの無形文化財です

 竹島のタカメンとメンドン
メンドンと竹島のタカメン

  こちらも旧暦八月一日と二日に行われ、目と口が恐ろしく描かれている、踊りに加わった見物人を追いかけたりするそうだ。

  硫黄島を10時10分に出るフェリーで、潮風留学生たちが島を離れるというので、その様子を見に行きます。

  先生たちも、総出のお見送り。
夏休みなので、家に帰る留学生たち
しばしの別れ

  車に乗って、港からもよく見えていた恋人岬に向かった。反対側から見た港。背後に稲村岳と硫黄岳が見える。
港が見下ろせる場所

 先端には、展望台が有ります。
恋人岬へ

  下を見ると、
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 鹿児島港から、3島へのフェリーは、週4往復である。という事は、今日の硫黄島への便は、昨日我々が乗って来た便ということになるので、午前中が丸まる空いてしまう。見るべきところは、昨日、見てしまったので、さてどうしよう・・・。

 で、とりあえず、ウミガメを見に港へ行ってみた。

 アゲハチョウが、優雅に舞っていたのでしばし観察。
モンキアゲハかな

 それにしても複雑な地層だなあとジオパークのおさらい。
ややこしい地層

 港の岸壁から、のぞき込むと魚に混じってウミガメが泳いでいた。魚も青いものやら赤いものとカラフルで、南の島だということを実感する。
ウミガメがいる

 まだ時間はたっぷりあるので、島に西側にある東風泊まで歩いて行ってみることになった。港からだと、片道1キロちょっとくらいなのだが、登りが続く。

 途中で、カニの巣穴を発見!ざっと数えてだけでも、50匹以上のカニが出たり入ったりしていた。面白くて、ずっと見ていられる。
カニの巣穴

 島には、それぞれ1基づつの発電所が有り、これは、竹島の発電所です。
3島とも自前の発電所が有る


 東風泊から硫黄島を見たところ。
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 宿に戻って来て、お昼をいただき再び港に向かう。3島とも、1泊3食付きが標準。というのもお店もレストランもないからだ。

 そして、12時45分、硫黄島に向けて出港です。硫黄島までは、近い。乗船時間40分で到着した。
  硫黄岳の山肌がくっきりと見えるようになってきた。
接近

  洞窟も有るようで、そのあたりは海の色が違っている。
洞窟と海の色

 入港すると、ジャンべの音が聞こえてきた。子供達が叩いているようだ。
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  硫黄島には、ジャンべスクールが有り、アジア圏内唯一の本格的なものだそうです。

  15分ほどで、船は次の島黒島に向かって出航していく。それにしてもこの港の色は、不思議な色をしている。
港の色が違う
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  火山活動により湧き出た温泉と硫黄が、海水をこのような色に染めているのだ。硫黄島は、その名の通り、かつて硫黄の採掘で栄えた島だ。
  島の主な産業は、ツバキを使った石鹸やシャンプー・油等、畜産、温泉や平家ゆかりの地などで観光にも力を入れている。


  周囲19㎞あまり、面積11.74㎢、人口は130人ほどである。

硫黄島地図2

 海底火山の1つである硫黄島は、東側に、活火山で今も噴気が出ている硫黄岳をはじめ、島の水がめとなっている稲村岳、そして西北部には矢筈岳が有るのだが、その間を縦断する断崖が、7300年前の噴火で形成されたものだ。

 郵便局は、各島にあるが、駐在所は、ここ硫黄島にしかない。ちなみにパトカーは有りません。
郵便局
駐在所

 宿で少し休み、ガイドの方と秘湯東温泉に向かった。硫黄岳を背景に、白波が打ち寄せる岩場に噴出した温泉は、絶対訪れてみたかったところだ。

 噴火の際の岩もごろごろいています。
竹島でも見た白い岩

 ゴリラ岩、私にはモアイに見えるのだが・・・・。
ゴリラ岩


 岩で作られたちょっとした囲いが有るので、そこに荷物を置いておけます。3つに別れていて、熱い、中くらい、ぬるいとなっているが、熱いお湯には、とてもでないが、10秒と入っていられなかった。
秘湯東温泉

 波の加減によっては、さらわれることもあるそうです。
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 で、もちろん混浴。水着での入浴でした。いつまででも入っていられるほど、気持ちが良く。とても開放的なきもちになった。泉質は、硫黄ミョウバン泉だとの事。強い酸性なので、水着などもいきなり洗濯機に放り込まないで、水洗いをしてから洗うようにと注意を受ける。洗濯機が壊れてしまうそうだ。

 
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 この日も、何度か波の洗礼を受けました!

  


 三島村には、竹島・硫黄島のそれぞれ1年生から9年生までの一貫教育の学園が有り、黒島には、大里と片泊に同じく一貫教育の学園が2校あります。 

  どの学園も、山村留学制度を取り入れていて、しおかぜ留学と呼んで、全国から4年生から9年生までの児童や生徒を受け入れている。
小学生が案内してくれた


 タブレットを手に、説明をしてくれます。

 聖大明神社の鳥居
聖大明神社鳥居

 本殿
聖大明神社本殿

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 カルデラ噴火によってできた凝灰岩は、300年ほど前の江戸時代より「竹島石」として石材に使われるようになった。

 狛犬ではなくて唐猫、竹島石でできています。
向獅子

 この小さな祠に、丸石を奉納して、願い事をしたという。
丸石を奉納して祈願


 竹島石の灯籠。
竹島石の灯籠

 学校に案内されました。左には、小学校と彫られた石が有る。
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  校舎の屋上から晴れていると開聞岳が見えるという。
運動場


 廊下
廊下

  9年生とある。ジャンべマークがある。
9年生とある

 ちょっとレトロな教室。
教室

 講堂で、西アフリカの伝統打楽器であるジャンべの演奏を聞かせてくれた。三島村は、平成6年から、世界とのつながりを強めるため、ジャンべの普及・演奏者の育成に力を入れているという。
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  ジャンべ
ジャンべ

  叩かせてもらいました。ちょっと褒められてうれしい。大人になると褒められることがめったにないので・・・・。

  次は、ガジュマルの門と言われる村のシンボル的存在のガジュマルを見に行く。
ガジュマルの門

 最後は、島の最西端で硫黄島や晴れた日には屋久島までが見えるオンボ崎に向かった。あいにく屋久島は見えず。
オンボ崎から見た硫黄島

  子供達と別れ、民宿に向かう途中、あまりの暑さに唯一のお店によって、アイスを食べる。
村で一軒のお店

  このお店、ガイド氏が経営しているもので、島にはATMもないからということで、カードもペイペイも使えるようになっています。

  そして、宿に戻り、シャワーを浴びた後は、お待ちかねの夕食。持ち込んだ大名竹も料理してもらい、美味しい刺身に舌鼓。ワインとビールが進む。

  カメの手の味噌汁は食べたことが有るが、刺身は初めてでした。軟らかくておいしい!
カメの手の刺身

  お刺身、こちらも美味。
今晩の夕食


  

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