好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

カテゴリ: 九州


 飛行機の時間は、11時40分。他の3人は、午後2時40分。

 というわけで、3人で動くのは、11時くらいまでだ。 

 全員が、田中一村美術館に興味があるというので、そこを訪ねてみることにした。空港にも近い。

  田中一村は、1908年、栃木県に生まれたが、昭和30年50歳の時に、奄美大島に移住し、亡くなるまでをここで暮らす。
  紬工場で働き、貯えができたら絵を描くという生活を繰り返し、亜熱帯の植物や動物を独特の色彩で描き、世界観を作り上げた。以前から、ここを訪れてみたいとずっと思っていた美術館である。


  生活のために絵を描くということもなく、清貧で孤高な生き方をし、昭和56年、69歳で誰にも看取られることなく生涯を閉じたという。

  
 この家で、亡くなったそうです。

田中一村最後の家




 美術館は、池を奄美の海に見立て、高倉を模した建物が並んでいましす。
奄美の海をイメージした池に高倉の建物



田中一村美術館


  作品は、撮影禁止なのですが、約80点の作品を鑑賞できるようになっている。


  
常設展


  園内には、一村の絵の世界を亜熱帯の植物で再現した一角もありました。

  さらに、無料の展望台もあり、上からの景色も楽しめる。

  
奄美パーク展望台



  
奄美パーク全体が見下ろせる


  空港の端っこも見える。

奄美空港の端っこ


  11時少し前に、空港まで送ってもらい、3人と別れた。彼女たちは、時間まで大島紬の泥染めの体験を行うという。それも楽しそうだなあ。


 今朝も風が強く波が高い。

 用心のため、酔い止めを飲んでおく。


 諏訪之瀬島から、奄美大島までは、最初に訪ねた悪石島を経由して、約8時間かかる。
向こうに着くのは、午後3時半ころになりそうだ。

 平島、悪石島を経由して、小宝島に入港したのは、午前11時前。
小宝島


小宝島 (2)



 小宝島は、面積も狭く、人口も少ないせいか、港も小さく感じた。
  
この日も波が荒かった



  そして、最後の寄港地宝島へに到着。港は、遠くからでも目立っていました。
宝島港に入ります (1)


こんなアートが迎えてくれた



こちらも素敵



 宝島から、名瀬港までは約3時間。この日は、追い風だったせいか、多少早く到着したようです。

  でも、待合室も何もなく、借りたレンタカーの受け取りも、倉庫の横で行います。

名瀬港。
名瀬港



 レンタカーにて、今日のホテルのある山羊島へと向かう。ものの5分もかからないで到着です。

  部屋に入り、荷物を置いて、建物の横にある展望台に上ってみた。

  名瀬港の入り口の様子がよくわかる。
名瀬港の入り口の灯台



展望台




山羊島からの眺め


  夕食までは、それぞれの時間を過ごすことになったので、私は、車で街中まで送ってもらい、マンホールを探す。

  奄美大島は、日本の離島の中では、佐渡島に続いて面積が2番目に大きく、人口では、6万人近くの人が暮らしている。奄美市、龍郷町、大和村、宇検村、瀬戸内町などの市町村と加計呂麻島などの島がある。加計呂麻島には、前回泊まっているので、奄美大島は、初めての訪問ではないが、ゆっくり本島に泊まるのは初めてです。

  空き店舗の目立つアーケード。
奄美市のアーケード


  スーパーに立ち寄って、少しお土産を買った。

  あずきがゆは、こちらの人の好物なのだろうか?我々は、おかゆは暖かいものをいただくが、こちらではどうなんでしょうか?
あずきがゆ、地元の食べ物



 早めの夕食をいただき、アマミノクロウサギを車で探しに出かけます。最近は数が増えて、交通事故も多いので、特別天然記念物の指定が外れるかもと、ガイド氏。

  そうはいっても夜行性なので、暗い中黒いウサギを探すのは、簡単ではない。道路の真ん中に用を足しに出て来るらしいのだが・・・・。

  この日遭遇できたのは、崖にいた6羽ほど。耳が本当に小さくて、ウサギというよりは大きなネズミみたいだ。

  他には、小さなふくろうのリュウキュウコノハズクとヤマシギを見ることができた。


  が、カメラには撮れません!残念。


  ホテルに戻り、大きなお風呂でゆったり。トカラの島では、ゆっくりお風呂というわけにはいかなかったのだが、大きなお風呂はやっぱりいい。

  


 今朝は、夜半から降り始めた雨が9時ころまで残っていて、心配したのだが、我々が活動を始めるころには上がってほっとした。


 今朝の朝食。ちょっとおしゃれ風だが、男性には物足りないのではないだろうか・・・。

 
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 今日は、根上岳の登山道を登って、山桜の巨木を見に行くことになっていた。 


  榊戸原牧場の入り口近くの道を左に曲がり少し進んだところで車を止め、登山開始。とはいっても舗装された道である。

  1時間ほどで、山桜の南限といわれる巨木群に到着。ツクシザクラというらしい。通称ナベダオの桜。ナベダオとは、鍋底といった意味らしい。

  花は咲いていないし、葉っぱも散ってしまっていたが、その姿の複雑さにすっかり魅せられてしまった。
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 後方にある本来の幹は、枯れてしまい途中から切られているが、枝がや根っこが自由に伸びていて、何がどうなっているのか・・・。
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  手前に伸びている枝みたいに見えるのは、根っこだという。そういえば、ほかの大きな枝にみえる細かな枝が見られない。ひっくり返ってしまったのだろうか?
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ナベタオとは鍋底の事


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巨樹に出会うと、ただただ頭が下がる。
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  帰りには、少し寄り道して、御岳の見える場所まで行ってみた。手前が根上岳で横の3つの峰の真ん中が御岳らしい。今日は噴煙は見えない。

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 ナンバンギセルの花も咲いていた。
ナンバンギセル



  戻って来て、お昼ご飯を頂いた後は、やることもなし。というわけで、もう1つの民宿のオーナーの義理のお姉さんのおうちにお邪魔をして、宴会ということになった。

  ビールに焼酎、ワインを持ち込んでスタート。

  これは、サクラダイ(?)の燻製。とても美味でした。
燻製


 5時ちょっとすぎたころ、夕日を見るために港に向かう。
奥にカバの形をした悪石島が見える。

  
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  義理のお姉さんの庭からもこんなにきれいな夕日が見えました。

日没



  そして最後は、ガイドさんの飼っている牛を見るために牛舎に向かいました。えさやり体験も少しだけやらせてもらった。
  
ガイドさんの飼っている牛


  明日は、トカラ列島を離れて、フェリーで奄美大島に向かいます。


 フェリーの運航状態は、逐一放送が入ってくるのでとてもよくわかる。

 放送を聞いてから、宿の人に港まで送ってもらう。 

  車の中から、藪の中の牛が見えた。なんともけなげに見えてしまう。
藪の中の牛




 悪石島は、平らな部分がほとんどない。港、うんと下の方にみえる。
悪石島のやすら浜港


  予定時刻より、少し遅れてフェリーがやってきた。広そうにも見えない港の中で回転していく。
回転します


  悪石島の、私達の泊まった民宿でない方のご主人からいただいたお土産。中でも目を引くのが手作りの箒である。材料はススキ。
悪石島のお土産


  このススキ、本土のものより穂が多いような気がする。使い勝手がとてもいい。私は背中にしょって家まで帰って来ました。
このススキが箒の材料



  船からは、こんな重機も降りてきました。
重機も降りて来る (1)


  そして出航。平島を経由して諏訪之瀬島に向かいます。所要時間は約2時間。10時ころには到着するので、午前中はたぶん暇な時間になると思う。


  諏訪之瀬島では、3人が一緒の宿で、1人だけが違う民宿になった。今度は、共用シャワーがちゃんとあり、コテージ風なので、トイレもそれぞれについていてうれしい。どんなところでもよいが、きれいならばやはりうれしいものね。

  お昼ご飯迄、2時間ほどあるので、何もないとは思うが、歩いてみることにした。

  諏訪之瀬島の形はこんな感じ。

諏訪之瀬島 (2)



 御岳は、今も火山活動が盛んな山ですが、この日は噴煙を見ることはできませんでした。

  登山道へ続く道。今も立ち入り禁止区域があります。
登山道へ


  牛舎があったので、のぞいてみました。この諏訪之瀬島は、畜産業が盛んな島です。近くにある榊戸原牧場は牛たちの放牧場となっています。

  ここにいるのは、メスばかり。人工授精で子供が生まれ、オスが生まれた場合は去勢するのだそうだ。肉牛として育てられ、育成農家さんに売られます。

牛舎の子牛



  水飲み場にやってきた牛。
水飲み場



 草が少なくなってきたら移動します。
放牧されている牛



  ちょうど居合わせた、ここで働いている人にお話を伺っているうちに2時間はあっという間に過ぎてしまった。


  宿に帰り、お昼をいただき、午後の観光に出発です。

  島に点在していた神様を集めたという八幡神社の鳥居。
八幡神社鳥居


  ガイドさんは、民宿の他に、牛を育てていて、2.3日前に捕まえたという野生のヤギを牛舎の敷地内につなげていました。
野生のヤギを捕まえたそうです


  トカラヤギもいるのですが、色が違うのでこのこは普通のヤギです。

  道路わきにもガジュマルの木があり、結構な大きさになっていてびっくり。

  
ややこしい



これ1本の木です。どうなっているのかしら?

これ1本のガジュマル (1)


 1813年の大噴火で、島民が避難したため、70年もの間無人島となっていた島に、明治になり奄美大島出身の藤井富伝らが入植し開拓を進め、島を再生させた。

  その墓。
藤井富伝の墓 (1)




 列島の中で唯一の空港、諏訪之瀬島空港にやってきました。
空港


  昔、テレビでベストテンという番組があったころ、ここから電話で世良公則が出演したことがあったそうです。たぶん衛星電話を使ったのかしら?

  ここから見た榊戸原牧場のある風景。
牧場が一望できる


 
  今日は、本浦港に着いたが本来ならばフェリーはこちらの切石港に着くという。現在は、港のたまった砂を掘っているところ。
切石港


  近くには、乙姫の洞窟というのがありそれを見に行きました。結構大きな洞窟で、夏ならば涼しいだろうなあという感じ。
洞窟から見た切石港


  さいごは、星の砂が見つかるかもというナハ浜へ。カバの形にみえる悪石島を望める。


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  残念ながら、星砂は見つからず。ガラスのかけらや貝殻を探して楽しむ。
ナハ浜 (1)


  


 悪石島には、商店が一軒あるが、開店時間が決まっているそうだ。

 訪ねてみたら、閉まっていて、建物横に「美女とネズミと神々の島」 の記念碑というものが建っていたが、なんだかよくわからない。

美女とネズミと神々の島記念碑



  この建物は、ソンジャというもの。神様や神棚に供える供物を拵える場所。現在は木造だが、以前は笹葺きでした。
ソンジャ


  さらに下っていくと、テラ入り口とある。テラとは、島の行事などを行う神聖な場所。ボゼ祭りもここで行います。トカラでは、テラは建造物の寺、墓地、墓石のことをさす。
  奥の方には、お墓がありました。

  
ユネスコの無形文化遺産



ボぜ祭り


 ボゼは、旧歴7月16日、盆行事の最後に出現し、村人の穢れを払ってくれる来訪神。赤土を付けたボゼマラと呼ばれる棒で、女性や子供を追い回す。死霊臭が漂う盆から日常に引き戻す役目を担うともいわれている。


仮面、毎年新しくするそうです



 祭りごとに新しく作られるようで、建物の背後には、使われなくなったお面が捨てられていた。とても重くて、これをかぶって動き回るのは容易ではないと思った。
使い終わったお面



 墓の入り口には、仁王像のような石像がある。
墓地へ


  墓の形も、普通の墓石もあるが、四角の箱のような形をしたものもある。
お墓



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  島の電気を作っているところ。
火力発電所


  小中学校。島外からの留学生も多いです。
小中学校



  八幡宮。悪石島で一番怖い祭りヒチゲーの日には、島の神様たちがここに集まるといわれている。氏神様でもあり、入り口にあるリュウキュウマツはご神木とされていたが、残念ながら枯れてしまっていた。
枯れてしまったリュウキュウマツの大木



  ともかく荒れ果てていて、神様いるの?て感じ。
八幡宮へ


  ヤギのねぐらになっていた。
荒れ果てている


  続いて島の西にあるノンゼ岬に向かう。向かいに見えているのが、明日訪れる諏訪之瀬島だ。

ノンゼ岬


  岬は、牛の牧場の中にあるので、彼女たちがご飯を食べている姿を見ることができる。時期が来たら出荷して、和牛肉としてブランド肉や和牛として育てられる。
放牧されている牛 (2)



 金山神社。周りには、巨木のイヌマキの木やタブノキが茂っている。
鳥居



金山神社 (2)


  今度は、港のある東側に向かい、対馬丸慰霊碑を参拝。船の撃沈場所から一番近いのがここ悪石島なのだという。
対馬丸慰霊碑


  悪石島は、島の中でも一番温泉が多い。

  その中の砂蒸し温泉。屋根があったのだが、台風で飛んでしまいそのままになっている。ヤギが時々やってくるそうだ。砂をかけるタイプではなくて、敷物を敷いて横たわるのがよい。硫黄のにおいがしてきます。
砂蒸し温泉


  近くにある、湯泊温泉は、後で入ることにして、先に自然遊歩道を歩く。ビロウやガジュマルが生い茂る素敵な場所でした。でも1人で歩くのはちょっと不気味かな・・・。
自然遊歩道


 リュウキュウアサギマダラがたくさん休んでいました。アサギマダラと違い、あまり渡らないそうです。
  
リュウキュウアサギマダラ (1)

リュウキュウアサギマダラ (2)



 根っこがアーチのようになっている。
トンネル


  
ビロウの葉


  ガジュマルの根っこ
地面を覆っている


  
ガジュマルの根っこ


  この後は温泉です。結構高めの湯温です。露天風呂もあるのですが、冬季は入浴できません。海中温泉は、波が荒くて、入ることができず。場所さえもよくわからなかった。


  温泉で、1時間ほど過ごしたあと、車で島で一番高い御岳まで行ってみました。展望台からの風景。
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 トカラ列島へのアクセスは、週往復2便のフェリーで行くしかない。諏訪瀬島には、片道6万円のセスナもあるが、定員3名と値段的にも人数的にもあまり現実的ではない。 

  で、鹿児島空港へ飛行機で向かい、そこから、タクシーで鹿児島本港へと向かう。

  23時出航ではあるが、21時から乗船できるので、それまでの時間待合室で待機。

  トカラ列島は、戦前までは、竹島・黒島・硫黄島の上3島と、現在の十島村の7島のある下7島を合わせて十島(じゅっとう)村でしたが、1946年、連合司令部の宣言により、北緯30度以南の下7島は上3島と分断されて、アメリカの軍政下に置かれた。

  以後、同じく軍政下におかれた奄美群島と提携しながら、日本への復帰運動を展開していく。

  その後、1952年、2月10日に復帰が実現した。と同時に、上3島は「三島村」として分断し、下7島は、新しく「十島村(としまむら)」となった。

  翌1953年には、奄美も日本復帰が果たされたのだった。


  現在のトカラ列島のうち人が住んでいるのは、7島、北から、「口之島」「中之島」「平島」「諏訪之瀬島」「悪石島」「小宝島」「宝島」の7島。この看板には、それぞれの特徴が描かれています。

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 右下の臥蛇島は無人島になっている。
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 今回我々は、ちょうど中間位に位置する、悪石島と諏訪之瀬島を訪ねました。鹿児島港から、悪石島までは10時間ちょっと、奄美から諏訪之瀬島は、8時間ちょっとかかりました。

 トカラの漢字、読めるけど書けない。
トカラの漢字


  この日は波も荒く、まっすぐ立って歩けないほどでした。

  口之島、中之島は、下船の案内を夢の中で聞く。


 諏訪之瀬島は、折り返しのフェリーで尋ねるので、降りず。平島まで来たところで、デッキに出てみました。

平島着岸


 十島村は、最も北の有人島口之島から最も南の有人島である宝島迄の距離が約130㎞もある、人が住んでいる地域の距離が日本一長い村だそうです。

 船の中では、十島村のお土産が売られていた。島には、お土産を売っているところがないことが多いからだ。

 
トカラの土産を船内で売っていました


 人口は、一番多いのが、宝島の147人、少ないのが、小宝島の69人で、面積は、中之島が一番大きく、小宝島が一番小さいようです。

 今回訪れた、悪石島は、人口90人、面積7.49㎢。諏訪之瀬島は、人口78人で面積は、27.61㎢です。

 
平島港


 平島を出航。後1時間ほどでようやく悪石島につきます。ほんと、長かった!

 
 悪石島の形は、こんな感じです。
悪石島



 港には、ボゼの絵が描かれていた。
悪石島の港で

 
  明るくなってようやく全体の形が見えたとしま丸。村営のフェリーです。
悪石島出航


  荷卸や荷揚げが終わるまで、我々は港に足止めです。

  迎えに来てくれた民宿の車で、宿へ向かう。1つの民宿に4人泊まれなかったので、2人づつ2か所に分かれてのお泊りとなりました。

  少しゆっくりして、お昼ご飯を食べた後に、ガイドさんの車で島内観光をすることになった。

  普通は、シャワー室やトイレの案内があるのだが、それらの説明もなく、建物内にも、シャワー室らしきものはない。悪石島では、温泉が出るので、宿のものを使わず、温泉を使うのが一般的なのだそうです。もちろん頼めば、宿のシャワーを使うことができるそうです。


  島の食事ということで、お魚を楽しみにしていたのだが、お昼ご飯は、文字通りの一汁一菜、冷凍のサバの煮つけとインスタントの永谷園のお吸い物だけ・・・・。お漬物さえもなく、同宿者と唖然としてしまった。

  今までいろいろな場所で、民宿には泊まったが、こういうことは初めてでした。

  本土から遠く、畑もなければ、すべてが冷凍食品になってしまうのは、仕方がないことだと思い、そういう話を聞きながらの食事だったら、それはそれで楽しかったと思うのだが・・・。

  後の2人が泊まった民宿は、そんなことはなく、親切だったとのこと。夕食も、お魚が登場し、お土産までいただいたという。

  ちなみに我々の夕食は、こんな感じでした。
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  イカの刺身がおいしかったです。持ち込んだビールで、いただきました。


  


  帰りのフェリーは、8時に片泊港を出港し、大里港・硫黄島・竹島と経由し、6時間ちょっとかかって鹿児島港に接岸します。

  片泊港から乗り込んだのは、我々を含め3組だけでした。

  さよなら黒島!

黒島を後に

 大里港で少し乗客を乗せ再び出航。硫黄島までは、1時間ちょっとかかる。島が近づいてくると今までで一番かっこいい硫黄島の姿が見えてきた。
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 硫黄岳、稲村岳、矢筈岳もきれいに見える。
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 海の色も違ってきた。
海の色が違う

 ここでは島の小学生たちが乗り込んできた。本土へ帰る潮風留学生たちだろうか。
 我々の時とは違い、結構沢山の人達が見送りに来ていて、ジャンべの音も賑やかだ。案内してくれたガイドさんを見つけて手を振る。
今日は小学生の見送り


  印象的だった長浜湾の不思議な色も見納めです。
見納め

 硫黄岳は見る角度によってずいぶん雰囲気が違う。
かっこいい


火山だね

  さよなら硫黄岳です。
さよなら硫黄岳

 船はしばらく、硫黄岳を回りこむようにして進んでいきます。

  今日は、一段とラインが綺麗に見える。
今日も一段とキレイなラインが

  
幻想的

  いかにも噴火し冷えて固まったという感じの岩。
噴火でできた?


 竹島港には、11時頃に接岸。ここに降り立ったのが、はるか昔のように感じてしまう。案内をしてくれたガイドのお2人や、民宿の御主人も見える。手を振ると答えてくれたのだが、そのうちに見えなくなってしまった。どうしたのかなあと思っていたら、3人とも乗客として船に乗り込んできた。

  ラウンジで、少し話をする。市内では、祭りが行われているのでそれを見に行くのかなと思っていたらそうではないらしい。定期的に、鹿児島へ渡る日がたまたまこの日だったようだ。島には、ATMも理美容室もないから大変だ。

 佐多岬や指宿が見えて、錦江湾内に入ると船はスピードを落として進んでいく。そして、桜島が見えてきた。
帰って来たよ桜島

  ただいま桜島!この時には、まさか、あと6時間ちょっとで噴火するとは夢にも思っていなかった。

 竹島の方達と最後のお別れをし、迎えを頼んでおいたタクシーで空港に向かう。親切な運転手さんで、今日は日曜で道路も空いているので、下道を走った方が得ですよとの事。その通りで、高速に乗ったより早い時間に空港に到着しました。

 飛行機の出発時間までは、ラウンジですごす。焼酎の試飲があるので、それをいただきました。

 夕方には、セントレアに到着。長島スパーランドが眼下にみえた。
長島スパーランド


 そして家に帰り、テレビを見ていたら、速報が入り桜島が噴火したというではないか!しかもレベル5!噴火は、飛行機の運航に影響を与えるので、早い時間に戻ってこれてよかったなあと思った次第です。
  


 お昼ごはんをいただき、迎えに来てくれたガイド氏と共に大里地区に向かう。
我々が乗っている車は、村のもので、外からのお客さんを乗せたりするのに使うそうで、自分らの車はほとんどが軽トラか軽四だという。
 

 県道片泊・大里港線を通って30分ほどで大里港の近くに到着した。途中、三島焼酎の工場に立ち寄ったのだが、あいにくお休みでした。ここは、全国でも珍しい公設公営の焼酎蔵で、島で収穫したベニオトメというサツマイモを使った焼酎「みしま村」を作り、
 隣の硫黄島のベニオトメを使った焼酎で「メンドン」を作っています。黒島には、お店屋さんがないので、フェリーの売店で、買うことができます。

焼酎工場


 小説家有吉佐和子氏の文学記念碑。
有吉佐和子の碑

  彼女は、昭和33年、黒島片泊地区に姥捨て山伝説があると聞き、黒島を訪れている。島に滞在するうちに人々と密接になり、道路もできていなかった島で、牛に乗って移動するなどの体験をしている。
  この体験をもとに、翌年の34年、朝日新聞に連載されたのが「私は忘れない」である。
  小説は、映画化され、ロケも行われたので、大勢のスタッフが黒島を訪れたという。
  
  つづいて、黒尾大明神を参拝。1598年の棟札が有ります。

鳥居

  参道を登ってくと、
参道

  
黒尾大明神

  本殿の扉の両側には、阿吽の面がある。
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 狛犬もあるが、あまり原型をとどめていない。
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狛犬

  丸石を祀ってある祠。
こちらは様々な神様

 続いて、港の近くまで降りてゆきます。黒島には、砂浜が無く、またカキ殻などでけがをすることが有るので、泳ぐには向いていません。唯一、小さな砂利浜が港にの近くに有るのだが、今は流れ着いたゴミであふれていた。

  海の神様ですかね、浜戸神社。
浜戸神社

  珍しく灯籠が有りました。
灯籠

  サンゴ礁でできているお祈りの場。
サンゴ

  本殿、同じかたちでした。御神体は、丸石です。
神様


 道路際に、忘れ去られたように立っていた、仁王像と思われる石仏3体。
仁王かな


 そしてここは、三途の川の渡しというか、渡れるか渡れないかを判断するところらしい。
三途の川関所

 最後は、坂道を登り大里地区が一望できる黒島平和公園に案内された。
公園内には、第2次世界大戦中に黒島に不時着し、戦友と共に終戦までをこの地で過ごした元特攻隊員が、戦友の慰霊と平和への祈りを込めて建立したという平和観音や、平和の鐘、三角点などが有る。
黒島平和公園

三角点

 大里地区が良く見えます。港の左上に見える白と朱い建物は、宗教関係の建物だそうです。
大里港

 と、フェリーが入って来ました。ガイド氏は、片泊港のフェリーが接岸するまでに戻らなければならないと、今までのんびりと回っていたのに、急に先を急がせる。
フェリーが入って来た

 フェリーは、大里港に接岸してから45分後に片泊港に到着する。30分もあれば戻れるので間に合うと思うのだが・・・。

 黒島の由来は、島が黒く見えたからだという。ここの植物の葉っぱは、確かに黒っぽい。
黒島の由来黒い葉っぱ

 大急ぎで帰ったガイド氏、我々は、シャワーを浴びる前に、皆で集まってビールでまったり。こういうすきま時間も島ならではのものだ。

 黒島は夕日のきれいな島でもあるという。今の日没の時間は、少々遅く7時15分くらいなので、先に食事を始める。宿の奥さんが、良い頃合いになったら知らせてくれるという。

 きょうは、ご主人が釣ったというオヤビッチャの唐揚げが出ました。この辺では、誰でも釣れる魚だそうですが、美味しくいただきました。
夕食

 そして、メインディッシュの夕日。下に雲が有ったので海に沈むとはいきませんでしたが・・・。
夕日

 明日は、島を出ます。



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