好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

カテゴリ: 東北6県


 青森芸術国際センターは、八甲田山麓に青森市政100周年の記念事業として、2001年に開館した。
現在は、青森公立大学が運営しているという。


 設計は、安藤忠雄氏によるもので自然環境を生かし、起伏にとんだ地形を取り入れられている。


 建物は、馬蹄型を曲線の展示棟と直線を生かした創作棟、宿泊棟の3棟から成り立っている。


 バスを降りて、四季のアーケードという森の中の道を通っていった。

国際芸術センターのロゴ



 
ここから入ります


エントランス


 網目のようになったトンネル。
 
四季のアーケード


   
 ここには、コレクションはないが、時々の企画展示と野外展示作品がある。

 
 展示棟の建物

展示棟安藤忠雄氏設計



 中に入ってみます。

  展示作品

中嶋幸治氏・パルス



 天井部分、白い線もアートらしい。

展示棟天井



 着物の端切れなどを使った作品。

是恒さくら氏・きものや端切れを使って


  
 池の中に立っている板状のものも作品。きゅうりを切っていると転がっていく。その行方を追ってみると・・・
光岡幸一氏、きゅうりがころがっていく



 展示棟の屋外ステージに座って。

展示棟の屋外ステージ



  さらに反対側から見てみました。きゅうりは左側の壁に転がって行っている?

池越しの屋外ステージ




 「作られた自然」と名前がついています。

作られた自然




 そうは思わないと字が書いてある創作棟。一段下がった場所に宿泊棟がある。宿泊棟は人がいらっしゃるので撮影は遠慮しました。

安藤忠雄設計創作棟



 「隣人たち」という作品。入れない家が向かい合って建っています。

隣人たち




 森が深いので1人で歩くのが怖い。クマに出くわすのではないかと心配になる。クマに注意という看板もあったらしい。

 青木野枝氏の作品「雲谷ーI]。森の中に不思議と溶け込んでいてなんか良い。

青木野枝氏・雲谷



 後は空港に向かい、帰るだけ。あっという間の2日間でした。
  


 美術館の前の通りは、道100選に認定されている官庁通りです。 

道百選官庁通り (2)

  


  歩道には、馬の蹄鉄が埋められている。ここには戦前、旧陸軍軍馬補充部があり、「駒街道」という愛称で呼ばれているからだろう。

歩道に蹄鉄がある




 巨大な虫型ロボットのようなこの作品は、中米のコスタリカに生息し「農耕をするアリ」とも呼ばれているハキリアリですって。

アッタ、ハキリアリ




 「光の橋」を外から見ると、

複数の直方体の集まりの展示室



  道路を挟んだ向かい側にあった、作品の1つ。

ヒプノテック・チェンバー (2)



ヒプノテック・チェンバー (1)



 見た目がかわいいゴースト。浮遊するゴースト。浮いているなあ。

ゴースト




 そしてもう1つが、トイレ棟の上部から流れ落ちるように中を覗き込むやつ。

アンノウン・マス



  そして大好きな、草間彌生さんの作品、「愛はとこしえ十和田でうたう」
ペンキの塗りなおしが行われていて、立ち入り禁止の柵があり雰囲気を味わえなくて残念。

  
愛はとこしえ十和田でうたう




草間彌生 (2)





  かぼちゃの中には、工具がいっぱい入っていたのも残念。柵が映り込まないように写真を撮る。

草間彌生 (1)



  ユニークな作品。思わず、微笑んでしまう。
  ファットハウスとファットカー。

ファットハウス表


 中に入れます。家がしゃべっていいる映像が流れている。

DSC05587



  裏に回ると、

ファットハウス裏



 ちょっとだけ悪そうに見えるのも可愛い。

ファットカー




 ここからがちょっと遠かった。



 商店街との交差点にあったのは、「商店街の雲」

商店街の雲



  一休みするための白くて丸いベンチ、ポット。

ポット






  最後は道路を渡って、大きな枕。実際に寝てみたが硬かった。形は柔らかそうなのに・・・。
名前は、「痕跡」
痕跡


 最後の美術館「国際芸術センター青森」までは、1時間程かかるだろうか。


 今回の美術館の中では、一番楽しみにしていた美術館だ。 


  建築家西沢立衞氏によって設計された。最大の特徴は、それぞれの常設展示に合わせた大小異なる直方体展示室が、あえてバラバラの角度に配置されていることだ。

 20番の展示室をのぞけば、回遊していけば自然とすべての作品を鑑賞できるようになっている。

 反面、20番の展示室にスムーズにたどり着くことはちょっとむずかしい。


  美術館の前には、カラフルなフラワー・ホースがいて我々を迎えてくれる。


フラワー・ホース



  馬の背後には、大小の四角な建物が見えている。

西沢立衞氏設計





 エントランスに入ると真っ先に床に目が行ってしまう。これも作品なのだという。

  
エントランスの床、



  この部屋が1なので2へ向かう。

  はいったとたん、「そうそうこれみたかったんだよね」とだれもが思うだろう。

  
スタンディング・ウーマン



  スタンディング・ウーマンである。皮膚のたるみやしわ、透き通って見える血管、髪の毛までが細部まで再現されている。高さ4m。見る角度によって表情が変化し、時には突き放されているような感じを受ける。

  
スタンディングウーマン






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 松 其三十二。

  
松其ノ三十二



  塩田千春氏の水の記憶。赤い毛糸が船を繋ぎ止めるかのように編まれている。
いいなあ。この糸の中に入ってみたい。


水の記憶





  真っ暗な展示室も。目が慣れるまでは、なかなか足が進まない。高速道路の風景だそうです。


ロケーション(5)




  オンクラウズ。


オン・クラウズ





  「光の橋」と名付けられた無機質な6角形の作品。中を通れる。

反対側を見る


 反対側の景色。
光の橋 (1)



 
 コーズ・アンド・エフェクトという作品、人の形をした無数の赤白の物体がシャンデリアのようにぶら下がっていてじっと見ているとなんだか気持ちが悪くなる。


 
コーズ・アンド・エフェクト




人の形をしている (1)




 最初に戻って階段で屋上へ向かう。

  踊り場も作品だ。



階段の踊り場




  木立の舞台装置のような作品。

闇というもの




 屋上からは、奈良美智氏の壁画が見えた。


屋上から




  さて20番へはどうやって行けるのか、聞いた方が早いので訪ねてみる。いったん外に出ないといけなかった。

  大きなトリックアートの作品が展示されていた。自分が絵画の一部になることができる。


建物‐ブエノスアイレス、トリックアートです



  別館のカフェ棟に向かう。カフェ棟の壁には奈良美智氏とポール・モリソン氏の壁画が描かれている。

  
奈良美智夜霧死苦ガール2012





  カフェの床。古布を裂いて新しい布を織る伝統工芸「南部裂き織」に着想を得たという。

コオロギ (2)



 最後は、企画展示室に向かいました。テーマは「野良になる」。野生でも飼われているのでもない、野良のように・・・。


 丹羽海子氏。「太陽光処理施設」
 主役はコオロギ。コオロギが集う、町や工場などを廃材を使って表現している。

メトロポリスシリーズ

 
  美術館には、屋外展示もあるのでそちらを見に行こう。



ホテルから、青森駅までは、片道20分未満で行けそうなので、20数年ぶりかで行ってみた。青森市には、ここ10年以内でも、何度か訪れているが、駅を再訪することがなかった。


 近くにあった善知鳥神社。案内によると、かの版画家棟方志功氏はこの付近で生まれたという。

善知鳥神社と棟方志功



善知鳥神社 (1)


 アーケードのある新町通り。ここをまっすぐ歩いていけば駅だ。



 出土された土偶のオブジェが並んでいる。

 
新町通り (2)




新町通り (1)



 この消火栓には、武者絵が描かれている。

新町通り (3)

  

  

  ホテルに戻りそのまま、朝食レストランへ。すると、片隅の方にこんなポスターが・・・。

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 ちょっといいホテルに泊まったりすると、朝のシャンパンは提供されているが、朝の日本酒というのは初めてだ。係の人に聞くと、そこの冷蔵庫からご自由にどうぞという。周りの方はだれも飲んでいないが、こんな機会は初めてなので、人生初の朝酒を体験してみました。


 提供されていたのは、こちら。私は、辛口をお猪口に少しいただきましたが、すごく飲みやすかった。

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 バスはまず、八戸市に向かう。2020年に、訪れた時には、この美術館はなかった気がするのだが・・・。

  
八戸市立美術館


  案内によると、元々の美術館は、こことは違う場所にあったのだが、2016年閉館された。そののち、現在の美術館が2021年11月3日に開館されたそうです。


  建物の、前にある庭はマエニワ、奥の方にある庭にはオクニワと名前がついていました。


  マエニワ。

マエニワ




 オクニワ

オクニワ


  従来のものとしての美術品展示ではなくて、人が活動する空間を大きく確保しているのが新たな文化の創造ととらえているそうです。

  働いていらっしゃる方の制服も個性的です。ベルトは、青森伝統の裂き織で作られたもの。


制服



  ここから十和田市まで移動。お昼ご飯を頂きます。

  昼食場所の古民家と花しょうぶ。庭が、四季折々の花が咲く庭園になっていました。

茅葺民家



 アジサイと花しょうぶ。
アジサイと花しょうぶ



 ちょっと変わった花しょうぶ。こういう色の葉っぱもあるのですね。

変わった色の花しょうぶ

 

 他にもルピナスの花なども咲いていた。


 出発が30分ほど遅れたので、滞在時間が短くなったと思ったら、隣のカフェや売店は5時半まで開いているとのことで、5時20分の集合時間になった。

弘前れんが倉庫美術館


 この建物自体は、明治・大正期に、地元の実業家・福島藤助によって、日本酒の醸造所として建設された。
 左側の建物カフェ・ショップ棟の一部は1907年、本館は1923年頃の建設とされている。
その後、シードル工場やウイスキー工場などを経て、1980年頃から建物再生の検討がされ始めた。

 2001年、弘前出身の奈良美智との出会いにより、2002年、2005年、2006年に展覧会が開催され、3度の展覧会には全国から15万人以上が訪れたという。

 それがきっかけとなり、2015年弘前市がここを買い取り、2017年から本格的に開館準備が開始された。そして、2020年「弘前れんが倉庫美術館」として開館した。
  

 建物の改修は、建築家・田根剛が担当。季節や時間によって印象を変える屋根の色は「シードル・ゴールド」と名付けられた。  

屋根の色、シールドゴールドと名付けられた



 エントランス。素敵です。

エントランスのレンガ積み




  入ってすぐのホールには、奈良美智が寄贈したという作品が展示されている。


奈良美智のメモリアルドッグ



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  エデンの結び目という作品。

エデンの結び目
 


 蜷川実花展が開催されていた。

  入り口。

蜷川実花展入り口


  展覧会は、6つのブースに分かれていた。
四季の花々

  不思議なコスモス。水の中から見あげた感じ。
作品四季の花々




 サンクチュアリー・オブ・ブロッサム

サンクチュアリーオブブロッサム



 父である蜷川幸雄さんとの別れまでの写真などもある。




  もう1つの展覧会は、「白神覗見考(しらかみのぞきみこう)」と題されたもの。
私は、このなかの永沢碧衣さんの森と動物が一体化した作品にすごく感動した。

  動物は森であり、森は地球そのものであると強く思った。

面々と続く





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 熊は何を思う。


何を思う



  猿も鹿も熊も人間も森の中。

熊も鹿も猿も人間も



 2階部分の天井。

2階部分の天井



 少し時間があったので、近くの気になっていた建物に行ってみました。



 大鰐線、中央弘前駅。自由通路がある。
 
中央弘前駅舎

  

  待合室。


待合室



  ホーム。大きなこけしが並んでいる。入るには、入場券がいるので、外から撮ります。


中央弘前駅ホーム





  駅の外を歩いていくと、教会があった。閉まっていたがちょうど出ていらした牧師さんに開けてもらいました。感謝です。


 弘前昇天教会。カトリック教会とプロテスタント教会との懸け橋教会、中道教会としての立場を鮮明にしている、聖公会に属していて1921年に建設されました。

イギリス方式で積み上げられているれんが




 レンガはイギリス方式で、聖堂内部は青森ヒバが多く使われている。


ヒバ材が多く使われている (1)



  信者席。

信者席



  聖堂の手前にある談話室みたいな場所。


前室


  昔は畳敷きだったのかもしれません。

 シャンデリア。

シャンデリア




  祭壇には、イコンが飾られている。

イコン



120年以上経ても美しい音が出るリードオルガン。牧師さんが音を出してくれました。

120年以上経っているリードオルガン



 版画。

版が (2)




  聖堂と談話室の間にはなんとふすまがありました。寒い地なので、暖房のためにつけられたという。

なんとふすまがある



 入り口には、学校のような下駄箱がある。


学校のような靴入れ


 ありがとうございました。


  


 ツアーで、「青森県の4つの美術館を訪ねて」というのに参加してきました。


 本来なら、青森県立美術館を含む5館を訪ねる予定だったらしいのだが、出発日は、開館しておらず、急遽4つの美術館とねぶたの家「ワ・ラッセ」を訪ねる旅になった。


  ねぶたは、祭りも見たことがあるし、昔「ねぶたの館」とやらの展示場も見たことがあるのであまり興味はなかったが仕方がない。

  東京発は、5つの美術館で出発催行されていたのだが、キャンセル待ちとなっていたのであきらめる。


  車がないと、複数の美術館を効率よく回るのは難しいのだ。

  18人で出発。機内からの眺め。


  梅雨の最中にしては、見通しが効いた。

  多分、御嶽山。


多分御嶽山 (2)




  多分、乗鞍岳。

多分乗鞍岳




 多分、焼岳


多分焼岳と上高地



  青森市上空、陸奥湾が見えている。


陸奥湾と青森市






  青森空港の天井。3年ぶりくらいなのだが、こんなのあったっけ?

青森空港到着ロビー (1)




 迎えのバスに乗って、青森市内に向かう。青森県の駅の付近の海辺は、整備がされて美しくなっていました。



  ベイブリッジ。

青森ベイブリッジ




 ワ・ラッセの建物。アートしています。

ワ・ラッセ外観


  外側の通路。

ワ・ラッセ外側通路




 隣接する、西の広場。

西の広場




 入ります。2階に向かう。

  ねぶたのタイムトンネルには、金魚ねぶたが展示されていた。


金魚ねぶた



  賞をとった大型ねぶたが展示されている。ここでは、時間が来れば、お祭り体験ができる。囃子や太鼓の生演奏に合わせてはねとになれるよ。

  名人のねぶたの展示。

名人のねぶた



  大型ねぶた

展示ねぶた (2)




展示ねぶた (1)



  触ることができるねぶたもあり、感触を楽しんだり、仕組みが分かるようになっていました。昔は、骨組みが竹でできていたので、カーブが難しかったのですが、現在は金属なので自由に曲げることができる。

  
ねぶたの内側



  手。

手の部分触れる




  ねぶた面、現在活躍しているねぶた製作者の作品。師匠から受け継いだ技術、作風の違いがあるらしいが・・・。

ねぶた面




 集合時間まで間があったので、近くに展示されている、青函連絡船「八甲田丸」を見に行くことにした。

  人口の砂浜ができていた。

人口ビーチとワラッセ



  青函連絡船は、1908年の運用以来、1988年、青函トンネルができるまでの80年間活躍した。船への鉄道車両搭載のため移動させる可動橋が作られ、現在も残っていました。

  八甲田丸
かつての連絡船八甲田丸




 可動橋。

可動連絡橋



  連絡船は、第2次大戦のとき、空襲をうけたという。知りませんでした。

連絡船が攻撃されたことがある


 戦時中に、連絡船は北海道で産出された石炭を本州に運ぶために利用されていたからだ。石炭は、兵器を製造するための戦略物資だったのだ。
 昭和20年の7月14日から15日にかけて攻撃を受けてしまった。終戦の、一か月前の事でした。



 八甲田丸の全容。前面で見るより大きく感じる。長いのだ。

八甲田丸全容

 全長132m、全幅17.9m、貨物車両が48両搭載できました。


 一度乗ってみたかった。


 この後は、弘前のれんが倉庫美術館にむかう。

 
  


 兜こそ脱いでいるものの、甲冑を身に着けなおかつ旗指物を掲げて、競馬をするのは慣れていないととてもできないことだと思う。

 プロのジョッキーでもない一般の方々が、大坪流という手綱さばきのもと、疾走していく姿はとてもかっこいい。

  第4コーナーのあたりから、スタートして、正面の審判席のあたりがゴールのようです。

甲冑競馬の始まり


  1走目、2走目と落馬が続きました。騎手が落馬しても馬はそのまま走り続け、無事ゴール。

  2走目はかなり激しくて、馬は一回転したものの、すくっと立ち上がり何事もなかったように歩いている。柔道の受け身みたいな感じなのだろうか?

  出発直後から、大きく膨れていたので危ないなあと思っていたのだが、
落馬がありました


  少し中断されたものの、再開。


レースは続行



 走り終わったのちには、審判席の前に向かい、順序を確認。勝者には、何かが渡されます。(遠くてわからなかった)
  勝ったものは、そのまま観客にアピールをしながら、坂道を登ってゆく。
審判席、順位を確認する



レースが終わるとここを駆け上がっていく


  女性の乗りても出走されたようですが遠くからでは見分けることができません。

  
第4コーナー


 口に何か加えていますよね。

口に何かを加えている



  そして1時から始まったのが神旗争奪戦。
明治4年、廃藩置県により中村藩が消滅、相馬家も藩主ではなくなり、相馬家主催の武家行事として継続してきた野馬追も、消滅の危機を迎えたが、翌5年には、太田神社の神事として再生し、1878年から正式に太田、中村、小高の三社合同祭礼として行われるようになり、江戸時代には見られなかった神輿の行列も始まった。

  また、1872年11月、野馬追原の放牧されていた野馬を農作業などに活用させるという明治政府の方針で、野馬追は実施困難になった。
  はじめのうちは、飼育馬を追うなど様々な競技が行われていたが、明治初期に生まれた新競技「神旗争奪戦」に統一された。

  雲雀ヶ原に広がった騎馬武者達は、打ち上げられた花火がさく裂し、中からゆっくりと舞い降りて来る、青と黄色の2本のご神旗を目指して駆け出す。
神旗争奪戦 (1)



神旗争奪戦 (2)


  うまく神旗を奪い取ったものは、それを掲げながら坂道を駆け上って本陣目指す。
旗を獲ったもの




 同じように、2時半ころまで、何度も花火は上がる。
旗めがけて集まってくる


  以前テレビで見たころと比べると馬の数が少なくなっている気がしたのはコロナの影響もあるのだろうか?

DSC08255


  母衣を身にまとった上位の武者が本陣を後にして降りて来る。
途中で、大将たちが加わります



 
旗指物


  神輿も降りてきました。
神輿も加わって


  2時近くなると、こちらの体が悲鳴を上げ始めた。暑い。9時半ころから炎天下にいるので、なんだかおかしな気分になって来て、だんだん我慢ができなくなってきたのだ。

  これ以上ここにいるのもつらいので、ゆっくりと退散することにした。

  シャトルバスの方向には、馬の待機所があったので立ち寄ってみました。
出番の終わった馬と少


  扇風機で風を送ってもらう馬。
扇風機を


  触ってもいいというので、お疲れさまでしたとお礼を言う。どのこもとても落ち着いていて、触らせてくれます。

  
ねぎらってもらう馬



 シャトルバスの乗り場は、混んでいましたが、早めに引き上げてきたおかげで、2台ほど見送ったくらいで無事乗車。
  自分たちのバスに戻って来て、後ろの席で着替えた。


  こんなに汗をかいたのは、初めてかも。本当に暑かった。花火大会は、一番熱い時間に会場に向かうけれど、時間が過ぎると日が沈むものね。


  でも長年の願いだった祭りを見ることができて良かったです。


 会場へは、シャトルバスでしか行けないので、途中の駐車場で大型バスを降りる。ここから乗り換えて会場近くまで向かいます。帰りもこのシャトルで帰ってこなければならないので、バスの行き先と降車場をしっかり覚えておかねば・・・。 

  シャトルバスを降りて10分ほど緩やかな坂道を登っていくと雲雀ヶ原祭場地に到着。自分達の指定席を確認して、大きな荷物はそこに置き、行列がやってくる県道まで向かった。

  この時点での会場はこんな感じ。
開催前の様子



  馬は地元だけでなく、よそからも借りて来るらしく、馬の搬送車が何台も並んでいた。馬も人も大変である。


  集結した騎馬隊は、午前9時半の法螺貝や太鼓が鳴りひびき、号砲が鳴る9時半、約3㎞先の雲雀ヶ原を目指して出発する。我々は、その会場の近くでやってくる騎馬隊を迎えるのだ。

  暑い中、じっと我慢のこで待ちます。どうしてこんな暑い時期にお祭りをするのだろうと、ぼやきたくなってしまう。

  行列には順番があり、まず、中ノ郷(原町地区)を先頭に小高郷(小高区)、標葉郷(浪江町、双葉町、大熊町)が続き、最後は北郷(鹿島区)、宇田郷(相馬市)と続く。

 先祖伝来の甲冑を身に着けた騎馬武者が、進んでいく様子はともかくかっこよかった。昔は、今より馬の数も多かったそうだが、だんだん減ってきているそうです。

  先頭の騎馬武者。口上を述べているところ。

口上を述べる


 甲冑を着て馬を操る人なんて初めて見るので、それだけでうれしい。それにしても馬って本当に賢い動物だなと思う。人馬一体なんて言葉があるくらいだから、騎乗の人の意思をちゃんと受け止めて行動できるのだろうなあ。
次々とやってきます


  旗指物も様々なものがあり、それを見比べるのも楽しい。
様々な旗指物


 中にはとっても余裕のある馬もいて、止まっている間に道端の草を食べていました。
その辺の草を食べる馬




甲冑に旗指物は初めて見た


  南相馬市は、海に近いので福島市ほどには気温は上がらないものの、この日の最高気温予想は36度。傘をさすこともできず、帽子だけで炎天下にいるのは、見てる方も忍耐を強いられる。

  馬に乗らない人々もいます。
地区ごとに分かれています



  あれだけかっこよく馬に乗るためには、小さなころから馬に親しみ、練習するのだろうたぶん。

 馬の衣装を見ていて一段と豪華なものを身に着けている馬に乗っている武者は、たぶん偉いんだろうね。馬子もついているし。
偉い人の馬は馬子さんがついている


  
たぶん偉い人


  白い衣装を着て、御幣を背負った馬を引いている人も。神社関係の方だろうか?
御幣をしょった馬



  旗指物にも意味があるのだろうが・・・色づいたモミジ。
DSC08198



 母衣をかぶった騎馬武者。なんだかかっこよく見える。
母衣を背負った武士


 動物の姿が描かれている旗指物。何かしら?
面白い絵の旗指物



 傘をさしてもらって騎乗している方。烏帽子もかぶっておられるので、神主さんだろうか?
傘をさしてもらっている


  大勢の人にかつがれて、神輿もやってきた。
神輿



  後ろの武者のがかぶっているものは、動物の毛だろうか?手前の人物は甲冑ではなくて、陣笠に羽織姿だ。
動物の毛の被り物



甲冑ではなくて陣羽織の人も



 少年が乗っていて、拍手を送られていた。
少年も



  馬たちは、パドックに向かい休んだり水を飲んだりする。
パドックへ戻る


  先に進んできたのだろう。場内で、のんびりと過ごしている馬も。
草の上でのんびりと



  祭場内の真ん中に道があり、お行列はそこを進んでいく。
続々と入ってくる


  道を抜けると、急な坂道があり、そこを登っていくも騎馬武者もいた。
行列を終えた馬は高台に登っていく



結構な坂でした


  神輿も
神輿も登る


  途中で、この後、甲冑競馬に出る馬とすれ違い。
登る人降りる人


  もうひと踏ん張りです。
陣笠



 この後、12時過ぎには、甲冑競馬が始まるので、今のうちにお昼をいただきました。

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