好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

カテゴリ: 北陸地方


  入場して、すぐ展望台に登ってみました。晴れていると、立山連峰の山々が花の背後に見られるそうだが、今日は何も見えず。
砺波ちゅりーっぷフェア

  地上に降りて来て、円形に整えられているお花畑に向かう。
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  雨で下を向いてしまうかと思ったのだが、まだ咲き始めて日が経っていないせいか、まだまだ元気いっぱいのようです。
きれい

  最近のチューリップは、色々な形をしているのでとても楽しい。足元に植えてある花々も、チューリップの色と同じにして有るので、豪華に見える。
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  大きなチューリップのオブジェ。
2022

  タワーにも上ってみました。
星
タワーから見たところ

  池の上にも、浮かんでいる。こういう咲かせ方も有るんですね。
池にも

  まるでバラの花のようなチューリップ。
バラの様

  このチューリップは、花が大きすぎてさすがに折れてしまっているものもあった。
ともかく大きな花

  ふわっとした見た目が愛らしい。
ボンボン

  清楚な感じチューリップ。
可憐

  同じ方向を見ている。ちょっと愉快な感じがする。
なびいて

  園内には、5連の水車も有りました。川の水量が多くてちょっと怖かった。
5連水車

 雪の大谷をもじって、花の大谷。富山県らしい。
花の大谷
白も素敵
立体的に

  隣接する砺波市美術館は、フェア中は無料で観覧できるというので入ってみた。期待していなかったのだが、これがとても素晴らしかった。

  NASAの画像を中心に観測衛星や惑星探査機、宇宙望遠鏡がとらえた美しい天体写真が紹介されていて、すっかり虜になってしまった。宇宙とは、かくも美しいものかと・・・。

  ポスターの写真は、月探査機ルナー・リコネッサンス・オービターがとらえた「地球の出」。月の表面が波の様に見えて青い地球とリンクした感じがする。アフリカ大陸の北側と南側の違いがはっきりわかる。
月から見た地球の出

  帰りは、東海北陸自動車道で帰って来た。岐阜県に入って荘川を過ぎたあたりから、土砂降りになってしまったのだが、それほどの遅れにはなりませんでした。


 今にも雨が降りそうな天気でしたが、降ったり止んだりといった感じで帰ってくることができた。 

  名神から北陸道に入り、金沢西インターを降りて、兼六園そばの料亭石亭でのどぐろ御膳というのをいただいた。

  石亭の外観。かなり大きなお店で、玄関には棟方志功の「風神雷神図」が飾ってあった。
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 お食事をした部屋。畳敷きの床の間が豪華な感じ。
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  すぐ近くには、金沢20世紀美術館や知事公舎もある。1926年の建築らしい。
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  美術館は時間が無くて行くことができませんでした。

  10分ほど移動して、ひがし茶屋街に到着。散策します。ずいぶん、色々なお店ができていてびっくりだ。修学旅行も少しづつ回復しているのか、生徒さん達の姿も結構見受けられる。
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 ひがし茶屋街は、1820年に加賀藩の政策により、この地を浅野川茶屋町として町割りしたものだ。格子戸と2階建ての建物が軒を連ねた特有の町並は、藩政時代のままに残されており、国の重要伝統的建物群保存地区となっています。
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  お茶屋さんだった、「志摩」に入ります。この建物も重要文化財に指定されている。バッグやカメラは持ち込み禁止なので、ロッカーに預けます。スマホのカメラはOKとの事。

  創立は、1820年。典型的なお茶屋の造りをしている。2階が客間で押し入れや間仕切りなどなく、あくまでも遊芸を楽しむことを主体とした造りになっている。
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  並んだ三味線。
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  1階には、井戸や台所、室などがあります。
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  中庭。
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  浅野川大橋のたもとには、火の見櫓が残っており、国の登録有形文化財になっている。すっきりとしたおしゃれな櫓です。高さ11m、市内最古。
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 金沢東インターから、富山県砺波市に向かいチューリップを見に行きます。雨がひどいと、チューリップは下を向いてしまうのでちょっと心配なのだが・・・。

 
朝風呂にゆっくりつかります。
 
外気が低いせいか、露天風呂の温度はかなりぬるめ・・・。
熱いお風呂がすきな私には、ちょっとつらい。
早々に引き揚げてきて、大きな湯船で温まり直しです。(*^_^*)
 
おにぎりがサービスで付いているプランだったので、お茶とおにぎりを受け取って宿を後にした。
 
今日は名古屋にかえるだけなので、道の駅をどれだけ訪ねられるかということに集中します。
 
最初は、「ひだ朝日村」に到着。バス停にも名前が付いている。
 
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朝ごはん、食べたばかりなのにヨモギのみたらし団子という文字に誘惑されてしまった。
1本いただきまーす!
 
今まで我慢していた買い物もします。と行っても買うのは、産地直売の野菜とかジャムの類です。
ここで、袋いっぱいの秋ミョウガとピーマン、ニンジンおナスを買った。
 
そのまま、国道を野麦峠のほうへ走っていくと、次の道の駅「飛騨たかね」工房に着く。
野麦峠を超えたのは、もうずいぶん前だねえと相方と話などする。
 
道の駅の写真は、スタンプラリーのほうにアップします。
 
ここからいったん高山市内を抜けて、高速に入る。
荘川インターで降りて、大日岳のほうへ向かう。
 
スキーに凝っていたころは、このあたりもよく来たのだけれど、あのころはまだ高速はなくて随分遠かった記憶がある。
 
道の駅「大日岳」で、宿で作ってもらったおにぎりで昼食とした。
 
ここからは、国道156号を南下して、長良川鉄道沿いに走っていく。
 
道の駅「白鳥」、「古今伝授の里やまと」、とこなし、郡上八幡までやってきたところで、ふたたび北上していく。
こんどは、国道472号沿いです。
 
道の駅「名宝」、「パスカル清見」をこなし、再び南下します。途中山深い細い道をはいって行き、道の駅「和良」を目指す。
ところがこの道、とんでもない道で走りにくいこと!
ヘアピンカーブの連続だし標高は上がっていくしで、おしりが痛くなってしまった(+_+)
 
 
それでも何とか、和良に到着。2人ともさすがに疲れたので(私は助手席ですがやはり疲れる)、小休憩をとった。彼はソフトクリーム。私は再びお団子です。
 
和良は、日本一の鮎の里らしくて、街灯も鮎をかたどったものでした。
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元気になったところで、ふたたび156号に戻ります。
どんどん南下して、「美並」、「美濃にわか茶屋」とよります。
 
コモ豆腐、サトイモ、トマトのジャム、地元のパンと買い物も増えていく。名宝では、ハムも買った。
 
今回のトリは、道の駅「平成」でした。足湯を楽しみにしていたのだけれど、時間切れではいることはできませんでした。うーん、残念!
 
数えてみたら、今回だけで20か所の道の駅を訪ねることができた。
 
でも先は、まだ見えてこないです・・・・。
 
今晩の夕ご飯は、モスバーガーにしましょ。ごちそうを食べたあとは、こういうものが無性に食べたくなるんだ。
 
 
 

 
黒部峡谷は、北アルプス中央の鷲羽岳に源があり、長さ86km、標高差3000mを流れ下る黒部川の上・中流域に、切り立ったV字峡を形成している大峡谷である。
 
急こう配の谷は、黒部扇状地を形成し、湧水地帯はおいしい水をもたらしてくれている。
 
この急峻な地を利用して電源開発の工事が始まり、そのためにつくられたのが「黒部軌道」であった。現在は、トロッコ電車として観光客を集めている。
 
大正12年に着工し宇奈月猫又間が開通したのを皮切りに、昭和12年に欅平までの総延長20,1kmの軌道が完成したのだった。
 
 黒部川第2発電所、富山建築百選にも選ばれている。
 
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トロッコは、鐘釣駅を超えた辺りで川の流れが左に移る。
 
欅平駅についてすぐ、帰りの乗車を予約しなければならない。
この日は、晴れて入るものの雨量規制がかかっていて、残念ながら散策ができない!(>_<)
 
散策ができなければ、行くところがないので、1時間後のトロッコを予約した。
 
欅平駅
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 まずは、川に降りてみようか。足湯もあるようだし・・・。
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河原に降ります。奥鐘橋を見上げて
 
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水きれい!
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 峡谷そばの昼食を食べ、ふたたび宇奈月の駅に戻ってきた。
ダムカードをもらうために、宇奈月ダムに向かった。
 
 ところが、ダムカードがないのだ。職員さんを呼び、訳を話すとどこからか2枚だけ持ってきてくれた。
よかった(*^_^*)
 
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  宇奈月には、富山地方鉄道の駅もあります。駅前の噴水は温泉が噴き出している。
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ホテルに戻り、奥飛騨温泉を目指します。
 
途中、道の駅で黒部の地ビールをいただく。彼は運転があるので私だけです(*^_^*)
 
富山インターを降りて、国道42号に入り、岐阜県に入ってすぐ神岡のまちにはいる。あのカミオカンデで小柴博士がノーベル賞をとったゆかりの地である。
 
ここを訪ねるのも2度目だ。最初は、カミオカンデの装置のある場所を見学させてくれるという限定ツアーがあったので、それを見たさにやってきたのだ。
 
それ以来だから、10年近くなるのだろうか・・・・。
 
道の駅にも、カミオカンデにちなんだ展示があるのだが、時間も遅いので閉まってしまっていた。
 
スタンプだけ押して、奥飛騨温泉に入っていく・
 
奥飛騨温泉郷は、いくつかの温泉地の総称である。
 
今晩泊まるところは、新平湯温泉である。
連休で混んでいるかと思ったが、貸切の露天風呂も無料で利用できて大満足だ。
 
 
本当に寒く、乗鞍の山頂では薄氷が張っていたと聞いた。
 
 

 
ホテル独自のサービスで、朝のちょっとした観光があるという。
6時半出発と少々早いのだが、申し込んでおいた。
 
時間きっちりにホテルをマイクロで出発。参加人数は10人ほどである。4人ほどの外国人も含まれている。看板に中国語・台湾語・韓国語・英語の表示があるから、外国人観光客も多いのだろうね。
 
最初は、黒部川がすぐそばに見える場所で、黒薙からの温泉パイプをみる。昔は、松の木をくりぬいたものを使っていたらしい。
 
天気は相変わらずはっきりしなく、こんな感じです。
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黒部川には、4つの発電所があり、有名な黒部ダムは第4発電所をようしている。
そのダムの一つ宇奈月ダムは、排砂システムが取り入れられている。
急流な黒部川は土砂がすぐにたまってしまう。これはダムにとっても河口の砂浜が痩せるという面でもよくないことなので、定期的に流すようになっているのだ。
 
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 雪深いこの地は、冬になるとトロッコは運航しない。作業員たちは、そうやって通勤しているかというと、冬季歩道というものを使って通っているという。6時間もかかるのだそうだ。
 
右側に見えている壁の中がトンネルになっている。それが冬季歩道です。
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 普通のトンネルを抜けていくと、
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橋のペンキの塗り直しをしたばかりということで、緑の中にくっきりと浮かんでとてもきれいだ。
 
もうじき始発のトロッコが通るというので、歩道橋の上にて待つことしばし。始発は通勤列車ということで一般客はのれない。
 
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 気温は、かなり低く手が冷たく感じるほどだ。
 
ホテルに戻り、朝食を食べた後、お風呂に直行である。
 
しっかり温まり、トロッコ電車の乗り場に向かう。
車両はいろいろなタイプがあり、一般車は追加料金はいらないが、他の車両は余分なお金がかかってくる。
どう考えても寒いので、窓のある特別車両を購入した。
 
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時間が来て、改札口から中に入る。
 
トロッコは、もう入っていました。
指定された13号車は一番後ろだ。3連休でも天候のせいかそれほどの混み方でもない。
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9時21分、いよいよ出発である。終点の欅平駅までは、1時間と20分ほどかかる。
釣鐘駅までは、進行方向右側がお勧めである。
 
サル専用の吊り橋なんてものもあります。
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作業員の方々
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すれ違います。
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水路橋、このあたりで3分の1くらいかな。
 
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本来なら、22日の深夜に出る予定だったのだが、台風の影響で出発を遅らせることにした。
 
いつものようにレンタカーを借りてのドライブです。
 
朝の8時に、出発、一宮インターから東海北陸自動車道に入る。飛騨清見からつくりかけの中部縦断自動車道に入り、高山西インターにて下道に降りた。
 
台風が過ぎたというのに天気ははっきりせず、降ったりやんだりで2.3日前までの暑さがウソのようだ。
 
今回の旅最初の道の駅は、「ななもり清見」である。おいしそうな野菜が目に付くが、まだ先が長いので購入するのは我慢だ。
 
そのまま471号を走って、次の道の駅を目指す。「アルプ飛騨古川」と「飛騨古川いぶし」の2つの駅でスタンプを押して、飛騨清見インターから再び高速に乗り、荘川まで戻り、156号に入る。
 
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 荘川のそば街道に入ったところで、昼食におそばをいただく。
そばの里とあり、敷地内には堂々とした5連の水車がある。
 
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 そのまま国道を北上していくと御母衣ダムが見えてくる。
村人によって命を救われた荘川桜に会うのは久しぶりである。何度かあってはいるのだが、なぜか花の時期ではないのが、ざんねんである。
 
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 御母衣ダムは、ロックフィルダムである。とても美しいので、好きなダムだ。今は日本一ではないが、少し前まではロックフィルダムとしては、日本で一番大きかったのだ。
 
 資料館のようなものが、近くにあるがなんとなく税金の無駄使いのような感じの、箱だけがきれいな建物であった。
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 いよいよ白川郷に入った。ここもずいぶん久しぶりだ。何度か訪れたことがあるので観光はしないで、道の駅でスタンプだけ押す。
 
 高速に乗るも、大雨のため五箇山・福光間は通行止めになったいた。
仕方がないので、山道をかなり迂回していく。
 
 でもそのおかげで、一度は来てみたかった城端市を訪ねることができた。すんなり通っていたらここは通過していたのだから、何が幸いするかわからないものだ。
 
 有名な砺波平野の散居村が眼下に広がる。晴れていたらもっときれいに見えるのだろうが、雨にけぶってしまっている。
 
 城端市に入り、曳山会館を見学した。5月5日のお祭りには立派な山車が町内をめぐるのだそうだ。山車には井波彫刻の欄間が貼り付けられている。
 城端は、昔は繊維で大いに栄えた町だそうで、この山車もそういったところに由来するのだろう。
 
 五箇山で採れたお蚕がここに運ばれ、白物の布に加工され、金沢に運ばれる。そして金沢の地で友禅染に仕上げられたのだ。今は、すっかり糸へんに従事している人々は少なくなってしまい、2軒だけが絹を扱っているのみになってしまったそうであるが、絽や紗と行った変わり織りで現在につながっているという。
 
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 曳山が出発する真宗善徳寺の山門。
 
こちらは、華やかな時代の象徴だったであろう4つの蔵を復元したものだ。
 
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こちらは、古い醤油屋さんの看板だ。
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 ふたたび高速に乗り、黒部インターを目指す。青空も覗いてはいるが、天気のほうは相変わらずはっきりしない。明日は、トロッコに乗るのですっきりと晴れてほしいのだが・・・・。
 
 目指す宇奈月温泉は、インターからはそう遠くなく、5時半ころにはホテルに到着できた。
源泉かけ流しのお湯だよ!
 
 少々熱めの湯船の中で、幸せな気持ちになりました。
 
 
 
 
 
 
 
 

チェックアウトして、荷物を預けてから、歩いて1分の駅まで向かう。
 
観光案内所で、虹の松原への行き方を聞く。
 
市内循環バスに乗り10分ほどで、シーサイドホテルというバス停で降りると、そこが松原の西の端っこに当たる。初代藩主が慶長年間に植樹したもので約100万本のクロマツは、潮風を防いでいる。
 
 全部を歩きとおすことは、しんどいのですこしだけ歩いてみたが、誰もいない松林の中というのは案外恐ろしく早々と引きかえす。
 
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ここから城までは、600mほどの距離である。
舞鶴橋から見た唐津城はとても優美である。
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唐津城は、豊臣秀吉の家臣、寺沢志摩広高が、1602年から7年の歳月を費やして完成させた。
別名舞鶴城。現代の城閣は、昭和41年に観光施設として完成したものである。
 
城からは、玄界灘が一望できる。
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参拝すると、宝くじが当たることで有名な宝当神社は、城下から出ている船ですぐである。
 
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天守に入ったところで、ゆるキャラで人気の出ている、からわんくんの出迎えを受けた。かわいいな!
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城を降りて海沿いの石垣の散歩道を進んで行くと、旧高取邸に行ける。
この屋敷は絶対に見逃せない。
 
約2300坪という広大な敷地に、大きな2棟の建物が建っている。それは、居室棟と大広間棟と呼ばれ、大正・明治期に建てられた。
 
和風を基調としながらも、そこそこに意匠を凝らしたつくりが見られ、輸入の製品もたくさん使われている。光の遊びをふんだんに取り入れてあり、そこに居るものをゆったりとさせてくれる。
 
見事な杉戸絵は、1人の画家によるものだという。
 
大広間棟には、何と能舞台もしつらえてあるのだが、今は使われることがないという。なんだかもったいない話であるが・・・・。
 
内部は、撮影禁止なので、外観の写真しかないのが残念であります。
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唯一の洋間、これ実は木造です。
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大広間棟外観
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 母屋の周りには、使用人のふろや家族のふろ食糧庫・貯蔵庫・土蔵などがあり、何とワインセラーまであったのには驚き。中身はみなからでしたが・・・(>_<)
 
手前の黄色の壁の建物がお風呂です。
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いいものを見させていただいたなと足取りも軽い。
 
次に向かったのは、河村美術館だ。
全然知らなかったのだが、青木繁の作品が18点もあるのだ。青木は九州出身なのでその縁で収集したのだろうか。
 
続いて、唐津っ子の心のふるさと、唐津くんちの曳山を展示してある曳き山展示場に、入った。
写真などでよく見る鯛の曳山が目に飛び込んでくる。
 
くんちは、毎年11月の3・4日の行われ、市中を曳山が競い合いながら引き回される。
くんちは、重さ2~4トン。一閑張工法で作られていて、完成までには2年ほどようするという。
全部で14基あり、曳き台にて曳かれていく。
 
  源義経
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この後は、大名小路から、旧唐津銀行に向かいます。
 
あの有名な建築家、辰野金吾は、ここ唐津藩の出身だという。その縁で、唐津銀行の設計を同級生から頼まれるのだが、当時金吾は「東京駅」の設計工事の真っ最中であったため、愛弟子の田中実にここの設計を委ねた。
 
 田中は、師匠の故郷であることをかんがみ、建築全体のデザインには「辰野式」を採用した。
 
平成22年に修復を終え、公開されるようになった。
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一階は、営業のためのスペースで、カウンターや金庫室などがあり、吹き抜けになっている。
階段室から2階に上がると、マントルピースのある部屋があり、展示室になっている。
 
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吹き抜け部分
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ここまで、休憩も取らないで歩いてきたので、さすがに少々疲れてきた。
が、もうひと踏ん張り。
 
最後は、近松寺だ。といっても何も知識はなく、地図に記されていたので行ってみるといったところか。
観覧料は無料で、本堂の後ろには、舞鶴園という、庭がある。これは、豊臣秀吉に随行した曽呂利新座衛門が、唐津湾の風景を写して造園したと伝えれれている。
 
京都のお寺のような感じです。
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びっくりしたのは、近松門左衛門のお墓があったことだ。
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 近松って大阪生まれだと思っていた(>_<)
 
唐津は思いのほか深く楽しかった。
ここでやっと、お昼をいただく。佐賀牛のカレーです。
 
帰りは、JRと地下鉄を乗り継いで、福岡空港から帰るのだ。
 
1時間すこしで、空港に着いたのだが、機体の到着が遅れているとかで出発時間が遅れるとある。
早く家に帰りたいのだが、仕方がない。
 
当初は、10分ほどの遅延の予定だったのが結局30分遅れの搭乗となってしまった。
しかもだ、あわて者が1人いた。彼は、お粗末にも自分の頭をトランクの収納部分にぶっつけたのだ。案外強く打ったのか少し血が出ていた。
 
心配した地上職員やアテンダントは、世話をする。名古屋への最終便は、この後なので、上空で気圧の変化で出血がひどくなってもまずいということになり、急きょ彼は降機ということになった。
手荷物だけならよかったのだが、預け荷物があったから厄介である。いったん積み込んだ手荷物の中から探し出すということになったので、ますます遅れることとなってしまったのだ(+_+)
 
そんなこんなで、大幅に遅れての離陸となったのだ。
 
中部に着いてから、私は走ったよう!連絡の列車の運行間隔がこの時間はかなりあるのだ。この列車を逃すと30分は待たねばならない。
 
走れ!走れ!
 
幸い荷物はないので身軽なものだ。でも息は切れた・・・・。
 
切符は、ともかく1区間を買う。後で精算すればいいのだもの・・・。
 
おかげで何とか間に合いました!(^^)!あー、よかった。
 
 
 
 
 
 

 
二日目は、8時にホテルを出発。
鯖江市に向かう。
 
鯖江は眼鏡のつるで有名なところだが、訪問するのは初めてだ。
 
天気は、曇り。何とか持ってくれるといいのだが・・・。
 
着いたところは、西山公園。
全然聞いたことがないのだけれど、桜百選の公園に指定はされているようだ・・・。
期待していなかったのだが、ここはとてもよかった。
 
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桜の他にも、小さな動物園があり、レっサーパンダやお猿さん、丹頂鶴などが飼育されている。
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頂上の展望台に向かう道には、お地蔵さまも鎮座している。誰かが奉納したのだろうな・・・。
 
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陸橋を渡った向こうの山には、庭園があり池もある。花びらが・・・
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 この公園は、つつじもきれいだという。機会があったらまた来てみたいな。
 
続いてバスは、花筐公園に向かう。ここの山頂には、薄墨桜があり、福井県の天然記念物になっているという。薄墨桜は、根尾のものが有名でそちらは訪れたことがあるのだが、ここにもあるなんて知らなかったな。
 
 ところがまるで登山のような感じでした。山を30分ほど登ってやっとご対面でした。時期が遅いのか、あまりきれいでは無くてちょっと残念。
 孫桜というのもありこちらは、樹齢400年ほどです。
 
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ふもとの公園の桜もなかなかきれいでした。
 
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 花より団子というわけではないですが、そばの里に行き越前そばの試食をします。他にも水ようかんも試食しました。
 
 昼食は、自由食なので日本海魚街でいただきました。何度も訪れているので、ここはちょっとあきたな・・・。
 
さらに定番のタカハシ昆布館に行き、こぶやお菓子の試食をする。海藻は大好きなのでいろいろ試して歩く。
2種類のおぼろこぶを買いました。
 
ここから、海沿いの金崎宮に向かい、戦国時代に思いを巡らす。
 
海岸の際まで線路があり、敦賀港駅とある。貨物専用の線路のようだ。
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金崎宮は、金崎城のあった場所につくられたお宮で、花替え祭りで有名である。
残念ながら、祭りの期間は過ぎていたので見物はできませんでした。
 
ここで、信長は朝倉軍と浅井長政の軍勢に挟まれてしまい、秀吉の機転で何とか京まで戻ることができたのだという。
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背後の山には戦いで焼けた焼米の出土した場所などが残されている。
 
そして、最後はやはりお約束の小牧のかまぼこ店での試食タイムです。
何種類かのかまぼこが、試食できるのだ。
 
これですべての工程は終わりです。
後は一路、名古屋に向かう。
 
土曜日だというのに道はすいており、予定よりかなり早くつくことができた。
 
 
 

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