久しぶりに、マンホールの蓋を求めて出かけてみました。

 今回も青空フリー切符を購入しました。

 名古屋からは、紀伊長島か鳥羽が一番遠くまで行けます。
迷ったが鳥羽へ。

 2時間ちょい到着。さっそく駅の近くを探すも、規格品ばかりでがっかり。わざわざ来たのにーーーーー。

 それにしても、日曜日だというのにこの人出の無さはなんという事だ。

 伊勢志摩サミットのホテルとか、二見シーパラとか鳥羽水族館とかあるのに・・・・。

 何もない駅ビルの中で、お昼をいただきます。(近鉄の方に移動)

 メニューはこんな感じ。答志島からの直通ということで満足。

 
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 さて、駅に戻り各停で伊勢まで戻ります。

 
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 それでも電車から見る海はきれいでした。

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 伊勢市駅

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 外宮への参道道。
こちらはまあまあの人出かな。
目的のものもカメラにおさめて、再び電車に乗り松坂市まで移動する。

 
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 松阪市は、松坂牛で有名で、私も何度か訪れたことが有るが、今回の目的は別にある。
相方は、初めてだというので、御城まで行ってみることにした。

 駅前で我々を迎えてくれます。

 
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 松阪市は、江戸時代には紀州藩に組み込まれていて、多くの伊勢商人を輩出した地である。彼らは、松阪木綿等で財を成し江戸に大店を構えて金融業などにも手を広げた。

 三井家発祥の地

 
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 こちらは同じく伊勢商人だった旧長谷川家の屋敷です。
幕末から明治の動乱期にも堅実な経営で困難を乗り越えた。建物は、国の重要文化財に指定されている。


 
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 くどの煙突にびっくり。銭湯みたいだ。

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 蔵は4つ残っています。米蔵と赤い扉の大蔵。
奥の方に籠が有る。

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 大正時代に、御客をもてなすために建てられたという大正座敷。
玄関から広間まで一直線に並んでいる。

 
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 すっかり夏の拵えになっていた広間と次の間。

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 建物群の背後は、回遊式庭園になっており、離れと茶室が有る。

 この大きな石は、すっぽんの形に似ている所からすっぽん石と名付けられた。

 
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 同じ通りに本居宣長の屋敷跡がある。こちらは国の特別史跡になっていました。旧居は、御城跡の方に移されています。

 
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 松阪城は、石垣だけです。

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 天守跡から見た本丸跡

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 宣長邸は、私は見ているし彼は、興味がないというのでパスして御城番屋敷へ向かう。
江戸末期に、城の警護に当たった40石とりの紀州藩士20人とその家族が住んでいた屋敷です。

 今でいうと、警察官舎みたいなものですかね。
突き当りが、城です。
 
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 蔵

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 中は、土間と4つの部屋、トイレに庭といった感じでした。

 近くに同心通りも有り、同心の方たちが住んでいた。その一角に原田二郎の旧宅がります。
大蔵省に勤めた後横浜銀行の前身の銀行頭取になり、その後にも、鴻池家の再建に奮闘成功したが、1920年に全財産をもとに、公共福祉を目的とした原田積善会を設立したという。

 2階建てで、2階は書斎になっており、御城が望めた。
庭には、城の外堀が来ていたという。

 
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 駅に戻り、その後も津・亀山・四日市と下車してマンホール探しをし、最寄り駅に戻ってきたのは夜の8時になっていた。