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 ニサ遺跡~アシハバード市内観光

  写真上から 

  ニサ遺跡全体 城壁の跡 王の間 と 想像図 トルクメンバシイ・モスク 衛兵  

  故ニヤゾフ大統領廟  政府関係の建物  麦の形の農業省  新しいアパート群  塔みたいな建物

  ともかく建物が派手です 世界最大の国旗掲揚  スタジアム 国立博物館 農耕集落遺跡アナウ
  
  


 ニサ遺跡は、2007年に世界遺産登録されている。ニサは、紀元前3世紀から紀元3世紀ころ栄えたパルティア王国の首都である。王宮のあった内城とそれをとり囲むように作られた商業地域に分かれており、それぞれ旧ニサ・新ニサと呼ばれている。見学したのは、旧ニサの方だ。今は、単なる緑の丘のようになってしまった城壁だが、もともとは変形な5角形の形をしていた。

 中には、ワイン貯蔵庫や山の水を引いた池の跡もある。最初は、「王の間」の見学だ。柱が特徴的だ。2階構造になっていたようだ。他には、「ゾロアスター教寺院」「メインの入り口跡」といった建物跡を見ていく。干しレンガ造りなので、溶けてしまわないように泥で固めてある。

 この日は本当に寒かったので、見学が終わったころにはトイレに行きたくなってしまった。ここにはあいにくトイレはない。遺跡の真ん中で青空トイレというのも抵抗があるので、次の昼食レストランまで我慢することにした。

 途中、故ニヤゾフ大統領の故郷である、グプチャ村にたてられた中央アジア最大のモスクトルクメンバシイ・ルーヒー・モスクで写真ストップ。白と金色を基調としたとてもきれいなモスクである。

 4本のミナレットを持ち、高さ91m(独立年の1991)ドームの下の窓は48(大地震が起きた1948)をあらわしているという。

 撮影が終わって、いざ出発となったのだが、どうしたことかエンジンがかからない。すぐになおるかと思っていたのだが、これが案外難しそうなのだ。

 そのうちトイレの我慢が難しい状態になってきた。ここは道路端である・・・。(>_<)

 バスは、なおりそうもないので代わりのバスをこちらにさしむけたという。後1時間はかかるとの情報が入る。

 「あのー、モスクのトイレを借りれないでしょうか?」

 本当は、ここは入場場所にはなっていなかったのだが、急きょ交渉して中のトイレを使わせてくれるよう頼んでみることに。

 ガイドさんに続いて、入口に歩いて行った。交渉の結果あっさりOKが出た。中の見学もしてもかまわないという。ただし写真はだめだそうです。

 「よかったあ!!!」トイレのある地下に行くと、暖房も聞いているし、清潔だし、何よりトイレの数に驚かされる。いったいいくつあるんだろう?


 ここの収容人数は、2万人とのことだから相当の数があるに違いない。すっきりしたところで中に入らせてもらう。お祈りしている人の邪魔にならないようにね。

 巨大なカーペットは、建物が出来上がったのち、ここで織り上げたという。トルクメニスタンには5枚の大きなカーペットがあり、そのうちの3枚は、ここと、絨毯博物館、後で行くはずの国立博物館で見ることができるという。


 モスクに描かれている文字は普通はアラビア語だが、ここではトルクメニスタンの言葉が書かれている。

 隣の霊廟も序だからと見学させてもらうことに。ただ荷物は全部外の階段に置いて行けという。
衛兵たちが見張っているから、泥棒の心配はないとだろうからと、皆階段の上に荷物を置いて中に入った。この霊廟には、ニヤゾフ大統領の他、父・母・兄弟の墓がある。

 まるで、神を祭ってあるようだ。神格化が激しいなあと感じる。

 故障とトイレの拝借のおかげで思わぬところが見学できてよかったのだが、この後のスケジュールがすっかりタイトになってしまった。

 なにはともあれ、新しいバスに乗り込んで昼食レストランに出発。

 大急ぎでお昼を済ませ、国立博物館へと向かう。新しく開けた地には、立派な大きな建物の連続である。旧市街地の方の建物は、ロシア時代のものが多いのでなんとなく落ち着いている雰囲気があるのだが、このあたりは政府関係の建物や新しくできたホテル群・アパート群の建物は、威圧的な感じを受ける。こんなにトルクメニスタンがお金持ちの国だとは、あらためて驚いたわ。

 国立博物館の前にも大きなものがあった。世界最大という国旗掲揚塔だ。国旗も最大かもね。トルクメの国旗は、とても美しい。深い緑色の地に、5つの州を現した星。横の方に垂直の赤い帯には、伝統的な絨毯の模様が5つ描かれている。


 博物館は、専門のガイドでないとだめだという。彼女を待っているうちに、どんどん時間が過ぎていき、ただでさえ押しているのに、またまた見学時間が削られてしまうことに・・(+_+)

 ともかく、聞いているふりをして、どんどん先を見て歩くことにした。修理中のところが多くて、全部を見られないのは残念だった。5大絨毯は、天井からつってあったのだけれど、重さはどれくらいあるんだろう?天井大丈夫?なんて、思ってしまった。


 最後は、アナウ遺跡に向かったのだが、ここはもう5分ほどしか滞在時間がとれませんでした。アナウは、15世紀あたりに歴史に登場した城塞都市国家だ。美しいジェマーレッディンモスクがあったのだが、1948年の地震で倒壊してしまい、今はがれきになってしまっている。

 ここはまた、1904年にアメリカの考古学者によって世界最古の農耕集落があったとことがわかった。新石器時代から人類が定住していた形跡があるそうだ。緑の草地が広がっているだけの何の変哲もない土地からは、そういったことを想像するのはかなり難しいな。


 これで今日の観光はすべて終わった。大急ぎで空港に向かう。マリィ行きの飛行機の出発時までにはそう時間はないのだ。

 空港では、ガイドさんが代表してチェックイン。チケットを受け取り、大急ぎで出発ゲートへと向かう。といっても待合室は、1つなのだが・・・。

 ここの空港も新しくできたばかりで、足元の大理石が滑ること!こんな所で転んでしまったら恥ずかしいよね。
 ゲートでは、係の女性が大声で。「マリィ!マリィ!」叫んでいる。どうやら我々のグループが最後のようである。せかされるように乗り込んだ。

 「やれやれ、間に合ったよう」ところが災難はまだありました。