今回は、アメリカン航空成田発ダラス行きがスタートです。
私の場合、セントレアから提携航空のJALにて出発し、成田のゲートで添乗員と合流する手はずになっていました。
乗り継ぎ時間があまりなかったので少々心配だったのだが、出発も少し遅れなおかつ成田の上空で混雑の為着陸ができなかったので、待ち合わせの時間をとうに過ぎてしまっていた。
でかなり焦った!ゲートに到着するともう優先搭乗も終わり、エコノミークラスの搭乗が始まってしまっていた。
「すみません、遅れました!」
ダラスまでは、行きは偏西風に乗るので少々時間が短縮されて11時間半です。ダラスからは、ブエノスアイレス行きに乗り継ぎ10時間半。さらにブエノスアイレスから国内線に乗り継ぎ3時間15分でようやくペリト・モレノ氷河の玄関口となるカラファテに到着だ。
乗り継ぎ時間は、ダラスで5時間半、ブエノスアイレスで3時間15分と充分すぎる時間があったのだが・・・・。
ダラスには定刻より早くに到着。めんどくさい入国手続きを済ませ、今回は規約にのっとり荷物をピックアップしなくて済んだのは楽でした。
この後は、再び保安検査場を通り出国し搭乗ゲートへと進んでゆく。時間がありすぎるので広いダラス空港をトレインに乗って1周したりして時間を過ごす。2時間前に搭乗ゲートにゆくと遅れるとの表示が出ていた。
この時点で遅れの予想は2時間だった。これくらいの遅れならブエノスアイレスでも余裕が有ったので、大丈夫かなあと思っていたのだが、再び遅れの知らせが入った。
今度はさらに遅れて当初の時間より4時間遅れとなってしまったのだ。これではどうやっても間に合わない。さあどうする!
添乗員は、日本のオフィスが開くのを待って電話をかけ本社に指示を仰ぐ。
で、結論はこうだ。
もうどうやっても間に合わない。しかもブエノスアイレスからカラファテ行きの便は、1日に午前の3便しかなく、明日中のカラファテ行きの便には間に合わない。
明日は、ブエノスアイレスに泊り、明後日の4時15分の便で飛ぶことになった。
ブエノスアイレスのホテルを朝の2時半に出て空港に向かうという。直前の変更だったので、空いている席がラン航空しかなかったという。でアルゼンチン航空をキャンセルして、新たにラン航空の残り少ない席を何とか確保していた。
ダラスの空港で、合計10時間近く過ごした我々は夜の10時45分にようやく空港を脱出することができたのだった。
ブエノスアイレスには、時差が3時間あるので午後1時くらいに着いた。すぐにホテルに向かいチェックイン、現地で用意してくれたお昼ごはんのお寿司をいただきました。
このガイドさんは、ベテランの日系人で物知りで親切な男性でした。
本来なら少し観光をしてもいいところだが、長旅でもあるし明日は夜中の出発なのでゆっくりしてくださいと言われた。
とはいわれても、1人で部屋に居ても仕方がない。ブエノスアイレスは、2回目だが、前回来た時にはこの7月9日通りに面したホテルではなかった。
いい機会なので、少しだけぶらぶらすることにした。「南米のパリ」と呼ばれ白人の国家であるアルゼンチンの首都であるブエノスアイレスは、南米の他の都市とは違った雰囲気を持っている。
ガイド氏に、「スリには充分きをつけて」と言われたのでホテルカードとカメラ以外は持たなかった。
寝不足の身には太陽の光がまぶしすぎました。
7月9日通り。名古屋も100m道路が有名だがここのはもっと広い。

オベリスク。

ジャガランタの花がいっぱい咲いていた。

世界3大劇場の1つコロン劇場。中もツアーに申し込めば見学できるそうだが、残念ながら外から見るだけ・・・。1908年にできたもので抜群の音響が有るそうです。


凝った作りの建物の前は公園になっていました。

広い通りを2信号かけて渡り向こう側に行ってみた。

アルゼンチンのナンバープレートは、こんな感じです。

1時間半くらい歩いてホテルに戻りシャワーを浴びて夕食をいただく。アルゼンチンのワインは美味しいので、さっそくいただきます。
2日目の夜になってもまだ目的地に着くことができないよー。0時半に目覚ましをかけて眠ろうとしたのだが、隣が賑やかで眠れない。
そりゃそうよねえ、人が寝るころに起きようというのだもの・・・。
結局うとうとしただけでした。