好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

2025年09月


  市内観光で訪れた大聖堂の庭で出会った猫達。


  痩せているが、足が長い。

  
ディリ大聖堂の猫 (2)



 モデル体型?

ディリ大聖堂の猫 (4)




 
ディリ大聖堂の猫 (1)



  こちらの子も、痩せていて足が長い。


ディリ大聖堂の猫 (5)


 今日は帰国日ですが、午前中は自由時間で午後からバリの有名な2つの寺院の見学が入っていま す。

  朝食の前に、もう一度ビーチへ行ってみました。

  ホテルの前には守り神でしょうか、小さな祠がある。


ホテルの守り神




  外は何となく煙っている感じがする。湿度が高いせいかなあと歩きはじめる。

  大きな看板があった。昨日は気が付かなかった。

看板



 バリには、いろいろな神様がたくさんいますねえ。

バリにはいくつ神様の像があるのかしら



  昨日も通った門、やはり何となく煙っている。ん?なんでだ。

何となくもやっている



 ホテルに戻る途中、煙っているわけが判りました。近くで火事があったのだ。大したことにはならなかったようで、鎮火した後でしたが、警察官や消防車などが出動していてびっくり。道理で煙っているわけだ。確かににおいもする。それにしてもサイレンも消防車の音も聞こえなかったが・・・。


  朝食をいただき、出発までの時間は部屋で過ごした。買い物も興味がないし、泳ぐことも興味がない。最近は、本当に欲しいものがないんだよね。お土産も日本で買った方が喜ばれるし・・・・。



 12時ホテル出発。予定には入っていなかったが、参加者の中で、見たいというリクエストがあったので、少し大回りして、巨大なガルーダを見られる場所を通っていくことになった。

 この像があるのは、ガルーダ・ウィヌス・ケンチャナ公園で、とても人気の観光スポットだそうです。

 今回は時間が足りないので遠望となりました。世界で3番目に大きな像で、121mあるそうだ。内部は展望台になっていて、バリの美しい景観が一望できる。2019年完成。神様の乗り物といわれるガルーダとその上に乗っているウィヌス神。

 
ガルーダとヴィシュヌ神



 ここからが目的のお寺までが長かった。道路工事などで、大渋滞だったのだ。空港に戻る時間が決まっているのでちょっと心配したが、何とか、1つ目の寺院であるタマン・アユン寺院に到着できてほっとする。
 このお寺は、バリの世界遺産である「トリ・ヒタ・カラナの哲学を表現したスバックシステム」で、棚田や灌漑システム、そして寺院群から構成される文化的景観の中に含まれていて、バリで最も美しい寺院と称されている。

 前回の訪問時に、棚田は見ているので、是非とも寺院を見てみたいと思っていた。

 かつてこの地にあったムングウィ王国の国寺として1634年に建立された。

 入り口の所には、ハイビスカスを髪にさした石像が出迎えてくれた。

神様もハイビスカス



 門を入ります。
門


 門を入って右側にあるのが闘鶏場。

闘鶏場



 さらに奥の方ん進んでいきます。手入れの行き届いた芝生が美しい。

芝生の庭

 

 
ヤシの葉の屋根


 階段を上って本殿の前に向かいます。

 隅の方にあった塔。
美しい塔


 
 境内。この中には、僧侶しか入れませんが、我々も外側から雰囲気は味わえました。

1634年創建



 内部には、建物やメルと呼ばれる多宝塔が並んでいる。

たくさんの建物が並び


 壁に絵が描かれたものもありました。

壁に描かれた絵




 これがメルで、奇数階に統一されている。全部で10基あります。

屋根の数は奇数



メルと蓮の花


  
レリーフ


  スバックシステムは、9世紀頃から組織された伝統的な水利組合で、水源から集めた水を各水田に均等に分配する灌漑システムである。各スバックには、寺院があり水を清めてから分配される。

  タマンアユン寺院も、堀で囲まれていて、ここから分配されてゆきます。

世界遺産の一部でもある池


  世界遺産の碑。

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  少し戻って、夕日で有名なタロット寺院に行きます。途中の家々は、バリの昔からある伝統的な建て方がされていて、敷地内に先祖を祀ったお寺があります。

  
田舎の典型的なバリの家 (1)


田舎の典型的なバリの家 (4)



 なので一戸当たりの敷地はとても広い。毎朝、御先祖様にお参りしてから1日が始まります。


 夕日の沈む前にタナロット寺院に到着できました。朝から天気が良くなかったので、夕日は見られないかと思っていたのだが、なんとかそれらしきものがみられてよかったです。

 タナロット寺院
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 門
タナロット寺院に到着


 タナロット寺院の手前にあるこちらもお寺。

これはタナロット寺院ではない


 
  潮が引いていて、島に渡ることができる。もう少し早い時間に到着していたら渡れたかも。

引き潮だったので人々が渡っていた





 ビールを飲みながら夕日が落ちていくのを見る。いいね。
 
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  渋滞にはまらなかったら、ここでケチャックダンスを見ながら夕食を食べるはずだったのだが、そうもいかなくなってしまい、すぐに空港へと向かった。
  幸い帰りは、それほどの渋滞にはまることもなく進めた。夕食は、テイクアウトの物をショッピングセンターの隅で食べ、そのまま空港へ。

  帰りは、ほぼ満席で日本人が目立つ。一時ほどではないだろうが、バリはやはり日本人にとっては人気の観光地なのだろうか。

  今回は大事故はなく良かったです。


 今日のお昼は、少し移動したところにあるピンクサンド・ビーチでいただきます。
以前は、何もないビーチだったそうですが今は海の家みたいなものが5軒ほどたっているのでそこを借りてお弁当をいただきます。

ピンクサンドビーチが見えてきた

 
 桟橋は無いのでそのまま海の中に上陸。

 
我々ん船



何とビールもあるというので、いただきます。3ドルでした。

 現地旅行社からいただいたシール。中々かわいい。

シール


 と、目の前に鹿が現れた。どうやら観光客が何かしらを与えるものだから、人慣れしているようで近寄って来たと思われる。

 
あら鹿が


 めっちゃ可愛いが、これはもともと此処に居たのではなくて、コモドドラゴンのエサとして、離されたものだとのこと。

 なんということ。

 
全然恐れない



 じゃあ自力で餌を探さなくても、楽して美味しいものをいっぱい食べればいいよね。

 なんて思っていたら、海の方へすたすた歩いて行った。そして水の中に座った。気持ちがいいのかしら?

 海の中に入っていくしかなんて見たこともないし、海水を舐める鹿も初めて見た。

 ともかくかわいい。

 
海に入り海水を舐める




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https://youtube.com/shorts/SZSKD0QupH


 このビーチがピンク色なのは、赤サンゴと白サンゴがまじりあっているからだそうです。

 
水にぬれるときれい



 
赤珊瑚が細かくなって



 お弁当を食べて少しゆっくりしたら、ラブアンバジョの港に戻ります。


 コモドドラゴンに会えたばかりか、海の中でくつろぐシカさんにも会えて本当にうれしかったよ。


  港まで戻ってきました。帰りはちょっと波が荒かった。
 
帰ってきました

  

  デンパサール行きの飛行機は、予定より40分ほど遅れて離陸でした。

  夕食時、ドラゴンに会えたことを祝ってワインで乾杯!

  明日の夜にはもう日本に帰ります。


 今日の朝はものすごく早い。デンパサールからコモド島への拠点となる、フローレス島のラブアンバジョ行きの飛行機の出発時間が早いからである。

 しかも直前になって、帰りの便の時間も変更になり、当初の時間より1時間半ほど遅くなった。これは、とてもよくあることらしく、乗る予定の飛行機会社が変更になることも頻繁にあるという。

 後で知ったのだが、我々も飛行機会社が変更になっていたので、自動チェックイン機が使えずカウンターに並んだ。

 まあいろいろありますが、大きなけがにはならずここまでやって来た。あと少しで目的のドラゴンに会えると思うと嬉しくてたまらない。


 しかし、最近は、コモドドラゴンもバリ島同様オーバーツーリズムで、せっかく上陸してもなかなか会えず、1頭のドラゴンに100人近くが集まってしまうこともあると聞いた。


 フローレス島のラブアンバジョまでは、約1時間10分。待っていてくれたのは、日本人で12年ほどこちらで暮らしている男性でした。会社を経営していて、日本からの釣りやコモドドラゴンツアーの方々などを案内している。

 今日は2艘の船でコモド島へ向かいます。港までは20分ほどかかった。


 新しくなった乗船場の建物にはたくさんの観光客がいます。ここラブアンバジョに泊まって、体験型のレジャーをこなす人も増えているので、ホテルの数が足りなくなっている。

 船は我々だけだったのでほっとした。

 港
船乗り場


 この船は銀行のものでATMを搭載して島を回っているのだという。中にはライフルを持ったガードマンが乗り込んでいて安全対策もちゃんとしているという。確かに島の人達も、現金が必要だ。

 
動くATM



 島までは、1時間半ほどかかる。では出航です!

出発です

  
  今は乾季で、海も穏やかですが、雨季の時には風が吹き波がたつのでものすごく揺れるらしい。そんな苦労をしていっても、ドラゴンに会えないと本当に申し訳ない気持ちになってしまうそうだ。

  世界遺産に登録されているコモド国立公園は、29個の火山島があり、約2500頭のコモドドラゴンの他爬虫類、鳥類、哺乳類などの陸生動物がいる。
  ジュラ紀の恐竜の生き残りともいわれるコモドドラゴンが確認できるのはコモド国立公園内とフローレス島のみ。

  今まで生き残って来れれたのは、周囲の海は流れが速く、生態系が外から隔離され古代からの姿が残されたと思われる。



  コモド島が見えてきました。
コモド島が見えてきた


 最近立派な桟橋ができたので濡れることなく上陸できるようになりました。ガイド氏によると今日は船がものすごく少なく天気もいいのでとてもいい状態だそうだ。
 確かに島には、それほど人の姿が見えない。


 
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 ようこその看板。

ようこそコモド島へ



  門

国立公園



  実物大?

像


  トイレは1カ所しかないうえに、壊れていたりするので時間がかかる。桟橋もそうだが、トイレを充実させてほしい。

  レンジャーの同行なしには、島を歩けません。
手にさすまたのようなものを持っています。

  
レンジャー


  いざ出発!乾いた森の中を歩きます。

明るい森の中へ


  一見おとなしいが、縄張り意識が強く気性は荒い。変温動物で自分で体温調節ができず、朝日が昇り体が温まらないと動けないので、朝の早い時間は、砂浜で体温をあげている姿をよく見るという。
  舌をちょろちょろ出して空気中のにおいを察知する。舌の先は2つに分かれている。

  泳ぐこともでき、水深4mまで潜った例もあるそうだ


  と、いきなり大きなオス2頭が大木の下で休んでいるのを発見!「ドラゴンだあ!!!!!!」

  
大きい雄



  



  




水飲み場



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いました



 ドラゴンの移動する方向へ我々もついていく。

  



  じっとしているところでは、レンジャーの人が写真を一緒に撮ってくれます。

  
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  2頭の内、1頭の個体は、森の中に入っていってしまったが、残りの1頭は、ずっとそこに居てくれました。

  東山動物園のタロウと比べるとずっと年上に見えた。顔が迫力があるのでやはり野生だなあと思う。

  
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じっとしている



  本当に触れそうなくらいの所にじっとしていてくれる。ただただうれしい。

  主に、イノシシやシカ、ヤギ、水牛などの大型動物の他、コウモリやサル、ジャコウネコ、鳥類やその卵やワニの卵や幼体なども食べ、死骸なども食べることもある。

  子供の内は、昆虫やヤモリなども食べる。獲物を待ち伏せ通りがかったものを捕食する。毒を持っているので気を付けてといわれた。



 

  こういうところにメスは卵を産み付ける。一度に30個ほど。しかしほとんど大人になることはないそうで、ウミガメくらいの確立の悪さらしい。

 オス同士が取っ組み合いをして勝った方が交尾をするために、森の奥深くに入っていくそうだ。ガイド氏はこれを新婚旅行と言っていた。この時期にこの島に来ても、ドラゴンにはほとんど会えないそうだ。

 山を下りて、メスはこういった場所で卵を産み来年の4月に孵化する。が、メスは産みっぱなしで親が子を食べたりもするので、子供は、木の上に登ったりしながら成体から隠れて生きる。樹上でも猛禽類に狙われたりするというから大変だ。
 
こういったところに卵を産む


 うまく生き残れば、8年くらいで大人になる。大きくなれば比較的長寿で30年から50年くらい生きるそうだ。
  
  野生のランの花。色があるものを見るとホッとする。

野生のラン



  これは寝床で、頭を突っ込んで眠るそうです。

ねぐら



 森を抜けました。


世界自然遺産



 朝方は、この砂浜で日光浴。彼らの歩いた跡が砂浜に残っていた。

桟橋



 出口の方に歩き始めたら、なんと目の前にコモドドラゴンがいるではないか。周りの風景に溶け込んでいて全然気が付かなかった。

  
こんなとこにも



  目がかわいいなあ。

目がかわいい



  さらに進んでいくと目の前を何かが走っている。「小さなドラゴンだ!」「危ないから近づかないで!」身軽なドラゴンはとても速いので危険だという。

  


  お礼を言ってレンジャーとお別れ。我々は、ピンクサンドビーチに移動します。


 あんまり堪能した、観光したなあという感覚はなかったが、第2次大戦の話が聞けたことは良かったと思いました。戦争は、いろいろな立場の人がそれぞれ大変な思いをされたのだなあと思う。 

  ホテルのロビーに貼ってあった写真。中谷さんです。

ホテルに飾ってあった



 宿泊したホテルを含むここの模型。中国資本です。

中国資本で



  11時ホテルを出発空港へと向かう。空港まではすぐに到着。お世話になったガイドさんとドライバーさんにお礼を言ってお別れです。

  パスポートを見せて中に入り、チェックイン。

  チェックインが終わると、何故か、到着した時と同じ場所で待機。するとバンが迎えに来たので、それに乗って移動。「え?どこへ連れていかれる?」こんなことは初めてだったので不安。でも1人ではないので心強い。
  と、一旦外に出てすぐに左折、違う敷地内の建物前で降ろされた。


  どうやらこの建物が保安検査を行う場所らしい。

  検査は普通に行われ、建物内に入る。そこは待合室になっていて、何人かが座っている。で、そのまま行こうとしたら声がかかった。

  出国審査らしい。何の仕切りもないお土産屋さんの前に係官が3人座って、パソコンの画面を見ている。

  
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  え、こんなところで出国審査。しかも係官の裏に回ればだれでも、個人情報を見れてしまう。

  のんびりとしたものですが、いずれこんな光景は無くなるのでしょうね。


  搭乗開始、ほぼ予定通りに離陸しました。


ディリの空港



  飛行機から見たディリの街。

上から見たディリの町 (1)


上から見たディリの町 (3)



 10分ほどとんだところで、山から煙が出ているのを確認。火事だろうか、それとも焼き畑?

山火事? (1)


 多分再び訪れることはないだろうなと思いながら過ぎ去っていく島々を見る。

島々と岬 (4)

 

島々と岬 (2)



  バリには、2時過ぎに到着。前回から4日ほどしか経過していないのでスムーズに入国できた。

  ガイドさんの出迎えを受け、最初のホテルとは違うホテルにチェックイン。ビーチ沿いではなくて、ビーチまでは5分ほどかかる、結構古めのホテルでした。
  

  
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  今日の夕食はついていないので各自でという事で、明日の予定を聞いてから解散。

  部屋に入ってチェックをすると、バスタオル以外のタオルがない。こういう部屋がほとんどで、しかも、戸の閉まらない部屋、水の漏れる部屋など細かな不備が続発し、チェックアウトの時にお詫びのしるしにとタンブラーをいただいたのだが、これがまた使えないやつで2重にがっかりでした。


  不備を申請してから、ビーチに行ってみました。夕日のきれいなところなのだが、今日は曇っていてはっきりしない。

  ビーチに面した建物の屋上には、神様の像が

クタビーチへ


 サーフィンのメッカだが、あまりやっている人はいなかった。パラソルだらけ。
  
クタビーチ




 少し日が沈むのを待つ。

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夕日 (1)





 帰りは、違う門を通って帰りましょう。

ビーチの門


  門を出たところで、馬車に遭遇してびっくり。バリにも馬車って走っているんですね。


馬車もいた



 部屋に戻ると、ちゃんとタオルが届けられていました。今日の夕食は、外に出かけるのも面倒なので、カップ麺とビールで済ませよう。

  明日は、今回の旅の目的でもあるコモド島に向かいます。


  バウカウやマナトゥトは、ディリの東側の海沿いにあります。

 ディリの町を抜け走っていくと左手に海が見えてきた。きれいなので止めてもらう。

 大潮の様で、沖の方まで砂浜が続いていた。
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 潮が引いた時だけ歩いて行ける島のようです。十字架が建っている。

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 そろそろトイレに行きたくなってきたが、青空ができる場所もなく、かといって、公衆トイレやスーパーのようなお店もない。

  結局、民家のトイレを借りることになりました。

  そばには、聖アントニオの祠があった。この辺りでは、彼に対する信仰が厚いのだという。


聖アントニオ



  バウカウの町に入る手前で今日のお昼の事を手配会社に聞くと、今日も席の予約だけ。しかもそれさえも、やっているのかわからないらしい。

  結局、ガイドさんの知っているレストランに直接行き、注文することになった。

  バウカウのホテルのレストランです。

お昼のレストラン


  それぞれに好きなものを注文。でもホテルのレストランなので、いつもよりはスムーズに進みました。

  お店を出たところで、タコを売りに来た地元の女性に出会った。おいしそうなタコだわあ。

  
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  そして車に乗り、少し走って聖アントニオ教会に到着。


聖アントニオ教会



  ポルトガルの特産、聖アントニオを描いたアズレージョが目立ちます。

アズレージョも




 中に入れてもらう。

祭壇


  祭壇の魚が気になったので聞いてみると、これは鯨だそうです。この島にやってきたポルトガルの方が遭難しかけた時に、クジラが現れて救ったという言い伝えがあるそうだ。

 クジラには見えん。
これクジラです



 2階部分から見たところ。小さなオルガンが置いてありました。
オルガンのある場所から


 バウカウは、第2の町といっても、中心らしい場所がありません。広い荒れ地が広がっているばかり。
人口は、県全体で11万4000にんほど。

バウカウの中心地辺り

 市街から6㎞ほどの所に、空港があり、国内で最も長い滑走路を有しているが、現在は使われていないようです。

 交通の便が悪いので、中々発展できないのかも。


 同じ道を通って戻ります。この辺りの農業は、東ティモールで最も進んでいて、車窓からも美しい田んぼが見られました。

 
田んぼ


 2期作ができるので、同じ地域でも刈り取った田んぼもある。

奇麗な田んぼ


 刈り取った田んぼには、家畜を入れ糞を指せ、土地に混ぜ込んで肥料にするのかな。たくさんの水牛や牛ヤギなどが見られた。

 
こちらは刈り取ったとの田んぼ





 塩田があると聞いていたので、これがたぶんそうです。

塩田





 塩を売っているお宅で停車。塩田からがずいぶん離れています。塩田も塩も飽きるほど見ているのでもういいやという感じでパス。

 マナトゥト村の泥細工工房を目指す。ところが中々スムーズには進まない。車にはナビがついていないうえに、ドライバーもガイドも土地勘もなく、何度も迷うことがあったのだが、今日もなかなかたどり着けませんん。

 海に出てしまったよ。小さな小屋で魚を売っていました。
魚を売っている



 Uターンしてようやく小さな家に着いた。
添乗員が、男性と話をしている間、我々は集まって来た子供達の相手をしたり、隣接する家を見させてもらったりした。

 
集まって来た子供達


 
マナトウト村の民家 (2)


 気持ちよさそうにお昼寝です。
マナトウト村の民家 (1)



 どうやらここでは作陶はしていなくて、絵付けだけをしているようです。その男性の義母に当たる女性が、ここから少し離れた村で、製作しているとのこと。

 絵付けされた作品。

絵付師



  弟さんに案内してもらいます。

  義母の家。

土器を作る家族 (1)


  大勢の家族で暮らしているようだ。

土器を作る家族 (2)


  泥細工と聞いていたが、粘土のようです。濡らして棒で突いて粘り気出し、手で成形します。

成型する (2)


  出来上がったものを、牛のふんで囲んで天日に干します。

牛のふんで覆って干す


  長い時間干さなくても出来上がり。焼いた後、絵付けをします。


  絵付け前の器が物置みたいなところに置かれています。

絵付けの前の物



  今日の予定はこれで終わり、時間をかけた割には、あまり観光したという感想が持てないなあ・・・。

  道のすぐそばにあった、洞窟のマリアで下車。ここは、デートコースらしく、カップルが多かった。

  
デートの場所でもあるようだ



 夕食は、道中にある東ティモール料理のレストラン。ここは唯一予約が入っており、メニューも決まっていました。

  インドネシア料理とほとんど同じかな。おなかが空いていたので、食べてから写真を撮っていないのに気づきました。

  明日は、もうバリに戻ります。

  


 今日も、ホテルの窓から外を眺める。 

 結構な数の自転車。


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  今日はまずまだ行っていない市場へ行きます。

  周りには、たくさんの小型バスが停まっていて我々の車をめる場所が見つからない。

市場へ




 トラックでやってきた人。

トラックに乗って


  市場は毎日開かれているわけではなく、土日だけのようです。
野菜中心




 本当になんでも吊り下げるんだなと感心。器用である。

見事に吊り下げる

  
 レタスをつるなんて考えもしない。

レタスも釣ります



 これは何かの海藻。こちらの人も海藻を食べるようです。


海藻



  これは何かの花。炒めて食べるようです。

炒めて食べる



 お豆腐も売っています。

豆腐 (1)




 これは通称ネズミの糞と呼ばれるとてもとても辛い唐辛子。

ネズミの糞といわれる一番辛いやつ


  客待ちの人。

客待ち



  豆・コメ・トウモロコシなどの穀物。

穀物屋さん



  これは、蜂を売っているわけではない。蜜なんてあるのかしら?

蜂は売り物でなありません



  屋根のある売り場に移動します。


 刻みたばこ。

刻みたばこ




  この串に刺したものは嗜好品で、噛んでペット吐き出す。

焼き鳥みたい


 小さな子供もいます。

女の子 (1)



  何を切っているのかしら?

刻む



  こちらはココナッツの白い部分を機械でおろしている。

ココナッツを削る機械


 手前にある入れ物みたいなものに、お米を入れて蒸すのですって。後ろの女性達はその入れ物を作っている。

容れ物を作る女性




 お手伝いをしていた女の子

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 ざっと見学を終えた後は、北東方面の海岸沿いにある村や町を訪ねます。


 


 フードコートは昼時とあってまあまあの混雑。 
そもそもどうやって注文していいかもわからず、言葉も通じない。

  結局1つのお店でそれぞれが好きなものを頼み、ビールなどはスーパーに買いに行った。

私は、ワンタンメンを頼みましたが、これが暑い。空調も良くないので汗をかきかき食べる羽目になってしまった。

  
ワンタンメン今日の昼 (2)



  さて、車は再び山道を登ってゆく。


  1時間半ほどで、村の教会に到着した。

  
ポルトガル形式の教会


  ここには神父様はいなくて、修道女の方が1人だけいらして彼女が鍵を開けてくれました。

新しく建て直した

  

  修理したばかりの様で、とてもきれいでした。

  鐘楼部分にも登っていいというので登ってみた。

  開けっ放しの窓からの風景


鐘楼からの景色


 この窓は一年中開けっぱなしになっているとのこと。以前閉めたことがあったらしいのだが、鐘の音が聞こえなくて村民が困ったので以来開けっ放しなんですって。

  そして、もう1つ立ち寄った場所は我々にはかなりショックなものでした。

  東ティモールの略史は、1701年、ポルトガルが全島を占領した後、オランダが西ティモールを占領する。
  1859年のリスボン条約でオランダとポルトガルで東西ティモールを分割統治とする。

  その後、1942年の日本軍占領を経て、大戦後は再びポルトガルが東ティモールを支配する。一方、西はインドネシアの一部として独立を果たした。ポルトガルは、1974年に東の主権を放棄したが、独立派と半独立派の対立が激化、インドネシア軍の制圧を受け、1976年に27番目の州として併合を宣言する。しかし独立運動は続き対立は激化していく。

  1999年に住民投票が実施され分離独立を選択。しかし、その後も混乱は続き、国連の平和維持軍が介入することになった。

  そして、2002年、正式に独立国家として誕生を果たした。


  この歴史の中で、1942年から45年までの3年間。日本軍が統治した時に、従わなかった人々を虐殺し住民を恐怖に陥れた。そのような行為は、あちこちで見られ、アイレウ村、ラテウム村、モア島、セマタ島などが挙げられている。

  この時期、処刑や虐殺、戦況悪化による食糧不足、強制労働などで大勢の人々が亡くなったという。

  ガイドさんのおじいさんも日本軍のコックとして働いていたそうです。


  その虐殺で亡くなったポルトガル人たちのお墓がここにありました。

  
惨殺の碑


  
墓標


  この話を聞いた時にはとてもショックでした。全然知らなかったからです。日本人に悪感情は持っていないと彼女は言うが、消せるものでない。

  それにしても、大戦下の日本軍は、いったいどこまで南下して占領していたのだろう。

  

  ディリに帰る途中、氾濫やがけ崩れにより川がずたずたになっている地域があった。

工事中



 橋が流されてしまっているので、対岸に行くには川に降りて渡っていた。

橋が流されたようです




 対岸の家々。

対岸の村


 今日の夕食は、中華でした。昼もワンタンだったのでダブってしまったわ。

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