今回も、ドバイ経由です。関空はすっかりきれいになっていました。
リヨンの空港は思ったより小さくアナログで、入国に少々時間がかかった。
迎えに来てくれたガイド氏の車のシートがうまくはまらなくて、3人掛けの所に4人座っての移動になったのでちょっときつかった。なんだか嫌な予感がする。
連れていかれたホテルは、かなりの郊外で、周りには何もない森の中の1軒家といった感じがする。1階の部屋をもらったのだが、カーテンが無いので外が丸見え。
行き交う人はいなくても、宿泊者はいるのだから・・・・。バスタオルをかけてみる。
民宿みたいでした。

日本を脱出して涼しいフランスの田舎と思ったのにこちらも日本同様ものすごく暑くて、しかも太陽の沈むのが9時過ぎなので、ちょっと戸惑ってしまった。
夕方近く、市内に向けて出発。夕食のついでに簡単な市内観光をするという。
リヨンは、フランスの南東部の中心都市で、郊外を含めると人口232万人、ソーヌ川とローヌ川の合流する場所に位置するローヌ・アルプ地域の首府である。
ローマ帝国時代から2000年以上の歴史を持ち、中世には市のたつ町としてヨーロッパ有数の交易地として栄えた。
織物産業、特に絹の産地として知られており、ジャガード織機を発明したジャカールが生まれ育った街だ。
旧市街は、1998年、世界遺産に登録されています。ソーヌ川沿いに広がる街並みは、中世から続く通りで、石畳の道が続きイタリアルネサンスの建物が並ぶ。
最高裁判所



ジャコバン広場にある「4人の芸術家の像」の噴水。19世紀の建築家ガスパール・アンドレの設計です。


ブションと呼ばれるリヨンの伝統料理の楽しめるお店でくつろぐ人々など、

元療養院だったリヨン・オテル・デュー。

こちらは、ローヌ川。

ここでは泳ぎを楽しむ人たちもいました。あまりきれいとは思えないのだけれど。

ともかく暑いので、噴水で遊ぶ子供もいます。

少し歩くと、リヨンの中心ともいえるベルクール広場に到着。中央にはルイ14世の銅像がある。

こちらの鐘楼は、17世紀の慈善病院の一部です。本体は壊され鐘楼だけが残った。記念碑のモニュメントと並んで建っていた。

再び旧市街に戻り、サン・ジャン大聖堂の前にやってきました。フルヴィエールの丘に向かうケーブルカーに乗る前にちょっと見学。
ロマネスク様式とゴシック様式が融合された珍しい建築様式で、12世紀から300年もの年月をかけて建設されたという。
1600年には、アンリ4世がここで結婚式を挙げたという。
夕方近く、市内に向けて出発。夕食のついでに簡単な市内観光をするという。
リヨンは、フランスの南東部の中心都市で、郊外を含めると人口232万人、ソーヌ川とローヌ川の合流する場所に位置するローヌ・アルプ地域の首府である。
ローマ帝国時代から2000年以上の歴史を持ち、中世には市のたつ町としてヨーロッパ有数の交易地として栄えた。
織物産業、特に絹の産地として知られており、ジャガード織機を発明したジャカールが生まれ育った街だ。
旧市街は、1998年、世界遺産に登録されています。ソーヌ川沿いに広がる街並みは、中世から続く通りで、石畳の道が続きイタリアルネサンスの建物が並ぶ。
最高裁判所


ソーヌ川に架かる橋。川には何本もの様々な橋が架かっておりそれを見ながら歩くのも楽しい。

この彫刻は自己の重さという名前がついています。

この彫刻は自己の重さという名前がついています。

ジャコバン広場にある「4人の芸術家の像」の噴水。19世紀の建築家ガスパール・アンドレの設計です。

街行く人々や、

ブションと呼ばれるリヨンの伝統料理の楽しめるお店でくつろぐ人々など、

元療養院だったリヨン・オテル・デュー。

こちらは、ローヌ川。

ここでは泳ぎを楽しむ人たちもいました。あまりきれいとは思えないのだけれど。

ともかく暑いので、噴水で遊ぶ子供もいます。

少し歩くと、リヨンの中心ともいえるベルクール広場に到着。中央にはルイ14世の銅像がある。

こちらの鐘楼は、17世紀の慈善病院の一部です。本体は壊され鐘楼だけが残った。記念碑のモニュメントと並んで建っていた。

再び旧市街に戻り、サン・ジャン大聖堂の前にやってきました。フルヴィエールの丘に向かうケーブルカーに乗る前にちょっと見学。
ロマネスク様式とゴシック様式が融合された珍しい建築様式で、12世紀から300年もの年月をかけて建設されたという。
1600年には、アンリ4世がここで結婚式を挙げたという。







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