8時過ぎにホテルをチェックアウト、荷物を預かってもらいました。ホテルは、駅の真上なのですごく便利。
宇和島駅とホテル

ちょっとした広場に復刻された古い列車が展示してありました。宇和島で、最初に走った機関車で、大正3年の5月に試運転が行われたそうです。

その横には、勇ましい闘牛の姿の像も。

バスに乗って、まずは天赦園まで行きました。狭い道を見事な運転でバスは走る。え~、こんなとこ曲れる?なんて感じです。
天赦園入り口

国指定の名勝天赦園は、2代藩主伊達宗利が、海を埋め立て1672年に造成をした「浜御殿」南東部を7代藩主宗紀が大改造した大名庭園である。池泉式回遊庭園で、茶室や石組、藤棚数種類の竹などが池を取り囲むように配置されている。鯉のエサも売っていたので、購入してまずは鯉と遊ぶ。
潜淵館付属茶亭

池に突き出している部分。

春雨亭、宗紀は此処で書道を研鑽し多くの書を残したそうです。

石を流れに見立てた枯流石組

こちらは苔の道

庭には、様々な景石があり、これは烏帽子の形をした手水石。

池にかけられた橋の様にも見える藤棚。白玉藤という種類で、池に花が映り込んで素晴らしい景色を見せてくれる。

池に映り込むのは、大きな樹木も・・。

ここを出て、2,3分のところには、伊達博物館があるのでそちらも見学する。小学生の団体とかちあってしまい、少々騒がしかったかな。
そして、最大の目的だった宇和島城に登ります。登城口は2つあり、上り立ち門の方から攻めてみました。


まずは、式部丸跡。


さらに登って行くと、


そして、本丸の石垣。

本丸跡


宇和島城、伊達10万石の城下町と呼ばれ、江戸時代から四国西南部の中心として栄えて来た宇和島市。城は、その最深部、現市街地のほぼ中央部に位置し、1596~1601年の藤堂高虎創建時には、大半が海に面していて地形を巧みに生かして建てられていた。
石垣や天守、櫓は、1615年に入部した伊達家により修築されているが、基本的な構えは藤堂高虎時代のものを踏襲している。

本丸からの眺め

帰りは、もう1つの登城口から出よう。
途中大きな井戸があった。井戸丸とある。


これがその石。
城山東北側の登城口に位置する桑折氏武家長屋門。家老の屋敷に残されていたものを、昭和27年譲渡を受け現在位置に移築したものだ。
そのまま進んでいくと、ショッピングアーケードのきさいやどおりに出会います。
この道を通り、駅近くの道を右に曲がって、龍光院の裏手から遊歩道を登って行くと、闘牛場へ行ける。急な坂道でしかも暑い。ふうふう言いながら登って行く。トレイルは終わったはずなのに、まだまだ歩かねばならない。
闘牛は、行われていないが、場内は解放されていて見学できるのだ。宇和島市でもう1つ見てみたかったのが、この闘牛場なのだ。



歓声が聞こえてきそうな雰囲気だ。
ここから牛が出てくるのだな。
駅に戻る途中、美しい宇和島城が見えた。
駅に戻り、みどりの窓口で、これからの切符と明日の特急券を買う。何しろ、無人駅が多く乗り継ぎ切符などは券売機ではめんどくさそうだもの。

城山東北側の登城口に位置する桑折氏武家長屋門。家老の屋敷に残されていたものを、昭和27年譲渡を受け現在位置に移築したものだ。

そのまま進んでいくと、ショッピングアーケードのきさいやどおりに出会います。

この道を通り、駅近くの道を右に曲がって、龍光院の裏手から遊歩道を登って行くと、闘牛場へ行ける。急な坂道でしかも暑い。ふうふう言いながら登って行く。トレイルは終わったはずなのに、まだまだ歩かねばならない。
闘牛は、行われていないが、場内は解放されていて見学できるのだ。宇和島市でもう1つ見てみたかったのが、この闘牛場なのだ。



歓声が聞こえてきそうな雰囲気だ。
ここから牛が出てくるのだな。

駅に戻る途中、美しい宇和島城が見えた。

駅に戻り、みどりの窓口で、これからの切符と明日の特急券を買う。何しろ、無人駅が多く乗り継ぎ切符などは券売機ではめんどくさそうだもの。


















































































































