
大洲神社の横を通り、10分も行かないうちに、ひときわ目立つ家があった。 その外観を特徴づけているのが、この石組だ。現地周辺で切り出した石をX状に、リズミカルに積みあげた独特のものである。


最近公開されるようになった盤泉荘は、フィリピンでの貿易で富をなした松井家の傳三郎・國五郎兄弟が、故郷の大洲に別荘を建築しようと、1926年に完成したものだ。肱川を見渡せる高台に立地しており、裏山の岩盤から染み出す水を利用していたことから「盤泉荘」とも呼ばれた。
庭に中でもひときわ目立つこの大きなライオン像は、新やなせ焼である。やなせ焼が廃絶後、大正時代に大洲の有志が復興した焼き物だ。
玄関。
鬼瓦には、施主のイニシャル「K・M」が、デザインされています。
1階の居間。天井が高いです。
廊下には、フィリピンなどを原産とし、その重さや硬さから「太平洋鉄木」と称された南洋材の「イピール 」を、丁寧に仕上げた長大な一枚板が、20枚も連続して敷かれている。客人を座敷・客間・茶室へと誘うレッドカーペットの様です。
茶室の有る部分。

庭に中でもひときわ目立つこの大きなライオン像は、新やなせ焼である。やなせ焼が廃絶後、大正時代に大洲の有志が復興した焼き物だ。

玄関。

鬼瓦には、施主のイニシャル「K・M」が、デザインされています。

1階の居間。天井が高いです。

廊下には、フィリピンなどを原産とし、その重さや硬さから「太平洋鉄木」と称された南洋材の「イピール 」を、丁寧に仕上げた長大な一枚板が、20枚も連続して敷かれている。客人を座敷・客間・茶室へと誘うレッドカーペットの様です。

茶室の有る部分。

浴室に隣り合って造られている化粧室。当時としては珍しい女性を意識した造りは、海外生活の影響でしょうか。
2階部分。
日本家屋には珍しいバルコニーもあり、当時は、肱川が眼下に見られたという。現在は、家がたちならんでいて川が遠くになってしまっている。
時計を見れば、お昼をとっくに過ぎている。そろそろ戻らなければ・・・。
登ろうという気がしなくなる大洲神社の階段。
駅に向かい、岡山経由で家に戻ります。気になっていた城を2つ攻略できて満足、満足。
大分から始まったロングトレイルでしたが、前半はひたすら歩き、1人なってからはのんびりと好きなものだけを見て歩きました。
1人はやはり、いいな。

2階部分。

日本家屋には珍しいバルコニーもあり、当時は、肱川が眼下に見られたという。現在は、家がたちならんでいて川が遠くになってしまっている。
時計を見れば、お昼をとっくに過ぎている。そろそろ戻らなければ・・・。
登ろうという気がしなくなる大洲神社の階段。

駅に向かい、岡山経由で家に戻ります。気になっていた城を2つ攻略できて満足、満足。
大分から始まったロングトレイルでしたが、前半はひたすら歩き、1人なってからはのんびりと好きなものだけを見て歩きました。
1人はやはり、いいな。