好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

カテゴリ: 三重県


 今日はかんからこぼしも通行止めの役目を担う。

 
河童も一役

 
 漁協に向かう途中、一足早く出発した踊り隊に出会った。 

  
踊りは一足先に出発 (2)



  船だんじりは、漁師さんの祭りなので、船の上に乗ってカツオ釣りをするのは、中学生までの男の子と決まっている。
  控室をのぞくと出番を待っている男性陣で一ぱい。赤い法被を着たのが、一本釣りを仕掛ける男の子たち。

  
中学生までの少年が船に乗る (2)


 この日ばかりは、髪を染めてもいいようです。

中学生までの少年が船に乗る (1)



 カツオと竿。

カツオの1本釣りに見立てて



 2時半ころ船に乗り込む。このころになると副飴を求めてたくさんの人が集まって来た。我々も船のそばに向かう。

  
軽く化粧をする



始まります



  カツオ釣りの疑似餌に見立て船の上から飴を撒き、それを拾おうと人々が集まってくるというわけ。
 昔はもっと長い距離を引いたらしいが、年々短くなってきてるという。

 見物人も引綱を引いてもいいというので参加します。

 
疑似餌に見立てた飴に群がる人々 (1)



疑似餌に見立てた飴に群がる人々 (2)




 
https://youtube.com/shorts/7YIh_dUTrU

  
  最初は、前の方で綱を引いていたが、試しに拾ってみたらこれが楽しい。大人げなく夢中になってしまった。

  最後は、長島神社に入りもちまきです。飴以上にこちらは夢中になれる。例年と比べるともち米が3割がた値上がりしたそうで、サイズを小さくするか、数を少なくせざるを得なかったらしい。

  それでも、ちゃんと拾えたので、家に帰っておいしくいただきました。
  久しぶりの餅拾いもとても楽しかったよ。

  船の上に乗っていた男の子たちは、記念撮影。かっこいいね。

長島神社がゴール (1)

 祭りって楽しいな。またどこかの祭りに参加してみたい。


  


 今日は長島神社の例祭「船だんじり」に参加します。 

  その前に、魚まちをガイドさんに案内してもらいます。

 ゆっくりホテルを出発し、港に向かった。

 入港しているカツオ船が停泊しているのを見る。この船は、出航すると北上して最終的には気仙沼まで向かうのだが、途中カツオ漁をしていくので、その度に近くの港に入港して、カツオを水揚げしていくそうだ。

 
カツオ船 (2)


 
 祭りはこのカツオ船を模した山車に乗り込んで一本釣りを演じながら進んでいくのだ。
漁協前には、その船が出番を待っていた。

 
漁協




祭りに使われる船

  
  この後いったんうおまちのたまり場に戻って面白いものを見せてもらう。
 鰆をおびき出すための疑似魚。縄張りを荒らされると思って攻撃してきたところを突き刺すのだという。
 漁師である父親に造ってほしいと頼まれた娘さんの力作です。
 
鰆に似せて


 貴重なものを見せていただいた後、ガイド氏とともに散策開始。


 まずは、たまり場の隣にあるお寺仏光寺にある津波の供養碑をみせてもらう。

 江戸中期・後期の供養碑で300年前の宝永年間には、500人以上が亡くなり、今後は、いち早く高台に逃げるべきことと刻まれている。
 
 
津波の慰霊碑



  次は、長楽寺に向かい樹齢280年を超す早咲きの梅を見に行く。前回訪れたのは、10月だったので、花を見ることができなかったが、今回は見られて嬉しい。

 まだ満開とはいかないが、近づくにつれて香りが強くなってくる。

樹齢200年以上の紅梅


 漁業が盛んだったころには、この狭い地域に3館も映画館が有ったという。スーパーや銀行も有り賑わっていたが、現在は、お菓子屋さんくらいしかお店らしきものはない。

 今歩いている旧熊野古道から海側に路地を入ると、庚申堂があった。
 子供を守る庚申様だそうです。

 
庚申堂


 小さなお堂や祠みたいなものは、ちょくちょくあります。

小さなお堂があちこちにる


 辻の角には、マンボウの形をした登板の道案内がある。

マンボウの案内板



 狭い路地。一番狭いところは傘も差せないほどだというが・・・。

魚町の通り

 
  
  江ノ浦湾を見渡せる橋に登ってゆく。この橋は、αに似ているのでアルファ橋と呼ばれています。

アルファ橋


  ここからうおまち全体を見ることができた。

 
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江の浦湾へ


 奥の方に昇降橋が見えている。大きな船が通るときは、真ん中が上がるようになっている。


 アルファ橋を降りて、昇降橋の方に向かっていく途中、アメージンググレースの音楽が流れてきた。ガイド氏、「お!橋が上がるぞ」この音楽は橋が上がる知らせなんですって。

 大きな船とは思えないが、アンテナが高い。

昇降橋

  
 たまり場に戻り、ぜんざいや豚汁をいただき、改めて船の待機場に向かった。


 弓の祷(ゆみのとう)は、三重県沿岸の漁村に多く見られる八幡神社の神事である。
 大漁祈願・安全を祈願して行われ、
 4名の少年射手は、漁業者の家庭から選ばれ、神社に籠って唯々練習に明け暮れるという。

  長島神社に到着。

長島神社へ


  
長島神社本殿は石垣の上


  2畳ほどの大きさの的が有ります。この的を目指して17mほど離れた場所から矢が射られるのだ。


弓の祷の的


  朝から風が強かったのだが、このころには強風とともに雪まで降って来た。

  時々青空は除くものの、コンディションとしては良くない。

  少年は、親役と子役に別れそれぞれ3回づつ矢を射るのだ。

  
弓を射る男の子達




親役と子役に別れて儀式を行う




親役と子役に別れて


  片肌脱いで、


片肌脱いで射る



  お供え物。魚の頭やイセエビなど。


奉納された魚の頭やイセエビ


  最後の、3回目に親役の少年が天に向かって矢を放つのだが、それが終わると、見物人たちは、的めがけて走りだし、的の杉の皮を奪い合う。これを玄関に挿しておくと魔除けになると伝わっていて、以前は多くの若者たちが奪い合ったというが、今は、中心になっているのがカツオやマグロ船の乗組員であるインドネシアからの船乗りが中心になっているようです。
  
  そして、15日の神社の例祭が終わると、彼らは出漁していくという。

  
神事の矢や杉の皮を奪う


  人のいなくなった的から出てきたお供え物。昔はこうした干し魚を食べて冬を過ごしたという。

奉納した魚。かつては食料だった


  孫が、射手だったという女性。矢と杉の皮を持っています。

放たれた矢と縁起物の杉の皮



 我々も取り敢えず、ゲット。

私達ももらいます



  でも家に帰り冷静になってみると、「うーん」って感じになってしまいました。マンションなので挿すところもないし・・・・。
 
 
  


 今日は、早朝にホテルを出発。魚町へと向かった。

 毎年、1月11日に「湊家」で行われる儀式「息子の酒」を見学するためだ。


 「息子の酒」とは、河童退治伝説で有名な初代湊次郎左衛門を先祖として、何代にもわたり大庄屋を務めた名家「湊家」で行われる行事です。



 江戸時代から伝わる「かんからこぼし」という河童を退治したところから、湊家と親子の盃を交わすと水難事故にあわないといわれ約400年にわたり引き継がれています。

 漁師さんの家で男の子が生まれると初めて迎える正月11日に湊家を訪ね当主と酒を酌み交わせば、海や川での水難事故にあわないと信じられてきた。

 地元の人にとっては子供の健やかな成長と安全を願う大切な儀式になっている。

 近年は、漁師さんの家も少なくなっているし子供の数も減っているので、男の子で両親のどちらかでもこの町の出身なら参加できるとのこと。

 とはいっても、例年は1組だけという事が多いのだが、今年はなんと4組も盃を酌み交わすのだそうです。スタートの時間も決まっていなくて、8時から9時くらいの間に来てくださいとのこと。

 我々もそれに合わせて、ホテルを出発し、湊家の前で待っていることになったのだ。


 地元のテレビ局は必ず取材にくるそうで、今か今かと待っていました。

 
1組目の息子の酒参加者



 テレビの人は、撮影するとさっと引き上げるので、我々は2組目の親子さんを待ちます。

 2組目の方達。お兄ちゃんもこの行事に参加しています。

 
2組目の家族


お邪魔します



 私達も、邪魔にならないよう見学させてもらえることになった。

  腹合わせの立派な鯛が置かれています。


腹の方がくっついている鯛



 当主の方が酒を飲み、同じ杯で男の子渡します。そしててその後に、扇子が渡される。

扇を授けます

  

  扇を開くと日の丸が。戦時中は、この扇をもって戦争に行ったのだとか・・・。

日の丸が



 無事終わったところで、記念撮影。カッパ伝説にちなみ家の前にはチェーンソー作品の河童が置かれている。

湊屋さん




無事行事が終わって記念撮影

 

 ここで我々はいったんホテルに戻り、朝ご飯を食べる。


 11時半ごろ再集合して、天井絵のあるお寺に向かった。


 町から外れたところにある大昌寺という住職さんのいないお寺。

 
大昌寺


 格子天井絵。100歌仙らしい。紀貫之や小野小町といった名前も見られる。

大昌寺格子絵天井



 もう一か所、園通閣というお堂にも立ち寄る。

園通閣


 中はこんな感じです。

内部


 そして町に戻り、港の近くの元鉄工所という場所での昼食。ここで思いがけずに豪華なものがふるまわれた。幻のカキと呼ばれる渡利ガキです。

 今年は、いつもより収穫が有ったという事で、観光客の我々にも回ってきた様子。

 味が濃くとてもおいしい。カキが苦手な私でもおいしくいただけました。

 
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幻のカキ渡利ガキ (1)


 一休みして、徒歩で長島神社にむかい「弓の祷」という大漁祈願の神事を見学します。


 


 


 


 12月に旅行社からお誘いがあり、急遽、1月11日から3日間行われる紀伊長島の行事に触れる旅に参加する事になった。

  紀伊長島自体は、初めてではないが、地元の祭りや伝統行事に触れることができるというのがうれしい。


  午後の特急南紀で向かったのだが、途中、枕木から煙が出ているとのことで、松坂と多気間が運休になってしまい、約束の時間に集合場所に行けるか心配したが、5分ほどの遅れで無事到着できほっとした。

  迎えのホテルの車で15分ほどで、宿に到着。

  夕食までの時間を温泉に入ったりしてのんびりと過ごす。前回ここに泊まった時には、浜に行ったりしたのだが、ともかく寒いのでどこにも行きたくない。


  風呂上がりに3階のテラスから見た風景。明日は晴れますように!

  
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  このホテルの食事は、ともかくおいしい。連泊しても必ず全品違う料理が提供されるのでうれしい。

  食事処の入り口にあったお魚たち。これらは刺身になった魚たちだ。

 
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 お刺身

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 前菜など

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 普段は赤ワインだが、今日は白を戴こう。

 
  






お墓詣りの桜。満開できれいでした。



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  これならきっと城の桜もきれいだろうと勝手に思い込み、帰り道に当たる亀山城に立ち寄ってみたのだが・・・・。


  うん、桜はない。


  天守閣の無いお城だったらしく、多門櫓がその役目を果たしたようです。平和な時代の城だったのでしょうね。

  
多門櫓



  城主達の住んでいた二の丸御殿の周りを囲んでいた帯曲輪というのが発掘復元されていました。曲輪は聞いたことがあるけれど、帯曲輪は初めて聞く言葉でした。

  
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 今は小学校になっている二の丸御殿の跡。

亀山城帯曲輪の跡 (4)



  復元された土塀。

亀山城帯曲輪の跡 (3)







亀山城帯曲輪の跡 (1)




 



 最近、注目を浴びるようになってきた斎王の都である斎宮。


 明和町には、その後が発掘され再現されています。


 古代から、天皇に代わって伊勢神宮のアマテラスオオミカミに仕えた斎王の都は、伊勢神宮領の入り口に位置し、都さながらの雅な暮らしを営んでいたといわれている。



 出土したものが展示されている博物館や、当時の暮らしを体験できる体験館、斎宮跡などがありますが、月曜定休なので、外観からしか見ることができなかったのが残念でした。


 古代から続いていた斎王の都でしたが、応仁の乱などにより都が荒れるといつしか、顧みられなくなり、500年以上もの長い間人々の記憶からも忘れ去られ、地元の方々によって、ひそかに言い伝えられてきたという。


 近くには、後醍醐天皇の孫で、斎王を務め、斎宮で亡くなっている、「隆子女王の墓」もありました。宮内庁が管理をしているということで、静かな雰囲気です。


 
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 墓の前には、歴史を感じさせる一般の方々の墓らしきものもあります。

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 斎宮跡には観光案内所もありますし、近鉄の駅もすぐそば。

 復元された建物。
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 こんな感じになっていたらしい。

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 10分の一サイズ。
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  体験館の建物。


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 菜の花やたんぽぽの咲いている中をゆっくり歩いて、斎王の森へとやってきた。
斎王の宮殿があったと言い伝えられていてシンボル的な森として地元の方々に守られてきたという。

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 コンビニで買ってきた朝ご飯をいただき、特急の出発までの時間を利用して、市内をちょっと歩いてみることにした。

 まずは、お城に行ってみよう。


 途中、レトロな建物がありました。現在も使われている感じ。
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 新宮城は、紀州藩新宮領統治の拠点となっており、水野重仲が初代領主となったが、明治の廃城例を受けて、建物はすべて取り壊された。

 城跡の形はこんな感じ。
丹鶴城ともいう


 
 まずは、本丸の跡まで登りましょう。
本丸部分へ


 こちらが、搦手。
搦手口


 市内が一望でき、熊野川もよくみえました。

 出丸。櫓。

櫓・出丸


 列車の鉄橋が見える。

線路が見える



 本丸を降りて、二の丸・三の丸と歩いていく。何も残っていなくて、石積みと石段を見て歩く。

三の丸から


  大手道は、三の丸から続いていました。
三の丸へ



大手道


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 城から降りて、右折して歩いていくと、速玉大社へ行けるので、朝の大社さんへお参りしてみよう。

 道には、昨日見てきた御船祭りのイラストがあった。
御船祭り


御船祭り。



 遠くに鳥居が見えている。

大社前の通り


 大社に到着。

御門


 参拝客はいなかったが、氏子さんだろうか、きれいに境内を掃除しておられました。

朝の速玉大社



 ご神木のナギの木。
ナギの木

 樹齢1000年。熊野権現の象徴として、古来から道中の安全を願い、持ち歩いてお参りをする事が習わしとされているそうです。


 もう少し時間があるので、再び引き返して、同じく世界遺産の阿須賀神社まで行ってみることにした。

 30分ほどで、到着。ちょっとわかりにくかった。

阿須賀神社


 ご神体は、背後の蓬莱山です。
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 ここの狛犬は、とてもチャーミングでした。
かわいい狛犬



 境内には、徐福もお祀りされている。
徐福の宮



 ホテルに戻る途中気になった建物が2つ。
1つが、旧チャップマン邸。

 西村伊作氏の設計でアメリカの宣教師チャップマン氏の居宅でした。

旧チャップマン邸



 もう1つが、旧西村家住宅。どちらも、9時から公開されているようでしたが、列車の時間の関係であきらめました。残念!

  東京の文化学院の創設者の1人でもある西村伊作氏が、1914年に自分で設計し建てた家。
大正・昭和モダンを象徴する建築として重要文化財になっている。

旧西村家住宅




西村伊作氏設計



 ホテルに戻り、チェックアウト。
 新しい車両になった南紀で名古屋へ向かう。外国人の方々も結構乗っていて、ちょっとびっくり。古道は外国人に人気があるとは聞いていたけれど・・・。


 今回も楽しく歩くことができました。感謝。


  今回の峠越えでもらった木札。峠の名前が書いてあります。


もらった木札

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