好きなもの・・・猫と旅と・・・

旅と猫が大好きです。 それに関係して、マンホールの蓋や乗り物、建築、ダムなどにも興味を持っています。

カテゴリ: 関東


 JAXAの宇宙開発の歴史が 模型などを使ってわかりやすく展示されています。

  中に入ると目に飛び込んでくるのがこれ。

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 100万分の一のスケールの地球ですって。


 月面開発のシュミレーションビデオを見る。
月面開発のイメージ


 有人与圧ローバー。月面で活躍しています。
有人与圧ローバー


 
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 月面探査機。本当に人間は、月に暮らすようになるのだろうか?地球を汚しておいて、月までもとなんだか複雑な気分だ。
  
月面探査機



 数々の衛星の模型が並んでいます。

 かぐやの試験モデル。
かぐやの試験モデル (1)


  かぐやが見た月の地形。

かぐやが見た月


  通信衛星ユリ。この時代は、何かに供えて2機作っていたので、これは全く活躍していたものと同じですって。
通信衛星ゆり、2機づつ造った家の1機 (1)


 こだまの地上試験モデル。

こだま地上試験モデル


 きく。
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きく4号

  
  顏はめして宇宙士気分?
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 本物のカプセルとあります。

本物のカプセル


  国際宇宙ステーション、「きぼう」日本実験棟の実物大モデルが有り、中に入れるようになっています。様々な計器がずらっと並んでいる。

 発電パネルを広げるとこんな感じ。

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 様々なこういうものが側面にずらっと並んでいます。

希望の中の1つ


 宇宙センターとドッキングした時、ここから出入りした。

この穴から宇宙飛行士が入ってきます

 
 燃焼実験に使われた本物のエンジン。
燃焼実験に使われた本物のエンジン


 宇宙ステーション補給機こうのとり。きぼうに必要なものをはこんだ。
 
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 歴代のロケットモデル。

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  門外漢のわたしでも、楽しめました。


 知り合いの人から、「宇宙センターの有料見学というのが有り、普段は入れないところにも行けるよ」と聞き、早速申し噛んだのですが、日本語のコースは、中々空きがなく、ようやく佐渡の帰りの翌日に行って来ました。

  つくば駅からバスで少々。正門前に到着です。

  
宇宙センター入り口


  門を入ると、実物大のロケットが目に飛び込んできました。H2です。

H2ロケット



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  いろんな角度で写真を撮りたくなる。

前から



正面



お尻



エンジン部分


  堪能した後は、受付のある棟へ向かい、身分証明書を提示し、料金を支払います。

  時間がくるまで待ち、時間が来ると視聴覚室でビデオを見、注意を受ける。

  移動中の撮影は禁止。まずは、訓練士を選抜するための施設へ到着です。ここは建物内の撮影は許可が出ました。

  本物の室外作業着。とても重くて1人では着られないそうです。金色の覆面は、まぶしくて目を開けていられないため。
宇宙空間で働くための宇宙服


 宇宙飛行士たちのパネル。

歴代宇宙士

  公式の制服

太陽パネル (2)



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  訓練が行われる部屋。狭い空間に全員が入り、何日も一緒に暮らし、うまく適応できるか検査をします。
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訓練施設の中の模型 (2)



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 そして最後は、きぼうの管制室のある建物。ここでは、出入り口の撮影も禁止で、許されたのは、
管制センターのある棟で


 だけでした。

 きぼうの管制室のカーテンが上がると、今何をしているかとか、この机のある場所で行われていることの説明が有りました。アメリカとは時差が有るので、アメリカ時間で活動するそうです。

 見学時間は約70分。楽しかったです。

 一般の見学施設スペースドーム見学しました。
 


 マンホールを探していると、この街の歴史を感じる。 

  戦国時代には、北条氏の城下町として発展し、江戸時代には東海道の重要な宿場町として栄え、明治になると、政治家や文化人たちの別荘や居住地となった。

  1590年、豊臣秀吉の小田原攻めにより、城が陥落し北条氏は滅亡。それにより戦国時代は終焉を迎える。

  私にとって小田原は、箱根の玄関口、かまぼこのおいしい街といったイメージなのだが・・・・。


  銀行の建物もかっこいい

モダン (1)




 唐破風つくりの玄関のある家。

老舗



 前回ここに来たのは、かなり前で、お城だけを訪ねただけだった。今回は、駅から遠い三の丸の方から城へ入ってみた。


 サクラの巨木だ。春にはさぞかし美しい姿を見せてくれるのだろう。

桜の大木



  馬出門。

三の丸から


  馬出門をくぐって二の丸広場の方に進んでいく。

馬屋曲輪


 二の丸広場に入る途中にある門は、銅門。二の丸の正門に当たるそうです。

銅門


 
 ニンジャ館の辺りには、梅の花が咲いていた。

梅が咲いている



 常盤木橋を渡り、常盤木門をくぐると、本丸広場です。

常盤木門へ


 本丸には、鉄門と常盤木門の2つがあり、常盤木門が正門でした。本丸の正面に位置し、強固なつくりをしている。1703年の大地震で崩壊したのち、再建されたものが、明治の廃城まで残っていたそうです。

常盤木門



 本丸広場の中で、天守閣と共に目を引くのが立派な松でした。

本丸広場の松の大木


 天守閣。中は以前入ったので今回はパス。


本丸


  駅に戻り、大雄山鉄道に乗ってみた。初めて乗る気がしていたのだが、どうやら2回目のようです。最近こういうミスが目立つきがする。
  前回は、ちゃんと富士山も見えていたのだが、今回は見えなかった。

  
大雄山駅 (2)


駅舎が古い。

大雄山駅 (1)


  レトロな列車。

レトロ電車と




 100周年のヘッドマークをつけて走る電車。

大雄山鉄道100周年




  今日は熊谷市から、川越に向かいます。

  川越は、2度ほど行ったことがあるが、今ほど混んではいなくて、外国の方も少なかったし、買い食いのお店もそれほど多くはなかった。


 どれくらい変化したのか、興味津々。

 昨夜は遅かったので、ゆっくり10時15分に出発。1時間ほどで、川越市の喜多院近くに到着。
ここでガイド氏と合流して、散策スタートとなりました。

 重要文化財の建物も結構ある。

 山門
喜多院山門



 本堂
本堂




 多宝塔
 
多宝塔




  鐘楼門

鐘楼門




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  慈眼堂。天海大僧正の木造が祭ってある。
慈眼堂





 江戸城の御殿を移築したという書院、客殿、庫裏‥。

  中でも、家光誕生の間は有名ですが、写真撮影は禁止されている。


  いつもなら鮮やかなモミジが、迎えてくれるのだが、今年は、何時までも暖かかったせいか、枯れてしまったような感じの色でちょっと残念でした。


  そして、五百羅漢に移動。1782年から1825年にかけて建立されたという。全部で、538体あるそうです。それらは人間の喜怒哀楽を巧みに表し、見る者の心に訴えかけて来る。

  誰でもお気に入りの一体を探すことができるのではないだろうか。



  モミジが太陽の光で透き通っていました。
きれい



  
五百羅漢


  みな自分の干支を探してうろうろ。

  こんなにこやかな羅漢様も。
楽しそう



  反対に、悲しみに暮れている羅漢様も。いや、居眠りしているかも・・・。


眠いのか悲しいのか



  街中に向かう途中、成田山川越別院にちょっと立ち寄る。

成田山川越別院



  まずは、大正浪漫夢通り。
大正ロマン通り (1)



  ハイカラな洋風建築が残っています。


洋風建築


  そして、川越といえば蔵造り。明治の大火後、耐火建築である「蔵造」が建てられ、現在も20棟の蔵造りが軒を連ねています。
  これらは、「重要伝統的建造物群保存地区」になっている。


  
蔵作の街並み (2)




  中にはこんなモダンな建物も残っていました。

モダン



 これは、一種の看板建築ですかねえ?
蔵作の街並み (1)




 とっても屋根が重そう。
重要伝統的建造物群




耐火建築




 楽しい看板。

看板




  
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  大沢家住宅。川越の中で、最古の蔵造りで、1792年に豪商、近江屋半右衛門が呉服商いの店舗として建てたもの。


大沢家住宅、川越で一番古い蔵




  川越のシンボル。時の鐘。現在のものは、明治時代の川越の大火直後に建設されたもの。1日に、4回、時を告げますが、この日は、時間が合わなくて聞けませんでした。

時の鐘



1日4回時を告げる



 さいごは、菓子屋横丁に立ち寄りました。なんだか、ここだけは昔の方がにぎやかだった気がする。


 遅いお昼ご飯を頂き、出発地点の新宿に戻ってきたのは、午後4時少し前でした。


 今年は、相馬野馬追にも行けたし、秩父の夜祭も見ることができた。気になっていた祭りは、この2つでコンプリート。


 これからは、地元の小さな祭りを見に行こう。


 


 祭りや花火が好きだ。

 秩父の夜祭もずっといってみたかった祭りだが、なかなか機会もなく、コロナの影響もあり、今回ようやく行くことができた。

 京都の祇園祭・岐阜の高山祭と並んで、日本三大曳山祭りというらしい。ユネスコの無形文化遺産にも登録されている歴史のある祭りだ。

 2台の笠鉾と4台の屋台が祭りの主役。毎年12月の2日・3日に行われるのだが、今年は、土日に重なったので人手が多かったようです。

 2日間にわたり、屋台芝居や歌舞伎公演などが行われるのも、見どころであるし、同時開催の花火大会も冬の夜空にくっきりと見えて、とても素敵らしい。

 今回は、よくわからないのと遠方からということで、東京発のツアーを利用しました。12時半ころに、新宿を出発し、秩父市内には、3時ころに到着でした。
 
 
3時半ころの秩父駅前通り

秩父駅前はまだそれほどの人出でもなかったが、秩父神社からの巡行路は結構な人出で、中々進めない。冬の日没は早いので、とりあえず、御旅所に向かって、自分たちの観覧席を見ておくことになった。

 本町の屋台が、出ています。
秩父の屋台


 秩父神社入り口。中には入れない時間でした。
秩父神社


 御旅所までやってきました。御旅所は、秩父神社を出発した神輿や屋台、笠鉾などが集結する場所です。ここに入る手前に、だんご坂という急な坂道があり、そこを思い屋台や鉾が上っていくのを見るのが、祭りのだいご味でもある。
御旅所


 屋台がここに集まり始めるのは、夜の7時過ぎなので、時間はまだたっぷりある。

 秩父祭りの起源は、江戸時代中期頃といわれている。秩父神社の祭神の妙見様と武甲山に鎮まる竜神様が、年に一度の逢瀬の祭りで、冬版の七夕伝説とも呼べる。

 6基の屋台や笠鉾に先立ち、御神幸行列が到着すると鎮座する「亀の子石」の上に、大幣束がたてられ神輿が安置されます。

 亀の子石。
亀の子石


 さて、席を確認したところで、自由行動。慈眼寺というお寺に行ってみました。

 札所13番とある。
慈眼寺


 祭りの楽しみの1つは、辻回しで迫力もあるが、それまでじっとそこで待っているのも寒い。秩父は、寒暖の差が激しいので、日が落ちるとどんどん冷えて来るのだ。コンクリートの上で、3時間以上もじっとしているのは、つらい。

 百貨店の横で、歌舞伎が始まるというので、行ってみたのだが、これもなかなか始まらず。仕方がないので、中町通を通って秩父神社に行ってみることにした。

 

 途中、中町の屋台が止まっていた。提灯を付けて準備万端という感じ。
提灯がつけられた中町屋台

 

 白足袋に草履、着物、長半纏がかっこいい!



刺繍がかっこいい



 屋根の前面の彫刻も素晴らしい。


凝った彫刻



  秩父神社に到着。笠鉾と屋台が並んでいます。
秩父神社には屋台が3台ほど集まっていた





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 中近笠鉾
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 横から見ると、
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  せっかくなので、本殿にいってみよう。だんだん暗くなってきて、建物の彫刻もなんだか見にくくなってきた。

  これが、御神幸行列の神輿。
神輿




  本殿。権現作りで、鮮やかな彫刻が美しい。


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 側面に向かうと、左甚五郎作といわれる「つなぎの龍」といわれている。つなぎの龍とは、昔、少林寺近くの天ヶ池の龍が暴れた後には、必ず、この彫刻の下に水が溜まっていた事から、この龍の彫り物を鎖で繋ぎ止めたところところ、その後、龍は現れなくなったという。


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  反対側には、お元気3猿といわれる猿の彫刻がある。日光の3猿の「見ざる・言わざる・聞かざる」に対して、ここの猿は、「よく見て、よく話し、よく聞く」お元気3猿として、親しまれているという。

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 宮地屋台。こちらもきれいに提灯に火が入っていました。

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 そろそろ、戻りましょうか。
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  帰りは、黒門通を通る。
黒門通



 途中で、再び中町の屋台にであう。こちらも提灯に火が入っています。夜になると屋台の区別がつきにくい。
灯りの入った中町屋台




 御旅所に戻り、夕食のおにぎりを食べ、ひたすら御神幸行列がやってくるのを待つ。時々後方で、花火が打ちあげられているのを、見物。

 午後7時20分過ぎ、ようやく、行列がやってきました。
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 花火大会も、7時半からは本格的に打ちあがり始めた。

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 我々の席からは、花火はとてもきれいに見えるのだが、肝心の、屋台は、かなり見づらい。しかも花火と屋台をワンショットに収めることができない位置でした。よって、後ろを見て花火、前を見て行列とせわしない。

 この後中々、何もやってきません。後で知ったのですが、この時、下郷笠鉾の車輪に不具合があり、巡行をやめたので、道路のわきに寄せたり、屋台に道を譲ったりしていて、思うように巡行が進んでいなかったとのこと。


 神輿が到着してから、1時間ほどたってようやく、中近笠鉾がだんご坂を登る姿を見ることができた。

屋根の上にも人がいる



 ゆらゆらと提灯が揺れる。屋根の上に乗っている人は怖くないのだろうか?

団子坂を登ります



 ようやく登りきることができた。
登り切った


 花火も拍手!
花火もあがる


 我々は、ツアーで来ているので、ドライバーさんの労働条件もあり、遅くまでここにいることはできません。この調子だと、屋台がそろうのは、日付を超えてしまうかも・・・・。


  次の宮地屋台が姿を現したのは、1時間後の、9時20分頃。
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宮地屋台もやってきた

 
  ここまでですかねえ・・・。予定通りいけば、と思っても仕方ありません。

  でも花火は思ったよりずっと盛大で豪華でした。「祭りと一緒に打ち上げるのは、もったいないね」と参加者同士の話。

  今日のお泊りは、熊谷市のビジネスホテルです。


 群馬県立歴史博物館に隣接している群馬県立近代美術館は、磯崎新氏設計によるものだ。
今回は、時間が無くしかも月曜日の休館日だったので、入場することはできなかったのだが、外観は確かめることができた。 
磯崎新設計群馬県立近代美術館

 玄関横に置かれている圧倒的存在の大きな馬は、大好きな彫刻家ブルーデルによるものだ。
ブルーデルの馬


 ハラミュージアムは、渋川市の郊外にあるので、まず列車で渋川市に向かいバスに乗り換えてグリーン牧場で下車。そこから歩くこと約8分くらいで到着。田舎のバスは、料金がどんどん上がっていって、まるでタクシーのメーターの様でした。

 入り口でチケットを購入するシステムになっていて、敷地内全体が美術館となっていました。
現代アートというと、わかりにくいとかで敬遠されがちですが、どの作品も楽しむことができた。体験型の作品も多く、こういう見せ方も有るんだなと感心・感動してしまった。

 残念ながら建物内の作品は、撮影禁止なのです。

 ここも、磯崎新氏によるもので、ピラミッドを連想させる建物の形と、作品の配置が絶妙です。遠くに連なる山々も作品の様で、何だか大きく息を吸いたくなって来る。

 
カフェ


 本館
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磯崎新設計

 
群馬県の山

 ステンレスの丸い建物は、これ自体が作品になっていて、中に入るとプリズムの変化が楽しめるようになっていました。

 オラファーエリアソンの作品で、天空を横断する太陽の軌跡を、年間を通して視覚的にとらえる観測所との事。完成には、構想から4年を費やした。
オラファーエリアソン作品

 扉を開けて入ると、
プリズム
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  こちらから本館を見たところ。右側の小さな浮いたように見える建物は、特別展示室觀海庵で、ここには、日本画なども展示されていた。
芝庭から見た原ミュージアム

 左側の、長い部分は廊下になっていてこんな感じでした。
長廊下木製です

  正面アプローチ、赤と黒と白のコントラストが素敵。
本館入り口

  日本列島をベンチに見立てて、
日本列島のベンチ

  

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 おなじみのスープの缶詰
作品

  


 稲荷山古墳から出土した国宝の「金錯銘鉄剣」をまず見学します。こうしたものが、東博ではなくて、地元で見られるというのはうれしい事です。 

  表側
国宝の剣表

  銘文
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  裏
国宝の剣裏
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  水鳥
水鳥
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  顔を赤く塗っている、兜をかぶった男子。
顔が赤い

  鴻巣に移動して、吉見百穴を見学します。背中からじりじりと太陽が当たる。
吉見百穴

  興味があったのだが、想像していたより狭くてちょっとがっかり。

  古墳時代の末期、6世紀末から7世紀後半にかけて造られた横穴墓群である。死者が安置された主体部は、古墳時代後半の石室とほとんど同じだという。
  現在確認されているのは、219基。
集合墳墓

  ここにはヒカリゴケが生育しています。のぞいてみたが、光っているとは思えなかった。

  また昭和19年から20年にかけては、軍需工場が造られ、ここの大きな洞窟も工場の跡である。以前は、見学できたのですが、今は危険だということで外からのぞいただけです。
工場跡

  石室は、横穴墓の場合追葬を前提としているので、1つの石室に複数の死者が葬られた。
2床ある

  展望台からは、条件が良ければ富士山も見えるそうです。

  これで、古墳の旅は終了。鴻巣駅での解散となりましたが、蕨の変電所の火災の影響で、電車が止まっているとの情報あり。心配したが、高崎方面は、復旧しておりほっとする。

  近くの人は、タクシーで私鉄に向かい、新幹線に乗る人は、熊谷駅まで振り替え輸送が行われたようです。

  私は、遅れも無く6時には高崎駅前のビジネスホテルに到着。明日は、目的の「ハラミュージアム」を訪ねて渋川市に向かう予定です。

  そうそう、群馬でガイドをしていただいた方から、こんなものをいただきました。

  古墳カードだそうです。出来立てのほやほやだとか・・・。
古墳カード


 広かった! 

 良く整備されていて、感心する。これなら大人も子供も楽しめるだろうな。 

 ガイドさんと共に、まずは、丸墓山古墳へ向かう。この古墳前の道は、戦国時代に忍城を水攻めする時に築いた堤の跡と言われているそうです。
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 国内最大級の円墳。6世紀前半の築造と考えられる。
丸墓山古墳
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 登ると結構高さがあり、見晴らしがいい。忍城も見えるではないか。
忍城が見える

 隣の稲荷山古墳。綺麗な形をした前方後円墳だな。
隣の稲荷山古墳

 こちらは、もう少し奥に位置する将軍山古墳だ。
将軍塚古墳

 国宝の金錯銘鉄剣などの遺物が出た稲荷山古墳に登ります。
稲荷山古墳
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 5世紀後半の築造と考えられている。

 墳頂には、埋葬施設の様子がわかるようになっています。
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 この部分だ。
埋葬施設の有る所

  前方部から後円部をみる。
前方部から後円部を

 将軍山古墳、登れませんが、実物の石室を建物の中から見学できるようになっています。
将軍山古墳
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 馬具が目立つ。
将軍山古墳の石室の復元

石室に使われた房州石。軽そうに見える。
将軍山の石室に使われた石


二子山古墳。武蔵の国で、最も大きな前方後円墳で、6世紀前半の築造と考えられている。
二子山古墳
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瓦塚古墳。これまでのものと比べると小さな前方後円墳。
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鉄砲を撃つ練習をしたので鉄砲山古墳と呼ばれている。瓦塚古墳と向かいあうようにある前方後円墳。
鉄砲山古墳

それにしても、古墳の密度が濃い。これでは、それぞれの古墳がかぶってしまうんではないかと心配してしまう程だ。
この後は、出土品を見て最後の見学地吉見百穴に向かいます。 

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